女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第13話 子供のように

「黒崎さん。暑いの大丈夫か?」

「ん。大丈夫」

 

 子供みたいにワクワクした顔を見せる幼馴染が、祭りに合わせて浴衣を着て、隣で下駄(げた)をカラコロと鳴らして歩いていく。普段とは違う服に、なんだか心臓をギュッとつかまれる感覚がして、グワッとなった。

 商店街の方向は、前夜祭で人がたくさん集まってきていて、注意しないと簡単にはぐれそうだ。でも、手を(つな)ぐ勇気も考えも思いつかなくて、会場になっている商店街に向かって隣に並んで歩いて行くしかない。

 

「影山君。笹飾りの写真、撮ってもいいか?」

「おう」

 

 手元に()げている布製の袋から、手の平大のデジタルカメラを取り出し、笹飾りをレンズ越しに撮ってはシャッター音が鳴って、それを確認するたびに(まぶ)しいくらい笑顔を浮かべていた。隣で距離を保っていても人ごみの中で肩が触れあうたびに心臓が跳ね上がり、まともに黒崎さんを見れない。そんな彼女は、気に入った飾りを写真に収めて近くで観察していく様子と、好奇心に満ちた青が混ざった茶色の瞳から自然と目が離せなくなる。

 長い商店街を抜け、しばらく歩いて勾当台公園近くに出れば、遠くに見える屋台のほうを見ている黒崎さんの姿があって、やっと自分も腹が減ったことに気づいた。

 

「影山君。あたし、飲み物買いに行ってくる」

「俺は食いもん買う。何がいいんだ?」

「腹に溜まる物がいいな」

「…焼きそばしか浮かばねぇけど」

「決定。飲み物は?」

「お茶でお願いシアス」

「了解。集合場所どこにする?」

「えっと…。人の像があるからそこで。道挟んだ向かい側にあるはずだ」

「わかった」

 

 敬礼のマネをする幼馴染と信号待ちの間に、ちゃんと役割分担して、お互い一時的に別れて買い出しに行く。

 

 

 焼きそばとずんだ餅を二人分買って、約束通り像の下で待っていると、5分もしないうちに知らない女の人達に囲まれる。何を言っても聞いてくれずに一人困っていると、近くで女子にしては低い幼馴染の声が聞こえた。

 

「すまない。待たせた」

「誰よ。アンタ?」

「その人の友達で連れだ。離してやってくれ」

「証明できるの?」

「もちろん」

 

 すると、優しい笑顔を浮かべて、昔お母さんから聞いたおとぎ話に出てくる王子様がするように、俺に片手を差し伸べてくる。この時は、とにかく女の人達から逃げ出したい一心で、立場が逆転していることに思い至らなかった。

 

「2人で食事をしに行きましょうか? 王様」

「…よ、喜んで。女王様」

 

 こうして女王様は、ギラギラと目を輝かせる魔女達の手から、困っていた王様を助け出す事に成功した。

 

 

 それから数分間、逃げるように足早に歩いたと思う。

 互いの下駄がせわしなく音を立て、俺達2人も人混みに紛れていった。

 

「すまない、影山君。『王様』って呼ばれたくないのに言っちまった」

「あの時は他に呼び方がねえし、仕方なかった」

「そうだな…。でも、もう呼ばないよ」

「おう」

 

 花火が上がるまでまだ2時間ある。(つな)いだ手を離すタイミングが分からずに、あれからずっと重ねたままだ。

 自分から『離してくれ』と言い出す勇気を出せずに、一緒に座れる場所を探し出すまで歩き続け、視線を動かし続け、俺より小さくて細く、浅い切り傷がついた黒崎さんの手を握る力が自然と強まっていく。でも、彼女は『痛い』とか『離して』とか、普通の女子なら言うはずの文句をこぼさずに、しっかり握り返してきた。それだけでまた心臓をつかまれるような、大きく跳ねるような感じがして、黒崎さんが俺のほうを見ないように必死に願う自分がいる。

 5分後に人ごみを抜けて休める場所に着き、彼女が振り返って俺に優しい笑みを向けた。

 

「座れるところ見つけたぞ。影山君」

「お、おう」

 

 そこで黒崎さんが違和感に気づいて、やっとお互いが手を繋ぎっぱなしだと理解して数秒固まる。その後に、彼女が出した声は完全に裏返っていた。

 

