現代日本で突然妹がレベルアップした件。   作:雨宮照

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テレパシー。

『……ここで登場するのが、さっき説明した集合的無意識なのよ』

「はあ……」

『集合的無意識っていうのは、つまりオードル・ト・レール人から遺伝したテレパシー因子の生き残りなの。だから地球人たちは完全にはテレパシーを使えなくとも、知らないうちに同じことを考えついたり曖昧な言語であってもコミュニケーションが取れたりする』

「神話の例と……あとは例えばどんなことがそれに該当するんだ?」

『そうね……日本人だと、「あれ」とか「それ」で違う場所にいても意味が通じるでしょ?』

「ああ……それにももしかして集合的無意識が?」

『その通りよ。こそあど言葉は、テレパシー因子が日本人に残っているからこそ利用できるの』

 リノの言い方に、少し引っかかる。

 どうして、彼女は「地球人」ではなく「日本人」と言葉を変えて話したのだろう。

 外国語にも、「あれ」や「それ」に該当する言葉はあるはずだけど……。

 考えていると、脳内を見透かしたリノが言う。

『フカ、それは間違いよ。日本以外の国の場合、こそあど言葉は滅茶苦茶なの。そうね……言うならば、日本語は他人中心の言語で外国語は自分中心の言語といったところかしら?』

 言いながら、彼女は英語のこそあど言葉の表を見せてくれた。

 見てみると、確かに規則性がなく難しい。

 日本では「あのペン」「そのペン」と表現できるところも、英語だと「that pen」とは表現できても「it pen」とは表現できない。

『そのあたりにテレパシー因子が関係してくるの。だから、つまり日本人にはオードル・ト・レール人の遺伝子が比較的色濃く残っているっていうことね』

 ……よくはわからなかったけど、なんとなく言いたいことは理解した。

 つまり、日本語話者同士のコミュニケーションはなんとなくの言語でも通じるが、外国語話者同士のコミュニケーションにはなんとなくの言語が通用しないということ。

 主語動詞を必ずしも必要としないことからも日本語のアバウトさは窺える。

 そのアバウトなコミュニケーションを可能にしているのが、オードル・ト・レール人の遺伝子にあるテレパシー因子なのだろう。

『だからこそ、日本人である刺身ちゃんが「鍵」に選ばれたの』

 曖昧な理解度で納得していると、リノが気になることを言ってきた。

 ……鍵って、どういうことだ?

 これまでの流れから言えば、刺身はオードル・ト・レール人の遺伝子を一際色濃く受け継いだ個体で、その遺伝子が地球の環境に合わないことで精神異常を起こし地球を滅亡にまで追い込んでしまう危険性のある女の子だ。

 しかし、レベルアップしてレベル百になることで彼女は完全な地球人になれるはずだったが――

『彼女は、鍵よ。地球人を再び集合的無意識にまで落とす鍵』

 機械のように無機質なテレパシーを送ってくるリノ。

 オードル・ト・レール人は機械だと言っていたが、それを身をもって感じるような冷たさだ。

「つまり……刺身のレベルアップは、本当は刺身を地球人にする処置なんかじゃなくて……地球人全員にテレパシーを使えるようにするための段階だったっていうのか⁉︎」

『それだけじゃないわ。集合的無意識でつながった人類は、パソコンをたくさん繋げて出来ることを増やすように、出来ることが無限に広がる機関となるの。例えば、考えたものを瞬時に具現化したり、永遠を作り出したりね』

 リノの言葉に、人間が機械だという彼女の話を思い出す。

 つまり、精巧な機械であるところの脳を数十億個繋げることで考えられないような奇跡を起こすことの出来る装置が誕生するということだ。

『……本当によかった、察しのいいフカをすっかり騙すことに成功して。あなたがやっていたのは、地球を救う行為なんかじゃないの。あなたがやっていたのは……地球人に眠るオードル・ト・レールの遺伝子を再び引き出し、地球人全員をオードル・ト・レール人の奴隷としての機関にするための行為だったのよ』

 言うと、彼女は俺の部屋の中央に空間を広げる。

 真っ暗な闇の空間を作り出し、そこに手を入れた。

 ――すると、出てきたのは学校にいるはずの刺身だった。

 状況が掴めないらしく、リノと俺を見比べて狼狽えている。

「お、お兄様……と、口のない小学生……? ゆ、夢でしょうか……?」

「気を確かに持て! これは現実だ! ええと……俺の意識を読みとれ!」

 頭を押さえてフラフラする刺身の肩に手を置き、揺さぶる。

 彼女がいつも通り読心術を使えるなら、この複雑な状況もすぐに理解できたかもしれない。

 でも――

『無駄だよフカ。刺身ちゃんの読心術は一時的に停止しているもの』

 オードル・ト・レール人によって、彼女の能力は停止させられてしまっていた。

 読心術を使えない刺身が、すぐにこの状況を理解できるはずもない。

『あなたが読心術と言っているのも、集合的無意識の一つ。でも、精度は低いし表面的なことしか理解できないの――だから、今から全てを分かり合える機関を作ってあげるね?』

 言い終わると、リノは刺身にゆっくりと近づいていく。

 一歩一歩、しっかりと踏み締めて刺身の前へ。

 そして――刺身の目をしっかりと見て、目を閉じた。

 直後、刺身は眩い光を放って爆発する。

 今までのレベルアップの中で、最も激しい光の暴走だ。

 目を閉じていても、瞼の裏まで灼き尽くされそうな光の暴力。

 俺は、その場に立っていることさえままならなかった。

 


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