記憶、朧に   作:貝柱 焼牡蠣

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20 書きつけ

いつもの岩に腰掛け面をずらし一服していると、珍しい客が姿を現す。

「嬢か。何しに来られた」

隠の姿をしているが、そんな現れ方をする隠は他にいない。

「仕事の依頼ですよ」

予想通りの相手に、ケッと吐き捨てるような声が出た。

「剣士でもない奴は帰れ」

こちらへ向けられた目元が細められ、口元を覆う布の向こうに明るい笑い声がする。

「お元気そうで何よりです」

自分が納めた最高の一振りを持つ、剣士ではない隊士。

刀を打つ経験は今の方が上で、気力だって変わらないつもりだ。しかし十年前は今と違い無尽の体力があった。

そんな時、生きているうちには二度とお目にかかれないであろう最高の鋼で打った刀だ。

事情をわかっているからこそ、あの刀が斬ったものを知るからこそ、皮肉な言葉を口にしたくなる。

その素性と顔を知るのは里でも鉄珍と自分くらいで、彼女も自分がこうして一人でいる時にしか姿を現さない。

 

 

 

たたら場から納められる玉鋼は上中下の等級に分けて用途を決める。

下といっても市場に出せば十分に上等な質なのだが、鬼殺隊が戦うのは鬼だ。並の鋼では強い鬼の頸を斬れない。

だから主に、刀鍛冶になって日の浅い者が練習で打つのに使われる。

鋼のほとんどは中だ。稀に出る上の鋼で柱の刀を拵える。

その鋼は、あまりに特別だった。

だからこそたった一振りにしかならないその鋼を、どの柱に使うのか決め兼ねて持て余していたくらいだ。

それほどの逸品だった。

 

あるとき本部から特別な刀の依頼が来たが、刀を持つのは柱ではないという。

鉄珍が渋る本部へ執拗に探りを入れたところ、お館様のお子様へ納める刀だとわかった。

あまり言いたくはないが、お館様の一族はことごとく病弱な上に短命である。

代変わりの連絡はくるから、その早さが異常だと知っている。そんな一族から剣士など出る訳がない。

鉄珍と二人で疑わしく思っていたが、たまたま刀を砥ぎに里を訪れていた炎柱の話を聞いて事情が変わった。

既に柱と同じ様な全集中常中の呼吸を使っており、次期お館様である兄の護衛を務めているらしい。

鉄珍は里長として数年前に本部を訪れた時に兄妹揃って寝込んでいる姿を目にしたらしく、全く想像できないという。

護衛といっても同じ格好をした、いざという時の身代わり要員だったはずだ。

しかしそれに留まらず護衛の為に炎柱の教えを受け、木刀ながらも呼吸の型を振るうのだという。

それも、炎の呼吸だけではない。基本の五つと霞という今在位する柱が使う全ての呼吸の型を覚えているらしい。

だから日輪刀が何色に変わるのか予想もつかないと炎柱は言った。

刀を持つのが妹の方だと判り鉄珍が俄然やる気を漲らせたが、求められたのは正統派ど真ん中の刀だった。

 

炎柱が帰られた後で二人向き合う。

「お前さんが適任やな」

今の里にいる刀鍛冶の中で、新作の刀ならば鉄珍が、正統の刀ならば自分が一番だという自負はある。

里長を継いだ鉄珍ではなく子のない自分が正統派であることを、色々言う者もいた。

しかし互いに切磋琢磨していたからその実力は認め合っていたし、歳が近くて子供の頃から仲も良かった。

だからこういう時、鉄珍は里長として迷わず自分を指名してくれる。

引き受けるべく頷いたところで、鉄珍が息子に声をかけて何かを持って来させた。

「次代のお館様を護る刀や。これを使い」

盆に置かれ運ばれてきたのは、あの特別な鋼。

「あの家の子が刀を持つなんて、これが初めてやろうしな」

だから、この鋼に相応しい特別な機会だ。

二人で顔に浮かべたのは複雑な表情。

平安時代から鬼殺隊を続ける家にとって初めての事だ。裏を返せば、次があるとは思えない。

吉兆なのかそうでないのかはわからない。ただ間違いなく言えるのは、今までにない特別なこと。

だから正統かつ最も理想的な、そんな刀を打った。

 

