女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第10話 応援

「優月とメグは元々誘っていたから良いとして、なんでイリーナ先生と殺せんせーが来てるんですか?」

「修学旅行の時にカゲヤマの話をしてたから、興味湧いて、ユヅキから聞いたの」

「私は、イリーナ先生から()きました。一度でいいから生で観戦したいんです」

 

 仙台駅前で鉢合わせた教師2人に、自分でも珍しく声を荒げて問いただした結果の解答だ。

 今すぐ頭を抱えて悩みたいところだが、そこは理性でどうにか抑えて、この状況を打破するために身を(ひるがえ)す。

 

「くれぐれも問題行動は起こさないように。即刻、烏間先生に通報しますからね。応援に行くなら、ついて来て下さい」

『はい!』

 

 去年同様に市立体育館到着早々、男子便所前でオレンジ髪の男子と口論になっているのを目撃して、会話の邪魔にならないようにそのまま観客席のほうへ誘導したかったが、あいにく同行するタコのせいで目立ってしまった。

 

「黒崎さん?」

「久しぶり。影山君」

「チッス。…あれ、着ぐるみか?」

「うん。そうだ。すごく高性能な着ぐるみだから、無闇矢鱈に触れないでくれるとありがたい」

「そうか」

 

 後ろを指差す影山君に早口で弁明すると、彼の眉間に寄っていた(しわ)がなくなって微笑んでいる。

 

「今年の応援は気合いが入ってるな」

「だろう?」

 

 年相応の笑みを前に、心臓が締め付けられる錯覚を感じる自分とは裏腹に、『苦しい言い訳だな』と自分でツッコんだが、どうやら素直に着ぐるみだと思ってくれたらしい。幼馴染の後ろにいる男子は視線で異を唱えていたが、自分と視線が合うと()らされた。

 

「…応援ありがとな。イライラがなくなった」

「良かった。じゃあ、またあとで」

「ああ。またな」

 

 別れを告げて90度反転した先には、ニヤけている親友2人とスマホ片手に録画中の英語教師。マッハで手元のメモ帳に何かを書きとめる超生物の存在がいて、彼らを視認した瞬間、とんでもないことをやらかした気分になった。

 

「さ、先に観客席に行ったんじゃないのか?」

「こんな美味しいネタ見逃すなんて、せんせーがすると思いますか?」

「紬が、カゲヤマの前では可愛い笑顔になる決定的瞬間を、この私が見逃す訳ないじゃない。律。グループラインで一斉送信して」

《了解です》

「え? やめ――」

 

 時すでに遅し。

 修学旅行後に配置された高性能の人工知能によって、この場に居るE組面々のスマホが一斉に着信音を奏で、ご丁寧に『ウワサのカゲヤマ君』と文言が添付された英語教師撮影の動画が拡散される。悲鳴をあげることすらできぬまま、腕力に任せて端末を投げつけたい衝動に駆られるが、今は北一の応援をすることに再度集中した。

 

「……。観客席に行きましょう。もうすぐ始まりますから」

 

 保護者の役割を果たさない大人2人の面倒を今から見ると思うと一気に気が滅入るが、父の介護よりずっと楽だと考え直し、ここは潔く諦めて背中を押しつつ、無言で席へ連行する。

 

 

「影山君の背番号は?」

「2番。ツンツン頭が特徴的な金田一君の後ろ。ちなみに影山君の右隣。眠たそうな目の男子が国見君」

「へー。あ、試合始まる」

 

 観客席に到着早々、自分の両隣を陣取る親友の横には教師二人が座しており、『幼馴染でもない男子を知っているの?』と尋ねられ、『試合中の掛け声で知った』と手短に答える。だけど、そんなことは現時点ではどうでも良かった。

 

「……去年より殺伐としてる」

 

 サーブの合図の笛が鳴って国見君のボールが打ちこまれたが、雪ヶ丘側の選手の出だしが一拍遅れ、さっそく北一の得点になる。

 

「素人の寄せ集めかな?」

「相手どこ?」

「雪ヶ丘。あ、お見合いになった」

 

 オレンジ髪の男子が仲間を励ますが、3本目のサーブも威力から避けて得点になった。

 

「すぐ終わりそうね」

「そうかもしれないですね」

 

 つまらないと言いたげな口調のイェラヴィッチ先生に苦笑しつつ、視線を最前列からコートへ向ける。

 

「でも、そんな簡単に諦めるようなら、この試合に出場して、あんなふうに慰めあったりする必要はないです」

 

