T.S.けーね (ロリ) は彼なのか? 作:ただし忠誠心は鼻から出る
暗い穴を落下している感覚はある。
暗いのは目を瞑っているからだろう、と思われるかもしれない。実はそうではなく、今も俺の眼はバッチリ開いているはずなんだ。でもほとんど何も見えない。
宵が闇を展開しているのかもしれないとも思ったが、彼女の姿はしっかりと見えている。展開された闇の中では何も見えないからね。あの子自身でさえも。
でもだからこそわけがわからない。先ほどまでは、死を受け入れた直後までは確かに明るかった。大百足の口の方に落下していると認識できたくらいには周囲の物が見えていた。
それが今はどうだ。宵と俺自身以外には何も見えない真っ暗な空間をただ只管落ち続けている。
『命をそう易々と手放すものではないですわ』
そんな声とともに急激に辺りに光が満ちる。
ああ、闇の世界に光が満ちる……なんて言ってる場合か。眩しすぎて逆に何も見えない。暗くても見えない、明るくても見えないなんて勘弁してくれよチクショー。
「あー、貴方は誰です?」
さっぱり分からないが一応聞いてみる。こういう時には敬語を使うのが常識よね。どうやら命を救ってくれた人らしいし。
正直あの状況からどうやって救い出したのかは永遠の謎として残るかもしれない。そもそもあそこから脱出することすら不可能だと思ったほどだし、よほど腕の立つ退治師なのだろうか。
「あら、普通の方ならば助けられたら先ずお礼を言うものですわ。やはり貴方は変わった方ですね。あちらで伸びている妖怪もそうですが」
自分で言うか? それ。俺からしてみればそっちの方がよほど変わっていると言わざるを得ない。お礼を強要する人なんてあまり見ないぞ。まあ言うけどさ。
「……それは失礼。どうもありがとうございました。それで……やはり、と言うのは?」
どうにも気にかかる。相手が誰なのかは存じないがまるで俺たちを知っていたかのような口ぶり。ちょっと不気味であまりお近づきにはなりたくないかなあ。
「言葉通りですわ。貴方方を知っている私から見ればいつもと変わらない、それだけ。では」
そう言って立ち去ろうとする女性。未だに顔はおろか姿さえも見えないし、言葉の端々から不気味さが見えているが何もせずに立ち去られるのはこちらとしても気分の良い事ではない。
それに聞きたい事はもう少しあるんだ。後腐れのないようにきちんと見える形でお礼がしたいというのもある。少々強引ではあるが引き止めさせてもらおう。
「ちょ、待ってください。助けてくださった方の名くらいは知っていたいのですが…………そもそも何故助けたのかも」
「名乗る必要もありませんわ。いずれまた会うこともあるでしょうから。貴方方を助けたことに深い意味はありませんわ。人と妖の間で足掻く様を眺めるのはなかなかに愉快なものですから。その楽しみを失いたくなかった、と言ったところでしょうか」
えげつねえほど性悪な女やで。他人の苦しむ様を見て楽しむとかどんなサイコパスだよ。
この物言いからして人間でないことは確実。種族はいまいち分からないが、それでも私利私欲のために他人の生死を決定するくらいには妖怪らしい妖怪と言える。
死ぬ危険が近づけば助けてくれるのだろう。
宵はまだまだ幼いうちから俺と共に生活しているからまだ常識的な部類だと思うが、それでも妖怪特有の自分勝手さは持ち合わせている。先の大百足の件だって本を正せば宵の勝手な行動だ。
純粋な妖怪として育ったわけではない宵がこれなのだから好き勝手に育った妖怪がどれほど自分勝手なのかは想像できる。
自分が楽しければそれでいい。
その過程で誰がどんな被害に遭っても構わない。
ただ自分の快楽のために人を殺め、自分の欲求にしたがって人を生かす。
他人の迷惑など顧みないし悲しみなどどこ吹く風。
目の前の妖怪はそんな妖怪だろう。所謂
でもそんな妖怪にこれ以上俺の意思を伝えるのは無駄だと思ってしまう。どうせ糠に釘。曖昧な回答すら得られないかもしれない。
「もう聞くことは無いようですね。ではまたどこかで会いましょうね。うふふ……どうかもう命を無駄に散らそうとしないことを祈りますわ。まだ冥府に行くにはお早いことよ」
余計なお世話だ、と言おうとすれどももう件の彼女はそこにもいない。そして同時に都合よく視界も戻って来た。しかももう黄昏時で辺りは暗い。これは彼女に何かしら弄られていたとみるのが正しいな。
何はともあれ捨てたはずの命が戻って来たわけだ。それがたとえいち妖怪の気まぐれだったとしても、この段階での俺の死はこの世界には認められていないと判断する材料になってしまったような気がしてならない。