里長として何度か訪れている鉄珍と違い、鬼殺隊本部を訪れたのは初めてだった。

幾人もの隠の背を経てお館様のお屋敷に招かれ柱が全員揃った前で、まるで双子の女児のような揃いの女袴姿をしたお子様の一人へ刀を渡す。

お子様はそれを丁重に受け取り、皆が息を呑む中で日輪刀が鞘から抜かれる。

刀身の色は変わらなかったがそれに落胆される様子はなく、むしろ微笑んでおられたのが印象的だった。

新しい玩具を貰って無邪気に喜ぶ顔ではない。

刀の柄を握る手の感触を確かめながら浮かべるのは、十歳という年齢にそぐわない不思議な表情。

剣の師である炎柱はじめ、他の柱も注目していたのは色変わりだろう。

様々な思惑が交差し、そのどれもが外れ、そして大きな声を出したご内儀様が奥へと連れて行かれるのが見えた。

丁寧な礼とともに、穏やかだがよく通る声が響いた。

「これからも、護衛の任を全うすべく精進いたします」

 

 

結果的にあの刀は、確かに次期お館様を護った。

烏の伝令で十一歳にして下弦を同時に二体斬ったと聞いて仰天したが、その後に霞柱が連れて来た姿に息を呑んだ。

意識もなく起き上がることのできない、命すら危ぶまれる有様。

険しい顔をした霞柱が、ここで療養させるように言った。

以前に一度霞柱から連れて来られたことはあるが、その時は温泉の硫黄の匂いが髪に残ることをとても気にしておられた。

その話をしたが、霞柱が首を振る。

「もう護衛は必要ない。次期お館様――耀哉様が女児の恰好を解かれ、ご結婚が決まった」

身代わりの護衛がもういらないのはわかったが、何故屋敷ではなくこの里で療養するのか。

兄君のご慶事に、同席できないのは何故。

一体どんな病気なのか。

「怪我は足の骨折だけだ。ただ、喉を傷めておられる。それが治りさえすれば、回復されると思うのだが」

剣士であればただの骨折はよくあることだが、その治りの遅さが異常だと霞柱は言った。

習得した呼吸を重傷で使えない剣士の回復が遅れるのとは違い、これがお血筋ならではの脆弱さなのだそうだ。

「このお方は、長く生きられる身体じゃない」

この方をテル坊と呼んで連れまわしている時とはまるで違う表情だった。

「呼吸を使うことで、身体の脆弱さを補っておられただけだ」

霞柱もそれに今回気付いたばかりだと話していた。

 

それから彼女は湯治と称して、一年間をこの里で過ごした。

身体が動かせるようになるまでに里の書物を手当たり次第読み尽して、その後は色々と調べ事をしていた。

男物の着物を着て、ひょっとこの面を付ければそれなりに見えてしまうから不思議だ。

里に残る正規の記録書どころか昔の私的な手紙の類までありとあらゆる物を読み漁ったり、絡繰人形をばらしたりと奇怪な行動も多いが、何しろあの家のお子様である。

時に烏を飛ばし、何かを取り寄せたりもしていたようだ。

里で過ごされる一年の間に、父であるお館様が亡くなり兄君が後を継がれ、そして霞柱が帰らぬ人になった。

傷が癒え体調を整えた彼女は、それから里を去った。

数年間音沙汰無いと思っていたが、烏の指令に時折彼女からのものが混ざっていたらしい。

今では隠としての地位を確立たようで表立って様々な指令を出してくるが、どれも刀でない武器の開発に関するものばかり。

最高の刀を持つ人が刀以外にばかり目を向けることを、ずっと苦々しく思っていた。

 

 

