T.S.けーね (ロリ) は彼なのか? 作:ただし忠誠心は鼻から出る
「何処に向かっているの?」
「別にあてはないさ。足の向くまま、気の向くままに歩けば面白い物が見つかりそうな気がするんだよ。お、あそこに猪がいるな。教えたやり方で狩ってみるといい」
面白いものは意外と目的の無い旅の中でこそ見つかる。
例えばこの子とか。リボンついてないから初めは分からなかったけどルーミアだと思うんだよなあ。容姿も似てるし能力もそのままだし。両腕は広げてないけど、まあ普段からそんな恰好をしていたらただの変人だろう。
で、どうやらこの子はまだ生まれたばかりらしい。昼間のうちに
これではエネルギーの無駄遣いも良いところだ。そりゃ飢えてしまうだろうよ。
旅に誘ったは良いんだがこいつが思いのほか無知なんだ。生まれたばかりってのもあるんだろうが、本能すらまともに働いてないんじゃないかと思うほど狩りが下手くそだった。
だから旅のついでとして僅かばかりに知識を得た狩りを教えてあげることになったというわけだ。俺自身も決して上手くはないが、今のこいつに比べればかなりマシだ。
俺は人間が好きだし一応は彼らの味方のつもりでいる。でもなぜか人喰い妖怪に人間を襲う方法を教えているのだ。訳が分からないと思うかもしれない。でもこれは最終的には人間のためになると信じているからこそやっているのだ。
効率よく捕食できるようになれば無駄に襲われて喰われる人間が減るだろう。こいつに限らず、妖怪に対して『人間を喰うな』と言うのは些か酷な話だ。
人間が食べられるのはもう仕方のない事だとして受け入れるよりほかない。それにどうせ人間が増えすぎれば自分たちで勝手に殺し合いを始めてしまうのだ。表現こそ悪いが、適度に間引いてしまった方が人間にも妖怪にも都合が良い。
……薄情になったもんだよなあ。死を恐れる人間を見ても可哀そうだとしか思わなくなってしまった。賊の悲鳴に耳を貸さなくなったのも自分の心を保つための極小な正義感故だろう。
人間失格。
もはや人間でない俺は人間の味方であれるのだろうか。上白沢慧音はどうあるのが正しいのだろうか。
「うーん、今回は少し手ごわかったなあ。あまり驚かれなかったし」
他人と関わってこなかったから鈍いだけなんだろうけど、そんな俺の迷いや悩みも全く気にすることなく話してくれるこいつは正直ありがたい。
やっぱり目的が無いなら一人旅より複数だよな。前回は特訓やら都やらで一人の方が都合が良かったけど。
「宵、お前新月って知ってるか? 今日のように月が無い夜は私たち妖怪の力が弱まるが闇は深まる。そんな夜にお前が闇の中で相手を狩ろうとしても驚かれるはずが無いだろう?」
『宵』とは所謂仮の名。この時代にカタカナの名前なんておかしいし、『まだない』と呼んだ時に少々キレられたので仕方なく宵になった。闇は少し厨二臭くなる気がしたし、彼女自身も別に嫌がっている様子が無いしな。
これが気に入ればこのまま使ってくれればいい。飽きたらルーミアと名乗るようになっても構わない。と言うかむしろそうしてくださいと思っている。
それにしてもこいつは宵闇の妖怪のくせして新月すらまともに認識していなかったらしい。ただでさえ妖怪は闇に生きる
満月の夜にだけ俺が白澤になるように、狼人間が狼になるように、満月が妖怪に特別な力を与えるというのは確実だ。逆に月の無い夜はどんな妖怪も力が落ちる。それは闇を司る妖怪である宵も同様なのだ。
闇が深くなっても月の力が弱まると妖怪としては弱体化してしまう。満月は満月でちょっとばかり狂う妖怪や人間が増えるんだけど。俺も含めて。
「あー、なるほどねえ。月なんて気にしたこともなかったわ。今思えば無性に誰かを襲いたくなった夜があったような気がする」
「それがおそらく満月の晩だったんだろうな。で、その猪をどうやって食べるんだ? お……私は河で魚でも採ってくるが、一緒に焼くか?」
「焼くわけないじゃない。生が最も美味しい食べ方よ?」
わ、ワイルドだね。まあ人間でも狩ってそのまま喰うようなやつだからね。調理なんて必要ないのだろう。
俺は大人しく川魚を採って焼いて食うけどね。生でなんか食べたら食中りが恐い。精神やあり方を考えれば半分どころか七割以上は人間なわけだし。
「ほしかったらけーねにもあげるけど」
「いや、いらない。……んじゃあ魚採ってくるけど宵も欲しいか?」
「三匹よろしく」
闇を展開し、姿は見えなくなっているが声だけは聞こえる。猪一匹と魚三匹ってどれだけ食うんだよ、と思いはするが純粋な妖怪は生まれた直後が唯一の成長期。数年もすれば成長が止まってしまうので今のうちに食べられるだけ食べさせておいた方が良い。
逆に妖怪として生まれたが最後、決して身体的に成長しないことも多くある。俺もそうだし、てゐも恐らくそうだろう。
人間からすれば妖怪が成長するというのは堪ったものじゃない。