イレギュラーによって世界は歪む。しかしその歪みは世界自身によって修正される方向に動く。
如何なるバタフライエフェクトも収束する方向に移動する。
この世のあらゆる物はエントロピーが増大する方向に移動することで安定化を図る。だが恐らくこの世界自身がエントロピーを減少させる方向に移動している。散らばったものを集め、正史を辿らせるために。
世界が安定化を図ればほんの少しの誤差にも耐えられないだろう。不安定であるからこそ誤差を埋めるときにも臨機応変に対応できる。と俺はそう考えることにした。
きっと俺は死ねない。少なくとも原作の時間までは。だからと言って油断できるわけではないんだけどな。たとえそれまで死ななくても大けがはしてもおかしくないし。
あーあ。そう思うとなんだか気が楽になってきた。とりあえず宵を起こして今後の事について話し合いますかね。
「おーい、起きろー」
「う、うーん……あれ? ここは?」
「ここが何処なのかは私にも分からん。ただ見知らぬ誰かに助けられてここまで連れて来られたんだよ。で、宵はどうして倒れていたんだ?」
落下している最中は起きていたはずだと認識しているからこその質問だったが、それに対する回答は眩しすぎて驚いた、という至極単純なものだった。
そう言えばこいつは宵闇の妖怪。闇に生きる妖怪の中でも特に深い場所にいるのがこいつなのだった。
落下していた闇の中から目くらましのような眩しい空間に放り出されたら驚いても仕方ないね。俺はまだ明るい場所に生きているから何とかなったけど。
「とりあえず無事なようで良かったよ。それよりも、だ。宵はこれからどうするつもりだ?」
「ん? それはどういう事?」
「―――――――――だ」
「…………ああそういう事。なら私はこれからは一人で生きていくよ」
そうして宵はさらに言葉を続ける。
「私、分かったんだ。もっと強く、もっと賢くならなければならないって。私が強ければあんな奴に喰われかけることも無かった。私が賢ければそもそもあいつを目覚めさせずに済んだ。
強くなるよ。強くなってもう誰にも頼らずに生きていけるようになるの。私が強くなったらまた、一緒に旅をしよう。今度は私が慧音を守ってあげる」
「っ……ああ、そうだな。それまでに死ぬんじゃないぞ」
「ふふっ。慧音の方が心配だけどね。それじゃあまた」
そう言ってすっかり暗くなった夜空を飛んでいく宵。その姿が点になるより先に、新月の夜は彼女の姿を覆い隠した。
ああ、あの子は分かっていない。俺はもう彼女と旅をすることなんてできない。
宵が妖怪として強くなるほど、俺は人間として彼女と距離を置かなければならなくなる。
妖怪として強くなるとはすなわち大きな脅威として人間の前に立ちふさがるという事に他ならない。悲しいかな。俺が守るとすれば妖怪よりも人間側。
いずれ彼女と敵として相見えることにならないよう祈るばかりだ。
これでまた一人。俺は俺の思うままに行動しよう。
歴史を食べ、創る。全てはこれからの人間のために。自分の撒いた種は自分で処理しなければならない。そのためならば手段は択ばない。
如何に卑劣であろうとも、それが人間を脅かす物となり得るのならば対処する。
古来から権力のある者に良いように利用されてきた白澤の力。言うなれば歴史を改変する能力。
人は人として。妖は妖として。そして神は神として生きるべきであると、そう断じられたのならばそれに従わぬ道理などありはしない。
朱に交われば赤くなる。
人であり妖である。妖であり神である。神であり人である。二面性を持つ者たちも、そのどちらか一方に呑まれてしまえば一方の側面のみが強くなってしまう。
どちらに転ばせるか、それを左右できるのが歴史の改変と言える。歴史を隠せば半人半妖も人に混ざる。歴史を創れば現人神も祀られる。
限度はあれど非常に危険な能力であることに変わりはない。能力の詳細を知らない人間は白澤の有効な使い方を知らないだけ。権力者は自分の都合の良いようになれば満足する。
上手く扱えば自らの地位を確固たるものにさえできるのにそれをしない。反乱を恐れる彼らのなんと滑稽な事か、とも思うがまあ能力をきちんと把握できていないんだから仕方あるまい。
俺をこんな身にした白澤も、そんな愚か者を見飽きたからこそはるばる大陸から日本にまでやって来ていたのかもしれない。あれ以来全く見ないし話にも聞かないから今どこにいるのかは知らないんだけど。
シリアスにはしない
ルーミアはまだ先ですが再登場はします
慧音の本質は人間寄りです。妖怪と一緒にいたから妖怪にも気を遣っていただけ
実際の慧音の能力ってどこまでできるのだろうか