ロックマンゼロ -episode leviathan- 作:プレイズ
「マリオネス……!」
レヴィアタンはその瞳に倒すベき道化師の男を見据えた。
彼女は特殊空間を降下しながら彼を睨みつける。
「よくも私をまた鏡の変な空間に送ってくれたわね」
「ふフふ、ようこソ妖将レヴィアタン。ボクの鏡ノイリュージョンテリトリーへ」
鏡が2人の周囲には多数浮かんでいる。
様々な形状のミラーがこのテリトリーには存在しており、点在したそれらが空間に漂っていた。
その中を妖将の身体はゆっくりと舞い降りていく。
勢いよくではないのは、この空間が普通の陸上ではないからだ。
空気中に何らかの成分が混ざっているらしく、水中のようにとはいかないが、陸上と水中の中間のような抵抗が存在している。
そのためレヴィアタンは少しゆっくりと落下していく。
(ふフ、舞い降りるキミはまるで天使のヨウダ)
鏡がたゆたう中を縫うように降りてくる彼女をマリオネスは恍惚と見入る。
彼からすれば彼女のその姿は言葉通り天使に見えたからだ。
これから自分を倒そうと向かってくる妖将の様子が、しかし道化師には愛らしい天の化身に見えたのである。
「さあ、これまでのお返しはさせてもらうわよ」
フロストジャベリンを片手にレヴィアタンが意気込む。
彼女の気の高まりと共に水色のオーラが半身からほとばしる。
そして氷の結晶もいくつか周囲に発現した。
宿敵マリオネスを前に今彼女はこいつを必ず倒すと戦意を集中させていた。
「ふフ、いいネ。キミは可愛い水の天使のヨウダ。果たしてボクに勝てるカナ?」
「……水の天使ですって?その減らず口を黙らせてあげるわ」
妖将の自分に対して場違いな物言いを相変わらずこのピエロはしてくる。
一部界隈では確かにアイドル的な人気もある彼女だが、真面目な戦いにおいては強さを持って敵を殲滅するのが将軍の務めである。
そして彼女は妖将として常にそれを全うしていた。
この道化師の言うような甘い女の子では彼女はないのである。
それをわからせてやる、と彼女は内心で決意していた。
「行くわよ、覚悟なさい」
レヴィアタンが戦いの開始を告げる。
凛とした表情で敵の道化師男を見据える。
フロストジャベリンをくるんと回して彼女はその刃先を奴の方に向けた。
「さテ、ではお手並み拝見トイコウ」
レヴィアタンの宣戦布告にも、道化師は動じない。
愛らしい彼女に戦いを挑まれる事がむしろ喜ばしいと彼は感じていた。
自身が倒される心配など一切していない。
彼にはバフがかかった強力な鏡の力と妖将レヴィアタンの電子殻データがある。
それがある限り彼女に倒される事はまずないと彼は判断していた。
自分を恐れていない様子の道化師に、彼女はムッとして初手を繰り出し始める。
「やっ!やっ!やっ!」
小気味いい発声と共に槍先から弾が発射された。
フロストジャベリンの槍部分から追尾式のホーミング弾が打ち放たれる。
彼女の得意技だ。
「ふフ、ヤハリその技か」
だがこの攻撃をマリオネスは予測していた。
彼女の戦闘データのパターンは既に解析されている。
彼女は初手に高確率でこのホーミング弾を使ってくる傾向があるのだ。
ある程度距離を保った位置から戦闘が始まる事が多いため、遠距離技であるこのホーミング弾が多用されるのである。
「やっ!やっ!やっ!」
弾が放たれるのと同時に彼女もかけ声を発する。
声と同じく3発のホーミング弾がマリオネスへ向けて飛ぶ。
「ジャッ!ジャッ!ジャッ!」
だが道化師も対応した。
彼女の技を真似て返すように口から光球弾を3発放ってみせたのだ。
空中でホーミング弾と光球が衝突して弾ける。
ドン ドン ドォン !