「で、何の用だ。嬢がわざわざ先触れまで出してのお越しだ」

突然の訪問はこれまでにもあるが、先触れを出すというのは珍しく正式な依頼だとわかる。

「柱の刀をご用意いただきたいと思いまして」

柱か、と呟く。鳴柱が亡くなってもう何か月だろう。

柱の座を埋める剣士が現れたのは望ましいが、なにぶん今は時期が悪い。

今は隠の長なのだから、この方が知らない筈はない。

「嬢も知っておられるだろう。たまにあるんだ。選別で優秀な奴が鬼を狩りまくって多く生き残る時が」

生き残ることは喜ばしいが、人に庇われて生き残ってもどうせ任務ですぐに死ぬ。

今回は久々に生き残りが多く、――いや、あまりに多すぎた。

その場で玉鋼を選ばせることさえできずに、方々からかき集めてどうにかやっと打ったばかりだ。

数名の辞退が出なかったなら、今もまだ打ち終わっていなかっただろう。

だから里に鋼がない。柱のための上はもちろん、中どころか下すら足りない有様である。

ここまで突破者が多いのは何年振りだろう。

鉄珍と二人であの時以来だと話したのは、今の水柱が突破した時の選別だった。

「銘を入れるだけで結構です。これを使ってください」

差し出されたのは、見覚えのある一振り。

「これは本来、柱にこそ相応しい日輪刀のはずですから」

あの時二体の十二鬼月を頸を斬り更には上弦に傷をつけたと聞いたが、それでも刃毀れはなかった。

この方が力任せに叩き斬る戦法でないのはもちろんだが、やはり元の鋼の質が良いのだ。

しかし。

剣士ではないとはいえ、一夜のうちに十二鬼月を二体斬り、上弦と遭遇して生還した。

この方が柱になってもおかしくはなかった。

戦闘力がないと言いつつ、骨の継ぎ目を見極めて正確にそこを斬ることができる太刀筋は他の剣士と違う強みだ。

この方が身体を癒して里を離れた後、全ての流れが大きく変わった。

正統派が揃っていたあの時の柱は、鳴柱が亡くなったのを最後にもう誰も柱の地位にいない。

今在籍する柱の中で、いわゆる正統な形状の刀を振るうのは柱は炎と水と風のお三方だけである。

鉄珍が蟲柱と最近新しく就任された恋柱の刀を打ち、鉄珍の息子が蛇柱のねじれた刀を打った。

一番長くその地位におられる岩柱はそもそも使用するのが刀ではないし、音柱の刃物も刀とは呼ばない。

更にはこの方が表に出るようになってからというもの、里は新たな武器の開発に着手するようになってきている。

一般の鋼で試行中のあの銃が正式に採用されたら、今より鋼を消耗することになるのだろう。

ずっと、複雑な想いを燻らせていた。

正統な刀はもう時代遅れなのだと言われている気がしていた。

なのに、この刀を新しい柱に渡すという。

見出された新しい力を持つだろう柱に、十年前に打ったこの刀を。

「私がこの刀を必要としていた時は終わりました」

里を出た後も何度か鬼を斬っているというというのは手入れに出されることで知ってはいるが、その頻度はここ最近明らかに落ちた。

恐れていたことを口に出すのが憚られ、口を噤む。

今のお館様――この方の兄君はもう、体調があまり良くないと聞く。

亡き霞柱の言った言葉が頭をよぎる。この方は、長く生きられる身体じゃない。

この方に刀を納めた時にお見かけした先代お館様の痛ましい姿は、産屋敷家の呪いだと言っておられた。

同じ病を発症したのか。もう刀を振るうことが、できないのか。

咥えた煙管の火がとうに消えていることに今更気付いて灰を捨て、ひょっとこの面を被り直して眉を寄せる。

言葉が、出ない。

「夜通し振り続けるにはそろそろ重くなりましてね。ですがこのまま眠らせるには勿体ないかと」

こちらの心配に反して向けられた声は軽いものだ。

「なんだ。思っていたより元気そうだの」

茶化して笑い返すが、面の内側で声が籠った。

一晩中刀を振り続けることができない。それはもう、鬼殺の剣士として戦えないことを意味している。

そうして今更気付いたことに息を呑んだ。

