初めて知ったらしい仇の正体に息をのんだ彼等だったが、続く言葉に表情を変えた。
「ンだとォ!」
危ないと思ったが、鯉口を切った刀は抜けなかった。
「一番重い処罰は切腹です。自分の立場を弁えて行動しなさい」
怒鳴った隊士が手を震わせている。力を込めても刀が抜けないらしい。
一見すると彼が片手だけで押さえ込んでいるように見えるが、あれは押さえているのではなく角度を微妙にずらしているだけだ。
彼は自分で握力がないと言っていたように、あの大柄な隊士達に比べれば腕力もない。
一度刀から手を放して、位置と角度を元に戻せばすぐに抜けるという、種も仕掛けもある手品のような状態である。
あの隊士はずらされたままいつもの調子で抜こうとしているから妙な力が入って抜くことができず、余計に興奮してそのことに気付いていない。
こうして離れた位置で観察しているのと違い、当事者として至近距離で向かい合っている状態で気付けるかといえば難しい気もした。
「お待たせ、いたしました!」
場にそぐわない息切れした声が、突然響いて注目を集めた。
それまで殺気立っていた五人の隊士も、少女だろうあどけなさの残る隠の声に毒気を抜かれた様子がある。
走ってきた隠の二人が彼の前に駆け寄る――何本もの木刀を抱えて。
「はい、ありがとうございます」
いつも隠には名前を呼んで労う彼が、ここでは二人の名前を口にしない。
個人的に覚えられて妙な恨みを買わない為に、隠は個を無くした集団にしているのだ。
丸腰の隠にとって、体格が良くて刀を持った隊士に追い回されたら怖いだろう。
今自分が、隠のように顔を隠す布を付けさせられているのはつまり、恨みを買う恐れがあるということだ。
彼はここへ着いた時に待機命令を出した。声を掛けるまでは、と。ちょっと面白くなりそうだと布の下で笑う。
「下弦の弐は、鳴柱の命を奪った強い鬼です。今の君達ではとても倒せそうにありません」
だから情報を流さないのだ、と言外に言いながら全ての木刀を受け取り抱えた。
「ですが、ここに機会を与えましょう。君も、こちらへ来てください」
彼が自分へ合図をしたので駆け寄る。隊士同士の私闘は隊律違反だ。しかし、この木刀が抜け道になる。
「君達五人と私達二人で、木刀を使った試合形式の稽古をしましょう。君達が勝てば十二鬼月と戦う力量が充分として、処罰取消の上お目当ての鬼の情報を渡すことをお約束しましょう」
彼の横に並ぶと、改めて正面から五人と向き合う。
「これはあくまでも隊律範囲内の稽古ですから怪我はご法度です。日輪刀はここで木刀と引き換えに預けていただきます」
試合形式の稽古はよくやっているのか、彼等は意外にも素直に従った。
まあこれは推測だが、ここで刀を預かるべく待機しているのが隠とはいえ少女だからのような気もする。彼等はそれなりに大人の男だ。子供の、それも少女の前で大人気ない姿を見せたくはないのだろう。
そこまで考えての配置なのを思うと、彼の抜かりの無さに笑いたくなる。木刀を持って到着した時機ですら何らかの合図で指示したに違いない。
呼吸の型の使用は認めるが、あくまでも怪我をさせない程度に留意すること、というのが最初に提示された。
身体検査で他の武器を持たない事を確認し、非戦闘員である隠が安全圏まで離れたことを確認してから、そしてその隠による合図をもって開始する。
