女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第12話 祭りのお誘い

「夕食? いつも食べてないけど」

『は? 食わねぇと倒れるぞ』

 

 鷹岡が解雇(くび)になった日の翌日。

 初めて影山君の番号に連絡を取り、名前と授業内容。解雇されたことを伏せつつ、暴力教師がいたことを電話口で話している。

 

「…わかった。適当に作って食う」

 

 そう言いつつスマートフォン片手に、台所の冷蔵庫を開けるが、嫌な気分のせいで調理する気にならず、自室の片隅に2つ積んでいた即席麺の箱の存在を思い出し、買い置きしていた自分を内心で褒めてから、周囲を見渡して刃物の(たぐい)を探す。

 

『…黒崎さん』

「ん?」

 

 固定電話横に立てかけている筆立てからカッターナイフを取り出し、それで箱の隙間を封じているガムテープを裂いている最中に影山君の声が聞こえ、左頬と肩で端末を挟んでから、片手で作業を再開して返事をする。数秒の間があって、緊張している彼の上擦(うわず)った声が鼓膜を震わせた。

 

『直接会う日とか決めるか?』

「賛成。いつにする?」

『…あー。……再来月に仙台七夕祭りがあるから、そこでいいんじゃないか?』

「あ、それ1度行ってみたかったんだ。あの大きな飾りが並べられてるヤツだよな?」

『ああ』

「やった。じゃあ、その時に会おう。影山君」

『おう。またな』

「ん。またな」

 

 固定電話横のメモ帳横に置いてあるボールペンで、紙に書き取って通話を切り、ズボンのポケットに端末を突っこんで入れて、辛ラーメンを食べるためにお湯を沸かす準備をしたが、片手鍋を手に取った時点で気づく。

 

「やべ。浴衣持ってない」

 

 お湯が沸くまでの時間を使い、箸と風呂の準備と英語教師との都合をつけて、火傷(やけど)しない温度のお湯と即席麺の火薬をぶちこみ、テレビ前にあるテーブルに持っていき、つかの間の食事を楽しんだ。

 

「ただいま。紬ちゃん」

「…おかえりなさい。美空さん。武彦さん」

「ただいま」

 

 山鹿夫妻とは、幼少期の縁で父の葬儀に呼び、今後の身の振り方を考えていた時、転校を考えていないことを告げると『卒業まで面倒を見る』と言って下さった。それがきっかけで、6年ぶりにお世話になっている。

 

「もうクラスには慣れた?」

「はい。毎日楽しいです」

「そう。これから夕食作るから待ってて」

「あ…。もう済ませたので大丈夫です。お風呂炊いておいたので、先に入って下さいね」

「暗いから気をつけて。いくら武術の心得があるからって、紬君は女の子なんだから」

「はい」

「うん。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 両親から与えられなかった愛情を示してもらっても、素直に受け取れないばかりか居心地が悪いとも言えず、愛想笑いで誤魔化して居候先から飛び出した。

 

 

 浴衣を買う約束の日。

 イェラヴィッチ先生と買い物に来たのだが、行き交う男女はそのスタイルの良さに視線を奪われているのを隣で見て、化粧っ気もなく女の子らしくない自分が場違いなのではと思う。しかし、そんな消極的な感情を隠して表情を偽ることは幼少期から慣れていた。

 

「ねぇ。見て、紬。これ良いわね」

「そうですね」

「こっちもかわいい」

「イリーナが着れば全部かわいいですよ」

 

 今は先生と生徒という関係を隠し、周囲の注意を逸らすために互いの名を呼び捨てているが、タメ口を叩くには抵抗があり、依然として敬語で話している。目的を果たすためなら、いくらでも比較される苦痛に耐えてみせよう。

 

「キツケってできる?」

「ん。ちゃんと習いましたから」

「母親に?」

「金払って、インストラクターに。親の話は出さないで下さい」

「ごめんなさい…」

「許します。小物は、瞳の色に合わせて空色にしましょうか」

 

 親の話題を強制的に終了させて別の話をして、浴衣と碧眼に合わせてあれこれ選んでいくが、ここでも性格の違いが出た。金髪碧眼の美女は派手なもの。対して、黒髪茶目のあたしが手に取ったのは地味なもので、手にした物品を持ったまましばらく沈黙する。

 

