記憶、朧に   作:貝柱 焼牡蠣

3 / 20
3

夜は刀を振るい、昼は座学の生活が続く。

霞の型の鍛錬を繰り返す夜と違い、昼は様々なことを広く学んだ。

二日目は鬼の始まりと歴史、その使う異能について学び、弱点と見極め方を知った。

三日目は人間の急所と骨のかたちや筋肉のつき方、身体の鍛え方について知り、そして応急手当を学ぶ。

 

今日は鬼殺隊の歴史と組織における振舞い方や規律を学び、伝達についての話が始まる。

「隊士として行動する場合は、基本的に複数名で任務にあたります」

戦況を見極めるうえで、自分の知り得た情報を正確に他者へ伝えることが必要らしい。

自分がその場で倒してしまえたら大丈夫なのではないかと言うと微笑まれた。

「もちろんそうできれば良いのですが、鬼は狡猾です」

不利とわかれば逃げる可能性もあるし、異能で増える鬼さえいる。

その上、市街地での戦闘の場合は不運にも居合わせてしまった一般人を速やかに避難させなければならないという。

「鬼は人を喰らって成長します。たとえ喰らわずとも遊びのように人を殺す鬼もいます」

鬼を倒すことのできる日輪刀を持った隊士は、自ら戦うと同時に自分の身を守らねばならない。

けれど一般人は非戦闘員なのだから鬼を倒す術もなければ自分の身を守る術も持たない。

それはわかる、わかるのだが納得はいかない。

「どうして一般人の救助を優先しなくてはならないの?」

助けることで鬼に食われなければ、鬼はそれ以上の力を得られない。それは理解できる。

けれど、見たことがある。いつのことかは思い出せないけれど。

鬼が怖いなら早く逃げればいいのに、大声を上げてうるさく叫んだり、隠れろと言っても動けなかったり、逃げる方向を指示しても逆に走ったり。

彼等を庇いながら戦うのは不利だ。とんでもなく足手纏いだ。邪魔だからどこかへ行ってほしいと思うのに隊士の背中に縋ろうとする。

大声を出して鬼に自分の存在を知らせるなど、馬鹿なのだろうか。背中に縋るだなんて、助けようとする隊士を羽交い絞めにして鬼に差し出しているようなものだ。

「鬼を倒す方に専念すれば、もっと早く倒せると思う」

早く倒す方が被害を少なく抑えられる筈だ。後回しにされたり巻き込まれたりして人が死んでも、それはそれで仕方ないのではないだろうか。

「時透君」

名を呼ばれて意識を向けると、彼は刀を膝の上に乗せて鞘からゆっくり抜いた。

「刀は人を殺傷する力を持つ武器です。今は戦国時代ではなく大正の御世ですから、刀を持つことは禁じられています」

それは解るかと問われて頷く。

「私達はこの平和な御世における違法な武器を持っています。この刀は、鬼を滅し人々の暮らしを守るために見逃されているだけのこと」

夜と違って日の光を受けた刀身が鋭く輝き、そうして彼はまた鞘に納めた。

「一般人を守ることに己の力を使わなければ、私達は違法な殺戮集団に成り下がってしまいます」

思わず息を止めていたのを指摘されて、深く吸って強く吐いた。

「一般人の大多数は、鬼の存在を知らず幸せに暮らしている人たちです。私達はその幸せを守るためにこそ存在しています。この刃が、彼等の幸せを断つことがあってはなりません」

畳に刀を置いた彼と目が合う。

「私達は私達の存在意義の為に、一人でも多くの一般人を守らねばなりません」

勢いに押されて頷く。すると彼はゆっくりと頷きを返した。

「隊士の多くは鬼に家族を殺されています。自分の身に起こった不幸がこの世から無くなることを願い志願した隊士がほとんどです」

音もなく立ち上がると、一冊の書物を持って戻ってきた。

開かれた頁に描かれているのは荒れた川の絵だった。彼が縁側の向こうを指差す。

「あの山の向こうから海へ向かって流れる大きな川があります。ある年、川が氾濫を起こして多くの人が亡くなりました」

その時の絵なのだろう。よく見れば人が流される姿が描かれているのがわかる。

「亡くなった者は還ってきません。多くの者は嘆くのをやめて、新しい幸せを求めて暮らし始めました。それが人の行くべき道で、普通なのです。けれどその幸せに背を向けてでも、堤防を造り始めた者がいました。普通でないと言われても、おかしいのだと言われても、石を積む手を止めませんでした。やがて同じような者達が集まり、仲間と共に石を積むようになりました。初めは上手く出来ずに崩れてしまい、上手くできるようになっても途中で何度も壊され流され、仲間の命も失いました。それでも決して諦めずに人々の幸せの為、氾濫が無くなることを信じて懸命に石を積み続ける者――鬼殺隊とは、そういう者の集まりだと私は思っています」