試合の場は草の無い広い円状の部分のみとし、場外退出は敗者とする。相撲と同じで押し出しも可能とされたが、土俵と違ってその範囲は広い。
場外判定以外の勝敗は敗者側からの「参りました」の発声に定めるとした。
そして彼の提案で、たとえ頑なに本人が言わなくても仲間が言うことで効力を持つことが付け加えられた。
敗者が明らかになった状態で加える一方的な攻撃はただの暴力に過ぎない。発声後は速やかに攻撃の手を止めることも互いに約束された。
敗者判定となった者は速やかに場外へ退出し、その後の戦闘には関与できない。
そして最終的な勝敗は団体戦におけるものとする。
ただし途中で鎹烏による指令が出た場合は即刻試合終了とし、その時点における勝敗の判定を行う。
すんなりと決まったところをみれば、そういう試合の一般的な方法から大きくは外れていないのだろう。
「藤原君と原田君は私が相手を務めます。木下君と宮本君、永野君はこちらの隊士が相手をします」
外れているのはこれくらいだろうか。複数戦というのは珍しいのかもしれない。
五人があまりにも無遠慮にこちらを見るものだから、背中の文字を見せてやった。
「お前は隠じゃないのか」
「うん、そうだよ」
どうせ試合が始まれば背中の文字はすぐに見える。公平性のためにも試合前に見せただけだ。
こちらも見返す。あの三人が自分の相手らしい。
明らかに弱そうなのは一人で、残りの二人はある程度経験があるらしい。今も呼吸を整えている様子がある。
「わかった、定め事はそれで構わない。ただし、始める前に確認させてほしい」
彼に縋り付いた時とは違って、責任者の風格を取り戻した隊士が声をあげた。
「我々が勝った場合の報酬は処罰取消および鬼の情報を貰うことで構わない。しかし、負けた場合のことも決めておいて欲しい」
「藤原さん!」
苛立った隊士が声を上げたが、責任者らしく仲間を諌めた。
「そうでなければ公平でない」
彼が藤原とやらに向けて頷きを返した。
「私達が勝利した場合は、当初の通りの処罰を受け入れていただきます」
処罰が上乗せされることはないようである。五人全員がそれに同意すると、刀を隠の少女に預けた。
木刀と違って刀は重い。だから少女は一人ずつの刀を預かると駆け寄ってきた他の隠へ渡し、それから軽く身体に触れて検査を行った。
全員が他の武器は持っていないということを確認すると、隠が蔵の方へと駆けていく。
そしてそれぞれが一定の距離をとって配置についた後で、彼が準備を尋ねると全員から是の返事があった。
「始めてください!」
初手を仕掛けたのは五人だった。
抜刀術で仕掛ける者、遠隔攻撃を仕掛ける者、選んだ技はそれぞれだが、全てが雷の型を使っている。
だから、出足が速い。
突き出される木刀を軽く躱してもう一本の木刀を打ち払うと、彼の方からも似たような音が響いていた。
呼吸を整え、技を繰り出そうとしてふと考える。
いつもあの彼と戦っていたせいか三人の動きが遅く感じる。
練度が低い。
呼吸が浅い。
彼の使う雷の型は、もっと驚くほど速かったのに。
ただし意外な発見もあった。三人が均等に自分を取り囲めば、一人は必ず視界から外れる。
一番弱い者を視界から外して戦おうとは思うが、もし相手が鬼だったならそれで見逃して致命傷を負う可能性もある。
何故三人の相手を命じられたのか、その意味がわかって面白くなる。
もちろん背後の者から音と気配は感じている。けれど、違う者だったら?
