Vividの二次創作   作:駆け出し始め

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「全く、…………医者の不養生と言う言葉が在るが、医者の自殺行為という斬新過ぎる言葉を創ろうとしたと知った時には憤慨したぞ?」

「……面目の次第も在りません」

 

 怒ると言うよりは叱っていると容易に感じられる言葉を掛けられ、ベッドに横たわった少年は力無くだが素直に反省の言葉を返した。

 そしてその余りに力無い言葉から、長い昏睡状態から漸く目が覚めたばかりの時に叱るのは拙かったと思ったらしく、更に周囲から、[第一声は先ず労われ!]、という視線で刺され捲くった為、急いで労わりの言葉を紡ぎ出した。

 

「ま、まあ、海の輩に拉致された上に交わした約を違えぬ為に戦ったのだから、反省しているなら此れ以上叱責する必要は無いな。何しろ被害者が自衛や幼児の防衛の為にした行動を叱責など出来るはずも無いからな。うむ」

「……易え、休暇中であったとは言え、相手の強権に抵抗する為、公人として、持ち得て、いる、拒否権、を、……行使、……すべき、……でし、……た」

 

 息も絶え絶えと言うどころか、単純に発声するだけの体力が尽きてきたらしく、少年に繋がっている周囲に在る様様な機械が示す数値が減少し始めた為、控えていた医者が視線で面会者達に面会の打ち切りを促してきた。

 すると代表者でもある今迄話していた男は直ぐに終わると視線で返すと、労わるとも咎めるとも付かない声音で言葉を掛ける。

 

「……余り責を抱え込むな。

 お前は確かに管理局に所属する技官だが、客員なのだ。

 要請に応えて傷病者を治療するのが課された役割であり職責だが、緊急時は庇護を求めて何ら問題が無い立場でもあるのだ。

 況してや、救援要請を周囲の状況を考慮して控える必要など微塵も無いのだ。

 

 ……仮令此れから新しい医療革新や技術革新を齎さずとも、今後最低15年は貴君には後進の指導に当たってもらわなければ、陸や海を問わずに人類全体にとって大きな損失なのだ。

 そしてそれは公開意見陳述会の中止すら超えかねない損失である以上、上に立つ者として貴君の判断には大いに憤りを感じる。

 無論、違法でもなければ職責から逃げたわけでもないので咎めることは出来ぬが、貴君は自身に寄せられる多大な期待を蔑ろにする判断を下したということだけは胸に留めてほしい」

「………………はい」

 

 冷徹な為政者としての判断の下、私情を完全に取り払った上で、公人として最低限言うべき言葉を確りと口にした。

 そして少年も相手の立場と自分の価値を十分に解っている為、少なからず言い返したいことは在るものの、素直に了承の意を返した。

 すると厳しい顔で語りかけていた男の顔が途端に軟化し、罰が悪そうな顔をしながら立ち上がって背を向けると、先とは打って変わって小さな声で言葉を零す様に告げる。

 

「まあ……儂個人としては……悔いの無い選択をした上で生きていてくれて何よりだがな」

 

 言い終わるとほぼ同時に、此れで話は終わりだとばかりに男は出入り口へと向かい歩き出した。

 そしてそんな男の後姿に、横たわる少年とその主治医だろう者以外は苦笑を浮かべながら後に続くべく立ち上がると、余り長く成らない様に注意しつつ、横たわる少年へ声を掛けていく。

 

「此れを機に、体以上に気を休めるといい。

 お前は気を張り過ぎだからな」

「隊長の言う通り、確り休みなさいね。

 みんな早く元気になったあなたを見たいんだから♪

 

 あ、それとメガーヌが、[許可が下りたら直ぐに凄いお見舞いの品持っていくから、楽しみにしといてね♥]、だって」

 

 そう言うと二人の男女は出入り口で待つ男の下へ移動する。

 そして最後に残った女性が横たわる少年を覗き込みながら、静かに尋ねる。

 

「此処に来れず気落ちされていた彼女と件の幼児に、何か伝えることは在りますか?」

 

 現在少年は関係者以外面会謝絶となっており、関係者である最初に話していた男性だけが面会可能な関係者なのだが、自分が要人だということを理由に2名を護衛として、そして今話している女性は秘書官として随伴させているものの、それ以外は如何に圧力を掛けられようとも関係者が居ない限り絶対安静という題目を掲げて病院側が全ての面会を断っており、名家の息女や有名人の義娘であろうと遠慮容赦無く受付で追い返されてしまう為此の場に来ることは叶わず、幼児の方は兎も角少年にしては珍しく同年代で交流の在る彼女には色色とお節介を焼きたい女性は、少年の傍の医者に迷惑な顔と視線を向けられながらも尋ねてみた。

