ロックマンゼロ -episode leviathan-   作:プレイズ

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エクストラミラーステージ

ここは鏡セカイのとある小空間。

現在、レヴィアタンはそこに一時退避していた。

道化師マリオネスから逃れた彼女はこのセカイの管理AIである存在と情報のやり取りをしている。

【しかし奴らには困ったものです。鏡の力を善のために使うのではなくこのような悪事に用いるとは】

鏡のセカイのAIであるマニピュレートはミラージュ達を嫌悪するように言った。

【鏡の力って、あいつ(マリオネス)が使っている鏡の分身や鏡を使ったワープ移動の事?】

【ええ。鏡を介して行使する能力は鏡の力と言っていいでしょう。それらは本来このような悪の行為に使うためのものではないのです。正しい正義のために使わなくてはなりません】

マニピュレートはため息をつきつつ話を続ける。

【私は彼らを良く思っていません。出来ればこの世界から排除したいと考えています】

【あなたは鏡の世界の統括者のような者なのよね?】

【ええ。私は統括者と言える存在です。しかし権限はそこまで強くはない。ある時、彼らミラージュの方からやってきて統括システムをハッキングしてきたのです。私は抵抗しましたが、向こうのハッカーがやり手だったようでシステムを掌握されてしまいました】

【ハッキングですって……?ミラージュの連中が乗っ取ったっていうの?】

【はい。管理システムの権限を半ば乗っ取られる形となりました。私には自由にシステムをどうこう出来ないように制限がかけられてしまった。その日から、彼らは勝手気儘に鏡のシステムを使っているのです。恥ずかしながら、私個人の権限だけでは彼らを排除出来ない状態です】

【システムを勝手にって、まさか鏡を使ったワープ移動とかも?】

【ええ。あの鏡を介した移動も鏡システムの悪用です。本来は私が許可を出さなければ使えないものですから】

【マリオネスが使ってる移動術や、前に私が戦ったミラージュの幹部連中も使っていたけど。あれも皆そうなのね】

レヴィアタンはその鏡移動術にかなり苦しめられている。

元より、今回もそうだし前回彼らに拐われた時も大鏡の中に引っ張り込まれて鏡セカイへ移されてしまった。

その根本にあるのが鏡システムの乗っ取りによる悪用だというのだ。

【あいつら、システムを乗っ取って鏡セカイで好き勝手やっているってわけね。こうして私を拐ったのもそうだし。許し難いわ】

【申し訳ありません。元はと言えば私が奴らからシステムを守れなかったせいです。そのせいであなた様にも多大なご迷惑をかけてしまった。謝罪致します】

【そ、そんな謝らないでちょうだい。私も鏡の前でほいほいのろけて隙を晒してしまったわ。それが原因でまんまと鏡に引き込まれたの。だから私にも半分は非がある】

謝ってくるAIにレヴィアタンは責めようとはしない。

彼女としてはこの事態に陥ったのは腹立たしいが、元は自分がミッション時に気を抜いたのが悪いのだ。

加害組織のミラージュ達に対する怒りはあるが、マニピュレートに対して責を押しつける気にはならなかった。

他責にするのではなく自分の責任だと彼女は思っている。

【……ありがとうございます。そう言って頂けるのは有難い事です。しかし、私はやはりあなた様に謝りたい。そして、報いさせてほしい。あなた様がここから元の世界に戻る手助けをさせてほしいのです】

【私の脱出の助力をしてくれるなら願ってもない事だわ。私としても1人だと限界を感じていた所だったの。ありがとう、是非手助けをお願いしたいわ】

レヴィアタンはAIの助力の申し出を快く受ける。

先程の一連の戦闘を通して彼女は脱出の難しさを感じていた。

自分の戦闘データは既に奴らに筒抜けになっており、電子殻配置パターンを元に技を自由に無効化されてしまう。そしてマリオネスの鏡能力の分身による撹乱も彼女を混乱させ、敵に攻勢を許して劣性に陥ってしまうのだ。

