T.S.けーね (ロリ) は彼なのか?   作:ただし忠誠心は鼻から出る

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もう3月終わりか


独白 ~それでも私は生きている~

 彼女は確かにそこにいた。

 

 人を避けていた私を変えてくれた人。一人だった私にも遠慮なく接してくれた人。色々な事を教えてくれた人。彼女はそこにいたのに…………

 

 

 

 

 私はもう彼女を思い出せない。

 容姿も名前も、何もかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幸せは唐突に終わりを告げた。父上がかぐや姫を正妻として娶ってから二年。全てが崩れ始める音が聞こえ始めたのはそこだった。

 かぐや姫の難題を解いた父上は確かにかぐや姫を嫁に迎え入れたはずだった。でもどうしてもかぐや姫がこの屋敷に住み込むことはなかった。父上が夜這いとして毎晩通い続けていたらしい。

 

 

 それでもかぐや姫がこの屋敷に来ることもあった。その時に少しだけ彼女を見たこともある。なるほど噂に聞く美人だと思った。

 記憶に残された空白に私が気づいたのはこの時だった。

 

『噂に聞いていた通り』

 いったい誰から聞いた噂なのだ? 私は常に一人だったはずだと、噂話などどこから入ってくるのだと。もしかしたら使用人の話をこっそり聞いたのかもしれない。

 でも気づいてしまった。私とこの部屋で過ごしてくれた()()を。兄上たちの教育に来ていた稗田阿礼と共に来ていたはずの誰かを。

 

 

 そのことを尋ねた時の彼女の表情は今でも忘れられない。『見聞きした物は何も忘れない』という彼女でさえ忘れてしまった悲壮感。忘れさせられたことに対する絶望感。

 どこを調べてもその人については何も記されていないし、稗田家にある使用人名簿にも不自然に消された部分があるらしい。

 

 都一の頭脳と言われる彼女が覚えていないのならばもはや誰も覚えていないだろう、と私は心に幾ばくかのしこりを残したまま過ごすことにした。

 

 

 

 そして崩壊の予兆が見え始めた二年目。帝からかぐや姫に手紙が送られた。内容はやはりと言うべきか恋文だったらしい。それ自体は別に不思議でもなんでもないことだ。帝にもたくさんの妻がいるが、その人たちと比べてもかぐや姫は特別美しい。

 美しい女性を妻にしたいというのは至極当然のことだ。私にだって気持ちはわかる。

 

 

 そもそも父上は帝にとっても重要な存在。その正妻を横取りしようとするほど帝は悪人ではないと思う。では何故こうなってしまったのか。事の発端はかぐや姫を迎え入れるための条件として出されていた難題、蓬莱の玉の枝だ。

 なんと父上はどうしてもかぐや姫を嫁に迎え入れたい、という気持ちが大きくなってしまって正しい判断ができなくなっていたらしい。

 

 あれは本物ではなく職人に作らせた精巧な偽物だと判明してしまった。旅装束で、自分の事を語らずに作らせたらしいが報酬はまだ払っていなかったらしい。後で払うつもりだったがかぐや姫に夢中になって忘れていたのだとか。

 二年経ってもうんともすんとも言わない父上にしびれを切らした職人たちが、似顔絵をもとに父上を探し当ててしまった。それからのかぐや姫の態度の急変ぶりはまったく恐ろしいものだったのだという。

 

 

 父上が屋敷に赴いても門前で追い返される。送った文は全て無視される。

 そんな父上が絶望している時に噂に上ったのが帝とかぐや姫の新たな交際だ。

 絶望の淵でなんとか留まっていた父上はついに気を病んでしまった。

 

 

 そこからの父上は見るも無残な姿に変わってしまった。

 屋敷から出ることはほとんどなくなり急激に白髪が増え始めた、と使用人たちは言っていたか。残念ながら私がその姿を直接見る事は終ぞ無かった。今はもう父上どころか兄上たちも死んでしまっただろう。

 

 

 

 それほど長い年月が経ってしまった。もう数えるのも億劫なほど生きてきた。全てはあいつが残した薬を飲んでしまったから。

 

 

 

 

 

 

 父上の憔悴が始まってから三年。

 その日は朝から何やら騒がしかった。

 屋敷から人の気配が無くなっていることに気づいたのはもう黄昏時に差し掛かろうという頃合いだっただろうか。私はもうあの部屋に閉じ込められている事に耐えきれなかった。だって物心ついたときから居続けたんだもの。

 

 屋敷から脱出するついでにかぐや姫に復讐してやろうと思った。父上の事は好きでなくとも嫌いではなかった。私の事も考えてくれていたんだろうから。

 そんな父上を何の惜しげも無く見捨てたかぐや姫だけは許せなかった。

 

 

 そんな思いで外に出た私は、しかしかぐや姫の屋敷などどこにあるかも知らなかった。屋敷の外に出た記憶すらない私なのだから都の大路すら何処に続いているか分からなかった。

