デクさん 作:ペコ
入学初日──出久は胸を高鳴らせながら雄英高校の門をくぐった。ヒーローとしての第一歩、いったいどのような出会いが待っているのか。
筋肉マッチョと化してはいても、出久はコミュニケーションがあまり得意ではない。そして人の印象というものは、第一印象でかなりの部分が決定付けられる。故に最初の挨拶が肝心なのだ。
早めに登校して全員に挨拶をしてみようか──そんな考えを持って初登校に臨んだ出久であったが、広すぎる建物に戸惑い、校内で迷ってしまうという失態を犯す。
結局、目的の教室に到着したのはほぼ最後という体たらくだ。このおっちょこちょいぶりこそ、彼がイジメられやすい要因とも言えるだろう。
そして出久がおそるおそる教室へ入室すると、早速と言うべきか幼馴染が問題行動を起こしていた。見るからに真面目くんといった風体の男子と、見るからに不良でございますと喧伝している爆豪勝己。両者がぶつかるのは必然であった。
ヒーローを目指しているとは思えない勝己の言動に、少し引き気味の男子。そんな彼は出久の姿に気付くと、諍いを止めてそちらの方へ歩き出した。
「──俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ! よろしく頼む」
「あ、ど、どうも……折寺中学出身の緑谷出久です」
「試験では遅れを取ってしまったが、俺もこの雄英に入った以上は君を超えるヒーローを目指そうと思っている! 共に精進していこう!」
「あ……うん! よろしく!」
差し出された手を握り返した出久は、久しぶりにまともな友人を得たことに感動を覚えた。小学生の半ばにもなればヒエラルキーというものは自然に出来上がり、常にその底辺をさまよっていた出久は『対等な関係』を築けなかったのだ。ヒエラルキー最上位の勝己に目を付けられていた関係上、誰も関わろうとしなかった影響もあるだろう。
──そんな過去のせいもあってか、出久はジーンと感動しながら“強く“手を握り締めた。
「…緑谷くん? みどっ、みっ゛──手が折れぇあ゛ぁぁぁ!!」
「──はっ! ご、ごめん! 大丈夫だった!?」
「あ、ああ……ギリギリ大丈夫だったが、次からは気を付けてくれ」
貴重な友人をいきなり失いそうになり、慌てて手を放して身を引く出久。申し訳なさと焦りから、勢い余って教室の外まで出てしまう始末だ。
もはや人の速度を超えたバックステップであったが──そんなところに、遅刻ギリギリで滑り込む一人の少女がいた。あまりに絶妙なタイミングの突撃は、筋肉の塊との衝突を引き起こし……彼女は物理法則に従って廊下の壁にめりこんだ。
「ぐげぇっ!!」
「あぁぁっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「大丈夫か君! 婦女子にあるまじき声が出ていたぞ!」
「う、うぅ……これが雄英の洗礼…?」
「い、急いで保健室に!」
パンツ丸出しのあられもない格好で倒れ伏した少女は、ピクピクと震えながらも懸命に立ち上がろうとしていた。そんな彼女の姿を見て、出久は慌てて支えに入る。まだ学校生活すら始まっていないというのに、いきなりセクハラと暴力事件だ。少女の心配をしつつも、『退学』の二文字が脳裏をよぎり青ざめる。
兎にも角にも保健室に運ぼうと、少女を抱き抱えて走り出そうとするが──その第一歩目の足音は“ドゴォッ”という不吉な響きであった。
出久が唇を震わせながら足元を確認すると、そこには寝袋に身を包んだ男性の顔面があった。何故そんなところにそんな姿で寝転がっていたのかは不明である。
「うわぁぁぁっ!?」
「ぐぎゅぅぅぅっ!?」
「み、緑谷くん! 彼女を絞め殺す気か!?」
「はっ…!」
驚きのあまり、少女を強く抱きしめる形になった出久。潰れたカエルのような声を出しながら、泡を吹いて失神する少女。次から次へと起こるとんでもない事態に、出久は遂にフリーズしてしまった。
「共に精進しようと約束したばかりだが……痴漢行為に校内暴力。これは退学も有り得るか…?」
「ひいぃっ!?」
──その後、保健医であるリカバリーガールの個性によって二人は回復し、不幸な事故ということで一件落着と相成った。そして出久の第一印象は『そそっかしい』『うっかりや』あたりに落ち着き、近くにいるとちょっと危ないという、極めて正しい認識を持たれるのであった。
■
『個性把握テスト』
その名が示す通り、各々の個性を把握するためのテストである。通常の学校であるならば、測定に個性を使用するのは厳禁だ。個性は既にありふれた超常であり、既存の体力測定でいったい何を測れるのだと、そんな疑問の声も少なくないが──それでも学校は生徒を『型』と『枠』に嵌めたがる。
そして雄英高校がそんな枠にとらわれるかと言えば──圧倒的に否だ。ヒーローを目指す子弟が集うこの場所で、画一的な平均を求める欺瞞など有り得ない。個性を存分に発揮し、人の限界を超えた記録こそが称賛されるのだ。
「おいデク…! 図体がデカくなったからって調子に乗ってんじゃねぇぞコラァ! 自分の個性にも気付けねぇ間抜けが! この俺に勝てるわけねぇよなあ!」
「う…」
