ロックマンゼロ -episode leviathan-   作:プレイズ

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醒めた夢

静寂な空間に淡い紫光が差している。

灯りは落とされていて、極僅かな微光だけが天井から降りていた。

その眼下では1組の男女が眠り込んでいる。

正確には眠っているのは片方だけでもう1人は起きているが。

男の方が少し上体を起こした形で眠る少女の頭を撫で付けている。

 

今彼女はゼロによって用意された特殊な快楽ベッドに寝かしつけられ、そこでずっと眠り呆けていた。

「……すぅ………すぅ………」

穏やかな寝息がレヴィアタンの口元から漏れる。

ベッドで完全に熟睡し、少しの涎を垂らして彼女は寝息を立てている。

それだけ気持ちがいいのだ。

心地よいふかふかのベッドに身体が最適に沈み込み、眠りの鳥籠が彼女を捕えていた。【挿絵提供:真宮七海@絵アカ(skeb Open)様】

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「スゥ………スゥ………ぅ、ぅゥ、ンッ」

彼女の口元からとろりと涎の滴が垂れ流れる。

快感に浸らされ、咥内の生唾が溢れて漏れてしまったのだ。

その頭を微笑ましく手が撫で付ける。

鏡コピーされたゼロが眠りこける妖将の頭を愛撫していた。

「くく、気持ちがいいか?」

道化師マリオネスによる強力な幻想麻酔はここ現実の鏡セカイでも優しい理想のゼロを産み出した。

彼女は優しく甘いイケメンのゼロに愛撫され、ふかふかのベッドに沈み込まされて寝入っている。

先程までは別の場所で"十字架"に繋がれていたのだが。

つい先刻、あちらの戦況が妖将優位になったのを見て道化師が先手を打ったのだ。

レヴィアタンの精神データからゼロの鏡写しのコピーを生み出し、ゼロに酷似した存在を彼は作り出した。

その彼に妖将の身体をこの部屋までまず運ばせた。

そして眠っている彼女の介抱をさせたのだ。

じきに目覚める彼女の相手をさせるためである。

その間にマリオネスは別用のため、席を外す事にした。

 

ベッドの上でレヴィアタンはまだ眠りこけている。

十字架に磔にされていた時は、瞼を開けた状態で光のない目を晒していた彼女。

だが今は瞼を閉じた形で彼女は眠っていた。

鏡のゼロが彼女の開いていた瞼を閉じさせたからだ。ベッドで眠るならその方がいいだろうと彼は気を利かせていた。

目は閉じた形になったものの、彼女は未だ10数時間もの間、そうして幻想世界の中で夢を見続けている。

だが、その長い麻酔の幻覚もようやく終わりを迎えようとしていた。

 

虚ろう眼をたたえ、彼女は目を開ける。

長い夢から覚めたのだ。

「…………スゥ、、、」

淡く寝息を立てながらも、彼女は何とか目に光を灯す。

微睡む視界には何かの景色が写し出された。

かすんでいるそれはどうやら天井の板のようだ。

「ふァ……、、?」

完全に呆けた声で疑問を浮かべ、彼女は半目に開眼する。

口元からは涎が垂れ、まだ半分夢心地の中に浸っているようだ。

 

