デクさん 作:ペコ
『君はヒーローになれる』
堂々たるナンバーワンヒーローからの激励──緑谷出久のヒーロー願望が真に形を成したのは、この言葉があったからこそだろう。ヒーローになりたいという漠然とした憧れは、無個性という壁によって『憧れ』止まりであったのだ。
心の底からヒーローになろうと考えていたのならば、常日頃から体の一つも鍛えていただろう。心のどこかで『無理だ』という思いがあったからこそ、彼はいじめられっ子であり続けたのだ。
しかしその憧れは今、追い求めるべき理想となって出久の手中にあった。半年近くに及ぶ修練──浜辺に討ち捨てられた大量のゴミを撤去するという作業。
明らかに重機を使って臨むべき重労働を、彼は自分一人の手でやり遂げたのだ。自然、貧弱であった身体もそれ相応に──どころではなく、もはや何かの改造手術を受けたのではないかと錯覚する程に見違えていた。
「これが半年前の君の体。そして──見ろよ! 今の君の姿…!」
「…ハイ!」
身長二メートル十センチ。体重百五十キロ。筋肉の鎧に包まれた出久の体は、理想とするオールマイトの姿を一回り小さくしたような出で立ちとなっていた。ビフォーアフターも真っ青である。
「いや、ハイじゃなくて……キミ誰!?」
「えぇぇっ!? ず、ずっと見ててくれたじゃないですか! 緑谷出久です!」
「いやまあ、そうなんだけどね。でも骨格まで変わるのはいくらなんでも……実は個性あったりしない?」
「そうだとしたら嬉しいんですけど…」
『成長』と言うには無理がありすぎる出久の姿を見て、冷や汗をかくオールマイト。半年間で少しずつ大きくなったとはいえ、やはり違和感は拭えない。しかし無理難題と言える修練をやり切ったのは事実なのだから、力の譲渡を今さら反故にする訳にもいかないだろう。何より、緑谷出久の志と在り方は何一つ変わっていないのだ。
「予定よりも数ヶ月近く早くなってしまったが──君は確かに権利を勝ち取った!」
「…っ! オールマイト…!」
「だが肝に銘じておきたまえ! 君はまだ『受け取った』だけ! 使いこなすにはこれまで以上にたゆまぬ努力が……必要……かな?」
「疑問形!」
「いや、私も割とすぐに使えるようになったからね。緑谷少年もそこまで体が出来ていれば、それほど苦労することは……ないかもしれない」
「そうなんですか?」
「まっ、なにはともあれ入試までの四ヶ月! 今度はワンフォーオールを使いこなすための修行といこうか──…? どうかしたかい?」
「いえ、その……力の譲渡ということは、僕に力を渡してしまえばオールマイトは…」
「ああ、そのことか。確かに君に力を渡してしまえば、後は衰えていくばかりだろう……しかしすぐにどうこうという訳じゃないさ。力の残滓だけでも充分に戦える──君がヒーローになるまで! 平和の象徴となる日まで、私はそうあり続けよう!」
「…! はい!」
──力は受け継がれ、新たなヒーローの卵が産まれる。緑谷出久という少年にとって、人生が変わったと言える大切な日。そしてその日は、最高のヒーローの卵が産まれた日でもあった。
■
『雄英』一般入試実技試験会場。その建築物の目の前で、出久は武者震いをしていた。学生にとって受験とは、人生という長い道において、大きな試練である。まして日本最難関とも言える雄英の受験ともなれば、とても気が強いとはいえない出久にとって『壁』そのものだ。
『健全な肉体には健全な精神が宿る』という格言通り、出久のどこかオドオドとした雰囲気は鳴りを潜めていたが──人間、そう簡単に気質が変わる筈もない。見た目は筋肉マッチョでも、基本的な部分ではやはり『緑谷出久』であった。
そしてそんな彼に、乱暴な声をかける人物が後ろからやってきた。
「どけデク!」
「かっちゃん!」
「──俺の前にデケェ図体で立ち塞がるんじゃねぇよ! …成長期かクソが!」
「う、うん……その、お互い頑張ろうね!」
「…ケッ!」
『爆豪勝己』──出久の幼馴染であり、イジメの首謀者ともいえるクラスメイトだ。しかし自分をイジメている存在であるにも関わらず、出久は彼のことを嫌いにはなり切れていない。とはいえDV被害者の依存的なものではなく、どちらかというと憧れに近いものだろう。
筋肉の塊になってからは、ほんの少し当たりが弱くなったな──などと考えながら、出久も歩き出す。やはりパワーは全ての問題を解決するのだろうかと、物騒なことを呟いていたのが悪かったのか、大した高さもない段差に躓く出久。とはいえ鍛えた体幹がその程度のことで揺らぐことはない。そのまま空中で三回転捻りを決めて華麗に着地した。
