五日目の座学は、聞きながらも肌がざわつく緊張を覚えた。
目の前に置かれた紙には、炎、水、風、岩、雷、と書かれている。
そして炎からの派生に恋、水からの派生に蛇と花で花からのさらなる派生が蟲、風からの派生に霞、雷からの派生に音と書かれている。
「これが現存する呼吸の型です」
今の柱は岩、音、水、蟲、風、炎、蛇、そして就任したばかりの恋柱がいるらしい。
「基本だから強い、派生だから弱いということではありませんが、使い手の人数の差は大きいですね」
最も多いのは水で、ここは人数が飛び抜けて多い上に派生も多い。
恋にいたっては炎の継子が自ら切り開いた派生なので使い手は一人しかいない。
そういえば霞の呼吸は使い手が少なく、教育に携われる者がいないと言われたのを思い出した。派生の型だからなのだろう。
「ここにはない我流の型を使う隊士もいますが、こうして派生として正式に加えられているのはその型の使い手が柱になったものだけです」
つまり派生や独自の型を生み出しても、柱にならなければ正式な型としては認められないらしい。
独自の型でも後継をつくることは可能だそうだが、本人の感性で切り拓いたものを他者に伝えることは難しいだろう。
使い手の多い型が多くの指南書を残しているのと違い、自分しか指南する者のいない型が受け継がれにくいのは自明のことだ。
「平安時代の中期から鬼と鬼殺隊が存在しています」
武器で斬っても傷が治る鬼だ。倒し方がわかるまで時間がかかったらしい。
「平安時代には既に日本刀の原型があるのですが、日輪刀が出来たのはそれより遅く鎌倉時代末期です」
それまでは普通の武器で攻撃して弱らせてから捕まえ朝日が昇るまでそこに拘束する、という方法でしか退治できなかったのだという。
日輪刀が出来てからようやく戦う力を得た鬼殺隊だが、現在のような組織化はされておらずそれぞれのやり方で鬼を狩っていたらしい。
「現在の呼吸の型と柱の地位が確立されたのは戦国時代です」
そして、と彼が難しい顔をする。
「鬼の始祖、鬼舞辻無残を最も追い詰めた時と言われると同時に、鬼殺隊が壊滅に追い込まれた時でもあります」
総力戦の相討ちになったのかと聞くとそうではないようだが、詳しい事はわからないらしい。
鬼殺隊壊滅の危機により本部を移転させたり幼い当主で細々と繋がねばならない時期により記録が失われた部分もあるだろうという。
「その時の事でわかっているのは、『始まりの呼吸』の使い手たちがいたということ、そのうちの数名の隊士が強い力と引き換えに若くして亡くなったことです」
始まりの呼吸と聞いて、自分の記憶にすら残るほど聞いた言葉が耳元で蘇った。
「コノ子ハ『日の呼吸』の使い手の子孫ナノヨ!」
突然割り込んだのは銀子だった。
「日の呼吸」
彼はそれだけを口にすると、少し難しい顔をして何事かを書きつけると銀子の脚に結ぶと重要な指令だと伝えて飛ばした。
「日の呼吸の型は現在は伝わっておらず、使い手もいません」
取り出したのは万年筆で書かれた何冊ものノート。
「ここから先は、本部に残っている記録から私が推測しただけのものです」
聞き流して構わない、と言って彼はほうじ茶と金平糖を出した。いつもの学びの時と違って食べながらくつろいだ状態で良いらしい。
日輪刀という鬼を倒し得る武器が完成した後、鬼殺隊はある程度の集団をもって鬼を狩っていたらしい。
その集団が、炎水風岩雷の流派を名乗っていたのだそうだ。
血縁者によってそれが受け継がれているのは炎だけだが、他は血縁でなくとも後継がその技を絶やさず継承している。
それぞれの流派が考えた攻撃の方法を研鑽しながら鬼を狩る。
お館様の下につくのは今と同じだが、流派を越えた交流はなかったようだ。
今のように柱という隊士の最高位が出来て、流派の技を「呼吸の型」と記録するようになったのは戦国時代からだ。
それまで炎の流派の技、岩の流派の技、などと記載されていたが、ある時を境に呼称が、水の呼吸の型、雷の呼吸の型、と変わったのだそうだ。
「おそらくこの時、鬼殺隊に初めて『呼吸』の概念を持ち込んだ者がいるのだと思います」
技が先にあった。呼吸は、それに溶け込んだ上乗せの技術だという。
「呼吸の概念を持ち込んだ者は、誰もが憧れるほどに強かったのでしょう。呼吸の概念を上乗せしたのは興味深い事に、どの流派も同じ時期です」
その強い者を慕い、その教えを乞う為に各種流派の指導者が集ったのだろう。
以降、鬼殺隊はひとつになった。
「そうしてこれまでの技に呼吸の概念を上乗せした『呼吸の型』を使い始めました。その時にいた炎水風岩雷の流派の長である五人がそれぞれの流派にとっての『始まりの呼吸』の使い手だと伝えられています」
そして、と言葉を切って彼がこちらを見た。
「君の先祖と言われている『日の呼吸』の使い手こそ、鬼殺隊に『呼吸』の概念を持ち込んだ者ではないかと私は考えています」
多くの記録が失われて不確定要素の多い話だから銀子をわざと外へ出したのだろう。
烏は賢いが隠し事が苦手だ。