「やっとお目覚めか。レヴィアタン」

その頭を何かが撫で付ける。

彼女が呆けたままそちらを見ると、誰かがすぐ傍で添い寝していた。

「フぁ……、、?」

「よく眠っていた。そして、よく目覚めたな。まさかこの状況で起きてくるとは思わなかったぞ」

予想外というふうにその者は言った。

その人物は若い男性のように見える。

歳は自分と同じか少し上くらいだろうか。

容姿はなかなかのイケメンと言っていい。

「は、、ふぁぅ………」

「とりあえずおはようと言っておこうか。妖将レヴィアタン」

再び彼女の頭を撫で付けつつ彼は言った。

妖将レヴィアタン、そう名前を呼びながら。

「……………」

眠い目を何とか開ける彼女は傍の彼を見つめる。

イケメンの青年が自分を優しい表情で眺めていた。

彼は誰だろうか……そう淡く思考で思いながら、しかし彼女の頭は冴えない。

微睡みの心地がすぐに頭をほぐしたからだ。

穏やかな撫で付けが頭の上からなされ、彼女の思考を緩ませてしまう。

「ふぁ、、ぅぁ……」

抜けた緩み声が彼女の口から漏れた。

起きるはずが、再び夢の中に呑まれてしまいそうになる。

次いで、彼女の口から何かが垂れた。

涎がとろりとこぼれ落ちたのだ。

イケメンの男に優しく頭を撫で付けられて自然とそうなってしまった。

「ぁ………ぁァ………」

とろとろと口から液が垂れていくのを感じながら、レヴィアタンは呆ける。

起きなければ、と思うのにその意志すら解きほぐされていく。

添い寝している彼には何故か安心感を感じてしまうのだ。

男が傍にいれば普通なら緊張や不安が募るはずなのに、彼にはそれを感じないのである。

「このまままた眠ってもいいぞ、レヴィアタン」

男は穏やかにそう告げる。

寝起きのレヴィアタンはまだ夢心地であり、また二度寝したい気分になっていた。

起きるはずが、目が覚めるどころか逆に眠りへと誘われてしまう。

「ほら」

優しく言って男の手が彼女のお腹へ伸びる。

そしてさするように淡く撫でた。

熟練のマッサージ師のように上手く皮膚への圧を調節して快楽を伝えてくる。

「は………ぁ、は……ぅ………」

緩やかな撫で込みが腹から伝播し、たまらず彼女の口からまた液が零れる。

押さえと撫での流れが上手く、自然とそうなってしまうのだ。

(ぁ………ぁ………だ、ダメ……ぇ)

あまりにも心地よい快感に彼女は夢の中へダイブしそうになる。

だが、もし二度寝してしまえばまた危ない幻想世界へ堕ちる事が予想された。

そうなれば今度はもう戻ってこれるかわからない。

その不安が彼女を寝落ちする寸前の所で踏みとどまらせた。

 

 

「ん……んぅ……」

レヴィアタンが瞳に淡く光を戻し、薄っすらと目を開ける。

視界に飛び込んできたのは無機質な天井と冷たい鉱石の壁だった。

虚構世界の精神空間とは明らかに異なる現実の空気。

肌に触れる感触も、鼻腔をくすぐる微かな結晶の匂いも本物だ。

「は、はっ……!」

驚いたように彼女の肩がビクリと跳ね上がる。

ようやく意識がはっきりと回帰したのだ。

寝かかっていた所だったので反射的に彼女は跳ね起きる。

「ふふ、今度こそお目覚めか」

脇で男の声が聞こえた。

彼女がはっとしてそちらを見ると、見知った顔がそこにはあった。

「え、、ゼ、ゼロ……?」

ゼロがそこにいた。

ベッドの上ですぐ隣で添い寝している形になっている。

彼女は驚いた。

「ど、どうしてゼロがここにーー?」

彼女は今しがたの事を思い出す。

ゼロ亜種達3人は自分を何かのワームホールに落としたはずだ。

そして今こうして起きた。

ここは夢なのだろうか?それとも現実か。

「あ、あなたはゼロ亜種なの……?」

「いや、俺は鏡によってコピーされた本物そっくりなゼロだ。色違いのゼロ亜種達とはまた違う」

「か、鏡の写しコピー……?」

動揺しつつ彼女は彼の姿をまじまじと見つめた。

確かにゼロそっくりの見た目だ。

そしてゼロ亜種達とは違って色も本物のゼロと同じ。

ゼロ亜種でもオレンジのゼロはまだ本物に近かったが、目の前の彼はそれ以上にゼロ本人かと錯覚するレベルだった。

「ど、どうして鏡コピーなんてものが……?ま、また何かのペナルティで……?」

「いや、そういうペナルティとかじゃないさ。単に鏡のセカイだからゼロの鏡写しの存在としているだけだ」

彼はそう言ってまた手を伸ばした。

レヴィアタンのお腹に触れると、マッサージのように優しく撫で始める。

「ひゃあ!//」

たまらず彼女から悲鳴が上がる。

ゼロにそんな事をされてはそういう反応をついしてしまう。

だが彼は構わず愛撫を続けていく。

撫でる力を上手く調節して、柔らかい圧力を分散して付与していく。

「は、、はん!//」

裏返った声がレヴィアタンから漏れる。

心地よい撫で付けを受けた事で思わず変な声が出てしまったのだ。

するすると軽快に手がお腹の皮膚の上を踊っていく。

それと共に彼女の身体にも快感が伝播していく。

 

じゅく じゅくり

 

