記憶、朧に   作:貝柱 焼牡蠣

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カメラを片付けて帰る隠を見送った後、座敷で二人向かい合って座る。

今日は何をするのだろうと思うと、彼が困ったような笑みを浮かべた。

「君の成長は思った以上でした」

彼が微笑む。

「今日教えようと思っていたことを、君は自分で気付くことができました」

昨日は色々あり過ぎましたからね、と彼が笑う。

「お蔭で今日はゆっくりできそうです」

彼が出してくれたのは紅茶と、茶色くて四角い溝が彫られた薄板のような何か。

「チョコレートですよ」

彼が食べるのを見てから、同じように溝に沿って割り小さな欠片を口にしてみる。

「甘い……」

これまで食べてきた菓子とは全く違う味に驚く。

砂糖の塊である金平糖よりも舌に直接感じるような甘さだ。強いて言うなら、蜂の巣蜜のように甘さの強みがある。

緑茶と違う少し渋みのある紅茶が合って、とても美味しく感じられた。

持ち手の付いた紅茶の器を受け皿に置く。

繊細な文様が描かれた洋風の器は凝った造りで、この純和風の座敷にはそぐわない。

けれど向い合せる彼が優雅にその器を傾けるのを見ていると、そのそぐわなさこそがここにいる時間と同じなのだと気付く。

前の霞柱の屋敷で学ぶ、生き残る為の技術。

隠の責任者から教わる、鬼の頸を斬る霞の呼吸。

普通は組み合わせることのないものを掛け合わせて生まれる、新しい何か。

零れ落ちたのは、紅茶とチョコレートの香りを纏う吐息。

与えられたものの大きさに驚き、これをどうやって返そうと思って気が付く。彼はそんなことを望んでいない。

彼に教えられた僕が鬼を多く倒せば、彼の手柄になるのだろうかと考えるがそれも違う。

彼は既に、誰かとその地位を競い合うような立場でもない。

多くの鬼殺隊員が目の前の鬼を倒すことしか考えていないのとは違い、彼はその先を見ている。

望むのはただ――鬼のいない幸せな未来。

彼を見ると、彼もまたこちらを見ていた。

 

「君と、ゆっくり話してみたいと思っていました」

紅茶を飲み干した後は胡坐をかいて寛いだまま、僕は思いつく限りのことを彼に尋ねる。

この屋敷のこと、鬼殺隊のこと、鬼舞辻無惨のこと。そして今日、外で聞こえる声や音のこと、この隊服を着せられたこと。

彼は全てに答えた後、今日の質問については外を見ながら微笑んだ。

「私が君に課す最後の試練です。隠の皆が、今はその準備をしてくれています」

今夜の実技はあの木立の中で実戦形式になるらしい。この隊服を着て挑む初めての戦いだ。袖に引っ込めた手を握り締める。

「最後、なんだね」

僕が呟くと、彼が微笑む。

「ええ。君がもう気付いているように、私の力はそれほど強いものではありません。ですが、簡単に負けはしませんよ」

それはそうだ。一晩で三体の十二鬼月に出会い、戦い、そして生還した者。

尋常な経験ではない。たとえそこに見逃されたという偶然があったとしても、偶然は一夜に三度も起きない。

そういう意味でも彼は、たとえ柱でなくても柱に見合う経験の持ち主と言える。

その彼が、自分の弱さすら明かした上であの木立の中に仕掛けを施しての戦いを挑むということ。

最後だという感慨と、彼の戦いに関する集大成への興味。

じっと彼を見つめると、彼もこちらを見返してくる。本当に、簡単には勝たせてくれないようだ。

互いに少し笑って、またチョコレートを齧る。彼は、このチョコレートほど甘くはないらしい。

 

