記憶、朧に   作:貝柱 焼牡蠣

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休憩を終えると彼が言った。

「時透君が指摘したように、人を庇いながらの戦いは過分に苦しく大変なものです。そうならない為にも隠が避難させますので、適切に呼んでくださいね」

そういえばこの人は隠だった。

顔を隠していないので忘れそうだけど、夜の鍛錬で着ている隊服の背中には確かに滅でなく隠の文字が書かれている。

「銀子君、こちらへ来てください」

屋敷に来てからつかず離れずの位置でこちらを窺っていた烏が僕の膝の上にのるとこちらを向き、優雅に翼を広げてみせる。

「君の烏は優秀なので、状況を見る目は持っているでしょう」

膝の上の銀子が翼を閉じると嘴を上に向けて得意げに胸を張った。鳩胸なのか烏胸なのかはよくわからないけれど。

「時透君が応援を求めるよう伝えれば、銀子君はそれだけで最も近い拠点へ飛び立ってくれる筈です」

ですが、と彼が言葉を切った。

「ただ『応援を要請する』という伝達と、『十二鬼月が出現、複数名の柱と市街地戦に備えた隠の配置を要請する』という伝達だったらどちらが優先順位が高く有効に情報を活かされると思いますか?」

それはもちろん、後者だ。

「緊急時は速さを最優先にしますが、通常は必要な情報を解り易く伝えることが大切です」

そして戦闘時でなければ烏の脚に手紙を結ぶこともできるそうだ。確かに指令でない伝言を人前で烏から大声で叫ばれたら、ちょっと恥ずかしいかもしれない。

「そこで時透君には、相手に情報を伝える術を学んでいただきましょう」

膝の上で腹を上にして寝そべって甘える銀子の腹を撫でながら、気になったことを尋ねる。

「一般人を避難させる為に隠を呼ぶのはわかったけれど、自分が強くなれば応援要請は要らないんじゃないの?」

ハフン、と烏の鼻から満足そうな息が漏れる。腹の次に指で首筋を撫でてやると、ソウヨソウヨと自分に加勢してくれた。

彼が面白そうに微笑み頷いた後で、右の手で二度畳に触れた。それを見た銀子が慌てて膝から降りる。

「銀子君。仲良くなるのは良い事ですが、今は甘える時ではありませんよ」

口調は優しいが叱られている。畳の上で静かになった銀子に頷くと、彼がまたこちらを見た。

「緊急の連絡が応援要請とは限りません」

例えば、と彼の説明する状況を思い浮かべる。

自分は十分に強い隊士だ。指令を受けて他の隊との合流場所に一足先に着いたが、そこへ十二鬼月が現れたので一人で戦闘態勢に入っている。

間もなくここへ来るのは新人ばかりで、合流するほうがむしろ危険だ。一人でなら戦える。

そんな場合、銀子に伝えて貰うべきことは何か。

「ここへ来るな、十二鬼月がいる……」

彼は頷いてくれるが、どうやらそれで終わりではないようだ。他に何を伝えれば良いのだろう。

助けを求めるように銀子を見る。

「十二鬼月ガ出タラ、本部ニ連絡スルノヨ!」

優秀な銀子の助けを借りて回答すると、彼は銀子との連携がとれていることを褒めてくれた。

「落ち着いて推敲できる手紙と違って、話す言葉で不足なく説明するというのは意外に難しいものです。鬼殺隊は親を失い幼くして孤児になった者が多く、読み書きが苦手な隊士も少なくありません。そのため緊急時でなくても話して伝える機会は多いでしょう」