それに少し遅れて、背中に軽い衝撃を感じる。出久が振り返ると、そこには妙な姿勢で目を丸くする少女の姿があった。状況と感触から考えて、背中に体全体をぶつけてしまったのだろうと考え、出久は慌てて謝った。目の前を歩いている人間がいきなり空中三回転捻りを決めれば、それは驚くだろうと。
「す、すいませんっ! 怪我はなかったですか?」
「あ、やっ、こっちこそ変な気を回しちゃったみたいでっ! 転んだら縁起悪いかなって、個性使おうとしたんだけど……その、逆にぶつかっちゃって、へへ」
「えっ、あ……ううん、その、ありりゃ、ありがっ…」
『お互い頑張ろう』と手を振って去っていく少女を見て、出久はどもって上手く喋れない自分にため息をついた。どれだけ筋肉がつこうとも、女子とのお喋りは彼にとって未知の領域である。学校生活に必要な最低限を除けば、出久の生活に『女子との会話』は存在しないのだ。
気を取り直して試験の手続きを終え、説明会場へと入る出久。憧れのヒーローの一人である『プレゼント・マイク』に感動したり、幼馴染と微妙なやり取りをしたり、それを注意されたりと少しの騒ぎはあったが──遂に試験が始まろうとしていた。
ピチピチのジャージを着て試験会場に赴くと、出久は自分が視線を集めていることに気付く。もっとも、それは悪意というより少しの恐れである。
異形型であれば、多少大きかろうがおかしかろうが奇異の視線を向けられることはないだろう。しかし出久は二メートルを超えた筋肉マッチョでありながら、普通の男子中学生なのだ。良い意味でも悪い意味でも目立つのである。
とはいえ、そんな視線も彼にとっては慣れたものだ。ドーピング気味に成長していく出久を見て、中学のクラスメイト達は同じような視線を送っていたのだから。
『おい緑谷、ちょっとメロンパン買ってきてくれや……お前なんか大きくなってないか?』
『おい緑谷ぁ、悪ぃけど代わりに掃除頼むわ……それはそうとお前なんか大きくなってねぇ?』
『おい緑谷……さん、前に貸してもらったお金返しますね。また大きくなりました?』
『緑谷サン! お疲れっす! また大きくなったっすね!』
一カ月ごとに態度が変わっていくクラスメイトを見て、やはり筋肉は偉大であると理解を深めた出久。そしてそんなことを思い返していると、あまりにも唐突な『ハイ、スタート』の合図がかかる。出久を含むほぼ全員が面くらい、そして一泊置いたあと弾かれたように走り出した。
「実戦に合図はない……その通りだ。だからこれは試験でもなく訓練でもなく──実戦…!」
意識を切り替えた出久は、走り出したライバル達の背中を見詰め、一つ頷いた後に足を止めた。周囲を冷静に見渡し、全体を見渡しやすそうなビルの屋上へと目を向ける。
ワンフォーオールを得た後の四ヶ月──出久は『ヒーローの在り方』について多くを教わったのだ。力の制御自体は、オールマイトが予想した通り短期間で習得できた。そして余った時間は『力をどう使うか』という、精神に重きを置いた訓練に費やされたのだ。
あらゆる個性が蔓延する現代において、『ワンフォーオール』は破格の強さをもった個性である。少し使い方を誤れば、人は容易く千切れ建物は崩壊する。だからこそ扱いは慎重に、しかし人々を迅速に救い、そして周囲への被害を出来る限り少なく収めなければならない。
そのために必要な術は『自分がどう動くべきか』を瞬時に見極める判断力。故に出久は戦場の動きを観察するため、ビルの屋上へと跳んだ。
敵と味方の動き、そして自分がどう動けば被害を最小限に抑えられるか。元より『観察』は得手としていた出久だ。そこに理想を可能とする力が加われば──
「えっ?」
「…は?」
「なっ…!」
人間大の弾丸と化した出久は、戦場を縦横無尽に駆け回った。さながらジュニアリーグの試合に参戦したトッププロとでも言うように、ポイント問わず敵を破壊していく。何が起きたのか理解すら出来なかった人間もいる有様だ。動体視力の弱い人間であれば、次々に敵が爆散していくようにしか見えないだろう。
「…っし!」
ゼロポイントの巨大な化け物すら叩き潰した出久は、怪我をしている人間がいないかを確認し、一息ついた。獲得したであろうポイントを脳内で計上していると、やがて終了の合図が鳴り響く。
よほど何かを見落としていない限り、合格のラインには達している筈──と、バクバクする心臓を落ち着かせる。どれだけ強かろうと、やはり彼の小心癖は治らないようだ。
──そして一週間後。彼のもとには、当然の如く合格通知が届いた。