何となく手持無沙汰になると、チョコレートを載せていた皿の上の敷紙が目に入った。

程良く張りのある紙に触れると良い具合に思えた。大きさも手頃で丁度良い。

「折り紙ですか?」

数手折ったところで声に顔を上げると、彼が興味深そうにこちらを見ている。

「鶴なら知っているのですが、それは長方形から折るのですね」

初めて見たらしい。

「紙飛行機だけど、知らないの?」

折り終わって軽く飛ばすと、部屋の向こうまで飛んでから壁に当たって落ちた。それを見た彼がいつもと違う表情を浮かべる。

隠さない好奇心のせいか、まるで子供のような表情だ。

「初めて見ました。これは素晴らしいですね。是非、屋根の上から飛ばしてみましょう」

嬉々としている。

彼は抽斗から様々な紙を出してくると、僕が折ったのと同じ手順で折り始めた。

紙の選び方と折り方にはコツがある。薄い紙と厚い紙では折り方が違う。

それを伝えてみると、彼は興味深そうにそれを聞いて僕の手元を見てから折る。

一回転するもの、速く遠くへ飛ぶもの、ゆっくり長く飛び続けるもの。それぞれ折ったいくつかを持って屋根に上がると、二人で飛ばす。

自信のあった最後のひとつを飛ばす。

「私ノ方ガ、モット飛ベルワ!」

僕らが紙飛行機に夢中になりすぎたからだろう。嫉妬したらしい銀子が僕の肩から飛び立つ。

一度高く飛翔してから滑空する姿は、まるで別な鳥の様だ。

銀子と紙飛行機。飛び続けるそれを見ながら、僕らも屋根から飛び降りて後を追った。

 

 

