記憶、朧に   作:貝柱 焼牡蠣

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蔵の前に敷物を広げると、やがて隠によって茶と菓子が運ばれてきた。

こちらにとってはいつものことだが、彼等は隠から受け取る時もぎこちない様子だ。

座る時にもひと悶着あった。正座をすれば良いのかと考えあぐねる彼等に、楽にするよう言って彼がゆったりと胡坐をかく。

普段の教えの場では二人とも正座なので、これは彼なりに二人へ気を遣っているとわかる。

自分にとっては教えの場だけれど、彼が同じようにするよう言ったので今は胡坐だ。

彼に倣って、背筋だけは伸ばしてみた。

 

「今日の課題は、柱とは何かについて考えることです」

鬼殺隊には最大九名の柱がいる。今は八名しかいないが。柱とは、十二鬼月を倒し得る力を持つ鬼殺隊最高位の剣士たちだ。

組織について学んだ時に、その地位と就任の資格については聞いたつもりだ。

「基本の呼吸と呼ばれる炎、水、風、雷、岩のうち、現在は雷の呼吸を使う柱が不在です。鳴柱は七ヶ月前、下弦の弐に殺されてしまいました」

十二鬼月といっても下弦だ。柱が倒せなかったら、一体誰が倒せるというのだろう。

「彼はとても優秀な隊士でした。多くの鬼を倒したことは勿論ですが、生きて長く務めたことが何よりの功績です」

入ってすぐに亡くなる隊士が多い中、生き残るだけで尊いのだと彼は言った。

あの五人のうちで正副の責任者の二人を見る。多分彼よりも年上だと思う。

彼等もまた、少なくとも僕よりも長く務めた隊士なのだと気付く。鬼の討伐数だって僕よりはるかに多い。

彼等は自分の師を思い出しているのか、目元を赤く潤ませていた。

「ですがご本人は、自分は弱い柱だとおっしゃっていました。今就任している才ある柱達と違い、自分の力では上位の鬼に通用しないと」

その言葉を聞いた事があるのだろうか。二人が涙を零して鼻をすすった。

「引退を勧めたこともあります。私としては、ぜひ育手になっていただきたかった」

亡くなって半年を過ぎた今でも集まり、更には自分の討伐数を仲間に譲ってまでして仇を取りたがるくらいだ。慕われていたのだろう。

 

「柱というのは、強い鬼と戦うための戦力です。柱に就任すると同時に警備担当地域が広大になり、受ける指令も最高難度になります」

鬼の出現情報で一般の隊士が現地へ向かうのとは違い、柱が向かうのは他の隊士が対応できなかった強い鬼の討伐指令や緊急の応援要請がくるような場だ。

柱は多忙だから邪魔をするのは重罪だとした彼の言葉が、改めて理解できる。

「守るべき人間の数が他の隊士とは桁違いに多いのです。多いと同時に、喪うことも多いでしょう。柱という役職は特殊です。背負う重みに耐え兼ねて投げ出す方もいます。己の無力に打ちひしがれて心が折れる方もいます」

だからこそ、長く務めた鳴柱は強いのだ。たとえ本人がその強さを認めなくても。

「重傷を負って任務が果たせなくなるか、お迎えが来るまで続ける――鳴柱はそうおっしゃっていました」

そして、その通りになった。

「鳴柱はとても偉大な方ですが、その彼が憧れた強い鳴柱の存在を君達は知っている筈です」

二人が涙を袖で拭ってから頷く。

「任務で片脚を失って今は育手をされていますが、一年前にその方の育てた子が鬼殺隊に入りましたね。鳴柱はその子の型に、とても興味を持ったそうです」

「しかし、獪岳は……」

口を挟んだのは、最初から態度が悪かった方だ。睨んだつもりはなかったのだが、彼はこちらの視線に気付くと口を閉じて下を向いた。

「遠慮はいりませんよ。そう、壱の型が使えないのだそうですね。けれど、他の型の技量はなかなかに高い」

二人が頷く。

「さらにもう一人の弟子が選別を受ける申請をしていますね。君達の焦りがそこにあるのはわかっています」

師が亡くなった後、今は残る柱の席が一つになった。

師が憧れた強い柱の直弟子がそこに座ったとしたら。十二鬼月の情報が入る機会は優先的にそちらへ行く。

そうすれば師の敵討ちの機会は失われてしまう。

だから、不正に手を染めてまでも彼等は柱の地位を得たかったのだ、とわかった。

「私はその育手の型を、見たことはありません。もう一人いるという雷の呼吸の育手の型も。」

少し違和感のある言葉に首を傾げる。二人もそれを感じたのか、窺うように彼を見ている。

「君達が私と戦いにくかったのは、私は君達の師の使う型を知っているからです。刀を振る向きも、角度も」

二人が驚愕に目を見開き、そして一人が同じだったと呟くのに彼が頷きを返す。

「そう、だから君達の攻撃を見切ることは簡単なのです」

これを簡単と言ってしまえるような、そんな簡単な説明で終わっていいのだろうか。

少なくとも向かいの二人の表情が、驚愕から一転して別なものに変わっているのは気のせいではない。

恐怖、憎悪、嫉妬、様々な感情が渦巻くような過程を経て、今や呆然自失といった感じだ。

「説明が、必要だと思います」

相手にわかるように説明しろと言った彼が、これは流石に乱暴すぎる。

こちらの指摘に彼が笑いを漏らして、勿論というと大きく頷いた。

 