これでは彼女単独での脱出はかなり困難と言えた。

AIが協力してくれるというなら、拒否する選択肢はない。

【でも、掌握された鏡システムを奪回するのってどうやってするつもりなの?奴らに支配されているのよね?】

【はい。ですが完全に支配されているわけではありません。一部権限は使えるのです。これまではほとんど権利を行使出来ませんでしたが】

AIはレヴィアタンに感謝するように言う。

【あなた様が来て、ヘッドのマリオネスと交戦した事で私の権限が一部復活したのです】

【えっ?私がマリオネスと戦った…から?】

【はい。現在最上位のシステム権限を持っているのはマリオネスなのですが。彼が心身共に安定している限りその絶対は崩れる事がありません。ただし何らかの理由でその安定が崩れれば、権限の制限にほころびが生じる】

彼が言うにはレヴィアタンとマリオネスが戦った事で奴の感情、肉体共に乱れが生まれたというのだ。

【彼はあなた様と戦う事で高揚するようで。夢中になると言いましょうか。それは逆に言えば精神の乱れです。さらにあなた様からダメージも受けた。心の乱れと肉体へのダメージで彼の持つ絶対権限に僅かに穴が生じたのですよ】

【私と戦って高揚ですって……?はんっ、私は全然気持ちが昂らないわよ】

彼女としてはマリオネスとの戦いは楽しくはない。

苦戦は強いられているが、それに気持ちの高揚など生まれないのだ。

何故かと考えてみると、電子殻パターンのデータを使って技を無効化されたり、分身技を多用して技を回避されたり等卑怯な手を使われてばかりだからだろうか。

 

これがゼロ相手なら違う。

隙を突かれてしまう事はあってもそれは卑怯な手ではなく正攻法によるもの。

常識破りの破天荒な戦法ではあるが、自分を上回ってくるゼロは彼女を熱くさせる。

戦っている内に気分を高揚させられるのだ。

比べるとマリオネスにはそうした焦がれる気持ちは全く沸き上がらない。

【でも、私と戦う事であいつに乱れが生まれて権限にも穴が出来るっていうのは知らなかったわ】

【ええ。それを上手く利用出来れば活路は見出だせるはずです】

マニピュレートはそこに逆転の道筋があると言う。

【実際にその穴により、私の権限が一部復活しました。結果私の意思で鏡移動のワープを行使出来たわけです。これは以前までなら不可能だった事ですから】

【そうだったのね。ならその乱れをさらに大きくする事が出来ればーー】

【さらに権限は私の手に戻るというわけです】

【……!それなら、何とかなるかもしれないかも】

彼の話を聞くに、レヴィアタンがマリオネスと戦ってマリオネスの心身を乱れさせればさせるほどマニピュレートに権限が戻るらしい。

それならば取るべき行動は決まったようなものだ。

再度あの道化師と戦闘するという選択肢の他に道はない。

【先程も奴と戦っておられましたが、あなたはお強いです。流石は妖将レヴィアタン様。お噂に違わぬ実力だ】

【そ、そう?買ってくれるのは嬉しいけど、見てわかる通り結構苦戦させられちゃってるわ。分身と操りの糸のからめ技が厄介。悔しいけど、あいつの力は流石ミラージュのヘッドだけはあるわね】

レヴィアタンは対マリオネスへの苦戦を素直に吐露する。

妖将の自分を苦しめる程の実力をあのマリオネスが有しているのは癪だが事実だ。

【確かに彼はハイレベルな鏡の能力を使いこなしています。ですが、それはこの鏡の世界に居るからバフがかかっているのが大きい。これが鏡の外の世界ならこうはいきませんよ】

【そ、そうなのかしら】

【はい。ここでは鏡の効力がブーストされて使い放題ですから。分身もあなた様が見まがう程そっくりで精巧なものを繰り出せます。しかしこれが外の世界であれば、そうはいかない。すぐに残像がブレて見破られる程度のものしか彼は出せないでしょう】