屋敷へ入ると再び紅茶を飲む。

「一番遠くまで飛んだこれを、貰ってもいいですか?」

彼の申し出に頷く。

「うん、いいけど……」

落ちた後に銀子が何度か噛んだので、破れてはいないがもうあの距離は出ない。今となってはただの紙だ。そんなもの、取っておいてどうするのだろう。

すると彼は棚から箱を取り出すと微笑む。

「今日の思い出に、この箱へ仕舞おうかと」

様々な木々の色や木目を組み合わせることで模様を成しているその箱はとても美しいのだが、開く場所がわからない。

「秘密箱というものです。順番通りにこの箱の側面を動かすことで開くことができます」

彼が箱の側面をずらし、別な側面をまたずらして、戻して、それから反対側をまたずらした。

手順は十回。彼に言わせればこれは簡単な造りらしい。

彼が一度開いた箱を元に戻して僕に差し出す。同じ動きで開くと、彼が中に紙飛行機を収めてから閉めた。

紙飛行機が飛ばなくなったことに満足したのか、大きな鼻息を吹き出した後で銀子が外へ飛んで行った。

彼が銀子に手を振ると、箱を机に置いた。

「面白いでしょう?これは霞柱が絡繰(からくり)技師から貰ったものだそうですよ」

この屋敷の持ち主だった霞柱と共に、良くわからない人が出てくる。

「絡繰技師?」

一体何かと思っていると、日輪刀を打つ鍛冶の里にいる職人の一人らしい。

この箱は趣味で作った品らしいが、本業としては絡繰人形の維持管理なのだそうだ。

「昔は鬼殺隊の訓練の為に作成された絡繰人形が複数あったと記録に残っています」

その当時の強い剣士、つまり後に柱と呼ばれる剣士の動きを再現する絡繰だったようで、基本の型の他には霞の型、花の型を基にした絡繰があったらしい。

しかしその作成者は一人しかおらず、後継がなかったようだ。その者が亡くなった後で新規に作成された絡繰はない。

不幸は重なる。作成者が死亡した直後、鬼殺隊壊滅の危機の折に鍛冶の里も襲われてしまい、作成者本人による設計図が焼けてしまい弟子の多くが亡くなってしまった。

表面の故障やならまだ何とかなるが、内部機構が壊れてしまうともうどうにもならない。

そのため鍛冶の里の絡繰技師が細々と維持管理はするものの一台減り二台減り、明治に入る頃には最後の一台しか残っていなかったのだそうだ。

「その最後の一台は、何の型を使うの?」

霞の型だったらいいなと思ったが、彼は首を振った。

「実はそれが、わからないのですよ」

しかもその絡繰人形にだけ、あまり記録が残っていないのだという。

さっき基本の型と霞の型と花の型を基にした絡繰があったと言ったばかりだ。それにも基にした型があるのではないだろうか。

「現存しない絡繰は人と同じ姿をしていたようなのですが、残っている絡繰だけ明らかに人と違う姿をしています」

どう違うのだろう。首を傾げると彼が続ける。

「腕が六本あるのですよ」

昆虫みたいだと思った後で、脚があるから手足が八本だと気付く。

「蜘蛛みたい」

彼が笑い出した。

「本当ですね。それには気付きませんでした」

彼が紙飛行機を折った残りの紙に簡単な図を描いてみせる。その六本の手には、それぞれに刀が持たされていた。

異様なのは腕の数だけではない。岩の呼吸が両手で大小の刀を使うのとは違い、どの手にも同じ長さの刀が描かれている。

「全ての手が同じ仕立ての日輪刀を持つのですが、訓練用に竹刀や木刀を持たせることも可能です」

重心を司る部品を変えることで、刀と違って軽い竹刀を持たせても倒れず同じように動けるらしい。

「その絡繰だけ壊れなかったのは、それが他よりも強かったから?」

弱い絡繰では破壊される。強い絡繰が攻撃を受けずに済めば長く保つだろう。

「鍛冶の里では強い剣士の動きを再現するために腕が六本必要だったとの言い伝えがあります」

二刀流ですらない、六刀流で再現する動き。それは一体どんな強さなのだろう。

「他の絡繰と違って江戸時代のうちに壊れてしまわなかったのは、それが理由でしょう」

その後、明治を超え大正となった現在でも壊れていない理由はまた違うらしい。

「その絡繰人形の名は、縁壱零式(よりいちぜろしき)といいます。ですがそれは、明治に入ってからの呼ばれ方なのですよ」

「前は違ったの?」

彼は頷き、絡繰の図の横に縁壱零式と書いた。

「この字の通りに、縁壱零式(よりいちれいしき)と呼んでいたのです」

意味がわからず尋ねると、彼が頷く。

(れい)をわざと外国語のゼロに読み換えたのは、明治に入ってすぐ、大きな改良が加えられたからです」

後継がいなくて新規に作られることのなかった絡繰人形を、一人の技師が改良した。

逆に言えば、それまで作成はおろか改良すらできなかった代物だ。戦国時代に作られたまま、江戸時代は手つかずだったのだ。

「その技師は元々家業を嫌って鍛冶の里を離れた人だったそうです。とある発明家に弟子入りをしていたそうですが、晩年は里へ戻ってきたのだとか」

外の技術を取り入れた人。思わず息をのんだ僕に彼が頷き、立ち上げると手招きした。

物置部屋に入り、何かの前で座ると言った。

