ギャルゲーという名の拷問とも言える訓練から数日が経った。あれから士道は何度も選択肢を間違え黒歴史が公開され『ダークフレイムマスター』と呼ばれたりしたらしい。
士は奇跡的になんとか極秘映像を死守することができたが精神的にボロボロだ。
士は先程琴里から訓練を行っている士道の様子を見てきて欲しいと言われ、士道を探している最中だった。
そして今、士はとんでもない場面に遭遇している。
「本気で先生と、結婚したいと思っているんです」
……、何を言ってるんだこいつは。
これが先生に結婚宣言をしていた士道に対する士の最初の一言だった。だって、見つけていきなり先生を口説いているのだから当然の反応だろう。
だが士のその反応はタマちゃん先生のリアクションによってことごとく塗りつぶされる。
「本気ですか…」
『結婚』というワードがきっかけとなったのか、普段のタマちゃん先生なら決して考えられない雰囲気にたじろぐ士道。
それを見ていた士もタマちゃん先生のその圧倒的な雰囲気に思わず大嫌いなナマコ並みの恐怖を覚えて後ずさりしてしまう。
「…!士君も本気ですか⁉︎」
士はタマちゃん先生に存在に気づかれて尋ねられてしまう。ここで自分にフラれるとは思わなかった士はすぐに返事が出来ずしどろもどろになっている。
そして、タマちゃん先生の封印がついに破られた。
「五河君たちが結婚出来る年齢になったら私もう三十歳超えちゃうんですよ?それでもいいんですか?両親に挨拶しに来てくれるんですか?婿養子とか大丈夫ですか?高校卒業したらうちの実家継いでくれるんですか?」
「あ……あの、先生………?」
「いいんですか?」などと色々尋ねている割には士道のブレザーを掴んでいた。
このままでは士道はタマちゃん先生に強引にゴールインされてしまうだろう。
あと人が変わったように目が血走っているのが一番怖かった。
「で、でも…俺たちってまだ16歳ですし結婚は……」
ここで士道は逃げ道を探ろうとまだ結婚出来る年齢ではないことを言った。士もこれで取り敢えず助かったと思った。
だが、それはタマちゃん先生には意味をなさず、むしろ更に結婚へと突き進む思考を加速させてしまったに過ぎなかった。
「心配しないでください。血判書を作りますから、痛くしませんから安心してください。あ、でも日本って多夫一妻制が認められてないんですよね」
「そ、そうですよ。ああ残念だなぁ、多夫一妻制じゃない日本じゃ一人しか結婚できないですよね。結婚するだったら俺より士道をお勧めしますよ。それじゃお幸せに!」
士はあっさり士道を見捨ててその場から離れた。少し離れた場所から士道の様子を見ると、士道は逃れる道を絶たれたことで冷や汗を流し絶望顏になっていた。
そしてタマちゃん先生の想像を超えた行動力についに士道も逃げ出した。賢明な判断だ。
士は逃げ出した士道を追いかける。
そしてまた、とんでもない場面に遭遇してしまった。
士道は逃げている最中に一人の女子とぶつかり、その拍子に尻餅をついたのか士道に向かってM字開脚をしていて下着が見えている体制だった。
しかもその相手の女子がまさかの鳶一折紙だという。
…………、こいつはラッキースケベの体質なのか?