この鏡の世界では鏡の能力が元の上限を越えて活性化される。

そのためマリオネスは本来の実力の数倍もの戦闘力を発揮する事が出来ているのだ。

【逆にあなた様は得意な水中戦闘を封じられている。お気付きになられましたか?あなた様がここに連れて来られてから、一度も水場を介した場所が用意されていないことを】

【あっ……そ、そういえば、言われてみればそうね】

レヴィアタンは水の中を自由自在に動き回れる水中移動に特化した性能を持つ。

いつもならば相手を水中に誘い込んだり、あえて水を自身のボス部屋に投入したりして自分に有利な条件で彼女は戦いを始める。

だが今回はミラージュ達によって彼らの鏡フィールドに拐われ、得意の水場を与えられないように水から隔離されていた。

そもそも彼女が今回のミッションに向かったのは、エネルギー反応があった場所が海の底深くにある海中アジトだったからだ。

水中戦闘を得意とする彼女が適任と見なされて彼女が派遣されてきた。

しかし逆にそれを彼らに逆手に取って利用されてしまい、彼らは目当ての彼女をここへ来させる事に成功していた。

実際には海中アジトの中には水があるスペースはほとんどなく、彼らに鏡セカイへ拐われた後は水場から完全に離されるという事態になっているのだ。

【く……私が得意な水中には入れさせないってわけね】

【敵の思考としてはそうなるでしょう。あなた様が水場では高い戦闘力を発揮する事を彼らはわかっている。故にあなたを決して水には近づけさせないのです】

【癪だわ。まあ奴らにまんまと捕らえられた私が悪いし、言えた事じゃないけど】

罰が悪そうな顔でレヴィアタンが呟く。

敵には怒りが沸くが、そもそもが敵に上手くはめられてしまった自身の落ち度でもあった。

【しかし、活路はあります。ここは鏡の世界ですが、座標位置的には外の海中アジトとほぼ同じ位置にあるのです】

【え……?ど、どういう事?】

【ここは鉱石の壁に囲われていますが、その壁の向こうには海が広がっています。つまりすぐ傍には水が大量にある環境なのです】

【……!】

ここは元の海中アジトとほぼ同じ場所にあると鏡AIは言う。

鏡の中に取り込まれた先の世界ではあるが、座標位置としてはほとんど外の世界と変わらないのだ。

【っという事は、鉱石の壁を壊す事が出来れば……】

【壊す、となるとなかなか難しいものがあるかもしれません。外の海と隔てている壁なだけに、その強度はかなりのものがありますから。ちょっとやそっとの打撃を当てた程度では傷一つ付かないくらいにはここの外壁は固いです】

【そ、そうなのね……】

もしや外の大量の水を中へ呼び込めるのでは、と考えた彼女だがそう上手く事は運ばない。

少し気落ちして彼女はため息をついた。

【ですが、私の権限を使えば壁を一部開放する事は可能です】

【え……?】

【私はこの鏡の世界の統括者ですから。私が命令を下せば、外壁の水流ポンプ管を開けられます。そうすれば、ここへ一定数の水が入ってくるでしょう】

【ほ、ほんとう……!?】

ぱっとレヴィアタンの表情が明るくなる。

【そ、そうなんだ……!本当にそんな事が出来るなら、是非お願いしたいわ】

【あなた様の頼みなら、こころよくお受け致しましょう。ですが、今はまだマリオネスにシステム権限が集約されています。現状では私が命令しても壁の開放は難しいでしょう】

マリオネスに乱れが生じて権限に穴が生まれた。とはいえ現状ではそれは僅かなもの。

今のままではまだ壁の開放を出来るまでには至らない。

【なら私がそれを切り開くまでよ。またあいつと戦って乱れを起こせばいいのよね?】

【そうして頂けると助かります。あなた様と戦う事で奴の心身にほころびが生じれば、それに比例して私に権限が使えるようになりますから】

レヴィアタンの意気込みにマニピュレートが頷いた。

彼女が戦ってマリオネスが乱れれば、権限をさらに得た彼が壁を開放する事が出来る。

彼は彼女のためにもそれをしたいと思っていた。

【で、でもどうしてそんな事をしてくれるの?私はあなたにとってただの部外者じゃないの?】

【私はこの鏡世界のAIに過ぎません。ですがその私から見て貴女はとても清純なる清らかな心をお持ちだ。マリオネス達ミラージュの奴らと比べれば一目瞭然。ミラージュの連中は悪しき心を持つ者ばかり。己の欲望のために悪事に手を染める彼らを私は軽蔑しています。マリオネス達ミラージュはあなたを幽閉して益を得ようとしているようですが、私はそれを快くは思っていないのです】

