4月8日 10時35分 ONMホテル
三人は飲み物だけを部屋に持ち込み、各々の部屋に籠っていた。
前日の話し合いで、犯人は健屋であろうという結論に至っていたが、
万が一にも三人の中に犯人がいる可能性も零ではなかったので、
別々の部屋で寝ることに決まった。
八日の十一時に船の迎えが来る予定だった。
なので、十時三十分になったら荷物を持って玄関に集まることにしていた。
いつの間にか雨は止んでいた。空は初日の様に晴れ渡り、風も穏やかになっていた。
集合時間になり、ほぼ同時にリゼと美兎が部屋を出た。
合わせたわけではなかった。お互いが無事に生き残っていたことを確認でき、
二人の顔は自然と笑顔になっていた。
二人で階段まで行くと、二階の階段の上からは玄関はよく見えた。
そこにベルモンドの姿はなく、玄関のロープもまだそのままだった。
このまま下で待っているより、部屋に呼びに行くのが早いと思った二人は、
ベルモンドの使用していた7号室に向かった。
7号室は西の廊下の端、一番南にある部屋だった。
「ベルモンドさん。起きてますか? 」
美兎が7号室のドアをノックしながら呼びかけた。
しかし、一向に返事が返ってくることはなかった。
「ベルさん? 」
リゼが不安そうな声を漏らした。美兎がドアノブに手を掛けた。
回った。鍵が掛かっていない。
心臓の鼓動が速くなる。二人の掌にジワリと汗が滲む。
ゆっくりと7号室のドアが開けられた。
部屋の中には誰もいなかった。部屋の中から風が吹き抜けるのを感じた。
風?
部屋の西面の南面には窓があり、その内の西面の窓が開いていた。
南面には小さなバルコニーが付いていたが、西面はただの片引き窓だった。
二人は何も言わずに、その窓へと近づいて行った。
窓の傍に立った二人は、ようやくベルモンドの姿を発見できた。
ベルモンドは窓の真下の地面に倒れていた。
「なんで...。」
リゼは精一杯の声を出した。
健屋はどうやって入ったのか?
何故、ベルモンドは部屋の鍵を開けたのか?
様々な思いが二人の頭の中をぐちゃぐちゃと乱暴にかき混ぜていった。
「まだ生きているかもしれません。見に行きましょう! 」
部屋に荷物を放置したまま、美兎はリゼの手を掴んで走り出した。
この絶望的な状況で辛うじて美兎の原動力となっていたのは、
リゼを絶対に守り抜くという思いの一点だけだった。
階段を駆け下り、震える手で必死に玄関のノブに巻かれたロープを解いた。
二人は玄関から飛び出ると建物西側へと走った。
やはり見間違えなんかではなかった。
建物の角を曲がった正面にベルモンドがうつぶせに横たわっていた。
あの窓から落ちたのか、落とされたのか、周囲には血が飛散していた。
よく見ると後頭部には何かで殴られたようなあともあった。
美兎が脈を取ろうとベルモンドの手を持った。
ベルモンドの温かった手は、恐ろしい程に冷たくなっていた。
もちろん脈はなかった。死んでいる。
「委員長...。」
リゼが震えていた。
美兎の後ろでぴったりと体を寄り添えていたリゼの体の震えは、
しっかりと美兎に伝わってきていた。
美兎は腕時計を見た。
『十時四十分』
「リゼさん。船着場に向かいましょう。」
美兎はリゼの返事を待たずに手を握ったまま走り出した。
二人は無我夢中で船着場を目指した。
ほぼ一本道を。
見通しも良い道を。
ただただ船着場に向かって走った。
もう二人に残された道は船着場で船の到着を待つしかなかった。
船着場に着いたのは五分後の十時四十五分過ぎだった。
「あと十五分。ここで船を待ちましょう。ここなら後ろは海。
前方の見通しも良いですし、健屋さんが近づいてきても分かりやすいです。」
そう言うと美兎は自分たちが来た道を凝視していた。
リゼの方に目をやると、リゼは何も言わずに船着場の横にあった波打ち際を
じっと見つめていた。
リゼは美兎の手を振り解くと、何も言わず見つめていた先に歩き出した。
見つけていた波打ち際に着くと、そこで屈みこんだのか、
美兎からは姿が見えなくなってしまった。
「リゼさん!? 」
美兎は慌ててリゼが見えなくなった場所へ走った。
リゼは波打ち際で蹲っていた。
リゼがいる場所は船着場より少し低くなっており、姿が消えたように
見えただけだった。
「どうしました? 」
美兎がリゼに近づく。リゼの影になって今まで見えなかった波打ち際が
徐々に美兎の視界にも入ってきた。
波打ち際にふわふわと漂っていたのは
4月23日 バーチャル東京 小笠原諸島 とある島
一人の少女が海岸で貝殻を集めていた。
赤みがかった長い髪に青いリボンが付いた白いワンピース姿の可愛らしい女の子だ。
白いワンピースが太陽の光を反射して輝いているようだった。
彼女は砂浜を歩き続けていた。
今日も彼女のコレクション御眼鏡にかなう逸品に。なかなか巡り合えずにいた。
彼女が砂浜から空に目を移そうとしたときに前方にキラリと光る何かが見えた。
彼女は走った。他には誰もいない砂浜を走っていた。
他に誰もいないから先に取られる心配なんてないのに彼女は走った。
「なーんだ。」
それはビニール袋だった。お母さんがご飯を入れて冷蔵庫に入れたりするのを
見たことがある気がした。
ビニール袋の上にはチャックのようなものがついていて、何故か風船のように
膨らんでいた。
彼女が砂浜に少し埋もれていたビニール袋を持ち上げた。
中には二つのものが入っていた。
何枚かの紙とスマートフォンだ。
スマートフォンの画面は真っ暗で何も映っていなかった。
紙の方には何かが書かれていた。
彼女には漢字が読めず、何が書いてあるかわからなかった。
『虹の向こうに』
彼女はお母さんに読んでもらおうと、その袋を家に持ち帰った。