彼は必ず返事を貰うよう告げて銀子を向かわせたから、そこで足止めをされているに違いない。
「もう知っているように、鬼の弱点は太陽の光です。だからこそその強い剣士の技を『日の呼吸』と呼んでいた可能性もあります」
つまり、圧倒的な強さへの敬意の表れ、敬称ではないかと。
「鬼殺隊が既に使っていた炎水風岩雷ではない技を使っていた可能性もありますが、その技や型の記録が残されていません」
なにしろ鬼殺隊の壊滅危機と同時期のため、その頃の記録は多くが失われている。
それより古い記録が隠により空里に分散して守られ残っているにもかかわらず、その時期については記録を運ぶ前に失われてしまったのか不明な点が多すぎるのだ。
「日の呼吸の型がわからない理由は、それが敬称であり技そのものではない、あまりに難解で後継がいなかった、あとは――その圧倒的な強さを警戒した鬼によって意図的に消された、という三つの仮説を立ててまとめたものをお館様に渡しています」
残されたノートは、その仮説を立てる際に作成したものらしい。
「日の呼吸の詳細は伝わっていません。ただ、その流れを汲む各種呼吸の型から自分に合ったものを極めた先でその真髄に近付くことができるのではないかと私は考えています」
何でも知っていると思った彼にもまだわからないことがあることに、驚きと不思議な気持ちがした。
「道を極めた者には特有の視点があると考えています。それは剣の道に限らず、他でも言われることです。日の呼吸とは、剣におけるその到達点を表現した言葉に思えるのです」
これまでの教えと違い、彼もまた道を探求する者の一人だと感じられた時間だった。
僕はまず、適性のある霞の型を極める。極めることでその先への道が開かれる。
到達したらまたこうして彼と話すことで、新たな道が見えるような気がした。
最後の金平糖が口の中で溶け終わった頃、銀子の怒った声が響く。
「全クモウ、書クノガ遅インダカラ!」
手紙を遅く書くことで相手は今まで銀子の足止めをしていたのだろうか。
そういう視線を向けていると、彼は人差し指を口元に当てて微笑んでから、銀子に労わる声を掛けた。
「銀子君、お疲れ様。返事を貰ってきましたね。うん、良い知らせが返ってきましたよ」
笑みを浮かべた彼の手元には「横暴ですよ、でも何とかします」という短い返事。
何とかしますという部分が良い知らせなのだろうが、横暴とは一体どういうことなのか。
彼が何かを命じたのだろうとは思うが、それが何かは教えてはくれなかった。
休憩の後は基本の呼吸の型とその特性について学んだ。
攻撃に特化し、代々煉獄家が柱を務めている特殊な炎。
攻守に優れ使いやすく、使い手の多さによって開発された型が最も多く派生も多い水。
攻撃に特化し、範囲攻撃の型まで持っている風。
攻守とも非常に優れ、大小の二刀流による弱点の少ない力技である岩。
速さに抜群に優れ、居合の抜刀術から遠距離攻撃まで持つ技巧派の雷。
どれが最良とも最強ともなく、それぞれに強みと弱みがある。
攻撃に特化した炎や風は防御が薄く、岩や雷は習得が困難で使い手が少なく型の数も少ない。
一方、万能に思える水はその使い手の多さゆえに今は育手も使い手も玉石混交の状態にある。
「私が教えられるのは刀を使用する基本形に過ぎません。現在の柱の中には独自の武器を開発される方も多くいらっしゃいますよ」
技としての歴史が古い炎と水は戦国時代以降の階級が出来た後いつの時代も柱がいて、そして使用する武器は刀に限られるらしい。
ただし武器は平安時代からの変遷があり、日輪刀が開発されてからもその技術を応用して他の武器を作成した歴史がある。
そのため炎と水以外の型は刀ではない武器が使用されることもあるようだ。
「過去には鎌を使う風柱や、槍を使う雷柱、棍棒を使う岩柱などがいらしたそうです」
また、水の派生で今は柱が就任して花蟲蛇の呼吸と呼ぶようになった技には、薙刀や弓や鞭を使う人がいたと記録に残っているらしい。
「鉄砲や大砲についても導入を検討された時代があります。そう考えると現在音柱がいらっしゃるのは大変興味深いですね」
その日の夜、彼は霞以外の――炎水風岩雷の基本と呼ばれる全ての呼吸の型を見せて解説した後、大小二本の木刀を手にした。
「今夜からは実戦形式です」
そう言うと、様々な型を使いながら霞の型を真剣で振るう僕と戦った。
こちらからの攻撃は両刀の岩軀の膚で防がれ、回避しながら攻撃に転じる流流舞いで反撃され、油断すれば塵旋風・削ぎによってそれまで立っていた地面が抉れる。
木の上に逃げれば昇り炎天で斬り上げられるし、離れていると思っても遠雷で一瞬のうちに間を詰められる。
各種の型の威力とそこにあるはずのない水や炎を感じながら、向けられる技を回避しつつ攻撃を繰り出す。
今は木刀を振るっているが、型を見せる時の彼は真剣を使っていた。
炎も、水も、風も、岩も、そして雷も確かに感じられた。
最初の夜、月明りに光って霞のように白く見えたあの刀は、本当は一体何色なのだろう。