T.S.けーね (ロリ) は彼なのか?   作:ただし忠誠心は鼻から出る

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後書きに書くには長すぎたのでこの話を出したすぐ後にもう一つ出します


生きていくならば

 知らないはずだった。

 記憶には無いはずだった。

 

 だけど私は知っている。まるで忘れていたものが全て戻ってきたようで、私は思わず膝をついてしまった。

 頭が痛む。声にならない叫びが私の中でこだまする。

 

 どうして忘れていたんだ。あんなにもよく世話をしてくれていたのに。あの屋敷でただ一人私を認めてくれていたのに。私だけが彼女を慕っていたのに。

「け、いね?」

 何も考えずとも、記憶を探るまでもなく名前が口から出てきた。そうだ。上白沢慧音。ある日突然姿を消した私の教育係兼遊び相手。

 

「そういう貴方はまさか……妹紅? そんな馬鹿な。あり得ない」

 

 立つことはできないが顔を向けるくらいなら少々頭が痛む程度で問題はない。

 私の前に立っている彼女は私以上に驚いているようで、困惑しているようだった。

 

 だって私は人間。既に死んでいると思っていたのだろう。今の私だって同じ気持ちだ。

 あれから数えきれないほどの年月が経ったのに、慧音はあの頃と全く変わらない姿をしている。普通の人間でなかったのは慧音も同じというわけだ。

 

 私よりも少し低かっただけの背丈の差はあの時の何倍にもなっている。きっと私が立ち上がれば彼女の頭は私のへその上辺りになるだろう。

 あの頃と何も変わらない慧音と、全く何もかもが変わってしまった私。なのに置いて行かれるのは私の方なのだ。

 

 慧音は妖怪だ。数十年前までずっと妖怪と殺し合っていたのだから今更間違えるはずもない。今慧音と一緒にいる背の高い奴も妖怪だ。あちらの方が慧音よりずっと禍々しい力を纏っている。

 彼女を一目見た瞬間、その一瞬だけ私は心躍った。慧音も不老不死の霊薬を飲んだのではないかと期待した。でも違った。彼女は妖怪だったから何も変わっていなかったのだ。他者の死を拒み、己の死を渇望する。何とも勝手で我ながら呆れてしまう。

 

「貴方は……いや貴様は本当に妹紅なのか?」

 

 

 ようやく我に返ったであろう慧音が一番にこう言った。私だって逆の立場ならこう言っただろう。だって今の私もどう見ても人間だから。妖術が使えても妖力はない。

 先ほどからあちらの妖怪がよだれを垂らしているのが良い証拠。私以外からはこの髪色以外、人間にしか見えないはずだ。

 

「私は間違いなく藤原妹紅だ。藤原不比等の長女。普段は自分の部屋に閉じ込められていた。教育係は貴方、上白沢慧音。稗田の付き添いだったか」

「ふむ。間違いありませんね。ならば問いましょう。貴方は何故生きているのです?」

 

 返答に困る。何故なら私は事情が複雑だからだ。私が普通の人間ではないと知った時の反応は今でも思い出せば気分が悪くなってしまうようなものだった。

 私の事情を知った人は誰一人として傍にいようとしてくれなかった。

 

 怖いのだ。私は誰にも会わないように人目を避けて生きてきた。嫌われるくらいなら近づかない方が良いと思って一人で行きてきた。

 嫌われたとしても碌に知りもしない相手からの嫌悪など気にする必要も無かった。でも今度は違う。慧音は私という()()をよく知っているし、私も彼女の事は少しは知っている。嫌われたくない。彼女に嫌われたら私はもう何もできなくなる。

 

「答えたくないのならば答える必要はありませんよ。私が知りたかっただけですから。ただ不比等様がかぐや姫を妻に迎えなさったはずなのに……」

「かぐや姫! そう、あいつが…………!」

「彼女がどうかなさったのですか? 何やら訳がありそうですが」

「別に何でも……いや。話すよ。その後で、話が終わっても慧音は私を嫌わない、突き放さないと誓ってくれる?」

「ええもちろんです。無条件に他者を嫌えるほど私も嫌われる勇気は持ち合わせていませんから」

 

 全てを話すのは初めてだ。全てを知った後、私が死ねない体になっていることを蔑まれるかもしれない。人を殺すことで手に入れた永遠の命。軽蔑されても、突き放されても私は何も文句は言えないはずなのに、慧音は一呼吸も置かずに返事をしてくれた。

 

 

 

 

 それから私は話した。父上の事。帝の事。かぐや姫の事。不老不死の霊薬の事。岩笠の事。慧音を忘れていたことも。

 

「結局妹紅はかぐや姫を憎んで不老不死となってしまったのですか……」

 

 全てを話した後で慧音が発した言葉は私にとって予想外のもので、その真意すら読み取ることはできなかった。

 何故ならその声色は、その表情は、どこか諦めているようであり、嬉しそうであり悲しそうでもあったからだ。

 

 人の命を奪う事に対して私に教えてくれたのは慧音。岩笠を突き落とした件で怒られるかもしれないと身構えたが、そこに反応する様子は微塵も無かった。

 慧音が妖怪だから、というわけでもないだろう。私がむやみやたらに妖怪を退治して回っていたと話した時も、何も言わずにただ頷いていただけだった。

 

「軽蔑したでしょう? 私は自分の復讐のためだけに人の命を奪った。もう私は表では生きていけない。死にたくても死ねない私には」

「人を殺すことは悪い事なのでしょうか? 昔聞いた事がありましたね? 『生きるため』という言葉は悪事を働く事への免罪符にはならない、とも言いました」

 

 そうだ。そう言えばそんなことも一緒に言っていたっけ。あの頃の私にはまだ理解できないだろうがいつか分かるときがくる、とも。

 慧音はあの時から私が人を殺める可能性を見ていたのだ。だから何も言わなかったのだろうか。

 

「私は教育係として貴方を怒らなければなりません。人の命を摘んでまで得た命をそんな簡単に捨てようとするのは誠に浅はかです。貴方がするべきは後ろを悔やむ事ではなく先を見続ける事。表で生きていけないのならば裏で生きていけば良い。二度と死んでもいいなんて言わないで下さい」

「慧音…………」

「さあ宵、妹紅を喰っても良いぞ。何彼女は不老不死。死んでもまた復活するさ」

「慧音…………」

 

 私の感動を返せ! と言うよりやはり慧音の連れは人喰いか。もしかして本当は慧音も? 想像もできないが妖怪だしあり得るのが困る。

 

「ふふ。貴方のお望み通り殺してあげるわ!」

 

 そう言って放たれる妖気は今まで戦って来た妖怪とは一線を画すほど強力なもの。まともに戦っても勝ち目は無さそうなので逃げを選択。

 何故か私を追いかけてきている妖怪は木々にぶつかっているらしく痛がっている声が聞こえてくるが、そんなことを気にして生きていけるほどこの世界は甘くない。

 

 

「そうだ。たとえ死ななくても生きる努力をしろ。簡単に生を諦めるような奴に、死者を弔う気持ちが分かるものか。岩笠に報いたいならば精一杯生きてやれ」

 

 ふと何か聞こえた気がして慧音の方を見てみたが、ただ私の逃走を頷きながら見ているだけだった。今度はとても満足そうに。




一応ここから後の展開がどうなるかを次回で書いていきます。ネタバレでも何でもありません(虹龍洞のほんのちょっとのネタバレはあります)が嫌な方はここでブラウザバックしてください。短い間でしたがお付き合いいただきありがとうございました
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