それでも俺はその成長を手助けしているのが現実だ。
妖怪の味方でも人間の味方でもあるつもりの俺は、本質的にはどちらにとっても敵であるのかもしれない。手のひらを都合よくコロコロ返してばかりの自己満足。
前世の性格がそのまま反映されているのだろうと思われる日和見主義。
俺じゃあどうやっても原作の慧音にはなれない。あれほど圧倒的なまでに人間の側に立つことはできない。
憎むべき妖怪がいるように憎むべき人間はいて、愛すべき人間がいるように愛すべき妖怪もいる。一概に、一括りにして見れないならば俺はどう足掻いてもどちらの側に立つことも叶わない。
宙ぶらりんのまま、風の吹くままに流される畜生になってしまうかもしれない。
旅をするほど人間が好きになる。
旅をするほど妖怪の良さに気づく。
悲しみがあるから一期一会の大切さが分かる。(相手は俺の事を忘れてしまうけど)
死が間近にあるから生の意味を実感できる。
生きていたモノを自分で殺すから食材に感謝できる。
「いただきます」
先ほどまでは河の中で悠々と泳いでいた魚。今は表面が薄く焦げた物言わぬ焼き魚。
生きるための殺生。つい最近妹紅にも言った。生きるためといって人を殺すのはいけない、と。何故か。それは妹紅が人だからだ。人は人を殺してはならない。
魚は魚を殺す。でもそれは同族同士ではない。鮪と鰯は全く別の生き物。象と人間くらい違う。
他種へ対しては生きるためと言うのが殺生の免罪符になり得る。娯楽ではなく、命を繋ぐためならば食べるために殺すのは正しいあり方だ。
人間が妖怪を殺すのは自分たちを脅威から守るため。妖怪が人間を殺すのは畏れを得たうえで食べて生き延びるため。
人はよほどのことが無ければ人を食べない。だから殺人はいけないことだと妹紅に諭したのだ。
それでも彼女は分かっていないだろう。俺は妹紅が輝夜と殺し合う関係になっても咎めはしない、そう伝えたかったのだ。蓬莱人にとっては暇こそが毒。自分を精神的に殺すことになる。
それを一時でも忘れられるのならば、生きている実感を得られるのならば不死者同士で殺し合っても構わない、と俺はそう思っている。もちろん死ぬ人を殺すのは論外だけど。
生き物を殺すならばそれなりに理由が必要だ。食べるためならば相手に感謝しなくてはならない。それが『いただきます』となり、御馳走となってくれてありがとうなのだ。
宵はこの辺りの事を知らないらしく、俺がこうやって食前に感謝の意を述べることに対して疑問を持ったようだ。それもそのはず。だってこの時代こんな挨拶をする人間なんて誰もいないだろうからな。
そもそも食材となった生き物に感謝するという思いがこの時代の人々にあるかは甚だ疑問である。あっても農家や猟師、漁師くらいなんじゃないかね。
一応宵にも教えてみたが
「へえ。まあ捕まる方が悪いし私はありがとうとは思わないかな」
と言う無情な意見をいただいた。
まあその考え方はその考え方で良いと思うよ。どう捉えるかは人それぞれだと思うし、この挨拶も強要しようとは思わない。俺が言いたいから言う。それだけだ。
「それにしてもけーねは変わってるね。会ってから間もないけど人間みたいな反応ばかりするじゃない。移動も徒歩だし」
痛いところを突いてくるねえ。確かに今日一日だけで人間らしい反応は多かったかもしれない。宵が喰い漁った後の人間の無惨な姿を見せられた時も少し目を覆ってしまったし。
いくらグロ耐性があっても、何度見てもありゃ相当キツイ。というか人を喰うような妖怪はよくこんな物を直視してられるなと思う。
猪とか鹿とかを狩って食べている俺が言えたことじゃないかもしれないが、やはり自分たちと同じ形、大きさをしている物を加工無しで食べるのは俺には無理だ。
その死体も、肉は綺麗に喰われていても流れた血は当然その場に骨と共に残るし臓物も残されていることが多い。苦いからだろうか。調理すれば幾分かマシになると思うがね。
まあなんだ。俺が人間のような反応をするのは仕方ない。だって元人間だもの。
「私は人間を喰わないからな。見慣れていないんだよ。あと歩いて移動しているのは旅を楽しむため。あてもないのに飛んだって仕方ないだろう?」
前半は嘘。後半は本当。どうせ旅するならゆっくりのんびり風景も楽しみたいじゃないか。
……これこそが人間の感性というものなんだろうけど。
「あてもなく漂うのも悪くないと思うけどねー」
「…………宵は風にでも飛ばされそうだな。頼むから勝手に吹き飛ばされないでくれよ」
「何言ってんのさ。私が飛ばされるならけーねも飛ばされるって」
いやまあ理屈で言えばそうなんだけどさ。違うのよ。宵の場合はふよふよしているから微風にも飛ばされそうなんだよ。
そんなことは無いんだろうけどちょっと心配……いや割と心配。
前話(100年後)につながるのはまだもう少し先です