銘を入れるだけでいいと言った。

「これを融かすのは損失ですからね。あのお守りを融かして混ぜないと一本分になりません」

新しく打ち直すために融かせば鋼は減る。素材として使えば半分くらいになってしまう。

それを勿体ないと言っているのだ。

「お守りとは何だ?」

尋ねると、錆が酷くそのままでは使えないがこの刀と同じくらい良質に見える鋼だという。

そんなものが里にあるのは知らなかったが、融かせば短刀になるかどうかの量と言われたら確かに使い道に困る。

鍛冶場だけでなく里中を色々と探っていたこの方は、一体何を見付けたのだろう。

それにしてもこの方の目利きには驚く。

気付いている、本当のことに。

――この刀が、この鋼が、いかに特別であるかを。

良い鋼。剣士は意外にも価値をそれほど理解していない。

剣士であれば鬼の頸を斬ることのできる日輪刀であることにしか価値を見出さないからだ。

この方は違う。里に暮らし、鍛冶場を出入りし、絡繰人形の手入れに口を出し、鋼の選別まで立ち会った事がある。

「私がこの刀を必要としたのは、あの一晩だけです。あの一晩だけは、この刀でなければ持ちこたえられなかったでしょう」

他の鬼なら他の刀でも斬れたという。

「これから強い鬼と戦う者こそ、この特別な鋼で打った刀を持つべきだと思います。私は、もう他の刀で十分ですよ」

まだ鬼を斬るつもりなのかと尋ねると、あっさり答えが返ってきた。

「ええ、剣士の真似事は今も得意です」

そうだ。この方は真の意味での剣士ではない。

だからこそ鋼の良さを、この刀の価値を、真に認められている。震えるような感動と共にそう感じた。

 

久し振りに手にした己の最高傑作は今も刃毀れひとつなく、美しいままだった。

そして奇遇にもまだ色変わりをしていない。

だから新しい柱の使う呼吸の色にこれから変わることが出来る。

鞘は磨くだけで良さそうだが、柄巻は流石に替えた方が良いだろう。

刀の検分を終えて鞘に納めると妙な依頼をされた。

「そのうち、モダンなステッキの仕込み刀でも作って貰えますか?」

鼻で笑う。

「そんなものは鉄珍に言え」

自分が打つのは正統な刀だけだ。それを解って言うのだからこの方も相当なひねくれ者だ。

「鉄珍さんだと可愛いパラソルの仕込み刀にされそうなのでご勘弁を」

思い出す。

最初に会ったこの刀を納めた時の、女児の姿をしていたこの方は本当に可愛いらしかったのだ。

まさかこんなことを言うようになるとは思わなかったが。

「ハハ、違いない」

いや、この性格は昔からだろうから、幼い頃は猫を被っていただけに違いない。

 

「で、この刀。誰が使う」

尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「選別試験の優秀な奴、です」

一瞬その言葉が意味することを理解できずに狼狽える。その答えがあまりに妙だったからだ。

「何だと、ついこないだ突破したばかりじゃないか!」

そんな馬鹿な。

打ち終わった刀を隠に託したばかりだ。人数が多すぎて突破者の中にはまだ受け取っていない者も多いのではないだろうか。

「貴方の打った刀を持っていましたよ。急いだとはとても思えない、美しい刀でした」

自分の疑いを封じる返しに、その刀を直接見たのだということに恐ろしさを感じる。

「そりゃあ、そいつが一番鬼を狩ったと聞いたからな。最初に打った一本だとも」

本部に集まる情報を一手に握り、お館様の影から隠になった規格外の存在。

「そうでしょうね。ですが、すぐに彼の力には耐えられなくなるかと」

一体どういう情報網を持っているのか。

この里から出したばかりの刀のことも、突破したての新人でしかないその者のことまでも知っているとは。

更にはその者に、今から柱の刀を用意しろと?

自分の刀を受け取ってまだ一週間ちょっとしか経っていないだろう突破したばかりの新人に?