 雪ヶ丘側は良いトス。高さもスパイクの威力も十分。しかし、余裕のバンチ・シフトでブロックし、雪ヶ丘側にボールが落ちていった。

 その後も北一側のミスで雪ヶ丘側に点は入るものの、15点差は大きい。中でも目を引くのは、ジャンプ力のあるオレンジ髪の男子だが、その能力を十分()かしきれていないことに『もったいない』という気持ちが募る。

 

「なァ。優月」

「ん?」

「あのオレンジの子と、影山君が同じチームになったら最強だよな」

 

 彼女が『そうかもね』なんて生返事を返した直後、男子の大声が聞こえた。

 

「最後まで追えよ!!」

「――、――」

「勝負がついてねェのに、気ィ抜いてんじゃねェよ!!」

 

 彼――影山君と仲間との温度差は去年から薄々感じていたが、今年はさらに広がっていた。幼馴染が孤立無援の状況に胸を痛める。

 

 その時、きゅっと喉が狭くなる感じがした。

 

 誰か。誰でもいい。

 影山君に援軍を。助けてくれ。手を差し伸べてくれ。頼む。あのままじゃ、いつか心が壊れてしまう。

 

 記憶に刻まれたあいつらの声が聞こえた。

 

(外部の人間を家の中に入れるな。成績が下がろうが、お前一人で俺の世話をしろ)

 

 そんなの無理だ。自分には介護の知識がないし、専門家(プロフェッショナル)じゃない。

 呼吸が浅い。息ができない。誰も、あたしを助けてくれない。だから自分でなんとかしてきた。

 

 体育館の入口で(うわさ)を聞いた。

 影山君が『コート上の王様』と呼ばれ始めたのか。その理由も経緯も、何一つ理解できていない自分は部外者だ。

 北一24点。雪ヶ丘7点のセット・ポイント。

 試合には勝っているのに、肝心の仲間との連携が取れてない。

 

「独りは…、(いや)だな…」

 

 全部独りでやってきた。

 風邪をひいても、くたばった父の暴力で体のどこかが腫れても、家に常備されていた救急箱を開けては、慣れない手つきで自分で処置した。食材を買ってきて食事も自分で作ってきた。

 洗濯も掃除も。アイロンも裁縫も。生きていくための術は、小学校で習って全部独りで――

 

「黒崎さん!」

 

 誰かが、焦った声であたしの苗字(みょうじ)を呼んだ。でも、その苗字で呼んで欲しくないと思う自分が心の片隅にいつも存在している。

 誰かがフランス語で譫言(うわごと)をつぶやく中、自分の意識が段々遠のいて、呼吸がまともにできなくなり、視界も気管同様に狭まっていく。

 苦しい。亡き父に首を絞められているわけではないのに、脳がそう錯覚する。

 最後に見た景色は、迫る観客席の床と黄色の触手だった。

 

 

「どうしたの? 私はここに居るわよ?」

「…う…ゥあ?」

 

 次に目を覚ました時、簡易的な医務室にいた。

 目尻から涙が(こぼ)れていると知ったのは、イェラヴィッチ先生がそれを指先で(ぬぐ)ってくれたからだ。

 そして、起き抜け早々、美女に顔色を伺われてフランス語で体の具合を尋ねられ、現状を説明される。自分はともかく他の言語で話す理由は、恐らく失神してから目覚めるまでの間に認識能力が低下し、自宅で使っている言語に切り替わったせいだろうと推測した。

 眼球を動かして天井をしばらく見つめ、片腕と腹筋の力だけでのろのろと上半身をベッドから起こし、思い出すように日本語で(つぶや)く。

 

「…あ。バレー。影山君の応援か。しまった…」

 

 呑気(のんき)な声で言って頬をポリポリと掻くけれど、メグ達の反応からそれどころじゃないらしい。

 

「『しまった…』じゃないわよ! 紬の馬鹿!」

「二人ともどうした。そんなに泣いて」

「『どうした』じゃないの!」

 

 わんわんと泣くメグ達の頭上に、ぺとりと殺せんせーの触手が触れた。『落ち着け』と言わんばかりに優しく撫でられる。

 

「黒崎さんが目覚めたのは喜ばしい事ですが、まず状況確認をしましょう。黒崎さん。私の目を見て下さい。日本語はわかりますね?」

「はい…」

「自分の名前は分かりますか?」

「黒崎紬です」

「生年月日は?」

「1996年8月19日」

「出身は?」

「静岡です」

 

 この他にも基本的な情報の応答をいくつかして、本題に触れた。

 

