「……まいったな……」
「お兄様、目覚めたんですね?」
人型の機械に宿ったフカヒレの意識は事態が飲み込めないようで、ジタバタと暴れながらここがパラレルワールドなのではないかと思考を巡らせている。
「ごめんなさいお兄様、普通にさっきの二時間後です」
刺身は、落ち着いた様子で言う。
しかし、彼女は久しぶりに兄に会えるという興奮で二つの大失敗を犯していた。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉ!」
信じられないといった風に叫ぶフカヒレ。
それもそのはず。
まず、彼女の言った「二時間後」が指しているのは彼女がオードル・ト・レールに連れてこられてから二時間が経過したということ。もちろんその時地球にいたフカヒレにそんなことを伝えても、彼は知る由もない。
さらに、彼女のいう二時間とはオードル・ト・レールの時間での二時間だ。
リノの説明にもあった通り、オードル・ト・レールの時間の進みはゆっくり。
だから、この星ではたった二時間のことでも地球では数年が経過していることになる。
「わたし、お兄様が眠っている間にレベルアップについて色々と調査を進めてみたんです」
「二時間の間によくこんな意味不明な現象を調べられたな……」
よって、話が噛み合うはずなどないのだが――
刺身は、自身が起こしたそれ以上のもう一つの失敗にも気がついていなかった。
しかし、フカヒレが脳内で繰り広げる戸惑いの会議を傍観するうちに彼女は気付く。
「未知の現象……? お兄様はなにを仰っているのですか……?」
「え……だって、お前の額にレベルアップの文字が表示されたのはさっきの一回だけで……それ以外はなにもレベルアップについて知らなかっただろ?」
――彼女の呼び出したフカヒレの意識が、同時間を生きるフカヒレの意識では無かったことに。別の時間に無意識下にいた、フカの意識であったことに。
「お兄様、申し訳ありません」
だから、彼女は謝罪の言葉を口にした。
そして、片手に持っていた拳銃を構え引き金を引く。
クラウド上からダウンロードした意識は、謂わばコピーのようなもの。
だから、殺してしまえばその記憶は抹消される。
彼女は、自らにこれは単なるフカヒレの意識のコピーに過ぎないと言い聞かせ引き金を引く。
「またね、お兄様」
そして次の抽出では絶対に失敗しないことを心の中で約束し、必ず兄に再会できることを願って「またね」とおまじないのような挨拶を口にした。
「絶対――お兄様を、取り戻してみせるんです!」
彼女は、奮起した。
過去のとはいえ、最愛の兄に擬似的に会うことでやる気にさらに火がついたのだ。
彼女は、端末に不備がないかをもう一度入念に調べ、改善。
それから、再び兄の意識の抽出に取り掛かる。
しかし――
『地球機関の崩壊を確認。直ちに点検せよ。繰り返す。地球機関の崩壊を確認。直ちに点検せよ』
けたたましいサイレンの音と赤く点滅するランプ、それから異常事態を知らせるアナウンス的テレパシーによって彼女は研究の中断を余儀なくされた。
それから突如として真っ赤に照らされた真っ白な部屋に、光が差し込んでくる。
光の方角を向くと、開いた扉の奥に少女が立っていた。
『刺身、貴女……何が起こっているというの⁉︎ どうして地球機関が……!』
どうやら、慌てている様子だ。
彼女は刺身に詰め寄るが、刺身だって何が起こっているのかさっぱりわからない。
「地球機関……つまりお兄様たちになにかあったんですか⁉︎」
『そうだけど、どうして貴女は知らないのよ! それに、どうして普通にしていられるの……! まさか、貴女は集合的無意識の鍵でありながら、意識を取り戻したというの……?』
驚愕するリノだったが、驚いている場合ではないと気を取り直し、直ちに地球へと向かう準備をする。
『刺身、貴女も来るのよ……! ああ、全く意味がわからない! どうしてこんなことになったのかしら……わたしたちの計画が無茶苦茶じゃない!』
それから、リノや刺身を乗せた宇宙船は再び地球へと動き出した。
肌寒い宇宙船の中で、刺身は直感する。
(この反逆は……きっと、お兄様が……)
*