レヴィアタンに優しく語りかけるように、そしてマリオネスらミラージュには不快さを抱くようにマニピュレートは言う。

【始めに彼らがあなたを拐いに行った時は、まさかこういう事をするとは思っていなかったために外界へ行き来する許可を出しましたが。その後の一連の行為を見るに、私は非道な彼らには嫌悪感を抱きました。そして今あなた様をいたぶっている行為を経て看過出来なくなったのです。なので私はあなた様をこの世界から解放したいと考えています】

【……そう思ってくれるのね。ありがとう、とても助かるわ】

自分を気遣ってくれるAIにレヴィアタンは安堵と感謝の気持ちを抱く。

これまで孤軍奮闘だっただけに、協力者の存在は心強い限りだ。

【私はあなた様の気高くも優しく、そして凛々しい精神に共鳴したのです。私が管理AIとしてこの鏡世界を管理するようになってからもうかなりの年月が経ちましたが、これまで見てきた中でもあなた様ほど澄んで美しいソウルーー魂(タマシイ)をお持ちの方は初めてお目にかかりました】

マニピュレートは心からそう思うように念動メッセージを送ってくる。

彼にとってはレヴィアタンのような外見だけでなく中身(精神)も美しい存在に接したのは初めてなのだ。

そのために、彼は本心から彼女の助けになりたいと考えたのである。

【私は清らかな善の心を持つあなた様に感服致しました。対してミラージュの奴らは薄汚れた低俗な心を持った者達しかいません。あなた様はそんな連中に囚われていていい存在ではない。外の自由な世界でお生きになるべき方です】

【あ、ありがとう。そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいわ】

レヴィアタンは自分を尊んでくれるAIに気持ちが軽くなる。

心から評価してくれていると感じるからだ。

 

 

【1つこの世界の話をさせて頂いてもよろしいですか?】

マニピュレートが話題を少し変えて切り出した。

【この世界のお話?】

【はい。まず、この鏡のセカイはあなた達の世界でいう所のサイバー空間に近い所があります】

【サイバー空間……?】

言われて彼女は脳内でその言葉が示す場所を思い描く。

それはかつて同僚のファントムが住みかにしていた空間だ。

魂だけの状態だった時、彼はサイバー空間の中でのみ存在する事が可能だった。

今は肉体を伴って完全に復活しているため、サイバー空間にいなくとも問題はなくなっているが。

【たしかサイバーエルフの能力が色々もらえて、何か特殊な世界なのよね?】

彼女はサイバー空間に関して詳しいわけではない。

ファントムはしばらくの間そこに居を構えていたからよく知っているだろうが、彼女は伝聞で大まかな話を伝え聞いているだけなので知識は豊富ではなかった。

そんな微妙にわかっていない様子の彼女に、AIはわかりやすく説明してやる。

【サイバー空間では様々なサイバーエルフの能力が付与されて、空間内にいる者の能力をブーストさせる理(ことわり)が存在しています】

【そういえばそうだったかも。でも中に居るだけで能力アップするなんて、ちょっとずるい感じがするわ】

【はは、確かにその通りですね。ですが、外の世界に比べて有利に事を運べるのは大きな利点です。例えば戦闘をする際にはそこを活用すれば優位に進められる事でしょう】

ずるい、という妖将の少女の感想にマニピュレートは思わず微笑みを漏らす。

プログラミングされたAIという彼にとって普段は機械的に実利の面で物を語る事が多いため、彼女のように感情を交えられると会話に温かみを感じるのだ。

【確かに……!なら、この鏡セカイのどこかにもサイバー空間があるんじゃない?もしあるならそこを使えばーー】

【残念ですがそれは不可能です。何故ならサイバー空間は外の現実世界としか繋がっていないからです。鏡セカイは鏡の中に存在しているセカイなので、外の世界と接していないこの空間ではサイバー空間には接続し得ないと言えます】