「あのね。女は着飾ってこそよ? その地味な装飾品は何?」

「地味で結構。目立つのは嫌です」

「夏くらい弾けなさい! そして、危険な恋(アヴァンチュール)を――」

「うるさい。中学生相手に下品なこと言わないで下さいね」

 

 大声を出したい衝動を抑えた結果、普段通りの淡々とした口調になったものの怒気だけは表に出てしまった。それを察知した彼女の顔から笑顔が消え、自分で選んだ(かんざし)を元の位置に戻していく。

 

「…恋をしたのよ」

「…誰に?」

「言えないわ」

「そうですか…」

 

 恋について語る女子は、これまで何度も見聞きしてきたが、そのどれもが自分にとって縁遠く、孤立感や疎外感に似た感覚を覚えて手にした簪に視線を落とした。それは、短髪の自分には恋愛話と同様、無意味な物に映って元の位置に戻してかは、抑揚のない口調で質問を投げかける。

 

「…イリーナ。恋ってなんですか?」

「そこから?」

「理解できないから()いてるんです。修学旅行で影山君のこと話したのと一緒のものですか?」

 

 この質問は、決して好奇心から出たものじゃない。ただの確認事項だ。その証拠に、彼女は考えこむ素振りすら見せずに即答する。

 

「紬の場合は、友情的な好意よ」

「友達だから当然です」

「そうね」

 

 イェラヴィッチ先生の表情は、明らかに『そうだけどそうじゃない』と言っていて、恋愛感情とやらの差異がわからなくなる。悩んだ末に出てきた質問が『人として好き?』だったので、『それはメグ達と同じ』と返答したところ、苦い顔とでも表現するのだろうか。再び頭を抱えられた。

 

「なんで今浴衣買ってるの?」

「夏祭りには、浴衣が定番だから…」

「でも、カゲヤマに誘われたのよね」

「彼が、他に友達がいるような振る舞いをしてると思います?」

「あー…」

 

 きっとこの場にちゃぶ台があったら、美女は地雷を踏んでしまったことを後悔してそこに突っ伏した挙げ句、感情の赴くままにひっくり返していると思う。

 

「つまり、カゲヤマとは…」

「ただの友達として誘われたまでです。以上」

 

 実に簡潔な答えが出て、恋愛に関する話題はついに(つい)えた。

 

 

 8月5日。金曜日。

 今夜は、仙台七夕祭りの前夜祭がある。

 家で浴衣に着替えて、『花火上がる前に、飯食うぞ』と事前に知らせてくれたために駅弁購入を我慢し、12時半に自宅を出発して電車と新幹線を乗り継ぎ、待ち合わせ先の仙台駅西口前に向かい、約束していた16時になんとか間に合った。そして、人混みの中から浴衣を着た彼の姿が見えて、慣れない下駄でこけないように気をつけながら、顔が視認できる距離から声をかける。

 

「す、すまない、影山君。ギリギリになった」

「お…、おう」

 

 自分の姿を見た途端、言葉を詰まらせて硬直したかと思いきや、顔を紅潮させる彼の様子を見て『熱があるのか?』と思ったものの、そんな急に体温が上がるはずはない。そうすると、緊張と照れのどちらか。または双方ということになる。しかし、言葉に詰まったのは自分も同じで、てっきり彼が私服で来ると高を(くく)っていた自分自身に反省した。

 

「浴衣姿も格好良いな」

「アザス。…えっと」

「ん?」

「黒崎さんもかわいいッス」

「え…!? あ…、ありがとう?」

 

 仙台駅前を行き交う老若男女の格好は浴衣や洋装など様々で、人()みに紛れて会話も雑音として消えてしまうのに、自分が幼馴染の影山君を褒めたことより褒められたことに、なぜか心臓が一際大きく跳ねた気がする。

 

(恋をしたのよ)

 

 不意に、イェラヴィッチ先生の言葉が脳裏に(よみがえ)り、(かぶり)を振って馬鹿げた考えを否定する。

 

 いや、これは違うぞ。

 単に自分が褒められ慣れてないせいだ。

 決して恋じゃない。

 

「なんで疑問形なんだ」

「なんか、こう…。…ムズムズする。くすぐったいっていうのかな? とにかく、褒められるのに慣れてないんだ」

「そうか」

「…会場はあっち?」

「ああ」

 

 人々が掃除機のように吸いこまれていく場所――仙台駅西口にほど近い商店街――を()すと、彼は肯定してくれた。

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