「この刀ならば、耐えられるでしょう」

口元は布で覆われ見えていないが、きっと微笑んでいるに違いない。

そう思わせるような声に、思わず訊ねる。

「そこまで肩入れする理由は何か聞いても良いか?」

頷くと、目を細める。

「見出したのは、お館様とご内儀様です。彼が突破後に受け取った刀が白く変わりましてね。お館様の命で私が一週間だけ育手の真似事を」

この方は六つの呼吸の型を習得されてはいるが、直接教わっていたのは前の炎柱と今は亡き霞柱だ。

刀を持った後に連れまわしていたのは霞柱のほう。だから実戦で目にしたことがあるのは霞柱の型だけだと前に話していた。

「嬢が、自ら?」

多忙な筈だ。しかしお館様とご内儀様が動かれたのなら話は別だ。この方がその命に逆らうことはない。

「ええ。昨日、一晩中戦いましてね、既に私よりも十分に強いことは確認済です。それを今朝早くにお館様へ報告したところですよ」

今はまだ昼前だ。

本部がどこにあるのかはわからないが、前にこの方へ刀を納めた時には里から片道で丸一日かかった。帰りも同じだ。

目隠しをして何人もの隠に背負われ辿り着いた本部は、こことは山の木々が違った。

それなりに距離があり、お館様のおられる本部はもちろん、ここ鍛冶の里も隠された場所の筈だ。

きっとこの方はその両方の場所を知った上で、誰も知らない経路で来られている。

単身で。

疲れた温泉に入って寛ぎたいなどと言ってはいるが、どうせその暇もなく慌ただしく帰るのだろう。

 

この刀を持つことになる剣士の傾向や癖について細かい説明をする様はまるで熟練の刀鍛冶のようだ。

動きが早いため技を繰り出す時の手数が多いらしい。

だから上質な鋼を優先的に回すから柱用の刀をあと二本は打って定期的に交換して砥ぐように、というのも隠の出す指示の範疇を超えている。

それでいて、自分よりも僅かに背が低いもののすぐに追い越されそうだと話す時は甘い育手のようにも見える。

自分の記憶が正しければこの方は二十歳だ。

家を継ぐ兄君とは違い結婚せず、子もいない。

幼い時は護衛としてその身を盾にし、成長すれば家を支える立場で奔走し続けている。

生き急ぐかのようなその振る舞いは自身が長く生きられないとわかっているからなのか。

「鉄井戸さん。私は貴方に彼の担当をお願いしたいのです」

こんな老いぼれに、と返そうとした言葉を飲み込む。

この方は何でも出来るが、何もかもを一人で成してしまう人ではない。

絡繰り人形はあれから部品のひとつを作り直すよう指示を受けて技師自身が手を加えたと聞いた。

海外から手に入れたという銃も現物や製法を里に持ち込んではいるが、改良はその中の一人に任せているという。

ここへ訪れる隠も、ある程度の裁量権を与えられている様子である。

自分でやったほうが早いだろうに、手間を掛けてでもその方法を惜しみなく教える人なのだ。

長く生きられないのが分かっているから。

だから産屋敷家の嫡子は早く結婚して早く子を成す。血を絶やさず未来へ繋ぐために。

一見突飛に見えるこの方の行動は、実は産屋敷家の在り方そのもの。

自分はどうだ。

息子のいる鉄珍と違い、これまで誰か特定の者を跡継ぎとして特別に指導したことはなかった。

正統な刀を使う柱が少ないからただの刀打ちでは強い剣士の担当になれない。そう言って奇をてらった刀ばかり打ちたがる若手を横目に、上級剣士だけでなく今も新人向けの刀を多く打ち続けている。

決して惰性ではない。新たな技法が開発されれば一通り試すし、良い砥石が見つかったと聞けば必ず手に入れる。

そのうえでこの形状を守ってきたつもりだ。

古臭いと言われ、時代遅れだと言われ続けても、日本刀がこの形状で長く使われ続けるのは進化の極みだと思っているから。

手元にある刀を見る。

正統派ど真ん中のこの刀を、新しい柱が振るう。震えるような高揚感が身を包んだ。

正統な刀を今も必要としている。だから後に繋げろ、そう言われた気がした。

「わかった。引き受けよう」

こちらが頷くと用件が済んで帰ると思いきや、微笑んでいる。

「鋼に余裕が出てからで構いませんので、仕込み刀もお願いしますよ」

モダンなステッキとやらはどうやら冗談ではなかったらしい。

「私は貪欲でしてね。何かを諦めるつもりなどありません」

明るい声だった。

「鬼のいない世の中にすることも、生きてその世の中を目にすることも」

だからこそ、と微笑み人差し指を立てた。

「医者として、煙草を止めろとまではいいませんから、せめて控えめになさるようお願いしますね」

 