「時計です」

時計と言われて思い浮かべるのは、普段部屋に置かれて振り子の揺れる大きな時計と、そして彼の腕につけた小さな時計。

けれど物置のそれには六面もあって、一つは他と同じ文字盤だが他は何やら違う。

「この時計は、師である発明家が作ったものを、里に帰った技師が再現したものだそうです」

本物と違うのは鐘を鳴らさないところだという。何故そんなものがここにあるのだろう。

「残念なことに、その技師が亡くなった後に里で火事があったために、絡繰人形を改良した時の資料が焼けしまったそうです」

だから改良した時の資料が残っていない。

「この時計から、その技師が絡繰人形を改良した時の手掛かりが多く見つかりましてね。お蔭で元の絡繰と現在の絡繰の違いを推測することもできました」

彼が棚から取り出したのは竹の棒と、薄い板のような妙な何か。

「昔は歯車によって人形の大まかな動きを制御し、この竹のしなりや、鯨髭で作ったぜんまいばねの仕掛けで剣を振る、比較的単純な形状だったことがわかっています」

狂わず一定の動きを繰り返す、その機構は現在の時計に通じるのだという。

「この時計は和時計といいましてね、季節によって日の長さが違うことによる時の長さの違いを刻むことができるものです」

時計の六つある一面をこちらに向ける。そこには、他の時計と違って文字盤が一定の間隔には並んでいない。

夏は昼を長く夜を短く、冬は昼を短く夜を長く、それを規則的に続けることができるという。

「わざと均等でない形状の歯車を使用することによって、規則的にずれを生み出していく造りなのです」

そして丁度一年後、同じ状態に戻る仕組みだそうだ。

何よりこの時計の最大の特徴は、一度ねじを巻けば一年間も動き続けること。

「元々の絡繰人形は、一度のねじを巻くことで一つの動作をする構造でした」

そして動きを変える部品を技師が手動で回した後、またねじを巻くことで先程とは違う動きをすることができるものであったという。

「改良後の絡繰人形は、ばねが切れるまで動き続けるのですが、全部で十二の動きを順番通りに繰り返すことができるのですよ」

彼の言葉に引っ掛かりを覚える。

「十二?」

「ええ。例えばこの動きが、呼吸の型の数だったらどうでしょう」

一番多い水の呼吸の型で十種類だ。十二の型を持つ呼吸の型は存在しない。

「人形の耳には、最初に作られた頃から花札のような飾りを付けているのですが、その絵が意味するのは日の光です」

思い当たる言葉が零れ落ちる。

「日の、呼吸」

ふと、騒ぎそうだと思った銀子がここにいないことを思い出した。だから彼はその話をできたのかもしれない。

「詳しい資料は残っていないので私の推測でしかありません。当時の流行り柄だっただけの可能性もあります」

ですが、そう言って一呼吸置いてからこちらを見た彼は、いつもの穏やかな表情をしている。

「偶然にしては出来過ぎている。そう思いませんか?」

 

物置から戻り、再び座敷に座る。ちょうど外から戻ってきた銀子が僕の膝に載った。

「鬼殺隊にとって、戦国時代はそれ以前よりも資料の少ない時代です。本部も、鍛冶の里も、多くの資料が失われました」

戦国時代は、鬼殺隊史上最も鬼舞辻無惨に迫り、そして最も壊滅の危機に追い込まれた時代だ。

その戦国時代に作られた絡繰人形。同じ時期に生まれたとされる始まりの呼吸と、鬼殺隊に呼吸の概念を持ち込み定着させた、誰もが憧れる強い剣士。

「再現するために六本の刀を持たせる必要がある剣士って、つまり」

何度も銀子が言っていた、僕の先祖で日の呼吸の使い手のことかもしれない。

彼は肯定も否定もしない。

その絡繰人形と戦ったことがあるのか尋ねると彼が頷く。

「私は竹刀を持たせた時だけですけれどね」

刀を一方に振り抜くことしかできない人形に、六本の刀を持たせることで複雑な動きを可能にしている。

右の刀で振り抜いた直後に左の刀で振りぬくことで斬り返しを、六本が僅かな時間差で全て動くことで多段攻撃を表現するらしい。

改良後の金属ばねによる強いしなりを活かした素早い斬撃は竹刀でも人を昏倒させるほどの威力があり、木刀なら死人が出る恐れがあるというくらいだという。真剣ならば命懸けだろう。

十二もあるという型は脅威だが、絡繰であるため一つ一つの型は全く同じだ。

まるで鬼にとっての基本の型のように、十二の動きを見切りさえすれば格段に回避しやすくなるという。

そのために技師が調整を入れて動きに変化を出すことで、稽古の質を高める必要があるのだそうだ。

「人と違って自分の身を守ろうとせず攻め一方ですから、まるで狂戦士のようなある種の怖さがありますね」

斬られても痛みを感じず、どんな相手を前にしても恐怖という感情がない。更に相手が降参を申し出ても手加減がない。確かにそれは人と違う怖さだ。

「機会があれば、君も戦ってみると良いでしょう。その動きを目にすることで、見えてくるものがあるかもしれませんよ」

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