士の士道に対する第二の一言だった。いくらなんでもこのシチュエーションはないだろう。
こんな展開はギャルゲーの中でしか起こり得ないと思っていたのだが、実際今目の前でそれは起きていた。
士道のその行為になにを思ったのか、折紙は士道と恋人宣言をしだした。
タマちゃん先生といい鳶一折紙といい、この学校には個性的な女子が多い気がする。
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーーーーーーーー」
唐突にけたたましいサイレンが鳴り響く。これは入学式の時と同じ空間震警報だ。
「急用ができた。また」
鳶一はそう言うと急いでその場から離れる。おそらく精霊が出現したためASTから出動要請があったのだろう。
こちらも琴里から渡されたインカムを装着し、士道と共に琴里の誘導に従って精霊が出現する予想地点に向かう。
精霊が出現したのは学校の教室だった。しかも、まだ進級して間もない自分たちの教室だった。
現在、士と士道は教室の入り口の前にいる。士は念のためにディケイドライバーを懐に隠しておく。
精霊は中にいるようだが、士道はまだ心の準備が出来ていない様子だった。
「大丈夫だ士道、俺が話すからお前は見てればいいって」
「ああ……でもなぁ…」
士道はまだ何か心配らしい。そんな士道の様子を察したのか、インカムから琴里の声が聞こえる。
『安心しなさい士道。《フラクシナス》のクルーが全力であなたたちをサポートするわ。たとえば……』
『五度の結婚、そして五度の離婚を経験した恋愛マスター《早すぎた倦怠期》川越!』
「それって全部全敗ってことだよな⁉︎」
『夜の女性に絶大な人気を誇る《社長》幹本!』
「ただ単に金の魅力だって!」
『恋のライバルに次々と不幸が。午前二時の女《藁人形》椎崎!』
「それ絶対に呪いかけてるだろ!」
『100人の嫁を持つ男《次元を超える者》中津川!』
「ちゃんとz軸のある嫁だろうな⁉︎」
『その愛の深さ故に、今や法律で愛する彼の半径500メートル以内に近づけなくなった女《保護観察処分》箕輪!』
「その人は一体なにしたんだ⁉︎」
『……皆、クルーとしての腕は確かなんだがね』
『大丈夫だよ士、士道。僕だっているんだし』
インカムから令音と大樹の声が聞こえた後、また琴里の声が聞こえる。
『まあくれぐれも精霊の機嫌を損ねて死なないように気をつけなさい。
士はともかく、士道なら一回くらい死んでも直ぐにニューゲーム出来るから問題ないけど』
「なんだよそれ…」
「いいからさっさと行くぞ」
士は教室の扉を開ける。
そして、夕日が赤く染まった教室の中にその少女はいた。
不思議なドレスを纏った少女は机の上に片膝を立てるように座っている。
少女は幻想的な輝きを放つ目を物憂げな半目にし、ぼうっと黒板を眺めている。
夕日を背にした少女のその姿はどこか神秘的で見るものの思考を奪ってしまうほどだった。
士は思わず少女のその姿に見惚れてしまっていた。
「ーーぬ?」
少女は士たちの侵入に気づき、こちらを見つめてくる。
「……ッ!や、やあーー」
士道がどうにか心を落ち着けて手を上げようとした瞬間。
ーーひゅん、と。
少女が無造作に手を振るったかと思うと、士道の頬を掠めて黒い一条の光線がすり抜けていった。
その一瞬の後、二人の背後にあった教室の扉や廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて崩れる。
「くっ⁉︎」
その際の衝撃で士のポケットからディケイドライバーとライドブッカーが落ちた。
士はそれらを取りに行こうとするが、少女は二人に向けて黒い光球を向けていた。
「お前たちは何者だ。答える気がないのなら敵と判断する」
「お、俺は五河士道!こっちは五河士!ここの生徒だ!敵対する意思はない!」
士道は両手を上げながらそう言うと、少女は訝しげな目をしながら二人に歩み寄る。
少女はディケイドライバーを見つけた途端、しばしの間士と士道の顔を凝視してから何かを思い出したように眉を上げた。
「お前たち、前に一度会ったことがあるな……?」
「ああ、確か…今月の十日に街中でな」
「おお」
士がそう言うと、少女は得心がいったように小さく手を打つ。
「思い出したぞ、お前は確か何やら姿がいろいろ変わっていたおかしな奴だ」
「おかしな奴って……」