読み書きは出来る。上手いか下手かはわからないけれど、これまで読み書きで困ったことはないような気がする。流石にすごく困ったのであれば覚えているだろうし。

ここで見せて貰う本も、内容はともかく文字はほとんど読めたように思う。ただし身体のことを学ぶときに出された本は外国語交じりで全く読めず図しか見ていないが。

「自分だけが得た情報を、それを知らない相手に伝えるには、ちょっとしたコツが必要です」

先程とは違い、畳の上の銀子も真面目に聞いている。

「大きさや量というのは話し手と聞き手で印象が乖離しやすいので、具体的な数がわかる場合はそれを伝えると良いでしょう」

確かにただ大きな鬼と伝えるよりも、八尺くらいの背丈の鬼と伝えることで、相手に自分の伝える鬼の姿を想像しやすくするだろう。

「数がわからない場合は、身体を使うか誰もが知る大きさで例えます」

片手に載る大きさ、両腕をまわした大きさ、両腕を広げた以上の大きさ。

膝までの高さ、肩までの高さ、自分の背丈以上の高さ、都会なら電柱以上の高さ。

「極端に大きな隊士や小さな隊士でない限りは、その情報があるだけでも随分と伝わりやすくなるでしょう」

言われる大きさが確かに想像しやすくなった。僕の思う大きいと、相手の思う大きいを手掛かりを使ってすり合わせていく感じなのだろう。

「伝える相手は自分と同じ感性を持つ人ではありません。自分と全く違う経験をしてきた全く異なる価値観の持ち主に上手く伝えられなければ、伝言から想像する物が全くの別物になる恐れがあります」

難しいが、理解できる。

大きさの次は場所だ。あちらそちらではなく方角を言うとか、目印になるものがあれば情報に入れるとか。

「鬼は人のような姿で夜の街を歩いている場合もあります。近付けば気配を感じられますが、潜入した隊員で特徴を共有しながら手分けして探索する任務もあるでしょう」

自分が三人に正しく伝えられたら探せる人員を三人増やせる。探す効率は大幅に上がる。

伝える大切さに手ごたえを覚えたところで、彼が立ち上がった。

「今日はちょうど良い物があります。この中から一枚の絵を選んで、その特徴を私に教えてください。私はその言葉をもとに絵を描きましょう」

渡されたのは西洋の画集のようだ。線画の白黒版画に色を載せたような印刷がされている。

いくつかめくってみた中で気に入ったのは、黒い服を着た西洋人の女性の上半身が描かれていている絵だった。

それをそのまま伝えてみたところ、彼がそれを聞いて描いたものを見せてくれた。

巻き髪を結い上げた鼻の高い女性が満面の笑顔で正面からこちらを見ている。腕も見えない。

僕が見ている絵とは似ても似つかぬ姿だ。伝えるのが思った以上に難しいとわかる。

立場を入れ替えて今度は僕が描く番になった。

「一人の西洋人の少年の全身像です。少年は時透君より二つ三つほど年下でしょうか」

肩幅より少し広めに開いて左足を少し前に出した姿で正面を向き横笛を吹いている。

ひさしのない黒い帽子の中央には茜色の飾り布や金色の房がついている。

丈の短い黒い詰襟には金の釦が一直線に並んでいて、茜色のズボンは大きくだぼついている。

兵児帯のような白い布を金具でつないで輪にしたものを右肩から左わき腹へ斜め掛けして、そこに笛の入れ物らしい金属の筒をつけている……。

言われた言葉を考えながら、少しずつ描いていく。

筆に墨で描いているから色は表現できないが、なかなか良い出来ではないだろうか。

仕上がりに満足してから絵を見せると、彼が笑みを浮かべた。

「おや、これは素晴らしい。君は情報を受け取る力が強いですね」

正解の絵を見せて貰うと、それは思った以上に似ていた。上出来だと褒められ嬉しくなる。

彼の説明を聞いた後で、もう一度最初の絵の説明を考えてみた。

女の人は正面を向いていない。こちらにやや左肩を向けた状態で顔だけ正面を向け、左の肘下を肘掛に載せ、右手をその左手に重ねている。

伝えると、彼が頷く。

「今は絵を使っていますが、君が戦闘中に気付いた敵の弱点を伝える場合は左右を告げることで情報の精度が格段に上がります」

鬼の弱点は頸だが、上位の鬼になればなるほど弱点が頸とは限らなくなる。

「君が到着した時点で、それまで戦っていた隊士からその弱点を聞くこともあるでしょう」

前に学んだことと繋がる。自分が知り得た情報を、これから戦う仲間に伝えること。仲間が知り得た情報を、今戦っている僕に伝えられること。

伝えることも、受け取ることも大切なのだ。その重要性に知らず手を握っていた。

 

「さあ、今度は別な部屋にいる私と同じことをしましょう。それでは銀子君、頼みますよ」

一度目は銀子に手紙を持たせて、二度目は銀子に口頭で伝えて同じことをする。

終わった後に互いの絵を見比べて笑いながら、足りない説明を補う術を一緒に考えた。

難しいが必要なことだ、と彼が言うように何度やっても完璧は遠い。

それでも自分の知ることを言葉で伝える意味を知れば、これは身に付けなければならない技術だとわかる。

「改めて、よろしくね」

銀子に言うと、撫でろと言わんばかりに手に頭を摺り寄せてきた。

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