ここからは見えないあの山の向こうの、知らない誰かが築いた堤防。その堤防が、知らない誰かの未来を守っている。

気の遠くなるような話だ。

けれどそれは、今も続く終わらない話だ。

「もちろん川と鬼は違います。川は自然の恵みをくれますが、鬼は人を喰らうだけですから」

ただ、と彼は言葉を切ってから本を閉じて立ち上がると本棚を向いた。

「鬼にも色々いるようです。自ら志願して鬼になった者もいれば、望まず鬼にされてしまった不幸な者もいます。だからこそ新たな鬼を生まないようにするには、鬼の始祖を倒さねばなりません。それが、鬼による悲しみの根源を断つ術なのです」

彼がこちらを向いたところで尋ねる。

「どうして普通の人は一緒に堤防を築かないの?僕達みたいに鬼狩りをしないの?」

全員が一斉に同じことをすればきっと、堤防はもっと早くできただろうし鬼だってとっくに滅びている筈だ。

すると彼は問い返してきた。

「君も鍛錬を重ねる身です。鬼を狩るのが素人では無理だと気付いているのではありませんか?」

無造作に石を積めば崩れてしまうし、素人が鬼にを戦いを挑めば餌にされる。確かに上手くいきそうにない。

良い考えだと思ったんだけどなと愚痴れば、彼は複雑な笑みを浮かべた。

「鬼殺隊は自らの幸せに背を向けた人が多いですからね、皆がそれと同じであれば子供が生まれなくなり、鬼が喰らうより先に人が滅びてしまっていたかもしれません」

難しいものだ。

「鬼を倒す鬼殺隊がいて、社会を支える多くの一般人がいます。将来的に、要らなくなるのは鬼殺隊の方です」

微笑む彼を不思議な気持ちで見つめてしまう。

「私達は、私達のような者が必要のない世を創る為に、鬼を滅ぼすのです」

自分達の存在意義のために一般人を守り、自分達が必要なくなる為に鬼を滅ぼす。

彼は、どこを見ているのだろう。

堤防が完成して川が氾濫を起こさなくなれば、確かにもう石を積む必要はない。

だけど、鬼殺隊はどうなるのだろう。僕はその時、何をすれば良いのだろう。

聞きたいけれど怖い。自分の居場所がなくなるようで。

「堤防が完成した後、石を積んでいた人はどうなったの?」

強くなること、目の前の鬼を倒すことしか考えていなかったから、その先があるなんて思いもしなかった。

「記録には残されていません。ですが私は、その後一般人として普通の幸せを求める暮らしに戻ったのだと思っています」

彼の穏やかな声が不思議と不安を鎮めていく。

「鬼のいない世の中で君は、一般人に戻るのです」

一般人になるのではなく、戻る。鬼の存在を知らずに生きてきた時が、こんな僕にもあったのだろうか。

考えようとして、何かが頭をよぎるけれども通り過ぎてしまう。

「鬼のいない、世の中」

反芻するようにそれを口にすると、彼が優しい笑みを浮かべた。

 

点てられたお茶を飲んで、桜餅と言われたおはぎのような物体を見る。

「それは西の方で桜餅と呼ばれるものです。私達が普段見る桜餅とは違いますよね」

手に取りかぶりつくと、甘い小豆の向こうに思うのは見知らぬ西の方の暮らし。

自分の知る形と違うけれど、その違う味わいがまた美味しい。

頷きながらもう一つに手を伸ばして先程の話と一緒に咀嚼した。

危険を承知の上で激しい流れを防ぎながら堤防を築く者がいて、その為に石を調達して運ぶ者がいて、その為の道具を作る者や活動を支援してくれる者がいる。

前線で戦う鬼殺隊がいて、後方支援を行う隠がいて、刀鍛冶の里や藤の家紋の家がある。

鬼殺隊に関係のない外の世には、いつもの桜餅だったりこのおはぎみたいな桜餅を作る一般人がいる。

どちらも大事だけど、全てが終わったら僕は一般人になる――違う、一般人に戻る。

剣を握らない僕は一体何をするのだろう。できることなんてあっただろうか。

手にした桜餅を見つめて、思いついたことを口にする。

「鬼のいない世の中になったら僕は、桜餅のための葉を集めようかな」

いいですねと彼が言うので顔を見合わせ微笑みあう。

「ならば私は、その葉を塩漬けにしましょう」

鬼のいない世になったら、立派な山桜の木を探そう。

それはきっと、幸せな未来だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。