彼女の口元から唾液が漏れ落ちる。

そんな事をする気はなかったのに意図せず涎を垂らしてしまっていた。

「な、なぁ……!//」

思わず声が上ずるレヴィアタン。

ゼロに添い寝されてまさかの直接的な行為に彼女は動揺してすぐには対処が出来ない。

「ちょ、、!や、やめてよゼロ//」

「どうしてだ?好きな女に愛情表現するのは駄目か」

「っ……?//え、、なッ、、!」

好きな女に愛情表現、という表現に彼女はさらに動揺する。

ゼロにいきなりそんな事を言われてしまえば無理もなかった。

さらに、続けてお腹への愛撫が送られる。

優しい撫で回しがまたもお腹の皮膚へ見舞われたのだ。

「あ……、ぅ!//」

またも彼女の声が裏返った。

同時に口から涎も垂れ落ちる。

少し撫でられただけで、過度に彼を意識している彼女は過敏に快感を感じてしまうからだ。【挿絵提供:74様】

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「ぁ、ァ……!」

動揺を抑えられず、彼女は当惑する。

寝起き直後に傍にゼロが添い寝していて、しかも熱烈な愛情表現をしてくるのだ。

彼を好いている彼女からすれば混乱するのも仕方がない流れであった。

 

 

 

 

 

 

そこへ、どこかから音が届けられた。

壁に埋め込まれたスピーカーから何かの音が発せられたのだ。

『ドウダイ?彼女ハ目覚めタカナ?』

「……!」

壁の向こうからは聞き慣れた声が聞こえた。

さっきまで戦っていた道化師マリオネスの物に間違いない。

「マ、マリオネス……!」

「ああ、ちゃんと意識を取り戻している。完全な"亡き骸"状態だった先程までとは違い、肉体にも生気が戻っているしな」

『ふフ、ソウカ。このボクのEX技ガ見事破らレタわけダ』

通信の声は口惜しむように、そして同時に感嘆するように言った。

道化師マリオネスは自らのかけた最高の幻覚術を突破された事に驚き、そして納得もしていた。

『オハヨウ、氷のお姫様。よく眠れたカナ?』

「……! は……?お姫様ですって?」

『冗談ダヨ。聞き流してクレ。しかし残念ダ。ボクの最上のEX技デアルHallucination death penaltyが破らレルナンテ』

「EX技……?もしかして、最初の対戦の時にあなたが頭に触れて出した技の事?」

彼女は思い出す。初回の対戦時に不覚を取って奴に額に何かをされた事を。

その後で不可思議な世界での諸々が始まったのだ。

『ソウダヨ。あれは強力な幻覚をかける技デネ。あれからキミはずっと眠ってイタノサ。そして精神世界にて夢を見ていたワケダ』

「な……、げ、幻覚ですって?今までの事は夢みたいなものだったっていうの?」

『完全な夢トイウわけデモないネ。魂だけ抜き出して虚構の作られた空間に移される技ダカラ。魂の状態デ偽りの世界でキミは奮闘シテイタのさ』

道化師の説明に彼女はすぐには理解が追いつかない。

だが、あの時にEX技を喰らってそうなってしまったのは間違いないようだ。

「た、魂を抜き出すですって……?そんな事ができるわけがないわ」

『デキルのサ。鏡セカイでブーストされたこのボクの力を持ってスレバね。そしテ魂の状態デ虚構世界に移された者は、その中でハまるで実体を持っテ存在してイルように見えル。そういうフウに見エルようにボクが造ったセカイだかラ』

