「俺を名指しで指名?」
「うむ。他にもナカジマとアルピーノも指名してきた」
「易や、流石にそれは業務に支障を来たす。
どんなに譲歩しても俺かクイントとメガーヌの二人かが限界だ」
そう言うと儂の秘蔵の酒を遠慮無く一気に煽ると、空になった自分のグラスに酒を静かに注ぎ、再び酒で満たされたグラスを軽く揺らして氷で冷やしながら更に続けだす。
「地上はまだ良いが、前回の時点で聖王教会のやっかみは無視出来るギリギリだったが、今回は多分無視出来んだろう。
そして本局は俺達首都防衛隊の戦力が向上することを嫌っている。
…………。
…………最近は海の一部隊が検挙する次元犯罪者を、優に6倍のペースで捕縛乃至殺害しているのだ。
如何にミッドで取引が行われていると言っても、流石に海の面目は可也潰れ掛かっている。
にも拘わらず、カイが新たに提唱した人工進化とも言える理論を、しかもカイが提唱した以上はほぼ確実に成功するだろう理論を、幾ら被験者と雖も抜擢されるのは反感を買い過ぎる。
……………………ふうぅぅっ。
…………前回に前前回の時も、他の医師とカイの技量の差は隔絶し過ぎていて平均上昇幅が3倍も離れている上、理論を一般普及化してしまえば医療行為とは言えん此の技術は今迄以上にカイ本人が執り行うことはないだろう。
事実、本局が再三頼んでいたエースオブエースとやらの限界値への誘導治療は、半ば拉致される以前から本人の人格などを考慮し、自滅と被害を助長するだけと判断して頑として断り続ける程に説得が難しいのだ。
ならば何としても被験者の枠に自分達の切り札を捻じ込み、同時に地上の者は排除したくなるだろう」
「それを十分に理解した上で、頻繁に診察しているが故にお前達の身体に詳しいので失敗時はその原因究明も容易だろうからと言う理由を提示されれば、被験者の指名としては納得せざるをえん。
しかも前期と中期と後期に分けて施術を行い、お前が言った通り辛うじて首都防衛が出来るよう配慮もされている。
しかも、奴は最低でも変動無しに留めて低下はさせないと断言してきた以上、失敗しても変動無しなのは確実だろう。
そしてだからこそ、お前達だけでなくストラトスの少女達と教会の武闘派シスターを指名したのだ。
………………っはあぁぁ。
…………恐らくその話は医師としてではなく奴個人としての応援や礼の心算なのだろう。
目的の為に幾度も戦いに挑むだろう、若しくは挑むことになるだろうお前達が、少しでも無事でいることが出来る様にな」
言い終えると儂が自分とゼストのグラスにトングで氷を入れ、それを見計らってゼストが酒を注ぎながら顰め面で言葉を返す
「医療行為と自衛以外で魔法を使わないのがカイの矜持ではなかったか?
事実、逃げるという選択が在ったにも拘らず踏み止まる選択をした時は、自分の治療以外では拘束や浮遊といった戦闘応用が可能な医療魔法を一切行使せず、挙句の果てに心肺停止どころか脳波すら停止する怪我を負っても尚頑として治療以外の魔法を行使しなかったのだ。
そんなカイがあっさり矜持を曲げるとは思えんのだが?」
「奴曰く、傷病の予防措置として解釈すればギリギリ許容範囲内との事だ。
無論、人格面での判断は更に厳しくせざるをえんらしいが、幸い全員自傷行為やそれに近い真似はせんと判断出来たらしい」
ボトルを受け取って半端に残った酒をラッパ飲みして脇の袋に突っ込み、適当に摘みを口に放り込みながら再びアルコールのショーケースから秘蔵の一品を取り出してゼストに開封を任せるべく手渡し、開封される迄の間に注がれた酒を一気に飲み干してグラスを空け、再び注がれる迄の間に話を続ける。
「今回の論文で怒涛の医療革命は一先ず終える心算らしい。
少なくても3~4年は後進の育成と臨床医としての活動に力を入れる算段らしく、恐らく次にお前達へ何か出来るのは今回を逃せ5~6年後だろうな。
そしてそれ程期間が開けば多少の僻みや嫉みなら十分沈静化させられるだろう。
その上その頃には地上の基盤も固まりかけていて迂闊な圧力は掛けられん筈だ。
報道機関に奴の個人情報関連の一切の報道を禁止しているが、それでも人の口に戸は立てられん以上、口コミで奴の交友関係や引き取った少女等の話が広がり始めている以上、お前達との繋がりを匂わせて迂闊な干渉を封じようという狙いもあるらしい」
「…………ふぅぅぅっ。
………………俺達が気兼ね無く引き受けられる様に取って付けた感が拭えんが、此処迄御膳立てされているにも拘らず断るのも無粋と言うものだな」
