『今、刺身ちゃんにはフカが殺されているシーンを創造して付与した。テレパシーによる体験は、現実で経験したのと何も変わらない事実として脳が処理する。だから、彼女は最後のレベルアップを悲しみと怒りで達成した。……フカ、ごくろうさま。人類は、一つの機関に成り下がることに成功したわ』
遠のく意識の中で、リノの声が聞こえる。
刺身は……? 刺身は、無事なのか……?
真っ白に初期化されていく意識の中、唯一脳内に残ったものは後悔だった。
もし、あのときリノの表情に見えた翳りに気付くことができていたら。
もし、俺がリノのいうことを鵜呑みにしていなかったら、普段どおりの生活を続けることもできていたんだろうか。
いつの日か見た夢を思い出す。
日常の儚さ、脆さを教えてくれた夢のことを。
あの時俺は後悔したはずなのに、どうして人は過ちを繰り返すんだろう。
大好きだったミュージシャンが亡くなった時も、刺身がピストルと手錠を持っている不可解な夢を見た時も――何度だって同じ後悔を繰り返してきたはずだ。
それでも俺は、まだ伝えることができなかった。
刺身に、自分の気持ちを。
幼い頃、刺身が俺の後ろをチョコチョコとついてきていた頃から胸に抱いていた想い。
何度も何度も、彼女に伝えようとして諦めた胸に秘めた想い。
彼女――刺身に対する、溢れんばかりの恋心を。
段々と、自我が無くなっていくのを感じる。
体温や鼓動、皮膚に当たる空気の感覚がまず初めに消え失せ、意識がなくなる。
そして、頭の中が完全なる虚無。真っ白になって、無意識になる。
それから、徐々に周囲の人間の記憶や思考がなだれ込み――
人間は、ついに集合的無意識で繋がった存在へと成り下がった。
『すごい……! すごいよ、地球人……! これは、オードル・ト・レール人にも勝るほどのエネルギー、破壊力、思考力! これで、我々は世界を一からやり直すことができる……! これほどの機関が存在すれば、どんなシミュレーションだって……どんな記憶、生命体、永遠を作り出すことだって可能になる! さあ、手始めに永遠を作り出して! 永遠を作り出して、オードル・ト・レールを永久のものにするの!』
リノがテレパシーで命令すると、地球全体が産声を上げる。
ついに今、ここに地球人全員を動力源とする機関が誕生したのだ。
あるところには菫の花が咲き、またあるところには蓮の花が咲き。
また別の場所では菊の花が香り、またあるところでは牡丹の花が咲き乱れた。
『それじゃあ、刺身。オードル・ト・レールへ行きましょう。あなたはわたしたちと一緒に来て、地球機関の鍵としての役割を果たすのよ』
伝えると、リノは宇宙船に刺身を乗せて宙へと浮かんでいく。
その先端は、ただ一点だけを鋭く捉えていた。