気が付くと、さっきまで目の前にあったはずの気配が消えていた。

両手で持っていた刀を紐を結んで腰に下げると、煙管に僅かに残る灰を軽く叩いて落とす。

医者って何のことだ、と呟きながら刻み葉を煙管に入れて火を付けて大きく吸い込み、そして盛大に咳き込んだ。

咳き込み過ぎて零れた涙を拭い、舌に残る苦みに顔を顰めて何度も唾を吐き捨てる。

「クソ、やられた!」

刀に気を取られている間に、岩に置いていた煙草入れの中身がヨモギの葉にすり替えられている。

里の誰かが草餅を作るために干していたのをご丁寧に刻んでいる。

まさかと思い腰の袋を改めると、そちらの容器には刻み煙草の代わりにモグサが詰め込まれていた。

「あのお転婆娘が……!」

絡繰人形を分解して組立て直すほどあのお嬢は手先が器用だ。掏りの真似事はどうかと思うが。

見たことをすぐに理解し再現できる器量があり、何でも出来るからこそ何者にもなり切れなかった人だ。

護衛として兄に成りすまして、柱の技を見て剣士の真似事をして、そして今度は育手の真似事ときた。

そんな彼女が自らを医者と言った。医者の真似事ではなく。

ふ、と妙な笑いが零れた。

「鬼のいない世の中を、生きて目にする、か」

平和になれば刀鍛冶に仕事はない。しかし口にすればそれは悪くない未来に思えた。

あの一族らしく脆弱に生まれた子が自らを鍛え、鬼と戦い兄を守る道を選んだ。

若くして呪いで死ぬその定めを覆そうと、今度は医者になったらしい。

驚くほどに諦めの悪い人だ。

「その賭け、儂ものろう」

賭けるのはただひとつ、己の全てだ。

 

腰に下げた刀に視線を遣る。

本来、才能ある新人の剣士に固定の担当をつけるのならば、若い刀鍛冶が良い。

剣士の癖を見極めながら忌憚なく意見を出し合い、長く担当を続けられるからだ。

年齢や地位に極端な差があれば一方的になりがちで、良い関係とは言い難い。

たとえ若くとも柱ならば里長相手にも意見を言える。鉄珍は女子に甘いが、ああ見えて刀に関しては決して妥協が無い。

剣士と刀鍛冶で試行錯誤して最良を探るのではなく、いきなり最高の刀を与える。

あの方に納めた時と同じ状況になったのは、きっと偶然などではあるまい。

それが最適だとあの方が判断したのだ。

柱の刀ともなればその太刀筋を見て砥ぎの微調整をするものだが、先程聞いた内容で事足りてしまった。

すぐにでも柱の刀を用意しなければならないほどに地位が上がりそうな天才なのか、それとも刀鍛冶との関係を築けそうにない奇才なのか。

どちらにしても尋常ではない。突破したばかりの者に柱の刀を用意するなど、前例があるはずもない。

しかしそんな手のかかりそうな柱候補の担当を、誰かを育てながらやることになってしまった。

「嬢はこの老いぼれを、随分と酷使なさる」

皮肉な笑みを浮かべつつ数名の若い刀鍛冶の名を口にしてみる。

ふと、その中の一人の顔が頭に浮かんだ。

基本に忠実ながらも工夫を怠らないのを好ましく思っていた若手だ。

突破したばかりの新人の刀を打つのを厭わないので、今回もその多くを手掛け多くの経験を積んだことだろう。

主張の強い里の男衆の中では温厚な性質だが、過去の資料に良く学び、そして新しい技法にも貪欲である。

流石にもう見習いの年齢ではないから今更手取足取り教えるような相手ではない。

何より、自分が人に教えるのは苦手だ。しかし隣で刀を打つくらいならできるだろう。

「いやはや、大変なことになってしまった」

呟きながらも足取りは軽い。

 

家に戻って墨を磨り、筆を手にする。

今から全てをここに記そう。

この刀を、未来に繋ぐ術を。

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