「……!」

彼の言うEX技の詳細説明を聞いて、彼女は信じられない。

だがさっきのゼロ亜種達の話やこれまで自分が体感してきた不自然な感覚を鑑みると。

道化師の語る話はあながちでまかせとは思えない実感があるのも事実だった。

『ダガ流石ハボクの見込んだ妖将。マサカ時間内に条件ヲ達成スルトハネ』

「伊達に四天王は張っていないという事か。この技を打破するのは難しいんだろう」

『モチロン。これまでコノ技をかけられて克服シタモノは0ダッタカラね』

「ほう、戻れる条件を達成した奴はいなかったのか」

「え……!」

『条件ヲ成したモノはイタよ?デモ皆それは制限時間ヲ越えタ後ダ。ダカラ誰も戻ってハ来れナカッタノサ』

マリオネスは過去の"被験者"達を思い起こして語る。

これまで彼がこの技にかけた者は数知れずだが、元の身体に魂を回帰させられた者は1人もいなかった。

それだけ制限時間以内に回帰条件を満たすのは難しいのだ。

「じ、条件って何なの……?魂が戻るには何かクリアしないといけない事でもあるわけ?」

『ソウダね。設定された条件を達成しなケレバこの元の鏡セカイには復帰出来ナイ仕様ダ』

「それって、どういう条件?」

『アチラのセカイのボク……つまりハ虚構世界のマリオネスを倒すコトサ』

彼女は思い出す。つい先程だが、虚構世界にてマリオネスを打ち倒した事を。

「さっきあいつを倒した事で、私はこうして戻ってこれたってわけなのね」

「そうだ。向こうのセカイのボスであるマリオネスを倒すのが魂が回帰できる条件になっているからな」

隣にいる鏡ゼロが同意するように頷いた。

「ちなみに、せ、制限時間って……何のこと?」

「マリオネスのEX技を破る事が出来るのは制限時間内に限るのさ。それを過ぎてしまうと例え条件を達成しても戻ってはこられなくなる」

「え゛……!」

レヴィアタンは思ってもみなかった事を聞かされ驚く。

まさかそんな特殊な設定がある事など知らなかったからだ。

「そ、そんな時間設定なんてあったんだ」

『あア、キミはそんな事ハ思いもシナカッタろうケドネ』

「ちなみにその制限時間ってどれくらい?」

『12時間以内ダ』

「ふーん……結構猶予はあるのね」

意外に長めの制限時間に彼女は少し拍子抜けする。

『長イと思うカイ。デモキミでもギリギリダッタんだヨ?』

「ギリギリ?」

「お前は11時間56分51秒で条件を達成した。刻限間際だったな」

「え……?」

彼女の表情が怪訝な顔つきになる。

時間を聞いてすぐにはピンとこなかったからだ。

だが徐々に困惑し始める。

「え?私ってそんな長い時間眠っていたの……?」

「そうだ。約半日感たっぷりな」

「な………」

まさかそれほど長く熟睡していたとは思っていなかった彼女は目を丸くする。

「じゅ、11時間56分ですって?嘘でしょ」

「本当だ。まあ1度欺かれている俺の言う事は信じられないかもしれないが」

「っ、そ、それじゃ制限時間ギリギリじゃない」

『ソウだヨ。ダカラ残念ダナと言ったノサ。あと少しダッタのに』

心から口惜しそうに通信の声が言う。

道化師は彼女を永久的に保有する権利を寸手の所で逃していた。

タイムオーバーならば彼女がいくらあちらでマリオネスを屠っても回帰条件を満たさず魂が戻っては来れないからだ。

しかしそれを達成されたため、彼の野望は未達に終わってしまった。

「く……!じゃ、じゃあマニピュレートは何なの?AIの彼が色々助けてくれたわ。彼のおかげで奴を倒せたも同然なのよ」

「マニピュレートか。それはお前の精神力の強さの表れだろうな」

「へ……?」

傍らのゼロがレヴィアタンに説明してやる。

彼女は意味がよくわからない。

「マニピュレートは都合のいいタイミングで現れてお前を助けていたな。実はあれは他者が働きかけていたわけではない。お前自身の力なのさ」

「え?ど、どういう事?」

「あのセカイは抜き出された魂が送られる精神世界だ。だから気持ちの強さが事象に影響を及ぼす。お前がマリオネスに負けたくない、という想いを強くすればする程、それをアシストする現象が発生する」