【く……そ、そう。残念だわ】

このセカイからサイバー空間に行ける可能性を考えたレヴィアタンだったが、マニピュレートの回答はむなしくもノー。

軽く肩を落として彼女は息を吐く。

(はぁ……そう上手くはいかないわよね)

もしサイバー空間に繋がっていれば、そこに入れば奴らに勝てる可能性が上がるのに、と彼女は口惜しがる。

だがこの鏡セカイにはそうした別の特殊世界へと通じる場所はないようだ。

あるのは元の外の世界に戻る鏡通路だけである。

ただしその通路はボスのマリオネスを倒さない限り開く事はないのが厄介だ。

【サイバー空間は入った者に分け隔てなくサイバーエルフの能力を付与します。そのため、空間に入った者全員に利益がある。しかし、この鏡セカイは違います】

【どういう事……?】

【この空間では鏡を使った特殊能力の力がブーストされるというシステムになっています。マリオネスを始めとした"鏡の能力"を使うミラージュ構成員にとっては自身の鏡能力がパワーアップするバフがかかる場所なのです】

ここは鏡のセカイ。文字通り鏡の特殊能力の効果が倍増する理(ことわり)となっている。

その専門の力を持つ者にとっては永続でバフがかかるお得な環境なのだ。

【く……!だからマリオネスはあんなに強力な鏡の分身を使い放題ってわけね】

【そうです。そして残念な事に、鏡能力以外の能力を持つ者にとっては利になる事は何もないセカイでもある。例えばあなた様は水と氷の素晴らしいスキルをお持ちだ。しかし、その水や氷の能力がこのセカイでは特に強化されるといった事はないのです。そこが全ての者がブーストの恩恵を得るサイバー空間とは違うところです】

この鏡セカイはあくまで鏡の能力者にとってのオアシスである。

それ以外の者にとっては、鏡能力者に対して劣勢に陥る狩られ場でしかない。

このセカイにおいて上位存在である彼らミラージュは"餌"となる獲物をこのセカイに誘い込み、強化される鏡能力を持って捕食するのだ。

【く……不公平よ……!まあ、そもそも奴らにいいように拐われちゃった私にも落ち度があるから言えた事じゃないんだけど】

むくれつつも罰が悪そうな顔をするレヴィアタン。

彼女自身もわかっている通り、ミッションが終了したと気を抜いて鏡の前でのろけて隙を晒してしまった自身の不手際でもあった。

その瞬間を正に敵は狙っていたのである。

【一瞬の隙ですが、しかし彼らはそれを逃しません。特にマリオネスは素でもそこそこの鏡の能力を持っています。対象を一度この鏡セカイへ連れ込んでさえしまえば、彼のブーストされた鏡能力で幻惑能力も付加される。それを織り交ぜて絡め手を用いれば、初見でそれを看破できる者はそういないでしょう。あなた様が分身のマジックにかかってしまったのも致し方ありません】

【……悔しいけど、あいつの分身は見分けがつかなかったわ。同僚に分身使いがいるから分身の見分けには慣れてると思っていたんだけど】

彼女は四天王の同胞である隠将ファントムを思い浮かべた。

彼も分身の使い手である。

しかしその見分け方は知っていればさほど難しくはない。

分身は若干白く薄いという特徴がある。

そして本体は若干の振動を生じさせるので、よく見れば見分けがつくのだ。

しかしマリオネスのそれは本物と分身の見分けが全くつかない。

特に特有の動きや癖などが見られないのだ。

これはこの鏡セカイにおける鏡能力バフによる所も大きいのだろう。

通常の外の世界でならば、もっと見分けがつくような差があると思われる。

だがこの鏡セカイの中では能力ブーストの恩恵により彼の分身の精度は超精度となる。

かなりの実力者であってもその真偽を見抜く事が難しい程に。

さらに、ここでの彼の分身は分身体による攻撃やアクションでも対象に作用を及ぼす事が出来る。

分身でも技を相手に当てる事が可能なのだ。

レヴィアタンは当初分身にも相手への干渉が可能である事を理解し切れておらず、操りの糸を挿されて操られてしまった。

マリオネスの分身は分身であっても無視できない影響力があるのだ。

【何て強力な分身なのかしら。まさか分身体にも干渉力があるなんて思わなかった】

【それも鏡セカイにおけるブースト効果の1つでしょう。おそらく外の世界であれば、彼の分身体にそこまでの影響力はないと思われます。しかしここ鏡セカイでは能力強化によりそれが可能になる。分身技が恐ろしく危険な存在と化すのです】

