「黒崎さんは、暗いところ大丈夫なの?」
「ああ。でも、いきなり何かが襲いかかってきたら、すぐ手が出ると思う」
今は、殺せんせーの提案で肝試し中だ。
黒崎さんの控えめな笑いが洞窟内で反響して、短く
「赤羽は、女子と組むの2回目だろう?」
「そうだね。まァ。殺せんせーの人選だし、俺は特に気にしないけど」
暗闇を懐中電灯で照らしながら、こんな何気ない会話を交わしている最中に、改めて彼女の隙の無さを再確認する。
あの鷹岡の狂った本性を一目で見抜く目。
行動を先読みする頭脳と、動じない胆力。
本物のナイフを前にしても、実弾が飛び交ったコンサートホールでも一切乱さない呼吸。
流れるような身のこなしから繰り出される体術。
そこから、暗殺を学んでいる今の同級生相手に本気を出せば、数秒で片づけてしまうほどの実力を持った者だと、自分の直感が告げていた。
この暗殺教室が始まるまで誰も気づけなかった隠されたその実力は、苦手で手こずってる部分ももちろんあるが、近接格闘術を始めとした技術を習得しているプロの烏間さんも一目置くほどで、E組の中では明らかに群を抜いている。
そんな自分の胸中のぼやきを知らずに、背後に居る黒崎さんが弾んだ声をあげる。
「お。赤羽、ツイスターゲームだって。やってみる?」
「なんで?」
「あたしがやった事ないから」
そう言っていそいそとラジカセの前に座って、スイッチをあれこれ適当に押していった。
「ツイスターゲームは、琉球名物じゃないよ」
「だろうね。それでもやりたい」
彼女の行動も目を引く要因だ。
修学旅行の一件で大人びた顔をしたかと思いきや、今みたいに幼い子供と同等の好奇心と無邪気な笑顔を見せる。そのギャップに心を鷲掴みにされていて、どうやら彼女は無意識レベルで影山君にご執心だ。
「…どうせ、あのタコがカップル成立を狙ってるんでしょ? わざわざ乗ってやる義理は無いね」
「…そうか」
一瞬落ちこんだ表情を作って指先で電源を落としてから、ジャージの膝に付着した
そして、奥田さんと回った時に聞こえてきた
「…赤羽、腹へった。目の前のタコを
「え? ホテルのディナーまで、まだ時間あるのに?」
「無理。暗殺に失敗して、余計空腹になってんだ。タコ焼き用に
「にゅやー!! 殺人鬼ィーッ!」
遠ざかっていく彼女の笑い声と、またぐるぐると鳴りだした腹の音。さらに、服の下――腰に隠し持っていた対先生用特殊ナイフと自動拳銃を素早く取り出し、形の良い薄紅の唇の端から端まで舌先でぺろりと
洞窟に超生物の悲鳴と、黒崎さんのはしゃぎ声が高らかに響き渡った。
一周目で終わったとはいえ、肝試しの場所は入りくんだ洞窟。一度出口まで行ったものの、誰も黒崎さんを見ていないらしい。
もう一度出口から入って歩き回ること、手元のスマホにある時計で20分強。
「黒崎さん…?」
「あ…、赤羽。ごめん…、先に突っ走って。これじゃ、バディ組んだ意味ないよな」
懐中電灯の光に照らされた黒崎さんは、暗闇の中無闇に動かず岩肌を背にしゃがんで、首から提げた黒いシリコンカバーがついた銀製のドッグタグを、祈るを捧げるようにしっかり両手で包みこんで組んでいた。光を頼りに、追いかけてきた俺を前に視認して気丈に笑みを浮かべるも、その指先はかすかに震えている。
それまで気丈夫で明るい彼女の弱い一面を見てきた身としては、それだけで心臓がきゅっと締めつけられる感覚に陥った。
黒崎さんは何か弁明しようと口を開閉させて、とりあえず俺は、彼女に威圧感を与えないように一緒にしゃがんで落ち着かせ、考えがまとまるまで黙っておく。
「あの…。暗闇が平気って言ったのは、懐中電灯の灯りがあるからで、…本当は苦手なんだ。……嘘ついてごめん」
「なんだ、そんなことか。別に謝らなくていいんじゃない? 誰しも、苦手なものとか怖いものはあるでしょ」
「……うん。…そうだな」
暗闇が怖いという本人1人ではどうしようもできない問題を、『そんなこと』の一言で片づけた俺の言葉に、しばらく考える
「…立てる?」
「ありがとう。でも、君の手が汚れるぞ」
「いいって。あとで洗えばいいんだし」
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう」
「どうぞ」
俺が助けるために無意識に差し出した手を、彼女はなんの
「…どうした?」
「いや。なんでもない」
「そう。次はどこ行くんだ、赤羽?」
「ああ、こっち。…このまま寄り道しないで、出口に行こうか?」
「頼む」
結局、俺達の間に特に何も起こらないまま出口までたどり行き、教師枠としてビッチ先生と烏間先生の顛末を目撃して、そのままホテルへ向かった。
ディナーまでの時間に聞き出したところ、ビッチ先生が烏間先生に恋心を抱いていることが露呈し、即席の会場を外に設けることに成功。
それからみんなに紛れて窓辺に近寄り、聞き耳を立てる黒崎さんの表情に邪念が浮かぶ様子は見られず、ただ外で夕食を食べている男女2人を、はしゃぎもせずに窓ガラス越しに黙して眺めていた。やがて、彼らの夕食がなんの進展もなく終わり、英語教師がこちらに向かう中で同級生達があれこれ言うものの、彼女だけは茶化さずに迎え入れる。
「おかえりなさい。どうでした?」
「それなりに楽しめたわ」
「良かったですね」
「ええ」
殺し屋は嬉しそうに黒崎さんと会話して、優しく黒髪を撫でて自室へ去っていき、少女はその背中を律儀に見送っていた。
「……」
「黒崎さん。突っ立ってないで、俺らも飯食おうよ」
「ん」
普段通り返答があったものの笑顔はなく、陰りがあるのが気になって、さらに話しかける。
「どうかしたの?」
「いや。イリーナ先生。嬉しそうに笑うなァって思ったんだ。…恋ってヤツを経験したら。…人を真剣に愛するようになったら、みんなあんなふうになるの?」
「さあ? 少なくとも俺はそんな経験ないし、なんとも言えないね」
「ふーん…」
まるで、幼い子供が親にわからないことを質問攻めにするように、異性の俺に投げかけてくる。『そんなの同性に聞いたらいいじゃん』と言って丸投げする気になれないのは、どんな難問や苦手分野でも理解して習得できるまで、彼女自身が真剣に物事に向き合っていると知っているからだ。
「でも、烏間先生とくっつく以前に、イリーナ先生の恋を応援したい。幸せになってほしいな」
それは純粋に心から出ているものだと理解しているからこそ、ぐさりと刺さるものがあった。