「そうだそうだ。素直に受け取っておくと良い。
……………………っはあぁぁぁっっ。
………………分かり易い功績を叉示せば、今度は少将待遇の准将相当官へ引き上げられる。
少将待遇とも成れば正真正銘の将官待遇だ。本局も迂闊に干渉出来ん上、少将待遇の者の護衛や秘書と言う名目を掲げれば大抵の場所には随伴可能だ」
「成る程な。
お前にとっても都合が良い展開に成るという訳か」
実際准将を佐官と考える者も少なくない上、玉虫色で通ってきているからな。
お蔭で准将待遇でも将官待遇をしない相手にも強く言えず、本局の提督達の横暴を可也許す羽目になっているからな。
まあ、数ヶ月前に医師会へ正面切って喧嘩を売って以来は鳴りを潜めているが、油断すればあっという間に保護と言う名目で軟禁されるのは目に見えているがな。
だが、少将待遇に成ったならば文句無しに将官が保有する様様な特権を使用出来、連行や軟禁を強制する事は現行犯で無い限り令状を有さない限り違法だからな。
況してや、奴は地上以外での待遇や相当権限を全て蹴っている以上、患者以外では海や空とは一切繋がりが無い以上、奴が犯罪行為を犯さない限り迂闊に足を引き止めるだけでも問題行為に発展しかねん上、護衛や秘書として何名かを常に貼り付けていても文句を言われんから可也安心出来るな。
………………会話に微妙な間が空いたな。
しかも無言で低カロリーの上に摘みにもなる漬物とやらを厳つい男二人が黙黙と咀嚼する音が響く空間というのは、客観的に見ると可也異様な光景だろうな。
此の儘黙りこくって御開きにするには聊か早い時間帯の上、秘蔵の酒を空け続けているならばそれに見合った話で盛り上がらなければ勿体無いな。
ならば…………此処は矢張りあの話題にするか。
「……時にゼスト。
奴が引き取った小娘……と言うか奴と同年齢だったか? まあ、その小娘は如何している?」
「………………俺は余り関わっていないが、シスター・シャッハに聞く限り、漸く自暴自棄から抜け出してカイに興味を示し始めたと言ったところらしい」
「二ヶ月強も捨て鉢であり続けるとは、……………………ある意味凄まじく気合の入った自暴自棄だった様だな」
粗暴な言動や行動に見合わず、どうやら可也繊細だったみたいだな。
…………易や、奴やストラトスという少女が奇特なだけで、両親を修復不可能な域で失ったり不仲になれば普通は荒れるか。
「まあ、今だからこそ気合が入った自暴自棄などと言えるが、何度か見た時のあの少女は、暴れて怪我をしようが衰弱して倒れようが一切気にした様子が無い程に生きると言うことに執着を失くしていて、唯一カイに対して八つ当たりする時だけ能動的だったからな。
…………どんな容であれ生きる方向へ興味を持ち始めたのは喜ばしい限りだ」
「確かにな。
若い身空で自殺紛いの衰弱死などして欲しくないからな」
「易や、寧ろ衰弱死するならカイの方が先だったろうな。
手術と其の打ち合わせに論文とプロジェクトの調整で疲労困憊の儘帰宅。
件の少女の八つ当たりとその後片付けに奔走し、結局帰宅しても睡眠どころか風呂や食事も儘ならずに家を出る。
出勤して業務の間に秒単位で睡眠を取り、何とか体力を回復しつつ一日を乗り切っては再び帰宅するも、再び八つ当たりと片付けに奔走して家を出るの繰り返しだったからな。
…………一段落して漸く口止めが解除されたメガーヌから聞いた話では、カイの一日の仕事量は大人でも危険な程で、栄養剤や薬剤を頻繁に
「…………医者のオーバーワーク程止め難いオーバーワークは無いな」
限界を見極めてギリギリ最低限の休息を取り続け、栄養剤や薬剤補給をして健康にも最低限気を使っているアピールが出来る辺り、医者の不養生を止められない原因を垣間見たな。
しかも一段落したら直ぐに現在進行形で確り休養を取り続けている以上、無茶を承知でもやらずにはいられんかったと言う訳か。
「…………っっふぅぅぅっ。
………………しかも俺達が本当に無茶をしてでも成し遂げねばならん案件に挑んでいる時は絶対に口を挟まんし、終わっても強制的に休息させたり効率的な休息方法を叩き込むだけで文句は言わん以上、俺達がカイが無茶してでもやり遂げねばならんことで無茶したことに文句を言うわけにもいかんからな」
「しかも周囲の手を借りることもしている以上、少しは周りを頼れというアドバイスすら出来んあたり可愛げが無いっ。
