美兎は誰もいなくなった有丸島の船着場で船を待っていた。
しかし、船が現れることはなかった。
予定の十一時を過ぎても、一時間が過ぎ、二時間が過ぎても待ち続けた。
ただ立ち尽くしていた。船らしい影すら見えぬ青の世界の前で。
目の間に広がる世界が鮮やかな青から茜色に変わった頃だった。
「あるじゃない...。」
あることを思い出した美兎はホテルに向かって走った。
一心不乱に走った。
誰もいなくなった島を走った。
誰も追ってくることない道を走った。
息が切れて苦しかった。でも、もうそんなことはどうでも良かった。
4月8日 18時25分 ONMホテル一階
美兎は膝に片手をつき、呼吸を整えていた。
もう片方の手には黛を葬った斧が握られていた。
美兎は今、10号室の前に立っていた。
ういはが使っていた客室で、今は開かずの間になっていた。
試しにドアノブを回してみた。
やはり、鍵が掛ったままだった。
この部屋の中だけは誰も調べられてなかった。
もし、自分とリゼ以外に犯人が居るとすれば、ここしかない。
犯人が潜んでいるなら、皆の仇を取ってやる。
無残に殺された皆の仇を。
美兎は斧を両手に持ち、思い切り振りあげた。
そして、全ての想いをのせて10号室のドアを目掛けて振り下ろした。
鈍い大きな音と共に斧はドアに突き刺さった。
「うおぉーーー!」
美兎は言葉にならない叫び声を上げながら斧を引き抜いた。
再びドアを目掛けて振り下ろした。
先ほどより鈍く大きい音がする。
もう一度。
もう一度。
美兎の頬から水滴が何滴も垂れていた。
それが汗なのか涙なのか、わからなくなっていた。
ようやく10号室のドアは白旗を上げた。
今までの鈍い音が嘘だったかのように力なくドアは開いた。
力を失い半開きになったドアを美兎も最後の力を振り絞り押し開けた。
「...アハハ...。ハハハ...。」
美兎は笑った。どうして笑ったのかはわからなかった。
最初から犯人なんていなかったの?
それともリゼなの?
それとも、
わたくしが皆を、仲間を殺したの?
考えることを止めてしまいそうになっている美兎の目にあるものが
飛び込んできた。
椅子だ。
部屋の真ん中に不自然に椅子が一脚置かれている。
その椅子の真上にはロープが吊るされていた。
吊るされたロープの先端は輪っかになっていた。
ああ。そうなんだ。
わたくしの番なんだ。
美兎のふらふらと椅子に近づき、そのまま椅子に登った。
不思議だった。
つい数時間前まで怖かったのに、今は何も感じない。
美兎は自分の首に輪っかを掛けた。
「ありがとう。」
幻覚だろうか。それは聞き覚えのある声だった。
と思ったその時、椅子が倒れた。正確には
苦しい。息が
薄れゆく意識の中、美兎は目の前にあった窓ガラスを見た。
外はもう真っ暗だった。
ガラスのキャンバスと外の黒の下地が描き出したものは、
もがきながら宙に浮く美兎と、
4月26日
小笠原の海岸で少女に拾われたチャック付きポリ袋は
彼女の母親の手によって開封された。
中には電源の切れたスマートフォンと数枚の紙が入っていた。
紙の中の一枚には一言だけ『虹の向こうに』と書かれていた。
次に出てきた紙は束になっており、長文で何かが沢山書かれていた。
そして、最後に出てきた紙には、こう書かれていた。
『このスマートフォンと手紙は小笠原の有丸島で起こった殺人事件の
重要な証拠です。もし拾った方がいらっしゃるのなら、すぐに警察へ
届けて下さい。』
母親は他の者には極力触れないようにし、翌日すぐに警察へと届けたのだった。
警察が調べた結果、チャック付きポリ袋、手紙、スマートフォンには、
島で殺されたと思われた人物の指紋が残されていた。
また、スマートフォンの契約者も指紋と同様の人物であった。
手紙は大きく分けて三通あった。
母親が読んだ通報を促すもの。『虹の向こうに』とだけ書かれたもの。
そして、最後の束になっていたものは犯人からの告発文であった。
スマートフォン内のデータには樋口、夢追両氏に送ったメールの原本データや
複数の動画ファイルが残されていた。
告発文は以下のような内容となっていた。