「どうして過呼吸になったんですか?」

「話すと長くなるんですけど…」

「大丈夫ですよ。時間はたっぷりありますから」

「……わかりました」

 

 イェラヴィッチ先生にも解りやすいように、二度手間を避けるため英語で説明していく。

 

 父が交通事故に遭って介護が必要になった。

 しかし、小学校卒業時に離婚して別居していた母とは連絡を取れないし、住所も連絡先も知らない。結局、父が死ぬまで彼の金でヘルパーを雇い続け、ほとんど自分とヘルパーが共同して寝たきりの父を世話し続けた。

 さらに情けない話だが、介護で積み重なった心労が影山君が独りで奮闘する姿と重なったらしく、その情景が引き金となって感情が爆発したと丁寧に話す。すると、メグ達は顔も知らないあたしの母親に対して激しい憤りを抱いたようで、その瞬間を目の当たりにして『これ以上、母の話題は出すまい』と胸中で決意した。

 

 

「黒崎さん」

「…あ、影山君。お疲れさま」

「ッス」

 

 医務室を退室した自分に声をかけてきたのは、試合が終わって帰る準備を終えた影山君だった。あたしを見つけるなり駆け寄ってきて、一定の距離を保って立ち止まる。

 

「もう大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。心配かけてすまない」

「…そうか」

 

 すると、彼は足元に視線を落とし、消え入りそうな声で何かを(つぶや)いた。あたしは、それを聞き逃したが、あえて触れずに話題を変える。

 

「試合、どうだった?」

「勝った」

 

 返答してくれたものの、ぽたりと透明な液体が幾つか床に落ちたのを目撃し、それを(いぶか)しく思って一歩踏み出した時、影山君の声が廊下に響いた。

 

「なんで倒れたんだよ?」

「先生が言うには、心労だと言われた」

「しんろー?」

「心が疲れてるって意味だ」

 

 言い終えた瞬間、突然顔を上げられたせいで反射的に自分の体が硬直した隙に、大股で歩み寄られて距離を詰められる。

 

「大丈夫じゃねェだろ。ボゲェ…!」

「…そうだな」

 

 彼を見上げたは良いが、その眉間には試合前同様に(しわ)が寄っているのがわかった。怒っているのは一目瞭然だった。

 

「原因は?」

「父の介護してた時を思い出したから」

「試合中に? なんの関係があんだ?」

「それは……」

 

 影山君の質問に、自分の中ではすぐに答えられるはずだった。そこですぐに一呼吸置き、涙腺が緩まないよう気を張って、しっかり彼の紺色の瞳を見て声を出す。

 

「一人で戦ってるように見えたから」

「ッ!」

「あ。違ってたら謝――」

「違わねェ」

 

 小さく『すげぇな…』と言う低い声が耳に届いたが、それが何を指すものか理解できないで立ち尽くしていると、短いため息をつかれた。指摘されたことに苛立ったのかと思い、反射的に言葉が詰まる。

 

「あ。黒崎さんについたわけじゃないッス」

「そ、そうか」

『……』

 

 二人の間に奇妙な沈黙が流れる中、影山君の視線が揺れ、やがて意を決したように、叫ぶ勢いで(まく)し立てられた。

 

「嫌な事があったら俺に言え。話くらいなら聞ける。だからッ、いつでも電話してこい」

「え…?」

 

 その言葉が、彼なりに出してくれた自分の逃げ道だと知るのに数秒時間を要して、おそるおそる答え合わせをする。

 

「…つまり、あたしの逃げ道に…なってくれるのか?」

「おう」

「でも、君1人じゃ(つら)いだろう?」

「俺と黒崎さんの2人だろ。辛くなんかねェ」

「……。じゃあ、半分抱えて…。いや。抱えて下さい」

「ああ。任せろ」

「その代わり、影山君もあたしに言ってくれないと、不公平だからな」

 

 影山君の提案に自ら意志で乗り、抱えていた心の荷が軽くなったところで片手に持っていた紙袋の存在を思い出し、それを彼に差し出した。

 

「あ。これ、今年のお土産。こっちはご家族と影山君の分で、リボンつけてるのは、スタメンの方と監督さんに渡してくれ。足りるといいな…」

「っ! …アザス」

「明日も応援に行くから」

「わかった。無理すんなよ」

「ん、ありがとう。また明日」

「おう」

 

 この時は笑顔で別れたものの、翌日の試合結果は予想できなかったが、いつか亀裂が入るだろうと予測はしていた。

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