虚構世界、すなわち精神世界は特殊な理が支配する場だ。

巣くっているボスはれっきとした敵だが、あちらが鏡能力がブーストされるのと同じように自己にもメリットが実はある。

送られた者の持つ実力はもちろんだが、精神力の強さが勝敗に大きく影響するのである。

「お前がピンチに陥り危うくなった時、お前の心は奴に負けたくないと強く思ったはずだ」

「……そ、そうよ。あんな奴にこのままやられたくないって思ったわ」

「それが一番のブースト効果に繋がる。その抗う気持ちが強ければ、その者に助力する事象が発生するのさあのセカイは」

『マニピュレートとかいう都合のいいAI君が出てきたのがソレだネ』

「……!そ、そんな仕組みになってたわけ……?」

敵に抗う気持ちの強さが自己をアシストする事象の発生に繋がる。

そんな荒唐無稽な説明に、彼女はすぐには信じられない。

だが実際に彼女が危うくなった際にマニピュレートが現れたのは事実だ。

彼が出てこなければ、あのまま敵の操りの糸に操られてマリオネットにされたまま終わったかもしれない。

そしてあちらのマリオネスに制限時間内に勝てたかも怪しかった。

「マニピュレートが出てきたのは、私の気持ちの強さが要因……っていうの……?」

「そうさ。お前の精神力がそれだけ強かったという事だ」

「でも、それなら私の他にもこれまでに同じ技を喰らった者で戻ってこれた人がいるはず。何で帰れたのは私だけなの?」

『ソレハ君の精神の強サに加エテ実力面のツヨサだヨ』

スピーカーの向こうから道化師が言った。

『キミは四天王ノ1人妖将レヴィアタンダ。故に戦闘力が高ク、ボクのソレを上回る。格上のキミにEX技を上手くかけれたノハいいケド、当然強イから、イクラあちらのボクがブーストされテルとはイエ、AIのアシストありデ戦エバ君が勝ッタというコトサ』

レヴィアタンは四天王の一角なためその素の実力は相当に高い。

マリオネスもそこそこ強い方なのだが、彼女はそれ以上なのだ。

だが始めに鏡の錯覚を使って動揺を誘った事で、彼女の隙を作る事には彼は成功した。

その機を逃さず彼最高のEX技にかけ、妖将の魂を抜き出して虚構世界に連れ込む事が叶った。

本来ならばそれで勝ったも同然なのだ。

対象者は不可思議な虚構世界の中で翻弄されて惑い、道化師のマリオネットとして永久支配される。

だが彼女本来の戦闘面、精神力の強さはやはり過去の者とは比べ物にならない程に高く、故に翻弄されたままでは終わらずに打破してみせた。

マリオネスはこの技にかければ彼女に勝てるという予想を覆され、元のセカイに回帰されてしまった形だ。

「なるほど……四天王の私だから、あなたにやられずに制限時間内に勝てたって感じね」

「そうだ。お前だからこそこうして戻ってこれたと言えるだろう」

『マッタクモッテ予想外サ。折角キミをズット保有デキルとオモッタのニ』

「ッ……!ほ、保有って何」

レヴィアタンの肩がゾクリとなる。

道化師の声は不気味に笑った。

『くク、キミは美しいカラネ。EX技にかけて魂を抜き出セタんだ。残った亡骸は永久にボクが保有デキル。その美シキ肢体とご尊顔をコレクションにシテズット管理してイラレル』

「な、な………」

『ソシテ魂ノ方は虚構世界からモドッテ来れず永久に幽閉ダ。あちらノボクが楽しくマリオネットにシテ何十、何百年とお人形遊びデ遊んでアゲラレタ』

ククク、とおぞましい笑みがスピーカーから届けられる。

その声にレヴィアタンは恐怖した。

戦闘力では彼女の方が上にもかかわらずだ。

自分を永久に保有して好きにするつもりだったというのを聞けば生理的にそうなるのも無理はなかった。

「く……!信じられない。なんて不気味な男なのかしら。現実の方のあなたも私がこの手で倒して消してあげるわ」

『ソレハ困るナ。あっちのボクは紛い物ダカラいいケド、本物のボクはヤラレルわけニハいかない』

肩をすくめるように道化師は言ってみせる。

『まあ、ダカラこうして離れた場所カラ遠隔通信シテルんだケドネ』

「……!そ、それでこんなスピーカーから会話してるのね……!」

彼女ははっとする。

何故直接ではなくこんな通信会話をしているのか。

寝起き直後だったのもあり、彼女はその意図に気付くのが遅れてしまった。

『キミは精神世界トハいえボクを破ってミセタ。すなわち現実のブースト付き鏡セカイにおいてもボクを負カス危険性を秘メテイルという事。それがワカッタ以上、本物のボクがキミの相手をスル危険ヲ侵す必要ハ無くナッタ』