3発共に止められ、ホーミング弾は無効化されてしまう。
だがこうなる事はレヴィアタンも予測済み。
「お次が本命よ」
軽く呟き、彼女はマリオネスに向けて連撃する。
ホーミング弾を放った直後に発動していた氷の輪を即座に放った。
そのタイムラグは短い。
短縮版なのもあるが、以前よりも高速化されたものだ。
昔ならばホーミング弾から次の氷の輪を放つまでに彼女はいくらか時間を要していた。
だがその後の修練により、ジャベリンの超速回転、そしてジャベリンからの氷エネルギー供給量の増大により、技を発動するまでの時間ラグはかなり短くなっていた。
これは最初と2回目のマリオネスとの対戦では見せていなかった早業だ。
初回は彼の事をそこまで脅威だと認識していなかったため。
2度目は初手で不意打ちでダメージを喰らい、体力欠乏でその後操られたりもしたため高速で技を連撃する余裕がなかったため。
だが今回は体力は万全、そして最初から不意打ちを受ける事なく真っ当に臨める。
だから彼女はこれまでになく早い速度で技を連続使用出来ていた。
「ぬオ……!もう氷の輪ダト……!」
この切り替え早業に、マリオネスもペースを乱される。
彼女の戦闘データ、技データは共に手元にあるが、技の射出スピードはこれまでの2戦を元にデータ化されている。
しかしこれまで以上の速さで打ってこられたため彼は面喰らった。
「チィ……!」
彼は口から光球を吐く。
だが妖将の早業に対応が遅れ、既に氷の機雷が間近に迫っていた。
回避は間に合わない。
光球でいくつかは破壊出来たものの、いくらかは通過して彼へと迫る。
「くク、残念だネ。対妖将用抗電子殻プログラム発動」
だが道化師の顔が不敵に笑う。
彼には対妖将用の無敵の対処療法があった。
彼女の電子殻データを利用した技の無効化だ。
妖将レヴィアタン固有の電子殻配置構成を把握している彼は、その配置分子の構成を打突の瞬間に乱す事によりすり抜けさせる事が可能。
これによって彼女の技を全て無効化する事が出来るのだ。
目の前に迫った氷の輪に、マリオネスはそれを適用した。
しかし
「ぐアぁ!」
爆炎が上がり、同時に道化師からも叫びが上がる。
プログラムを適用したはずの氷の輪が透過する事なくまともに当たっていた。
驚きに道化師の目が見開かれる。
マリオネスは機雷の爆発を受けてたまらず後退した。
だがその隙を妖将は見逃してはくれない。
気がつくと、彼女は彼の眼前まで迫っていた。
「ぬぁ…!」
「はぁっ!」
間近で槍の刺突が繰り出される。
レヴィアタンの素早い槍突きが飛んでいた。
たまらずマリオネスはのけ反って回避する。
【挿絵提供:右ねじ様】
ギリギリの所で彼は槍をかわした。
だが余裕はなく、即座にバク宙して後方へ逃れる。
立て続けに突かれるのを防ぐため、彼はレヴィアタンから少々距離を取った。
「へえ、よくかわしたわね」
何とか自分の攻撃から逃れた道化師に彼女は言葉を向ける。
好機を逃す形になったが、まだ戦闘は始まったばかり。
彼女に焦る様子はなかった。
「何故君の攻撃がボクに当たッタ……?」
マリオネスは疑問を隠せない。
レヴィアタンの電子殻データは完全に解析しているはずだ。
故に彼女の技は彼の任意で無効化出来るはずである。
前回の対戦では遊びの名目もあったために無効化を一部切っていた。
だから少々ダメージを喰っていたのだが、今回は違う。
抗電子殻プログラムを適用していたのにダメージを喰らってしまった。
これはどういう事か。
「マサカ、アレが何カしたのカ……?」
「アレっていうのは、何の事かしら」
「我々が制限を課シテいるシステムAIの事サ。効いてイタハズの君ヘノ電子殻プログラムが無効化されたナンテ。奴の仕業トシカオモエナイ」
マリオネスは違和感を口にする。