身体を回転させて背後に回す者を変える。背後が急に殺気立ったのがわかる。
自分が背を向けることで背後を取れると力む気配が伝わってくる。もう一人も同じだ。
三人のそれぞれの攻撃の癖も見え始めた。
一度気付けば目を閉じてでも位置がわかる。次に何を仕掛けようとしているのかも。
だが急に、予想しない方角からの攻撃に身体を反らす。
離れた場所で打ち合っている筈の彼の方から飛んできたのは石だった。それも複数。
三人のうち、一人は打ち返して、一人は跳んで避けた。そしてもう一人はこちらに背を向けない状態で視線だけを攻撃元へ向けた。
陣の崩れた彼らが体勢を整え直して再び僕を取り囲むと、それぞれに違う攻撃を仕掛けてきた。
雷の呼吸は一式覚えている。それぞれを防ぎ打ち返したところで、一人だけが素早く追撃を仕掛けてきた。
「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」
真上に跳躍してそれを躱し、着地したところで円を描くように木刀を振るった。
「霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫」
三人の木刀が地面に落ち、ゆっくりとそれぞれに木刀を向けると参りましたの声が聞こえた。
終わったところで一緒に場外へ出ると、それからすぐに彼が雷の呼吸で二人を同時に倒したのが見えた。
「はい、お疲れ様でした」
彼が全員から木刀を集めると、駆け寄ってきた隠に渡した。
「まずは木下君。君は近距離攻撃には良い素質がありますが、状況判断が今一つです」
石を打ち返していたがあれが爆発物だったり血鬼術によるものだと危ない可能性があるなどと言われている。
そもそも石を投げる方が危ないのでは、と思ったがそこは誰も指摘しないらしい。
「君は階級をひとつ下げますが、次の任務は音柱の率いる隊に入ってもらいます」
木下という隊士が驚きに顔を上げる。
「音の呼吸は派手な型ですが、音柱は戦術的で堅実な戦い方をされる方です。そこで経験を積めば階級はすぐに戻るでしょう。今ならまだ間に合いますのですぐに出立してください」
礼をいってから刀を受け取ると、隠の指示で走っていった。
「次に宮本君。君の遠距離攻撃には今後の成長を感じます。状況判断も良かったですが、できれば少ない動作で避けるよう心掛けてください」
石を大きな跳躍で避けたので、確かに体勢を整えるのに少々手間取っていた。
「鬼殺隊に入る前に育手から習った水の呼吸も、練度こそ足りませんでしたが意外性を効果的に使ったことは高く評価します」
彼の言葉に驚いて尋ねてみる
「育手って、隠はそこまで知っているものなの?」
振り向いた彼は目元が笑っているが、傍にいる隠達が必死に首を横に振っている。
「まあ、そういう隠もいるものですよ」
彼はそう流したが、それにもまた隠達が首を振った。一般的ではないらしい。
「君は今の階級が庚と低いのでそのままにして、次の任務は風柱の率いる隊に入ってもらいます」
宮本という隊士が驚きに目を見開いた。
「風柱は苛烈に攻撃される中でも目配りが良く、相手の攻撃を躱すことに長けた方です。きっと得るものがあるでしょう」
出立は明日になるそうだが、礼を言うと彼も隠の指示で走っていった。
「さて、永野君。君は鬼殺隊に入って半年で、その前は大学生ですね」
年齢を聞いて驚く。一番弱そうだと思っていたが、さっきの二人よりもずっと年上だった。
「剣道部で腕に覚えはあったのでしょうが、実戦は全く違うと気付いたのでは?」
そこまで知っているのかと視線をやると、またも隠達が首を振っていた。自分達は知らないと全力で言いたいらしい。
「君は、鬼殺隊においては非常に希少な存在です。まずは大学に復学して、来春必ず卒業してください」
永野という隊士が驚きに声を漏らした。
「当面は学業と任務の二足の草鞋になるので多忙を極めますが、君は私の下で働いていただきます」
淡々と言っているが、彼の下ならば隠の筈だ。隊士を辞めさせるということだろうか。
「あの、隊士の身分は……」
言いにくそうに責任者の隊士が口を挟む。
上の二人はともかく、下の三人の隊士の身分剥奪は事前の取り決めに無かった筈だ。
「まあいわゆる、引き抜きですね。まずは経歴が一番ですが、あの場における観察眼を気に入りました」
彼が悪びれずに言う。
「私の直轄で、戦闘行為なしに鬼を捜索する部隊があります。そこでは肩書が必要になることも少なくありません」
だから大卒は必須なのだという。
「刀は返しません。これから君はその頭脳を使って、鬼を追い詰める側に回ってもらいます」
驚きに息を止めた彼は、深い呼吸をしてから両目を強く瞑った。目を開いた時はもう、覚悟を決めた表情をしていた。
「はい。よろしくお願いいたします」
深々と礼をした後、隠の指示を受けて歩いていった。
こちらを向いた彼が微笑むと、試合前からまったく変わらない穏やかな声で言った。
「それでは二人と一緒に、今日の課題について学びましょう」