テスト第一種目『五十メートル走』。二名ずつ走力を測るこの種目で、出久の横に立ったのは爆豪勝己であった。そして彼の傲慢な発言の真意は、まず一つが『巨大な自尊心』。そしてもう一つが『出久への対抗心』である。
知らぬ間に出久が強大な力を手に入れていた──
出久が訓練を開始した当初のクラスメイトの反応は、困惑と失笑、あるいは憐憫と嘲笑のいずれかだった。典型的ないじめられっ子が四六時中トレーニングをし始めれば、それも無理はないだろう。
授業中は右手でノートの書き取り、左手はハンドグリップで握力の強化。休み時間はダンベルに腹筋背筋腕立て伏せ。昼休みとなれば早々に食事を終え、校庭をひたすらに走り回る。
その行動がイジメへの対抗心からだと思う人間もいれば、本気で無個性が雄英を目指そうとしているのかと憐れむ者もいた。
しかしその動機がどうであれ、一日ごとにどんどんと増えていく練習量は、クラスメイト達からすれば『常軌を逸している』としか思えなかったのだ。身近な人間が狂ったようにトレーニングをしていれば当然の反応だろう。
そして何よりクラスメイトを驚かせたのは、その『成果』である。日を追うごとに背は伸び、筋肉は膨れ上がり、ダンベルは重さを増していく。そんな出久を見た人間が何を思うかなど、知れたことだ。
『ああ、これが彼の個性だったのか』──という結論である。
個性とは複雑怪奇な超常であり、本人が個性をしっかり把握していないこともざらにある。もしそれが非常に分かりにくい個性であれば、発現していたとしても気付かないのではないか──クラスメイトはそう
筋トレすればするほど力を増すような個性か、違うとしても似た類のものか。なにせ元が貧弱なもやしっ子で、およそ体を鍛えたこともないような体型であったのだ。今まで自分の個性に気付いていなかっただけの可能性も、なくはないだろう。
仮にその『可能性』が矛盾を内包していたとしても、出久が筋肉お化けへと変貌していくのは揺るぎない事実なのだ。百聞は一見に如かずの格言通り、出久の筋肉はクラスメイトの疑問を視覚で黙らせたのである。
もちろん爆豪勝己という少年もその例に漏れず、多少の疑念は覚えながらも出久の個性発現を受け入れていた──それと同時に、対抗心も。
「筋肉野郎はノロマっつーのが相場だからなぁ! 俺に追いつけるもんなら追いついてみろやデク! ──爆速ター……ん?」
「緑谷出久! 0.2秒!」
「ざけんなゴラァァ!!」
「爆豪勝己! 3秒92!」
十カ月に及ぶハードトレーニングと、如実に表れる成果を目の当たりにすれば──いくらプライドの塊である勝己であっても、緑谷出久という存在が脅威であると認めない訳にはいかなかった。
特に
第二種目『握力測定』
「あっ…! こっ、ここ、壊れっ…!? ど、どうしようかっちゃん…!」
「そのくらい俺にもできるわクソが!」
「…爆豪、次に器具を爆発させたら弁償してもらうからな」
明らかに『理想のヒーロー像』に近付いていく出久を見て、勝己も焦りを覚え鍛錬に努めたのだが──いかんせん彼の個性は目立つ。一般人の個性使用に関しては、ある程度まで暗黙の了解として見逃されているのがこの国の現状だ。しかし『爆発』を伴う個性の訓練など、近所迷惑どころか通報ものである。結果として勝己の訓練は、普通に体を鍛えるだけにとどまったのだ。
第三種目『立ち幅跳び』
「先生、緑谷がグラウンドから消えました」
「測定不能だな」
「先生、爆豪が緑谷を追ってグラウンドから消えました」
「足は?」
「一応ずっと浮いてました」
「測定不能だな」
しかしその『焦り』は、勝己にとって良い変化をもたらした。常軌を逸したトレーニングを続ける出久の姿と、それが報われたかのように開花した超パワー。
己を天才だと信じて疑わない勝己であったが、努力が天才を凌駕することなど、コミックではむしろ有り触れた展開だ。自分だけが特別であるという慢心は消え、肥大化した自尊心はじわじわと
第四種目『反復横跳び』
「先生、緑谷が増えました」
「速すぎて残像が見えてるだけだ」
「オラオラオラオラオラぁ!」
「落ち着け爆豪」
とはいえ出久を『ライバル』だと認めるのは、勝己にとって中々に難しかった。長年にわたり見下していた存在と対等に接せられるほど、大人にはなり切れなかったと言うべきだろう。故に、出久へ接する際の勝己の態度を端的に言い表すならば──『ツンデレ』というのが正しいかもしれない。
第五種目『ソフトボール投げ』
「先生、緑谷のボールが空中で粉々になりました」
「音速の壁にぶつかって自壊したんだろう」
「先生、爆豪のボールが投擲と同時に爆散しました」
「爆豪、あとで請求書送っとくからな」
「クソがぁぁ!!」
「か、かっちゃん落ち着いて…」
「入試一位と二位のコンビ、ぶっ飛んでんなぁ」
「あぁん!? 誰がコンビだクソ髪野郎!」
「口悪いなおい」
ほとんどの種目で馬鹿げた数値を叩きだした出久に、負けじとそれに食らいついていく勝己。そんな二人の姿は、優秀なヒーローの卵であるクラスメイト達からしても、凄まじいものとして目に映った。とはいえ、それで心折れるようなヤワな子供はいない。むしろほとんどの者が奮起したと言っていいだろう。
──波乱の一日目であったが、こうして出久の学校生活は始まったのだ。