この鏡セカイにおいては、マリオネスの能力は四天王である妖将でさえも手をこまねくレベルの強力な奇術と化す。

そこに四天王の中でも水中特化な所があるレヴィアタンが水場を封じられ、陸上メインで相対するとなると苦戦は必然と言えた。

【奴らは始めからそれを狙って海底にギラテアイトを持ち込んでアジトを構えたってわけね。水中特化の私をおびき寄せるために】

【ええ。彼らはあなた様を無力化するための策を練っていたようで。まず彼ら自らは鏡セカイに行く事で鏡能力のバフがかかる。そしてあなた様は鏡セカイに連れ込まれる事で水場から隔離されて得意の水中戦を封じられる。老練で狡猾な策を立てたものです】

【くっ……!私をこんなふうに嵌めるなんて、やってくれたものだわ】

悔しげに彼女が呟く。

四天王の中でも彼女が水中戦を得意としている事、逆にいえば陸上では水中より幾分か与しやすくなる事を敵に突かれた格好だ。

彼女は妖将のプライドもあり、敵に甘く見られた事が許しがたい。

【舐めてくれるじゃない。マリオネスの奴、ただじゃおかないわ】

【その意気です。是非とも奴を倒しましょう】

嵌められた怒りを糧に戦意を燃やすレヴィアタン。

冷静だが闘志も内在する今の彼女は難敵と戦う準備が整っていると言えた。

 