彼には心当たりがあった。
システムをいじる事が出来るのは元管理AIのマニピュレートだけである。
「奴がキミと何らかのコネクションを持ったノカ」
「さあ?知らないわよ」
レヴィアタンは何食わぬ顔でしらばっくれる。
マニピュレートの事を敵に教えてやる必要はないからだ。
幸い、脳内での会話までは彼らは知りようがない。
「フン……シラを切るカ。だがプログラムが効かなくナッタのは事実。キミにAIが何らかのプログラム対処療法を行っタのは間違いなイ」
道化師は想像でAIマニピュレートが彼女に何かしたと考えた。
関係を持ったかまではわからないが、奴が彼女に何かをしたのは間違いなさそうだ。
「ソウナルト厄介ダナ。キミの技を無効化デキナイ」
「フフ、それは嬉しいわね。私の技が理不尽に避けられて困っていたの。でもそれがなくなるなら、もうあなたにやられる理由がないもの」
レヴィアタンは笑みを作る。
実際に技が効き、電子殻プログラムが解除されている事をマリオネスの口からも確認が取れた。
これならば懸念事項はなくなったと言っていい。
彼女は張っていた肩の緊張が幾分かほぐれた。
「……マアいい。電子殻プログラムが効かなクナッタとはイエ、ボクの優位は動かナイからネ」
「あら、そうかしら?」
「ここは鏡のセカイダ。キミ相手であってもボクの方が強いヨ」
彼は余裕を崩さない。
ここ鏡のセカイで戦う限り彼は強力な鏡の力を行使出来るからだ。
「いいえ、ここ鏡のセカイでもあなたより私の方が上だわ」
「くク、それはナイ。ボクの鏡のイリュージョンは妖将のキミよりも高みニアる」
「じゃあ証明してあげる」
鏡の能力に自信を誇る道化師に彼女は言い放つ。
これは四天王としての誇りでもある。
彼女自身、奴に劣っているとは全く思っていない。
「くク……ダケドさっきはチョット危なカッタナ。あんなニ早く氷の輪を打テルとはネ」
「知らなかったかしら?私がこれまで全力だったとでも思ってる?」
「マサカ。ダケドもう君のデータはあらかた揃ってイル。多少の誤差は問題ナイ」
マリオネスは抗電子殻プログラムが無効化されても焦る事はない。
彼には既に妖将レヴィアタンの基本データという武器がある。
確かに先程の突き→氷の輪の連撃のスピードはこれまで以上の素早さで面喰らいはした。
だが少々データ外の事をされても技のデータはわかっている以上、彼は倒される心配はしていなかった。
「フフ、それはどうかしら」
初手が上手く決まり、レヴィアタンは笑顔を見せている。
突きが避けられたとはいえ、入りは上手くいった。
抗電子殻プログラムが無効化されたのを確認出来ただけで十分だ。
「お次はこの技、マリンスノーよ!」
彼女が技名を発して、戦闘が再開する。
続いて槍を魔法のロッドのように軽く振って彼女は氷の技を放った。
フロストジャベリンの先の中央にあるクリスタルから氷のエレメントが流れ出し、氷の機雷を形成する。
ちなみにこの技は別にジャベリンがなくとも使える技であり、素手をかざすだけでも発現は可能だ。
だが氷エレメントの威力をより強めるなら、フロストジャベリンを用いて出す方が強力な機雷が作れる。
彼女が形成した機雷は5つであり、サイズもいつもよりも大きいものだった。
「行きなさい!」
掛け声と共に機雷が前方へと放たれる。
マリオネスの眼前にマリンスノーが迫るが、彼は笑ってみせた。
「綺麗な水色の金平糖ダネ。でもムダサ。」
マリンスノーは機雷の爆弾を複数編み出して敵を囲む技だ。
水中なら動きが鈍った所を囲まれて厄介な技となる。
だが自由に動ける陸上では恐るるに足らない。
まして5つ程度ならば簡単に破壊出来る。
「ゴウっ!!」
彼は大口を開けて大きめの光球を吐き出す。
チャージすればサイズが大きめの光球も彼は打てるのだ。
シャリリリィ!!