 都と言うのは賑わっているものだと聞いたことがあった。しかしその時の大路には人っ子一人おらず、閑散とした土の道でしかなかった。

 

 

 

 これではかぐや姫の屋敷にたどり着けない。

 周囲が夜の暗闇に覆われ、そんな焦燥感が募っていたところに現れたのが日よりも尚眩い光だった。空から現れたそれは地上のある場所を目指しているようで、私も不思議とそちらに足を向けて走っていた。

 

 

 向かった先、その目線の先に映った光景を見て絶句するより他なかった。

 

 倒れ伏す男衆。数々の血だまり。その中心に立っている女性は人とは思えない銀色の髪で見たことも無い着物を身に付けており、弓に矢をつがえては放ち続けている。

 狙いに寸分の狂いも無い矢は次々と新たな血だまりを作っていた。

 

 

 目を背けたかった。

 耳を塞ぎたかった。

 いっそのこと気を失ってしまいたかった。

 

 それほどまでに悲劇的な惨禍だった。

 

 

 

 人を殺すことは悪い事でしょうか?

 

 

 

 

 頭が、痛む。思い出せないが何処かで、誰からか聞かれた質問。

 頭が、揺れる。思い出せなくて、気分も悪くなって、思わず蹲ってしまった。

 

 

 少し経って気分悪さも収まってきた頃、もう既に女性はいなくなっていた。血だまりも跡形もなく消えており、ただ破られた障子と倒れた男衆が残っているだけだった。

 

 

 

 無断で屋敷を出てきた私にもはや帰る場所はなく、仕方が無いので例の屋敷近くでかぐや姫の事を探ることにした。

 川で魚を捕り、食べられる木の実を採って食べる。外に出たことなんかないはずなのに、どういうわけかこのような知識が頭の片隅にあった。

 

 

 そうして張ること数日。遂に耳寄りな報せが入ってきた。

 曰く、かぐや姫は月から来たお姫様であった。

 曰く、かぐや姫は月へ帰ってしまった。

 曰く、かぐや姫は去り際に翁、媼と帝に何やら壺を置いて行った。

 その壺をとある山の頂上に運ばせる勅命が下ったことも知った。

 

 

 都からはかなりの距離がある山。

 私はその壺を奪ってやろうと考えた。かぐや姫が彼女にとって大切な帝と翁に残した壺。そこに父上が含まれていればそうは思わなかったのかもしれない。

 そうすることでかぐや姫への、輝夜への復讐ができると思った。彼女の思惑通りに事を進ませまいとしたが故の結果だった。

 

 

 

 間違いだった。あれから百年経った今でもその気持ちは変わらない。悔いるならば初めからしなければよかったのだ。あの時に潔く諦めていればよかったのだ。

 

 

 

 まだ十程度だった私に山登りは辛かった。そんな時に手を差し伸べてくれたのが岩笠という男だった。私は山賊だと言ったにもかかわらず、彼らは笑って私を受け入れてくれた。

 彼がいなければ私はあそこで野垂れ死んでいただろう。

 

 感謝していたのに。礼を告げる間もなく彼は死んでしまった。私が、殺してしまった。

 

 

 

 殺人は如何なる理由があれ悪い事なのです

 

 

 

 

 また、頭が揺れた。

 

 

 輝夜のせいで父上は、家族は狂ってしまった。

 輝夜を憎いと思った一時の感情のせいで私も狂わされてしまった。

 

 月に逃げたあいつを追う事はできない。それでも私は死なない体を手にしてしまった。人を狂わせる魔性の女(輝夜)と人を不幸にする最悪の薬(蓬莱の薬)

 

 百年ですら一人で生きるには永遠に感じてしまった。

 

 被食。衝撃。失血。熱病。飢え。

 何度も死んだ。そして何度も生き返った。

 時には自ら死を求めて崖から飛び降りたこともあった。

 痛みを感じた後に生き返っただけだった。

 

 

 同じ人間からも恐れられ、死ぬ事も許されない。妖怪から救ってやった人間に逆に殺されたこともあった。目の前で生き返ったら怯えて逃げて行った。

 身を隠して生きる日々。自分の心を保つためにも、下手に人間に迷惑をかけないためにもそうするしかなかった。

 

 

 薬を飲んだ途端に五年分ほど成長した姿に変化した。それに合わせて髪も随分長くなっている。切っても切ってもすぐ元通りなので気にしないことにした。

 そして私が人間から恐れられるようになってしまった、人間からかけ離れた姿になってしまった一番の原因は髪と瞳の色だろう。髪は白くなり、瞳は赤みを帯びた色になってしまった。

 

 

 

 もう私は人間として生きられない。私が知る人はもうこの世界のどこにもいない。私が人間であったと知る人はもうどこにもいない。それが悔しくて悲しくて、それでも私にできることは何も無く、今日も明日も明後日も、何千、何万年後になっても私は一人で生き続けるしかない。

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