 

 すると少年は少し瞑目すると、僅かな苦笑を浮かべながら言葉を紡ぎ出す。

 

「病は…………気から。

 …………気にせず…………健やかに…………過ごす……よう……に。

 

 ……と」

 

 余程衰弱しているのか、言葉を締め括ると、たった一文字で伝言を頼む旨を伝える少年。

 そしてその言葉を受けると女性は首肯を返し、静かに立ち上がった。

 

「伝言、確かに承りました。

 それと墓の掃除等は責任を持って代行致しますので、御心配なされずに御静養為さって下さい」

 

 女性がそう告げると、少年は瞼が閉じられかけている眼で辛うじて礼を返した。

 そんな少年を見、誰もがそろそろ少年の体力が付きかけていると悟り、女性が出入り口で待っている三人の下に合流すると、四人は少年の横にいる医者に黙って頭を下げた。

 そして最後に、四人が退室する直前、今にも閉じられそうな瞼を辛うじて開け続けている少年を見た後、気密室の扉が開く独特の音がして扉が開くと、静かに退室した。

 

 

 

 四人が退室し、静かに扉が閉まると、少年は気絶とも言える速さで、昏睡と睡眠と言える状態になった。

 

 

 

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 少年の病室から退室した先の四人は、本来ならば沈黙し続けられる程に時間を無駄に出来る状況でないものの、全員とも思う所が在った為無言の儘病院の裏口迄移動した。

 

 ほぼ建前だが、それでも護衛対象が要人なのは本当の為、護衛の男は暑さが落ち着いてきた外へと先んじて踏み出した。

 すると、名門学府初等科の制服に身を包んだ少女が眼に飛び込んで来た。

 

 自動扉の向こう側から現れた見知った顔を見付けた少女は、逸る心の儘に直ぐ様駆け寄る、などという事はせず、傍目にも懸命に逸る心を抑え付けているのが判る程に焦燥した顔で一礼した後、護衛の男に話し掛けて構わないかと、眼で問い掛ける。

 すると護衛の男は信の置ける少女の気持ちを酌み、半身程横にずれ、護衛している男と相対させた。

 

 視界が開けると同時に見覚えのある顔の少女が一礼したのを見た男は、端正だろう筈の少女の顔が長い憔悴で少なからず損なわれているにも拘わらず、他者に払う礼を忘れていない少女に男は素直に感心した。

 元元目の前の少女へ少年が伝言を頼んだのは知っている以上、男は少女の対応に拘わらず、後ろの女性に伝言は伝えさせるつもりだった。

 だが、恐らく初めてまともに相対した少女が自身の想像よりも遥かに素晴らしかった為、男は少しばかり話しをすることにした。

 

「たしか……ハイディ………………」

「ハイディ。……ハイディ・E・S・イングヴァルト。

 通称アインハルト・ストラトスです。ゲイズ閣下」

「思い出せずすまんかったな。

 ……知っている様だが、儂はレジアス・ゲイズだ。

 局員でない君は普通に名で呼んで構わんよ」

 

 男が名前を呼ぼうとするもフルネームでは思い出せずに少し間が空いてしまうが、目の前の男が自分の名前を思い出せていないということを察したアインハルトと名乗った少女は、レジアスが無駄に恥を掻かずに済む様にと直ぐに名乗った。

 するとその年代の一般人(?)にしては硬い言葉遣いで名乗られたレジアスは、言外に公人として接する心算は無いので気楽に構えて構わないと告げる。

 だが、レジアスの気持ちを汲んだ上で少女は――――――

 

「御心遣いは大変嬉しいですが、イングヴァルト家嫡女としての立場が在りますので……」

 

 ――――――と、言外にイングヴァルト家嫡女の小娘と管理局高官の成人男性が堂堂と私的交友を持つべきではないと告げた。

 

 再度少女に気を遣わせてしまったレジアスは、思いの外自分が精神的に余裕が無いのだと自覚すると同時に、目の前の少女が自他の立場を理解するだけの見識を持って尚少年との繋がりを大切にしているのを感じ、嬉しく思うと同時に余り焦らすのも可哀相だと思い、手早く用を済ませることにした。

 