にも拘らず気ばかり揉ませるとは、本っ当に可愛げが無いっ」
オーリスですら士官学校に入学する迄は可愛げが在ったというのに、生き急ぎ過ぎだぞ。
礼儀も知らん機動六課の馬鹿共程でないにしろ、少しは馬鹿な真似をして頼られ甲斐の一つぐらい発揮させてほしいというのに、気が付けば山の様な恩で埋もれ掛けているなど、保護者としての面目が丸潰れだ。
「尋常でない早熟さは認めるが、お前に迷惑掛けないどころか力に成ろうと尽力する様は、眩しくも可愛いものじゃないか」
「…………………………っっっかはああぁぁぁっっっ。
………………奴が自分の身体を治す為に医学を学びたいと言った時は可愛いものだと思ったが、多分その時から既に儂の力に成ることを考えていたのだろうな。
そうでなければ人材不足に特効であっても、肝心の奴の身体には応用程度しか見込めない理論や技術を次次と確立するなど有り得ん」
「だが、カイが人材不足を補う技術や理論を確立させていなければ、J・S事件の際に地上本部は半壊若しくは全壊し、人材も2割強は失うという全滅寸前の状態に成っていた筈だ。
…………ふぅぅぅっ。
………………J・S事件は予測していなかっただろうが、幼児の段階からカイが動き始めていなければ、地上は今頃辻斬が現れても満足に対応出来ない程の体たらくだった事は予測出来ていたのだろう。
当然そんな状況下でカイは自分が笑って過ごすことなど出来んと思ったからこそ、お前が望んでいなくてもお前の力になって今の様にある程度余裕が在る状況にしたかったのだろう。無論、純粋にお前の夢を応援したくもあったのだろうがな。
そして見事に当時思い描いていただろう状況に辿り着けたのだ。
…………ふぅっ。
…………俺はカイを素直に凄い奴だと思うよ。
勿論可愛い奴だとも思うが、矢張りそれ以上に凄い奴だと思うよ」
「ふん。言われずとも儂だって分かっている。
だがな、だからと言って遊びたい盛りの子供……と言うか幼児が大人に混じって医学を学び、学んだ理論と技術を実践する為に後方とは言え前線で負傷者の治療に尽力し、稀有な着眼点や技術を見込まれて研究医として大の大人に混じって研究を始め、世間を揺るがす程の技術と理論を確立して大の大人に傅かれる立場になり、気が付けば名前が売れ過ぎて何処の学府にも生徒として編入が適わない状態に成っていたのだ。
儂の不甲斐無さで奴の人生に於ける選択肢を潰した挙句、儂だけが一方的に得をした状態になってしまった以上、奴には文句の千や二千は言いたくもなる。
が、それでも散散奴に負担を掛けて得をした儂が、一体どの面下げて奴に文句を言えるというのだ?
しかも奴に負担を掛けたが故に得られた技術や理論で儂は助かり、そしてその成果で地上の治安は向上しているにも拘らず、
………………っっくぅぅぅっっっ。
………………奴が成し遂げたことの価値はその恩恵を一番受けている儂だからこそ分かるが、断じて否定出来る類ではない。
だが、それ故に何も言えずに黙っていると、次から次にそれを超える偉業が成し遂げられ、気が付けば奴は当たり前の子供として生活を送れなくなっていた。
しかも儂が反論も注意も出来んのを見越した上でやっているのだ!
是を可愛げが無いと言わんで何と言う!?
忌忌しいとは思わんが、可愛さ無くて憎さ100倍だ!」
当時は幼児だったにも拘らず大人の儂が遣り込められ、今もその時の失態が尾を引いているのだ。
不機嫌の千や二千にもなるのも仕方ないというものだろう。
「レジアス。…………0を100倍させても0だぞ?」
「…………何が言いたい?」
「全く以って素直ではないと思っただけだ。
易や、流石はカイが医師として働き始めた頃から小遣いを渡せず気落ちし、何時か渡そうと思って次次に溜め込み続け、気付けば家を買える程に溜め込むだけはあるな」
「き、貴様何故それを知っているっ!?」
「なに、以前お前が来る迄暇だったので執務室でオーリスと話していた時、お前が素直になれないあまり、此の儘だとカイの結婚披露宴をしても御釣りがきそうな程に溜め込みそうだから如何にかならないものかと言われたのだ」
「オ、オーリスにバレていただと?」
「寧ろ俺はバレていないと思っていたことの方が驚きだぞ。
少なくてもお前がカイ相手に素直になれんのはクイントやメガーヌどころか、ストラトス嬢も気付いているぞ」
「何……だと?」
誰も彼もが儂が奴相手に素直になれんと誤解しているというのか?