「簡単というのは私だけではなく、鬼にとってものことです」

話が意外な方向へ飛んだので首を傾げると、向かいの二人も戸惑っている。

「君達の師が使っていたのは、正統派とも呼ばれる最も古い指南書に忠実な型です」

戦国時代に始まった呼吸の型を使う戦い方で、雷の呼吸が生まれた頃の指南書らしい。

「これは雷に限らないことなのですが、源流の型は美しく洗練されていて呼吸の使い方も自然です。それでいて非常に教えやすく作られています。何故なら、元々あった技に呼吸の概念を上乗せするとき、そうして教えられたことをそのまま指南書として書き残したからだと私は考えています」

思い出すのは金平糖をくわえたまま聞いた、誰もが憧れる強い剣士と始まりの呼吸の話。

「流石に全てを読めたわけではありませんが、現代語訳されたものやまとめ書きされたものから辿り遡ると、原書に近ければ近い程に、当時の口語で書かれているのですよ」

刀を振ってそれを見せながら話し言葉で教えただろうことが、そのままの言葉で書かれているという。

「その最初の指南書を最上として、その流れを汲むものを正統派と呼んでいます」

二人が力強く頷く。

「教える人が多いので学びやすいですので、極めるかどうかは本人の努力としても一定の力量を得るには最適です」

先程まで納得した顔をしていた二人が、その変な言い方に妙な顔をしている。

「そして、人間と違い鬼は何百年も生きます。強い鬼は、世代交代することなく自分自身が生き残っているのです」

何故そこに鬼の説明が、と疑問に思ったところで顔を上げる。

二人がまだ妙な顔をしている中、気付いたこちらを向いて彼が頷く。

「使い手の多い型は、鬼が自分自身の経験として蓄積しています。だから倒す側から見て対処しやすい」

「そういうことだったんだ」

思わず声に漏らす。

三人と対峙している時、目を閉じても次に誰が何を仕掛けてくるのかが読めた。

戦ううちにその人の癖を見て補正すれば、次にどこをどう狙われるのかも容易にわかった。

「雷の呼吸を最近知っただけの君がそこまで対処できるのです。多くの人が使う同じ型を何度も見て経験した鬼は、どうでしょうか」

二人の表情が、恐怖に歪んだ。

「鬼が持つのは数百年分の蓄積です。十二鬼月ともなれば、倒した柱の数も少なくありません」

その中には本当に強い柱も大勢いる。なにしろ上弦は百年以上もの間、鬼殺隊が一度も倒せていないのだから。

「戦いを経ることで自分自身の経験として蓄積している分、鬼は強い」

教える人が多くて学びやすい型は、鬼殺隊の人員を増やすのには最適だ。

増え続ける鬼を狩るには人手がいる。通常の鬼を狩るのならば、それで十分だっただろう。

けれどそんな鬼殺隊の人員では、強い鬼――十二鬼月には、勝てなかった。

「長く生きて自分自身の経験値が非常に高い十二鬼月は、正統派の型をすぐに見切ってしまうのです。だからこそ人もそれに対抗した」

基本の呼吸の中でも、正統派でない派閥の名をいくつか挙げる。

「君達の師が尊敬する方のところも、ちょっと独特の動きがあるので桑島派と呼ばれていますね」

刀でない武器を使用する岩柱も、この部類に入るらしい。

そして彼は次に、派生の呼吸の型を口にする。

水からの蛇と花、その花からの蟲。風からの霞、雷からの音。

「一人の卓越した才によって拓かれたその派生は、初見の技を見切られることなく多くの鬼を倒したのでしょう」

そうして使い手が柱になることで、その技の名を型として残した。

「使い手の才に頼ることの多い派生の型は、後継者がなかなか見つからないことが欠点とも言われています」

ですが、と彼が三人を見回す。

「現在就任する柱は、派生の呼吸の使い手が多いと思いませんか?」

花柱は一年前に亡くなったが、音柱、蟲柱、蛇柱、恋柱がいる。

「一番新しい柱は、現在の炎柱の継子であった方がご自身で生み出した恋の呼吸を使われるそうです。その型は彼女の特異なる身体能力に依るものですので、現在いる鬼殺隊の中では彼女以外誰一人として習得できないでしょう」