少女の目から微かに険しさが消えたのを見取って、士は一瞬緊張が緩む。
「が……ッ⁉︎」
刹那の間の後、士は少女に前髪を掴まれて顔を上向きにさせられていた。そして少女は士道の方へ視線を向ける。
「そっちの奴は確か、私を殺すつもりはないと言っていたか?……見え透いた手を。
なにが狙いだ?私を油断させておいて後ろから襲うつもりだったか?」
士はその時の少女の顔が気に入らなかった。少女のその全てに絶望したかのようなその顔が。
士は自分が仮面ライダーである限り、目の前にいる誰かにそんな顔はさせたくなかった。
「…なんで、そんな顔をするんだよ」
士の言葉に少女は若干反応をするが、眉を寄せて何も言わずに士の髪から手を離すと、じっと士を見つめていた。
「俺は…俺たちはお前と話をする為にここに来た!内容なんてなんでもいい!気に入らないなら無視したって構わない!俺たちはお前とずっと一緒にいたわけじゃないから、お前がこれまでどんな辛い思いをしてきたかは分からない!でもな、これだけは言わせてくれ。俺はーー俺たちはお前を否定しない!」
士が言った言葉に少女は驚いたように目を見開く。そして士たちに背を向け、しばしの沈黙のあと、小さく唇を開く。
「……ツカサ。それにシドーと言ったな」
「ああ」
「本当に、お前たちは私を否定しないのか?」
「本当だ」
「本当の本当か?」
「本当の本当だ」
「本当の本当の本当か?」
「本当の本当の本当だ」
士は士道と間髪入れずに声を揃えて答えると、少女は今までにない笑顔を見せた。
その美しく可愛らしい笑顔に士はまた見惚れてしまった。
「ふん、誰がそんな言葉に騙されるかバーカバーカ!……だがまあ、あれだ。どんな腹があるかは知らんが、こんなことを言ってくれる奴は初めてだからな、少しだけ貴様らを信じてやる」
「ああ、ありがとな」
少女の笑顔に士は思わず顔を赤くしてしまったが、取り敢えずは気を許してもらえたようだ。士は少女の名前を呼ぼうとしたが、そこで少女には名前がなかったということを思い出した。
「ぬ?」
少女も士の様子に気がついたのか眉をひそめる。そしてしばらく考えを巡らせるように顎に手を置いたあと、
「……そうか、私と話をするには名前が必要だな。これまでは相手がいなかったから必要なかったが。ツカサとシドーは私を何と呼びたい?」
「「な……」」
少女の要求に二人は言葉を詰まらせた。
『これはまたヘビーなのが来たね』
「そんなこと言ってる場合かよ…」
士のインカムから大樹の声が聞こえてくる。士道の方もインカムを抑える仕草をしているので、おそらく大樹と琴里は別々の回線で通信を入れているのだろう。琴里が名前を考えたようなので余程変な名前が出てくることはないと思うが。そして、士道の口から彼女の名前が告げられた。
「トメ!君の名前はトメだ!」
次の瞬間、少女は士道に告げられた名前が相当嫌だったらしく、士道の足元にズガガガガガガガッ!と小さな光球が連続でマシンガンのように発射された。
「なぜかはわからんが、無性に馬鹿にされた気がした」
少女もこの通り、一気に不機嫌になった。
『あはははは!いや、今時の女の子にトメはないって!いいネーミングセンス……ってぇ⁉︎ちょ、何するんだよ琴里ちゃん!』
インカム越しからは士道が告げた名前がツボになったようで大樹が大笑いしているところを、鈍い音がしたのでおそらく琴里が制裁したらしい。そこで今度は士が思いついた名前を告げた。
「それじゃあ…十香っていうのはどうだ?」
「……まあ、いい。トメよりはマシだ」
『成る程ね、君たちが彼女と出会ったのは四月十日だったから十香ってことか。安直だけどいいんじゃないかな』
インカムから大樹の声が聞こえてくる。取り敢えずは気に入ってもらえたようでよかった。隣ではなんか士道が落ち込んでいるが。
「トーカとはどうやって書くのだ?」
「それはな…」
士道は黒板の方に歩いて行くと、チョークを手に取り、『十香』と書いた。十香もそれを真似して指からビームらしきもので黒板を削って書いた。下手くそだったが、ちゃんと十香と書けている。
ここで精霊の少女ーー十香は二人に顔を向ける。
「シドー、私の名を呼んでくれ」
「十香…」
名前を呼ばれて満足した十香は、今度は士の名を呼ぶ。
「ツカサ…」
「ああ…十香」
顔を綻ばせ嬉しそうに笑顔を浮かべる十香に士と士道も安心して微笑む。