T.S.けーね (ロリ) は彼なのか?   作:ただし忠誠心は鼻から出る

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油断したらすぐに一週間程度空く


差添人上白沢慧音

 予想通り

 

 

 阿礼はまさにその言葉を頭に浮かべていた。

 

 

 

 慧音が盗聴防止のために行った方法は『奥間を当人たち以外の人々から見えなくする』というものだった。常人ならばこのような手はとらない。使用人たちに直接話をしに行く、何か壁になる屏でも一枚立てるくらいが妥当な判断であろう。

 しかし彼女は部屋を無かったことにしたのだ。あるはずだということは分かっているのに見えなくなる。部屋が隠されるのだから見る事はもちろん、中の音を聞くことも叶わない。

 

 

 そして阿礼は慧音に自分と似た異常性を確認できたのだ。普通の人間ではない、特別な存在。虐げられ、除者にされる運命にある同種。

「やはり貴方はただの人間ではなかったのね」

 

 阿礼にとってすればごく普通の事を言っただけ。『少し特殊な能力を持っている人間だったのね』が本来言いたかったことである。しかし慧音には彼女の言葉が別の意味を持って耳に入った。『人間ではなかった』という部分のみを強調されたように脳で勝手に変換されたのだ。

 脳というのは不可思議なもので、思い込みが強ければ強いほど、現実から乖離した事象を不思議に思わなくなる。見る物聞く物全てが頭の中で勝手に、都合の良いように変換されてしまう。

 

 

「流石は阿礼様です。その通り。私は人間ではございません」

 

 これは元々明かすつもりであったことであり、慧音にとっては、相手側から気づいて話題を作ってくれてラッキー程度にしか考えていない。気持ちが楽になったとも言える。

 しかし阿礼にとってはそうではない。異端な人であるという認識はあっても、よもや妖の類であったとは思わなかったのだ。阿礼はあくまでも慧音を異様な力を持った天才児程度にしか考えていなかった。

 

 悲鳴を上げたくなる気持ちをグッとこらえて阿礼は尋ねる。如何なる思惑があって都に入り込んだのかと。これに慧音が答えて曰く、何も何も、邪な思いがあって都にやって来たのではございませんと。

 

「妖ではありますが半分は人間なのです。人の役に立ちたい、人と共にありたいと願ったからこそ今ここにいるのでございます」

「つまりは半妖であると? 俄かには信じられませんね。まだすべてが妖怪であると言ってくれた方が信じられたでしょう」

「それでも私が半妖であるという事実は変わりません。私が生まれたのは因幡国にある小村でした。五つになるまでは父母と共に貧しいながらも満ち足りた生活をしていました。

 しかし十一年前……ええ、私はもう十六になります……十一年前の月の綺麗な夜、村に妖獣白澤が入ってきたのです」

 

 

 自らが半妖であることを認めてもらうために、慧音は一切の嘘を交えずに全てを話すことに決めたようだ。下手をすれば阿礼の一声で都からの追放どころか殺されてしまう危険もある。しかし慧音がこれを話すのは、阿礼が自分の主人となる人物だからである。

 それだけでなく、阿礼は都の歴史の全てを覚えているはずの人物。慧音が能力で誤魔化そうとしても一筋縄ではいかない最後の関門となるべき人物。今話さなくても後々話すことになるだろう。だから話す。それによって自分が不利になるだろうが、そんなことを気にしていればいつまで経っても都での生活など望めない。

 

「白澤………と言えば唐の神獣だったかしら。そんなものがどうしてそんな辺境の小さな村に?」

「それは今でもわかりません。しかし彼らにとって大陸とこちらの距離など取るに足りないものなのでしょう。目が覚めるともはや人の身ではなくなって倒れていました。恐らく私は村から捨てられたのです。それからはなんとか生き延びる術を身に付けてここにいるわけでございます」

 

 慧音の話を聞いて何やら考え事をしていたらしい阿礼だが、慧音に一つの質問をして最終的な決定をすることにしたようだ。その質問とは「人間をどう思うか」である。まだそれほど歳をとっているわけではない阿礼だが、学を身に付けるために唐にも渡ったことがある。悪意ある妖など腐るほど見てきた彼女にとってはその質問一つでも相手の性が概ね分かるらしい。

 見てきたもの全てを忘れないからこそ、長年の勘とも呼べるものが若くして身に付いているのだろう。

 

「人間とは穢く醜い生き物です。妖に変じた私が彼らにいったい何をしたと言うのでしょうか。彼らに育てられたのに何ができましょうか。捨てられはしましたが彼らの考えも分からぬわけではございません。彼らを許すことは決してありませんが、私が人間を好きであることは永劫変わらない事実としてあるでしょう」