恋柱と同じ身体能力がなければ、たとえ直接教わったとしてもその技を使うことすらできないというのであれば後継は見つからない。

また、そうして長年途絶えていた技が、後世に向けて残した指南書から掘り起こされ復活したのが蛇と蟲だという。

恋の型はどのくらいわかりやすい指南書が残せるかが肝要らしいが、まずは使用に必要な身体能力の記載が必要かもしれませんと彼が言った。

「恋柱の技は彼女自身と戦った鬼しか見たことがありませんが、その鬼は全て討伐されています。鬼舞辻無惨を中心に何らかの術を使って鬼殺隊の情報を共有している様子はあるとしても、自身が何度も体験してよく知っている技と聞いた事のある程度の技では対処に差が出ると思いませんか?」

手に汗が滲んでいる。

「この流れならば次はこうするだろう。その予想と違う動きをされた場合に、動揺することはありませんか?」

思い当たりに大きく頷く。

「先程の試合の時、君は三人の攻撃を躱すのにも石の飛来にも、大きな動作を必要としませんでした。君が大きく跳躍したのは一度だけです」

「うん、あれは予想外だった」

一人の隊士が雷ではない呼吸の型を使った。よくある水の呼吸のしかも壱ノ型だったけれど、あそこで使ってきたのは予想外だった。

「その型の練度が低くて簡単に避けられましたが、それが柱ほどの力量を持つ者が放ったのであればいかがでしょう」

避けるのは難しかったかもしれない。

「柱の力量っていうのがどれくらいなのかは知らないけれど」

そう言うと二人が居心地悪そうに身体をもぞもぞとゆすった。

「そこの隠の方が、俺達の師より強い」

「私達の師は、新人とならまだしも私達同時の試合形式をとったことはありません」

態度の悪い方が言い、もう一人がそれを補う。

とても強い人に教わっているのだと言われた気がして、自分が褒められた訳でもないのに何だか嬉しくなる。

「何でそれが隠なんだ。何でアンタが鳴柱じゃないんだ!」

叫ばれた言葉に僕も便乗する。

「そりゃあそうだよ。だからこそ僕も聞きたい。どうして霞柱じゃないの?」

二人が驚愕したようにこちらを見た。

「僕は彼に霞の呼吸の型を習っているんだ。今日の対処ができたのは、彼の使う基本の呼吸を全て見たことがあるからだよ」

 

用意していたのだろう。指示を受けた隠がすぐに持ってきたのは、彼の日輪刀だ。

疑問を持ってからは初めてだから見るのはちょっと緊張している。彼の刀は、一体何色なのだろう。

「複数の呼吸の型を使う者はそれなりにいます。今日の宮本君のように、育手に教わった型と自分の適性が違うとわかることは少なくありません」

三人で頷く。

「恋柱は炎柱ほどではありませんが、かつて継子だったので炎の呼吸もいくつか使えるそうです」

そして派生の呼吸の使い手である音柱、蟲柱、蛇柱もまた、派生元となった呼吸の型をひとつふたつは使えるらしい。

最初の育手の影響もあるが、やはり系統が似ているからだ。

「通常、日輪刀によって適性が定まった後はその呼吸を極めるところから始めるでしょう」

だから自分に適性のなかった呼吸をあまり使わなくなっていくのが殆どの筈だ。

彼は言った。自分に合ったものを極めた先で日の呼吸の真髄に近付く、と。

道を極めた者の持つ特有の視点。それを求めるのに人の命には限りがある。だから適性のない物をできるだけ切り捨てることで専念しようとする。

そうしなければひとつを極めることさえ難しいからだ。

「私はかつて、その時点で就任している全ての柱の型を見る機会を得ました。それは基本の呼吸の五つの型と霞の型でした」

彼が、刀を手に取る。

鯉口を切る音がして一気に抜く。日の眩い光を受けた刀が、静かに敷物の上へ置かれた。

「私には、どの適性もありませんでした」

刀の色は、ただの鋼の色をしていた。

「私に特筆すべき能力があるとすればそれは記憶力です。私は、その時に見た記憶を再現しているだけに過ぎません」

予想しなかった刀の色に驚いたのは僕だけではない。二人も黄色ではないことに驚いているようだ。

「人間から見れば至高の極みと思う型が、実は上位の鬼からすれば飽きるほどに見た、よくある型なのです」

口元が隠れていても、彼が微笑んでいるのがわかる。

どういう経緯でその感情に辿り着くのかはわからないが、でも微笑んでいる。

適性がないと語る声に悲しみはない。記憶力を語る誇らしさもない。

「私は下弦の鬼を二体倒しましたが、上弦からは相手にもされませんでした」

ただ事実を伝えるだけの声はいつもと変わらぬ穏やかさなのに、僕らの呼吸を驚きで止めるには十分だった。

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