【………!】

その時、マニピュレートの様子に異変が生じる。

彼は何かに気付いたようだ。

【どうしたの、マニピュレート?】

【来ましたね、奴が】

敵の反応を察知したAIは妖将に注意を促す。

【マリオネスです】

【……!】

【お気をつけください。どうやらすぐそこまで来ているようですので】

AIが言うが早いか敵の気配がして、レヴィアタンは身構える。

すると数秒としない内に、彼女の目の前に等身大の鏡が現れた。

その鏡は怪しい紫の光を放っている。

「こ、これは……!」

「くくクク、見つけたヨレヴィアタン」

鏡の奥からゆっくりと不気味な道化師の顔が表れた。

ねっとりとした声色と共にその双貌が妖将の姿を捉える。

彼女はその危険な気配に思わず怖気が走った。

「く…!もうここがわかったの」

「キミにはスノウスレイヴマンが既にマーキング済みダ。だからドコニ逃げヨウと無駄サ」

「……!あの白饅頭ね」

レヴィアタンは思い出す。

白いマシュマロ状のデカいモンスターを。

あの大男に自分は舌で舐められている。どうやらそれによってマーキングとやらをされてしまったらしい。

「……それでこっちの居場所がわかるって寸法?」

「そうダ。マーキングはいわば発信器を取り付けるようなものだカラネ」

「く……そんなものを私に施すなんて、許せない」

勝手に自分にそんな事をした彼らを彼女は軽蔑する。

キッと彼女はピエロを睨みつけた。

だが道化師には逆効果だった。

「くク。いいネその顔。美しい少女が果敢に怒りを表す表情もまた愛らシイ」

「……何ですって?」

怒りを向けてもマリオネスには通じない。

それどころか自分のその表情を見て喜びを抱いているようだった。

「く……気持ち悪いわ。さっさと倒してあげる」

「ふフ。楽しみダ。デモこの鏡世界にいる限りキミがボクに勝てるコトはナイ」

自分を倒す気でいる妖将に対し、だが道化師マリオネスには余裕があった。

何故ならここは彼にとってはホーム同然の環境。

鏡の能力がブーストされて使い放題だからだ。

外の世界ならば彼の分身には残像ブレなどが生じてしまい、相手にどれが分身なのかバレやすい。

だがこのセカイにいれば本物とたがわぬ見た目で分身を作れる。

動きの差異が全然なく、どれが本物か分身かは全く見分けがつかない。

さらに、分身が放った技やアクションにも対象への干渉力がある。

本物の行為と同じ影響力を相手に及ぼす事が出来るのだ。

最初に彼がレヴィアタンを幻惑にかけれたのも、その高位分身の力の賜物である。

「また鏡のトリック技を使う気?今度は同じ手は喰わないわよ」

「フふ。さっきは操りの糸を2回モ挿せたケドネ」

「……!くっ、もう操らせはしないわ」

2度同じ手にかかってしまった事を指摘され、彼女は罰が悪い顔をする。

彼の分身を当初は鏡による光の反射と混同していた彼女は、分身のアクションが本物同様の影響力を持っている事を理解し切れていなかった。

そのため分身への注意が疎かになり、1度かかった操りの糸を再度挿される不覚を取ってしまった。

だが今はもう彼女は道化師の分身の凄さを理解している。

「今度は同じ轍は踏まないわ。鏡の奇術を打ち破ってみせる」

「ふフフ。楽シミダナ」

自分を勇敢に睨めつける妖将の少女に、彼はしかし気をよくした。

舐めているわけではないが、愛らしい彼女がそんな顔で果敢に挑んでくるのは乙なものだ。

「ダケド、君ノ技分析は100%完了シテイル。どんな技を打ってコヨウとボクにはキカナイヨ?」

「くっ……」

レヴィアタンの顔に一雫の汗がつたう。

そう、既に彼女の能力詳細は彼らの手によって解析が済んでしまっている。

スノウスレイヴマンによるスキミング能力により彼女はデータを取られてしまっているのだ。

彼の舌には対象の持つデータを取得出来る能力がある。

舐められてから30分もする頃には、四天の一角である妖将レヴィアタンの詳細データが完全に解析されてしまったのである。

(た、確かに……。これじゃ、いくら私が技を当てたとしても敵には効かないわ)

【大丈夫です、レヴィアタン様】

(………!)

彼女の不安を予測したように、マニピュレートが脳内に語りかけてくる。

【先程も少しお話しましたが、電子殻の配置パターンは変更が可能です。彼らが解析完了したのはあくまで鏡世界限定の電子殻の配置パターンのみ。通常の外の世界でのあなた様の根幹データはまだ知られていません】

【そ、そうだけど……でも電子殻の配置を変えるなんて時間がかかるでしょう?今からそんな事をしている暇をこいつが許すはずがないわ】

【いえ、"既に変更は完了しています"】

【え゛!?】

レヴィアタンは思わず目を見開いて声を漏らす。

既に変更が終わっているというのだ。

「ウン……?」

妖将の突然の破顔にマリオネスが訝しむ。

彼にはマニピュレートの音声は聞こえていないため、レヴィアタンが1人で困惑しているように見えるのだ。

【ど、どういう事……?もう変更が終わってるって】

【私はさっきあなた様と会話している間に並行して電子殻パターンの変更を実行していました。先程それが完了したところです】

【い、いつの間に……特に装置とかに入ったわけでもないのに、そんな事が出来るの?】

【ここは鏡世界ですので空気中の鏡因子を通して作用を働かせる事が出来るのです。もちろん誰にでも出来るわけではなく、鏡世界を統括するAI権限を有する私だから出来る事ですが】

このマニピュレートはこの世界を管理する特別なAIだ。

それ故に権限を行使して電子殻パターンも変えてしまう事が出来る。

それもワイヤレスでさほど時間をかけずに。

【あ、あなたってとんでもないのね】

【いえ、管理AIですからこのくらいは。それよりも、お気をつけを。電子殻パターンの変更で技は通るようになりました。ですがこの道化師は侮れません。少しでも隙を見せれば鏡の錯視で再びあなた様を幻惑に捕えてしまうでしょう。そうなれば"次"はありません】

【………!】

マニピュレートに危険な注意を促され、レヴィアタンの頬に2スジ目の雫がつたう。

もしももう一度幻惑にかけられてしまえば、AIの加護は無くなり今度こそ"詰み"となる。

体力が回復した事で操りの糸は効かなくはなった。

だがまた複数回ダメージを受けて体力が減ってしまうとまたあの恐ろしい操り技が復活する。

もしまたそれをやられてしまったら、今度は道化師は逃がしてはくれない。

 