小気味いい破綻音を立てて5つのマリンスノーが全弾壊される。
それぞれが近い距離でまとめて放たれたため、1発の光球で全て破壊出来てしまったのだ。
「オヤオヤ、簡単に壊してシマッテ悪いネエ」
妖将の技を看破し、道化師が嘲るように微笑みを向ける。
彼女の氷の技を破って彼はご満悦の様子だ。
「予想済みよ」
しかし彼女は冷静だった。
前方にわかりやすく破壊可能な数だけを打ったのは計算によるもの。
本命は既に打ってあるのだ。
「ぐあオ!?」
突如、マリオネスから呻きが上がる。
いつの間にか彼の背後から爆発が起こっていた。
氷の機雷が2つ背中に当たって爆発したのだ。
突然の被弾に彼は驚く。
「い、いつの間にこんな物ヲ……!」
「気付かなかったかしら?さっきあなたが氷の輪を喰らった時よ」
レヴィアタンが今度は微笑んで道化師に言う。
氷の輪を決めた直後、周囲には煙が生じていた。
それが煙幕となり、一瞬彼からレヴィアタンが見えづらくなったのだ。
その瞬間を彼女は逃さず、マリンスノーを素早く2個作って放っていたのである。
もちろん気付かれないようにかなり天井側に向けて。
それを山なりで彼の背後に降ろし、彼との会話中にゆっくりと彼の背中に向けて機雷を移動させていた。
そして今起爆させた。
隙をついた技ありの攻撃である。
「やってくレタネ。デハこっちも手ヲ使わせてモラウ」
「……!」
マリオネスから邪悪なオーラが立ち上る。
それを察知したレヴィアタンは警戒した。
何かをやってくる。
その刹那。
彼女は反射的に身をかがめた。
咄嗟の反応である。
そのすぐ上を何かが過ぎ去っていく。
彼女が頭上を見ると、後方から来た光の弾が通りすぎていくのが見えた。
これはマリオネスの技だ。
だがマリオネスは彼女から見て前方にいるはず。
つまりこれはーー。
「分身……!」
彼女はすぐに判断して注意を払う。
また奴の得意な戦法である。
彼女はこの分身技に苦しめられてきたため、警戒を怠らない。
(いえ、分身とは限らないわ。前にいる方が実は分身で、後ろの奴が本物かもしれない)
分身かと思ったものの、彼女は判断を保留した。
分身だと誤認して実は本物だという可能性もある。
いずれにせよ、彼らは分身であっても気が抜けない。
何故なら分身でも本物同様に対象に影響を及ぼす技を繰り出してくるからだ。
「く……またお得意の分身ってわけ?」
「ソウダ。君に対してモットモ有効なやり方デ攻める。真っ当ダロウ」
含み顔で笑い道化師は語りかける。
彼はこの精巧な分身で何度か彼女を翻弄してきている。
それだけに妖将に対して"有効"なこの手で攻略するのも当然と言えた。
(やっぱり私に分身を使ってきたわ。連携攻撃には注意しないと)
彼女は改めて道化師の分身能力を意識する。
彼の分身には対象への影響力があり、分身の技も当たればダメージを喰らってしまう。
なので分身の攻撃にも気を配らなければならない。
「ジャっ!」
目の前のマリオネスがまた光球を口から放ってきた。
少し離れた位置にいたため、遠距離技を打ってきたようだ。
彼女は冷静にサイドステップでエネルギー弾をかわす。
だが、そのかわした先の背後からもう一人のマリオネスが迫っていた。