「…………なるほどいいでしょう。貴方の事は内密にしておきますよ。それと貴方は屋敷の事は何もしなくて結構。私の差添として働いてもらいましょう」

 

 

 阿礼は未だに慧音を十割信用しているわけではない。あったばかりであるのでそれも当然の事ではある。しかしそれでも慧音に悪意が無い事は読み取れたので、彼女の事を口外しないと約束して自らの傍に置いておくことにしたようだ。

 この阿礼の決定に対して危機感の欠片も無い、そう言う人もいるだろう。しかし彼女には彼女なりの信念と呼べるものがある。相手をよく知りたいならば相手が何に怒りを覚えるのかを知らなければならない。それが相手自身の信念を知ることにつながるからだ。

 慧音が自分を捨てた村の者に対して少なくない怒りを覚えていることを阿礼は読み取った。これはすなわち彼女を蔑ろにし、集団から排斥しようとする者を嫌っているという事だろう。

 

 

 更に彼女の言葉を深読みするならば、蔑ろにされる対象は別に彼女だけではなく、悪意も無いのに妖に変じてしまった人や異能を持つ人も当てはまるのだろう。

 阿礼には、これが慧音自身の身の上を呪っていると同時に阿礼の身の上をも哀れんでいるように感じた。もちろんこれは彼女の思い違いかもしれず、慧音の言葉は表面しか意味を持っていなかったのかもしれないが、阿礼が慧音に同情するには十分だったと言える。

 

「ありがとうございます。ですが何故私を差添になどするのです?」

 慧音の疑問も尤もなものだ。阿礼は慧音を屋敷に仕えさせるつもりで招き入れたはず。それがどうしたことか護衛になっているのだから不思議で仕方ない。

「貴方の力を買って、という事にしておきましょう」

 

 

 当然阿礼も考え無しではない。しかしその理由はまだ伝える気が無いようだ。慧音が阿礼の護衛をするというのはなかなかに滑稽な物として都の人々には見えるだろう。

 何せ(はた)からは、嫁いでいてもおかしくない妙齢の乙女の(そば)をまだ五つほどの幼い少女が歩いているようにしか見えないからだ。慧音は筋骨隆々の男ではなく一見すればただの幼女であるので、盗人や悪党からしてみれば碌な護衛もつけずに都を歩く家柄の良さそうな阿礼は恰好の獲物である。必然的に襲われる可能性が高くなる方法を取る阿礼の本当の意図はまだ慧音には分からない。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「今は何処に向かっているのでしょうか?」

 

 

 阿礼様からは俺が妖怪であることがバレていたようなので、特に変な空気にもならずに自然な流れで打ち明けることができた。で、何故か打ち明けたら屋敷の仕事ではなく阿礼様の護衛をすることになった。

 

 

 …………なんでや。

 

 疑問は消えないが、阿礼様は話が終わると唐突に出かける用があると言って俺にも外出の準備をさせた。と言うのも俺自身は気にしていなかったが、この十年以上はずっと捨てられた当時と同じ服を着ていたわけだ。成長しないから全く気にならないんだけど、稗田に所属する者としてこれは流石にいただけないらしい。

 時々補修したとはいえこれ一枚でずっと生きてきたわけだし、そうでなくても貧しい家の娘の着るものだ。男尊女卑がえげつないこの時代においては同じ年の男の子が着ている物よりも随分お粗末だ。実は女性の阿礼様が都でこの立場にいるのもなかなかに驚くべきことなのだ。

 

 

 で、出かけると言われたんだがどこに行くかは聞いていない。前世でもこんな立派な服は着なかっただろうし違和感がものすごいが、一応俺の方の準備ができたので阿礼様に聞いてみることにした。無礼に当たるのかもしれないが、そういう物に疎い田舎者を装っているので多分大丈夫。

 

「言っていなかったかしら。私も都にいる偉いお方の下で働かせていただいている身。今からそこに行くのよ。ついでに貴方も紹介するわ」

 

 

 初耳なんだが……。でもまあ不思議ではないか。いくら異常で関わり合いたくない相手であると言っても阿礼様の能力はとても便利なものだ。それに妖怪について纏め始めたのは阿一からだったような気もするし。うろ覚えだけど。

 

 

 うーん、それにしても貴族階級か。正直自分には合わない思考の持ち主だと思うんだよなぁ。口に出したら打ち首覚悟だから絶対に言わないんだけど帝もさ、何人女を抱いたら気が済むんだよって思ってしまう。

 この時代の女性……と言うよりはその女性の親はそれを誇りに思っている人も多いから誰も気にしないんだろうね。俺は絶対に御免だけどね。幼女で良かった。流石にロリコンなんざこの時代おらんだろ。ロリに発情している暇があったらロリを口説き落とせるような歌でも詠んでろ。


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