……全く以って酷い誤解だな。
是は少なくともゼストにだけでも誤解だと説明せんとならんな。
「……………………………………っっっくはああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ。
……………………いいかゼスト。儂は常に自分の心に在る理想を追い求め、そしてその結果現在で多くの犠牲を払おうと未来にそれを上回る数の命や幸福が在るなら、仮令それで我が身を斬られる決断の果てに辿り着けるとしても儂は決してその選択を避けはせん。
無論最大限足掻きはするが、それでもそれは決断を迫られる直前迄の話だ。
何故なら上に立つ儂が私情を優先して守るべき者達を危険に晒してしまえば、後に続く者達は一体誰の在り方を指針にすればいいというのだ?
だからこそ儂は仮令其処が死地かもしれんと十分に解りつつも、幾度もお前に命を下してその場所へ向かわせ続けた。
にも拘らず儂が奴相手に素直に成れんで二の足を踏むだと?
有り得んことこの上ないな」
「…………レジアス。………………酔った勢いで良い事言ってはいるが、別にカイ相手に二の足を踏んだところで守るべき者達を危険に晒すわけでない以上、その言葉は余り説得力が無いぞ?」
「酔ってなどおらん!
儂は本局の馬鹿共の様に理想に酔って自分こそが正義だと思ったことも無ければ、理想の為にあらゆる行為が正当化されるなどと戯けた思考の果てに理想を汚す様な考えを持ったことなど一度としてないっ!」
「易や、…………本当に良い事言ってはいるが、既に正常な判断が覚束無くなってるぞ?」
「正常か如何かなど知らんなっ。
大人が子供を顎で使った挙句に死地に送り出す今の風潮の下に評価される正常と言う言葉など糞食らえだ。
……………………っかっあああぁぁぁっっっ。
…………大体、儂に正常かどうか言うなら、儂の義息子に成りかねん疑惑を払拭してからにするんだな。
儂としては最近良い雰囲気のヌエラとかいう教会のシスターと籍を入れてくれたならば安心出来るのだがな」
寧ろアルピーノの娘の懐き具合から実は二人が過去に関係を持っていたが成長したオーリスに心奪われて別れ、今更になって罪悪感故に教会へ告解へ赴いた際にヌエラとかいう者と三角どころ四角関係に発展したとかいう、頭が痛くなる噂が最近広まりだしたと知った時、ゼストの好きにさせるのではなく強制的に見合いをさせて纏めようかと真剣に悩んだぞ。
オーリスは認められんし、同じ隊のアルピーノは反対はせんが応援も出来ん以上、消去法でヌエラというシスターになるが、奴ともそこそこ個人的繋がりがある以上は犯罪的な馬鹿ではないだろうことを考えるに、矢張り妥当だろうな。
それに元元ゼストはベルカ領出身なのを考えれば価値観的に馬も合うだろうし、教会と無闇に敵対するよりはある程度パイプを繋いで利害のみとはいえ友好関係を築いた方が横槍を防ぎ易くてマシだろう。
何より、罷り間違って奴と仲が良いストラトス嬢とゼストの間に間違いがあった日には、奴に合わせる顔がなくて儂は首を吊る。
「……一体如何いう過程でそういう疑惑が生まれてそういう考えに至ったのか聞きたいところだが、一先ずそれは措いとくとしよう。
で、返答代わりの俺の考えだが、幾ら俺の外見が三十路中頃といっても、二十近く年の離れた者に好意を抱くのは難しいと言わざるをえん。
況してや生まれた時から今に至る迄成長を見てきたオーリスなどは殊更難しい。
…………余り頭から否定するのも彼女達に失礼だからせんが、年の差や積み重ねた付き合い方は早早超えられん壁だ。
と言うか、寧ろ俺としては局のグラシア少将と噂になっているお前が気になるのだが?」
「はあああ? 何だその噂は?」
その後、厳つくむさ苦しい中年二人の恋話という、後で考えれば頭を掻き毟りたくなるおぞましい話は、全てオーリスに筒抜けになったいたと知り、ゼストと並んで土下座して口外せぬ様に頼み込む羽目になった。