「す…、すまない。えっと、痛くなかったか?」

「それは俺のセリフだ、ボゲェ。歩かせ過ぎた俺の責任だ」

「公園から距離があるから、影山君のせいじゃ――」

「黒崎さんは女子だろうが。俺が全部買ってくれば良かった…」

「……」

「……」

 

 無言の時間があり、次に何を言おうか話題を必死に探して視線を下にやった時、彼女の(つま)先が。正確に言えば、親指と人指し指の間が視界に入る。

 

「血ィ出てんじゃねぇか…!」

「え? あ。本当だ」

「座れ」

「これくらい大丈夫だ。怪我の内に入らない」

「いいから座れ。ボゲェ」

「はい…」

 

 そのまま地面に腰を下ろして座ろうとする幼馴染を止め、ちゃんとパイプ椅子に座らせてから気づく。

 やっと空いた場所は二人並んで座る位置で、今は迷う時間を後にして、俺は地面に片膝をつき、新品に見える下駄を脱がせる。皮が()がれて出血して、わずかに()れるだけでも、前方から押し殺した短い声が聞こえた。

 

「…絆創膏(ばんそうこう)あるか?」

「あ、うん。巾着にある」

「2つくれ」

 

 デジカメと一緒に入っている巾着からそれを受け取って、外側のフィルムを()がして出血箇所に貼ろうとした時、『自分で貼るから』と止めさせる彼女を見上げて黙らせ、なんとか貼り終えた。

 

「ありがとう」

「ッス」

「着崩れしたから直してくる」

「おう。待ってる」

「ん」

 

 背中を見送って戻ってくるまでの間に、黒崎さんが座っていた席に俺が座り、隣の席を石巻焼きそばが入っているビニール袋を置いて、しっかり席を確保する。そして、無事に戻ってきた後に購入した物を1つずつ袋から取り出し、テーブルの上に広げていく中、ずんだシェイクとひょうたん揚げを見て瞳が輝いた。

 

「ずんだはわかるけど、シェイク?」

「おう。こっちは熱いから気をつけろよ」

「ん、ありがとう。いただきます」

「いただきます」

 

 焼きそばを食べる途中で、黒崎さんが飲み物と一緒に買った玉こんにゃくと牛串を挟みながら、『全部おいしい』とか玉こんにゃくとひょうたん揚げで『火傷した』とか、そんな普通の会話しつつ完食し、ずんだシェイクに手を伸ばす。

 

「…? 不思議な味」

「そうだな」

 

 口直しに残っているひょうたん揚げをきれいに平らげるまで、眼前で幸せに満ちた笑顔にずっと視線を奪われていた。

 

「これ、うまいな。初めて食べるのに、なんか懐かしい感じがする」

「そうか?」

「え。違う?」

「…違わねぇ」

 

 俺は、祭りに来たのもずいぶん久しぶりで、懐かしい感覚は同じだった。『もう一本食べたい』と言う黒崎さんに今日はもう閉店してることを告げ、『また今度来た時な』と約束すれば、嬉しそうに顔を(ほこ)ばせる様子に心臓が大きく跳ねる。

 

 

 花火が21時に終わってから人波に()まれそうになった黒崎さんの手を反射的につかみ、40分以上かけて歩き続け、俺は仙台駅の改札前まで送った。

 

「今から東京だと、日付変わるのか?」

「ああ。昨日調べたら1時間後に出発して、到着が早朝になるみたい」

「は!? 親に連絡しなくていいのかよ」

「心配する親だと思うか?」

「あ。(わり)ィ…」

 

 笑顔が無表情に変わり、怒りが含まれているとわかって親の話題を出したことを謝れば、『いいよ。大丈夫』の二言で許される。

 

「誘ってくれてありがとう。すごく楽しかった」

「そうか。…良かった」

 

 一度うなずかれても、『次』に誘う勇気はない。

 

「今度は、文化祭に来るといい。東京(こっち)は11月にあるからさ。影山君のとこは?」

「……。10月…?」

「そうか。じゃあ、その時にまた会おう」

「ッ! ウス」

 

 次に会う約束をして自然に手を離し、駅のホームに向かう階段前で振り返って、お互い控えめに手を振りあった。

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