「殺せんせーの五感が優れていると考えれば、臭いが独特なノーベル808を模して作るよりも、探知困難で、300グラムで飛行機を爆破できる性能を持ったセムテックスを採用したい。…どうだ、竹林?」
「わかった。両方作ってみて、クラスメイトに聞こう」
なにやら議論中で、僕達は茅野のプリン作りに加勢しているために話として聞き流し、6時間後の15時を回った頃に試作第1号ができ上がった。
「渚。来てくれ」
「うん?」
「竹林がノーベル808で、あたしがセムテックスな。どっちが匂いが強い?」
「……あ。ノーベル? のほうがアーモンドっぽい匂いがする。プリンに隠すには、ちょっとキツいかもね」
力説する黒崎さんが竹林に提案しているのは、プラスチック爆薬についてだ。
2学期に入ってから暗殺に火薬の使用を決定した際、彼女は竹林と共に取り扱い責任者になり、おそるおそるやっている彼とは違って、黒崎さんは手際が良い。そして、好きだと公言しているロックバンド──モンキー・マジックの『空はまるで』を鼻歌で歌いながら、穏やかな曲調に内容物の調整をするという、なんともミスマッチな光景が眼前にある。
「ねぇ、紬。竹林君と責任者に立候補した理由は?」
「標的が爆破四散するのが見たいから。カエデが立案した計画に副題をつけるなら、『甘い夢に溺れた末路』とかどう?」
「なんか映画みたい!」
「だろ?」
茅野の問いに彼女がそう答えた時、僕は鷹岡先生に対する殺意が憎悪からくる激情だとするなら、殺せんせーには信頼を土台とした穏やかな殺意が、青と混ざった茶色の瞳に映るのを見逃さなかった。
さらに数日かけて改良を重ね、化学が得意な奥田さんも交えて納得の一個を作るまで黙々とやりこんだ後に、黒崎さんは嬉々として宣言する。
「できた…! カエデ。これ組みこめるか?」
「もちろんだよ。ありがとう!」
「どういたしまして」
「お役に立てて良かったです」
「後は、イトナが作った基盤と接続するだけだな」
かちゃりと眼鏡のブリッジを指先で押し上げて位置を直しながら、竹林君が告げる横で、満足してやりきった表情で黒崎さんは奥田さんとハイタッチしていた。
「あとは、カエデの作業を手伝うだけ。長かった…」
「でき上がったら、紬にも分けてあげるよ」
「殺せんせーの残骸入りとか、勘弁してくれ」
「あ。そっか」
「いや、そこは気づこうぜ。発案者」
「えへへ」
茅野に対してあきれて笑いながらも、黒崎さんは自分から友達に触れない。
触れるのは決まって、相手を攻撃したり護るような緊急時のみで、これは3月から同級生を観察をしてきてわかってきた。
「これを底に設置して…?」
「型に流しこむの。もう材料は混ぜてあるからね」
「甘さ控えめには…」
「できないよ。殺せんせーのために作るんだから!」
「ん。知ってる」
「そもそも、なんで甘いの嫌いなの? 糖分は人体に必須なのに」
「嫌いってわけじゃないけど…。食べる機会自体あまりなかったせいだと思――ぐゥ」
すると、話の途中で何かを思い出したように茅野は学生鞄の中身を片手で探り、未開封の箱を開けて個包装のチョコレート──
「……。何するんだ」
「今からでも遅くはないんだから、いっぱい食べたらいいでしょう?」
「やだ。太る」
「適度にね?」
「ふぁい」
頬を左右に引っ張られても痛がらず、普通に返事をする様子に茅野は眉にシワを寄せて不快感を示すものの、一時的な
「あたしが言うのもなんだけど、少しは痛がったらどうなの?」
「? これぐらいなら、誰だって我慢できるだろう?」
それは暗に『痛いのに慣れている』と言っているようで、心配させまいと気の抜けた顔で笑う同級生の姿に胸が痛くなった。
別の日には、宿題を
「…つまり、烏間先生に捕まらずに逃げ切れば勝ちってことか」
「うん」
自信に満ちた言動を烏間先生が聞き流すはずもなく、準備体操の段階で黒崎さんを
「余裕ね」
「油断するなよ、メグ。烏間先生は、絶対手加減しないからな」
「そんな警戒しなくても…。紬が言った通り、制限時間までに逃げ切ればいいでしょう?」
「…忠告はしたぞ」
途中まで僕達と共に行動した後で、ビッチ先生同様単独行動に移り、宣言通り持久力があって人一倍警戒心が強く、烏間先生を相手にするつもりだと推測できた。
「紬が完全に笑顔を封じると、凄みが増して怖いよね。目だけが爛々と輝いてるんだもん」
「うん…。本気になればなるほど、顔が整ってるのも相まって、人形みたいに見えるよね」
「それな」
茅野いわく、黒崎さんの日課は体を鍛えることで、それに
遠くで木々が揺れたかと思うと、十数秒後に僕達の頭上を何かが通った。
「紬…?」
僕らは見えなくても、茅野が一瞬だけ見えたと言う木漏れ日に照らされた横顔は、『心ここにあらず』らしく現に呼び捨てにする彼女の声も聞こえていない様子で、眼下にいる同級生を一瞥する気配もなく、素通りして幹に着地し、あっという間に見えなくなってしまう。
よほど集中しているんだろうと結論に持っていってしまえばいいのに、この森を駆け回ってしばらくすると、黒崎さんはいつも熱に浮かされたようにぼおっとする。殺せんせーや僕らが何回か理由を聞いてみても、当人も心当たりがなく、首を傾げて『わからない』と返答するばかりで、ハイになっているわけではないから正直言ってお手上げ状態だ。
「待って。警戒心が強い紬が動いてるってことは──」
茅野の推測通り、自衛隊の迷彩服を着た烏間先生が力強く地を蹴って姿を現したため、僕らは驚いて、一斉に蜘蛛の子を散らすように散開する。
「律。黒崎さんは捕まった?」
《いいえ。一度も捕まっていません。距離を詰められることなく逃げ続けています》
「渚。紬のこと知ってるの?」
「うん…。校内マラソン大会でいつも1位だったから、持久力があるのは知ってたけど、まさか全力疾走の烏間先生と張り合えるほどとは思わなかったんだ」
結果として僕らは捕まらずに済み、黒崎さんは珍しく胸を張って、したり顔で親友二人に自慢していた。
「だから言っただろう。油断するなって」
「うう…。返す言葉もない」
「で、どうだった? 紬」
「すごく楽しかったし、得意分野で勝負できて嬉しかった」
『良かったね』
黒崎さんの年相応の弾けた笑顔を前に、カルマ君と茅野は
その行動に最初は驚いた表情を見せたが、数秒もすると、幸せを噛み締めるように目を細めて静かに微笑み、それがよほど気に入ったのか自ら催促していた。