「まさか、逃げるつもりだっていうの?この私から」

『ソウダ。キミはやはり強イ。ボクの想像ヨリモ遥かにネ。ダカラこそダ』

マリオネスは既にレヴィアタンの元から離れていた。

このまま目覚めた彼女と再戦してもいいのだが、虚構世界での一連の戦いを見るに彼女の実力は精神面も含めて相当なものだとわかった。

技のデータを取ってもアレンジしてブラッシュアップしてくる頭のよさもある。

何より気持ちが強いので、道化師としても彼女と現実セカイでやり合うのは得策ではないと判断したのだ。

「私は本物のあなたにはまだやり返せてないから逃げられるなんて許さない。戻ってきて戦いなさいよ」

『嫌だネ。ボクはお先に脱出させてモラウヨ』

妖将の言葉には乗らず、そう言い残してマリオネスは回線を切った。

彼はレヴィアタンと再度戦うのは避けていち早く逃避を図る事に決めたのだ。

彼女を自分が敵わない可能性が高い相手と判断した故だ。

だがレヴィアタンの方はそれでは納得がいかない。

「くっ……!分が悪くなったらすぐに逃げるってわけ?私はあいつに上手くやられたままで終わるなんてごめんよ」

「マリオネスは注意深い奴だからな。お前を強敵だと認識した上で、目覚める前に先んじて逃げたのだろう」

「ねえ鏡のゼロ、あいつがどこに行ったか知らない?何としても見つけ出して、あいつが姿をくらます前に殺してやりたいの」

「場所はわからなくはない。あいつは虚構世界でお前が戦っている様子をこちらでも確認していたようだからな」

鏡のゼロはレヴィアタンの要望に拒絶はせず、返答してくれる。

「虚構世界での私の様子を確認してた…?そんな事が出来るのかしら」

「あのセカイを作ったのはあいつだからな。向こうのセカイのマリオネスの目や監視カメラ等を通して得た映像は、おそらく現実世界の本物のマリオネスにも情報として伝わっていたはずだ。そして奴はその情報をツールを使って管理している」

「……!監視カメラですって?そんなものを使ってまたデータを取っていたなんて」

レヴィアタンは鏡ゼロの話を聞いて驚き、そして道化師に怒りを抱く。

勝手にカメラで撮ってデータを奪われるなど身勝手極まりない行為だからだ。

「そのツール……メインコンピュータ関連のある部屋に多分奴は行っているだろう。今の通信もそこの機器を使っていたはずだ。鏡セカイの外へ行く前に、メインコンピュータから集めたデータを抜き取る必要があるからな。おそらく今奴はその作業をしている」

「私のデータを持って逃げようって腹積もりね。そうはさせないわ」

彼女は意を決してベッドから降り、立ち上がった。

「そのコンピュータのある部屋はどこにあるかわかる?すぐに行ってあいつが逃げる前に討ちたいの」

「特別な鏡を通れば行く事が出来る。今は奴と俺にしか開通権限がないが」

「お願い、ゼロ!その鏡のルートを開けてくれないかしら。あいつを倒したいのよ」

レヴィアタンは熱意を込めた目でゼロに求める。

このままあいつを逃がすのは彼女としては許しがたい。

だが本来鏡のゼロは敵側であり、レヴィアタンに与する事をするのはご法度だ。

「……俺は本来敵の側なんだがな」

「そこを何とかお願い…!あいつは倒すけど、あなたの事は見逃してあげるから」

「まあ、どの道俺はしばらくすれば消える運命だ。マリオネスがその場しのぎに作った鏡の存在に過ぎないからな。だから……少し助力するくらいならいいだろう」

鏡ゼロは彼女の懇願に観念してルートの鏡を教えてやる事にした。

彼は敵側ではあるが、彼の方は彼女に味方する事にあまり抵抗がなかった。

それはマリオネスが逃げる時間を作るために即席で作られた存在のため、敵としての意志がそこまで強くなかった事がある。

加えて寝起きのレヴィアタンを介抱した事で彼女に多少の愛着が沸いたためだ。

「まあいい。今からそこへ通じる鏡を出してやるから少し待っていろ」

「ありがとう、ゼロ…!恩に着るわ」

要望を聞き入れてくれた鏡ゼロにレヴィアタンは感謝する。

敵にもかかわらず自分の意見を聞いて助けてくれる彼に、鏡の存在とはいえ彼女は好感を持った。

 

ゼロが手を伸ばすと、彼の眼前に空間から1つの等身大鏡が現れる。

その鏡は紫色に妖しく発光していた。

「ここを通れば奴のいる部屋まで行けるはずだ」

「この先がーー」

「ロックをあけておけるのは1分もない。早く行く事だな」

「……!わかったわ」

時間はさほどないと聞き、彼女は呼吸を整えて前に踏み出す。

「ありがとう、鏡ゼロ。感謝するわ」

彼にお礼を言って、レヴィアタンは鏡の中に身をくぐらせた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、行ったようだな」