分身マリオネスは彼女の頭部に向けて蹴りを見舞う。
「はっ!」
背後にちゃんと集中していたレヴィアタンは、その蹴りをかがんで回避した。
道化師の蹴りが頭上を通りすぎ、そしてすぐ奥の壁に当たる。
その威力で壁にはひび割れが起こった。
「くく、よく避けたナ」
素早い反応で蹴りをかわした彼女をマリオネスが称賛する。
彼は隙をついた背後からの奇襲を見舞ったのだが、彼女はそれを察知して避けてみせた。
「分身を使っての連携攻撃というわけね。でもそんなものはもう通じないわよ」
「流石ダ。上手く対処シタネ」
分身の攻撃を見事対処した彼女にマリオネスが肩をすくめる。
厄介な連携攻撃とはいえ、何度も苦渋を舐めている彼女はもうある程度対処が出来るようになっていた。
攻撃が一旦小休止し、2人のマリオネスから殺気が弱まる。
戦闘中とはいえ、絶えず高い殺気を継続するというわけではない。
ずっと緊張の状態が続けば敵も疲れてしまう。
マリオネス側としても彼女に対処されただけに、少し間を空けて戦略を練り直すのが吉と言えた。
だが、その隙をレヴィアタンは好機と捉えた。
殺気が弱まり、攻撃をしてくる様子がない今なら先手が取れる。
彼女は眼前のマリオネス、そして後方のマリオネスの両者に意識を配った。
どちらも攻撃モーションに入る様子はない。
(今よ!)
チャンスのタイミング。
そう判断したレヴィアタンは意を決する。
一気に前方へと高速でステップを仕掛ける。
そして突きを繰り出した。
「やッ…、、ぁ!」
だが突きの掛け声を繰り出す彼女の声がもたれる。
彼女の足元に何かが当たったからだ。
それは脇から巻き込むように彼女の両足を刈っていた。
しなるような何かが、突きを放とうとしたステップを中断させたのである。
ぐりぃん!と彼女の下半身が浮き上がる。
前方に預けた重心を横からすくい上げられ、彼女は体勢を崩した。
「ひゃアッ!?」
裏返った声を上げて彼女は横スライドする。
まともに突きにいった所の足元を横薙ぎに刈られたのだ。
後ろの分身は何か技を放っている様子はなかったため、彼女は後ろへの注意を一瞬緩めて突きの判断をした。
だが何かが彼女に行使されたらしい。
「キャア!」
レヴィアタンの足が引っかけられ、彼女は転倒する。
両足が跳ね上げられた彼女は派手に尻餅をついてしまった。
後方の分身は何も攻撃らしき事はしていなかったはずだ。
そして目の前のマリオネスも特に何かをしている様子はなかった。
(ど、どうして……!)
もしかして新手……?
一瞬彼女はそう思った。
2人のマリオネスに攻撃をしている様子がなかったからだ。
転んだ体勢で、レヴィアタンは瞬間に状況を確認する。
彼女の足にはウィップ(鞭)のようなものがからみついていた。
【挿絵提供:おもち様】
その鞭の反対側の先は横の奥にある鏡に向けて伸びている。
鏡の中には手があり、その手には鞭の柄が握られていた。
手首のデザインはマリオネスの物だ。
目の前のマリオネスは両手ともに違和感は見られない。
しかし後ろのマリオネスはどうだろうか。攻撃の気配はなくても、鏡に向けて鞭を伸ばせば、別の鏡を通じて別角度から攻撃が出来てしまう。
彼女はそこまではケア出来ていなかった。
(ダメ、や、やられる……!)