【ぜ、絶対にしくじれないわ】

【ええ。ですが、肩に力が入りすぎもよろしくないかと。緊張のしすぎはパフォーマンスを落としてしまいますから】

【……!そ、そうね。ちょっと入れ込みすぎたかも】

マニピュレートに緊張気味な点を指摘され、彼女ははっとなる。

これまで苦戦させられてきた体験から、無意識にこの道化師に対し苦手意識を持っていたようだ。

だが、変な気遅れは戦いにおいて邪魔になる。

彼女は邪念を打ち消して戦闘に集中する事にした。

 

「ふフ、頭の中で色々と考え事カイ?」

「……!え、ええ。まあそんなところよ」

少し挙動不審だったのを彼女はマリオネスに突っ込まれる。

マニピュレートの存在を知られるわけにはいかないので彼女は何とか話を合わせて誤魔化した。

そんな彼女に道化師はさして疑問を深める事はなく、話を続ける。

「今からマタ再戦とイウワケダ。折角ダカラもっと特別ナ鏡空間にイコウか」

「え……?」

マリオネスは含み顔で笑むと、両手をパンと1回叩いた。

すると、彼の背後に大きな"枠"が表出した。

空間から浮かび上がるように、鏡張りの枠が出現したのだ。

「……!?」

 

パン

 

さらにもう一度マリオネスが手を叩く。

直後、彼の背後に位置していた大枠が動いた。

高速で、それが前方に送られてきたのだ。

「っ……!」

妖将が身構える。

大枠は一気にマリオネスを飲み込み、さらに奥にいるレヴィアタンにまで迫る。

彼女は咄嗟に動く事が出来ない。

回避は間に合わないため、両腕をクロスさせて彼女は衝撃を軽減させようと試みた。

枠の鏡面がレヴィアタンに当たる。

しかし彼女が打撃を喰らう事はなかった。

鏡面は膜のように柔らかく、そのまま彼女を通過させたからだ。

鏡の中に入る形になったのである。

「こ、これは……!」

「安心シナヨ。これはゲートダカラ」

レヴィアタンに語りかける声があった。

気がつくと少し前方にマリオネスの姿が見える。

どうやら大枠の鏡に共に飲み込まれた形になったらしい。

「ゲートですって?」

「ソウ。ここはエクストラな鏡空間ダ」

道化師は愉し気に彼女を見やる。

はっとしてレヴィアタンが周りを見ると、周囲には枠つきの鏡がいくつか浮かんでいた。

複数の鏡に乱反射するように光が瞬いている。

「鏡の中へわざわざ移動してどうしようっていうわけ…?」

「キミとは特別ナ場所で戦いタイ」

くくく、と笑ってマリオネスは言った。

「幻想的な所ダロウ?」

「……確かに、綺麗かも」

彼の言う通り、ここは鏡セカイのさらに鏡の中というだけあって、キラキラとした神秘的な空間になっていた。

所々に鏡が浮かんでおり、それぞれの鏡面から光が反射して輝いている。

「でも、生憎そんな景色を楽しむ気分じゃないの」

「ソウカ、残念だナ。折角綺麗なキミに似合うステージを用意したノニ」

「私を舐めるのも大概にしてちょうだい。戦うのにそんな趣向は無礼よ」

彼女の周囲に青い生気が、いやオーラが立ち上る。

水の妖気が彼女の身体から放たれたのだ。

そして氷のエレメントも同時に活性化する。

妖将の持つ水と氷のエナジーが敵を倒すべくブーストされていた。

彼女の戦意と共鳴しているのだ。

【挿絵表示】

【挿絵提供:ハロー様】

チャキリ、とフロストジャベリンを指し向けて彼女は準備に入る。

「さあ、行くわよ。今度こそあなたを倒してあげる」

「フフふ。楽しみダヨ。妖将レヴィアタン」

眼前で笑む道化師にレヴィアタンは水色の妖気を高める。

辺りの空気は2人の放つ実力者の圧で振動していた。

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