妖将が消えた後で、鏡ゼロは軽く一息ついた。

これで自分はお役御免だ。

目的のモノは手に入れたし、その事を彼女に気付かれずに済ませる事が出来た。

寝起きだった彼女はとあるものを彼に採取された事を認識出来なかったらしい。

 

『ご苦労だったな、鏡ゼロよ』

 

不意に辺りに声が響く。

マリオネスの者ではない、別の男性のものだ。

「このくらい容易いものだ。あいつは元のゼロに好意を抱いている。だから介抱して少し優しくすれば溢させるのは難しくない」

『流石ゼロの鏡コピー。妖将の扱いも上手いものだ』

感心したように謎の声は言う。

『採取したレガリアはこちらの鏡に入れてくれ』

「わかった」

短く答えると鏡ゼロは懐から1本の試験管を取り出した。

栓の付いたそれには、中に透明な液体が入っている。

菅の7割程満たされた状態にそれはなっていた。

彼は眼前の中空に出現した小さな鏡にその器具を入れた。

キラキラと発光すると、そのミラーホールは空間に溶けるように消えていく。

 

 

 

『ほう、これはなかなかの量が摂れたな』

「ああ、程よい睡眠欲と愛撫の快楽を与えたからな。それなりに垂らしてくれたぞ」

『この量なら必要十分、おつりが来るレベルだ。褒めてやろう』

満足気に声の主は言う。

試験管の中に納められていたのはレヴィアタンの唾液だった。

ついさっき彼女が寝起きに口から漏らしてしまったものだ。

鏡ゼロはまだ彼女の意識が朦朧としている内に、それを採取していたのである。

意識があやふやな時に摂られたため、彼女はそれに気付いていなかった。

「これがあればお前の求める氷エレメント活性化技術の鍵になるんだったな」

『そうだ。俺の開発した氷エネルギー昇華機構の起動展開において必要不可欠な鍵となる。氷の四天王レヴィアタンのレガリアがな』

男の言うレガリアとはつまり唾液の事である。

四天王はコンパクトな体内に強力なエネルギーを高密度に収めて巡回させ、自在に操る事が出来る。

先のトルネード・スピア等はその最たるものだ。

それが出来る四天王の体液を一定量採取して燃料として使用する事で、彼の構築した氷能力の破壊的な向上機構の運用が可能となるのだという。

仕組みは不明だが、彼の開発した新機構の起動にあたって触媒には四天王の体液が必須らしい。

鏡ゼロはマリオネスと別件でそのための採取の任務も担っていたのだ。より上位のファシュロカの命を受けて。

彼女から目的のものを得るには彼はまさにうってつけの存在。

彼はレヴィアタンから好意を持たれているゼロの鏡コピーなため、甘く愛情表現をすれば彼女をほだすのは難しくない。そう考えられての起用だったが目論み通りに彼は仕事をこなしてみせた。

「俺に感謝する事だな、ファシュロカ。誰にでも出来る事ではないぞ」

『もちろんだ。良い働きだった。褒めてやろう』

妖将を愛撫し上手く彼女からそれを濾し摂った彼に、謎の男……ファシュロカは満足して褒めてつかわした。

 

「さて、そろそろ俺も消えるか。あいつは上手くやれるといいがな」

既に鏡の先に向かったレヴィアタンを気にかけつつ、鏡のゼロもまた塵となって薄れていった。

鏡セカイで鏡コピーされて生み出された存在の彼は、オリジナルや通常のコピー体に比べて存在の安定力がない。

時間が経てば、目的が達せられれば自然に消滅する仕組みになっている。

鏡の写しコピーは本人と酷似した存在だが、永続できない点が似て非なる者であった。

「短い出番だったものだ。まったく」

少々不満を述べつつも、彼の身体は中空に溶け込むように消えていった。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「サテ、残念ダガ此度の計画は失敗ダネ」

自分の部屋……つまりはデータ管理室に帰ってきたマリオネスは椅子に腰を降ろして息を吐いた。

レヴィアタンを完全なるマリオネット(傀儡)にするという彼の目的は果たされなかった。

「折角彼女を幻想にかけれたのに、勿体ナイ事をシタヨ」

まさかイリュージョンをあんな短時間で破られるとは思わず、彼は舌を巻いた。

 