体勢が崩れ、レヴィアタンは相手に隙を与えてしまう。
この間を突かれればクリーンヒットをもらってしまうだろう。
惑いながら彼女は次に喰らうダメージに身構えた。
だが、この数秒の間に次なる追撃は襲ってこなかった。
彼女が床で倒れている間には、何故かマリオネスは攻撃を放ってこなかったのだ。
助かったと彼女は何とか体勢を立て直す。
(ククク、愛らシイ。まだモウチョット続けヨウカ)
マリオネスはあえて追加ダメージを与えなかった。
少しずつ体力を削っていく事で戦闘を長引かせたいからだ。
あまり攻撃を当ててしまうと逆上した彼女が余計に自分を倒そうとかかってくる。
そうなると倒される危険が高まってしまう。
道化師からすれば、この戦いの目的は彼女を殺す事でも倒す事でもない。
彼女を永久にこの幻想世界に囚われの身にする事だ。
そのために戻れなくなるタイムリミットまで引き伸ばして彼女を帰還させないようにする。それが真の目的である。
彼としてはそれまで微ダメージを与えつつ彼女の"可愛い所"を出させて楽しむ所存だ。
「くっ……!」
慌てて体勢を立て直してレヴィアタンが起き上がる。
マリオネスは本物、そして分身の2人が少し離れた位置に陣取り彼女の方を見ている。
その顔は愉し気に笑んでいた。
(あ、危なかったわ……!)
追撃が飛んでこず、レヴィアタンは肝を冷やす。
分身による連携攻撃は厄介だが、ある程度は彼女は対応出来ていた。
だが、直接的な攻撃だけが彼らの脅威ではなかった。
攻撃モーションをほとんど取らずに攻撃はないと錯覚させ、鏡のワームホールを使って遠隔で別角度から攻撃を当てる。
そんなより高度な連携攻撃もこの鏡空間では出来てしまう。
モーション演技と鏡ホールの駆使によりマリオネスは妖将を惑わせる事に成功していた。
「くぅッ、よくもやってくれたわね」
起き上がったレヴィアタンがマリオネスを睨みつける。
転ばされた事で彼女はキッと彼を睨んだ。
だがその顔も道化師には逆効果である。
「いいネ。キミの睨んだお顔もチャーミングでイイ」
「何ですって……?」
逆に喜ばれ、彼女はギリっと唇を噛んだ。
この男には自分の威嚇する行為ですらも満足されてしまうようだ。
「気持ち悪い。あまり私を舐めない事ね」
「別に舐めテハナイサ。ククク」
彼女の軽蔑セリフにも彼は笑みをたたえる。
気持ち悪い、という言葉さえマリオネスには栄養源だった。
一方レヴィアタンは不満を覚えていた。
舐めてはいない、という道化師だが今も攻撃チャンスがありながら攻撃をしてこなかった。
あえて攻撃を抑えられている事を彼女は認識していた。
(手加減しているつもり……?この私を愚弄するのもいい所だわ)
格下である道化師に舐められている。
彼女はそう思って怒りを覚えた。
だが、同時に違和感も抱く。
(こいつは私が格上な事を理解してないわけはないわよね?いくら多少舐めていたとしても、みすみす攻撃チャンスを捨てるなんて、変な感じがするわ)
いくら彼女の事を舐めていたとしても、わざわざ攻撃の機会を捨てるのはおかしい。
少しでもダメージを与えて体力を削っておくにこした事はないからだ。
何故相手はそれをしないのか。
(……何だか嫌な感じがする)
彼女は不穏な危機感を感じる。
明確な危険認識というわけではない。予感のようなものだ。
彼女はそうした感覚はなかなか鋭いものを持っている。
今感じた危うい感覚は危険信号と言ってもよかった。
(あまり長引かせない方がいいかもしれないわ。何となくそう感じる)
彼女は自分の抱いた危険な予感を無視せず信頼する。
今の所こいつは危険なレベルの攻撃を放ってきているわけではない。
なのですぐに命の危険が迫っているわけではないのだ。
だがこのまま戦いを長引かせるのは出来るだけ避けた方がいい。
彼女は本能の感覚からそう判断していた。