「気遣い感謝する。

 ……正直、勢力拡大の為に娘を宛がってきたのかと思ったが、常識と良識を持った君なら奴の想いを裏切るようなことはなさそうで安心した」

「……易え、何時も何時もカイさんには鍛錬をし過ぎて心配を掛けさせてばかりで……」

「奴のアレは愛情表現だからな。

 気には留めても余り気に病む必要は無い」

「………………はい」

 

 何か反論しかけるものの、結局その言葉を吐くことなく素直に了承の意を返すアインハルト。

 そしてそんなアインハルトを見、とりあえず言いたい事を言い終えたレジアスは話を締め括ることにした。

 

「扠、大分遅くなったが君が知りたがっている奴の現状だが……」

「っ」

 

 意識を切り替えさせる為に話に間を持たせたが、初めからカイと言う少年のことが頭から離れていなかったアインハルトには憔悴を煽るだけの結果になってしまい、レジアスは余計なことをしてしまったと内心悔やみつつも、謝るよりも早く先程面会したカイの現状を伝えた方が安心するだろうと思い、話を続ける。

 

「四肢及び感覚器官の欠損も無く、更に脳の異常も確認されない上、峠は越したから取り敢えずは安心だ」

「             」

「っと!?」

 

 安堵の余り腰が抜けたのか、顔から焦燥が消えた瞬間、アインハルトは膝から崩れた。が、崩れ落ちる前にレジアスが寸でのところでアインハルトに近寄って支え、剥き出しの膝が地面に強打したり砂利で擦れたりするのを防いだ。

 

 直ぐに立たせようかとレジアスは思ったが、余りの安堵に完全に腰が抜けている様なので、丁度近くに腰掛けられる程の高さにある花壇の縁に座らせようと、アインハルトの脇下に手を通して運び始める。

 そして高高10歩にも満たない距離に在る花壇なので疲れを感じる間も無く着き、レジアスは脇下から抱えたアインハルトを花壇の縁に腰掛けさせようとする。が、その前に護衛の男がハンカチを敷き、アインハルトのスカートが汚れないようにした。

 

 丁寧に座らされて10秒程経つとアインハルトは我を取り戻したのか、安堵しきった表情から一転して罰の悪そうな顔をしながら立ち上がろうとしたが、未だ腰が抜けた儘だった為、座った儘頭を下げつつ謝罪しだした。

 

「お……御手数を御掛けしたばかりか、座った儘謝辞を述べるという無礼、本当にすみません」

「それ程安堵する様を見て無礼などとは思わぬし言いもせん。

 寧ろ我に返って直ぐに礼を払うなど、素直に感心する礼儀正しさだ。

 

 それと、峠は越えたが内臓……特に肺と心臓を酷く損傷していたので、面会が可能になるのは1~2ヶ月は先になる筈だ。

 まあ、長期間仕事から離れて患者を放置したりすると、心配の余り凄まじいストレスに襲われるだろう事を考慮し、日に数時間は業務指導出来る様にするので、通信での面会なら1~2週間後に出来るだろうから、奴からの連絡を心待ちにしておくと良い」

「…………御心遣い、本当に感謝します」

 

 座った儘でだが、深く深く頭を下げるアインハルト。

 そしてその謝辞を受け取るとレジアスは踵を返し、丁度良い頃合で来た車に向かいながら告げる。

 

「オーリス……儂の秘書官が、奴から君宛に伝言を預かっている。

 受け取るといい」

 

 そう言うとほぼ同時に護衛の男が車内の安全を軽く確認し終えたので、レジアスは振り返らずに車に乗り込んだ。

 

 

 

 座席に深く腰掛けたレジアスは、直ぐに他の面面も搭乗するだろうが、その僅かな時間でも休もうと軽く眼を閉じると十数時間振りに一息吐いた。

 何も考えずに僅かでも休もうとしたものの、脳裏には今し方話した礼儀正しくも察しの良い少女が思い浮かび、疲れて休みたい最中に何故思い浮かぶのかと不思議に思ったりもしたが、少女の倍以上年を取っているにも拘らず規律も常識も持ち合わせていない馬鹿共ばかり相手にして神経を磨り減らしてきた為、少女の対応に少なからず癒されていたのだと呆気無く考えが及んだ。

 

 対応が殆ど同じな筈の娘に癒されず、殆ど初対面の少女に癒される辺り、レジアスは自身の娘ながら仏頂面の似合う可愛げの無い娘に育ってしまったと僅かに苦笑を零した。

 

 

 

Side Out:病院の裏口

 

 

 


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