 

「だが、いくらかあの子のデータも取れタ。それは土産ニハヨカッタナ」

くく、と道化師が不気味に笑みを浮かべる。

彼の眼前にある巨大なコンピュータ装置には、彼が今回の一件で取得したデータ類が収められていた。

虚構世界で得た一連の情報は全てこのデータベースへ保存済みである。

マリオネスが手を挙げると周囲の装置が稼働し始めた。

ホログラムスクリーンが次々と展開され、様々なデータが浮かび上がる。

「さっきマデの向こうノボクとの戦闘映像もバッチリ記録済みダヨ」

道化師はデータに収められた映像を見て愉し気な表情を浮かべた。

先程行われていた虚構世界のマリオネスVSレヴィアタンの一部始終がそこには記録されている。

マリオネスがムチを使って妖将の槍を絡みつかせ、流れの主導権を奪った場面が調度映し出された。

彼女の槍のコントロールを封じ、逆に支点にしてムチを振り回す道化師。

動揺を突かれたレヴィアタンはマリオネスの周りを大きくぶん回されていく。

ムチを上手く使って彼は妖将を手玉に取っていた。【挿絵提供:識 skeb頑張ります様】

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道化師のムチ術によって彼女は周回するように周りを回転させられる。

硬さと軟らかさを併せ持つムチに流石の彼女も対応し切るのが難しいと言えた。

「ふフ、途中ハいい感ジだっタんだけどナ」

記録映像を見て彼は口惜しそうに呟く。

一時は彼がこうして優勢に立っていたのだ。

だがスノウスレイヴマンも加わって彼女の自由を奪った事で、マリオネス達は少々気を緩めてしまった。

そこを彼女は見逃さず、妖将の地力の高さで形勢が逆転した形だ。

四天王相手に隙を見せれば不利な状態からでも相手が上回ってしまう。

それを彼は実感させられた。

「流石は妖将ダッタネ。甘くミタボクのミスだヨ。逃シタ魚は大キイが、代わりニ色々なデータが得られたカラよしとシヨウ」

反省しつつ、道化師は手元のホログラムキーボードを操作すると画面の電源を切った。

機器に接続していたメモリーカードを抜き取ると、自身の懐にしまう。

次いで、彼は口から数発の光球を吐いてコンピュータ装置を破壊した。

後から追ってくるレヴィアタンが取得されたデータの類いを把握出来ないようにするためだ。

「コレデヨシ。本当ハ完全にキミを幽閉シテ保有したカッタけど仕方ナイ。調子にノッテ彼女に倒されてシマエバ、一過性の楽シミで終わってシマウ。程々デ引くのが一番旨みがアルノサ」

機具を壊し終えたマリオネスは落ち着いて呟く。

まだ欲望を満たし足りないものの、一方で道化師は冷静に先を見て損得を判断していた。

あのままリスクをおかして妖将と再戦闘をしてもよかったかもしれないが、それでもし倒されでもしたらそれまでの手間が無駄になってしまう。実際にそれがされかねない実力があると、マリオネスは彼女を再評価していた。

倒されれば苦労は水の泡となる。

そうなるよりは、まだ確実に益が得られる内に引く判断をする方が合理的だと彼は判断したのだ。

「その方がこの先も長くレヴィアタンで愉しめるカラネ」

彼はレヴィアタンを気に入っている。故に一過性の楽しみで終わらせたくないのだ。

今回は彼女の色々なデータが計測出来た。彼女の推しとしては悪くない収穫だ。

懐に収めたメモリーデータを手に、彼は言った。

「今回は名残惜しイがキミを諦めるトシヨウ。逃げルが勝ちダネ」

彼がそう言った直後、奥の壁際に1つの鏡が表出した。

キラキラと光を帯びながら、等身大の鏡が空間から溶け出るように表れる。

紫色に発光するそれは、内側から強いエネルギー反応を感じさせた。

「む……!この鏡は、まさかーー」

「見つけたわよ、マリオネス!」

鏡面の中から1人の少女が姿を表す。

青いボディをした水の四天王がそこに降り立っていた。

表情は凛として敵を見据えている。

道化師は背後に後ろ手を伸ばして力を送った。

逃避用の鏡を生成するために。

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