女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第17話 好みの話

(コードネームか…。日本語だと暗号名だっけ?)

(めんどくせえ)

(え。楽しいだろ)

 

 これは、私が興味本位で赤羽から聞いた話だ。

 赤羽と隣同士の紬は、彼を挟んで廊下側にいる寺坂の言葉を(すく)い上げて投げかける。文句を垂れて口を(とが)らせる図体のデカい同級生を横目に、さっそくシャープペンシルの芯を出して紙に書き出していった。

 やがて、紙片が回収されたものの、紬が珍しく不平を言う。

 

(…『ジャイアン』が採用されると思った)

(あれテメェか、黒崎!)

(声一緒じゃん)

(俺はなんて書いたの? 黒崎さん)

(『デスソース』)

(それ色しか合ってなくね?)

(いや。ぬおじさんの拷問見てたら、あれしか思い浮かばなくて…。あと、あたしのコードネームを『戦乙女(ヴァルキュリア)』にしたの誰? 戦死者の腐肉に群がる烏とか、冷酷な死神って印象持たれてんのかよ)

 

 そこで寺坂より3つ前の席に座る竹林が、すっ…と挙手した。

 

(僕だよ)

(理由は?)

(普段の体育の授業でもそうだけど、特に鷹岡を前にして戦ったのを目撃して、女戦士だと思ったからかな)

(…鷹岡相手に戦ったのは間違ってはない。でも、このコードネームだと、マクロス・フロンティアを思い出すな)

(え…? アニメ観るの?)

(観るぞ。ちなみにアルシェリ推しだ)

(なるほど)

 

 何が『なるほど』なのかは全くわからないが、それからお互いのアニメ好きが発覚し、紬は今季はめぼしいものがないことを嘆き、来季の『夏目友人帳・肆』が楽しみなこと。メイドのような『萌え』より、鋼の錬金術師などの『燃え』が好きなことなど、竹林とは対極の好みが判明して話は無難な声優の話に移っていく。

 しかし、赤羽にとってはついていけない話だったらしく、さっさと体操服に着替えるために教室を出た模様。

 

 

 それから数日後の放課後。

 コードネームが浸透して互いに呼び合う中、偶然前原と紬の会話が聞こえてきた。

 

「ヘイ、『戦乙女(ヴァルキュリア)』! 一緒にお茶でもどうだい? 今日は水曜日だから暇だろう?」

「黙れ。『女ったらしクソ野郎』」

 

 怒気と嫌悪がこめられた口調に、軽蔑を含んだ視線を前に、前原は一瞬口を(つぐ)む。紬は、彼の反応を綺麗に無視して帰り支度を手早く済ませた。

 

「つくづく思うけど、俺に当たり強くない?」

「鷹岡同様、お前と岡島も、嫌いな人間に自動的に分類されてるからな」

「えー、そうか…? まぁ、いいや。黒崎さん、いつもはっきり物を言うよな。理由を聞いてもいいか?」

 

 女子バレー部に所属していた時から使っているプーマのスポーツバッグを背負いながら、席をきちんと元の位置に仕舞い、露骨に嫌な顔をして明確な説明を避けた。ともすれば、舌打ちしそうな勢いである。

 

「…コードネームが示す通りだと思うけど」

「ひでぇ」

「ひどいのはお前のほうだろう?」

 

 語気を荒らげたい衝動をどうにか抑えつけて、前原と真正面から対峙(たいじ)する紬の様子に、すでに気迫だけで彼が半歩引き下がった。

 

「テメェを見てると、異性を好きになること自体が駄目(だめ)に思えるし、いつも女子を取っ替え引っ替えしてて、いったいなんのためになるんだ? 恋愛感情ってヤツは、そんなに移ろいやすいものなのか?」

「それは…」

「それは?」

「……わかんねえ」

「っ…! だから、あたしはお前が嫌いなんだ。気持ちが冷めたら次に移るなんて、人間は、いつでも捨てられる物じゃないんだぞ!」

 

 紬は、ついに我慢が限界を超えて声を荒らげ、正論を吐き捨てて足早に前原から離れていき、引き戸を閉めて教室から遠ざかっていく。

 紬の問いかけは幼い子供のように純粋で、『なんで? どうして?』と素直に出てくる疑問だからこそ、心に深く刺さるものがあり、私達の思考を刺激していった。そして、まだ教室にいた幾人かが『さもありなん』という表情で(うなず)いている。

 

「…仕方ないわね。私が誘うから、ちゃんと謝るのよ」

「片岡…!」

「その代わり、詫びはどうするか自分で決めなさい」

 

 そう言い残して、私は改めて親友の背中を正面玄関口まで追いかけて、靴を引っかけている状態でお茶に誘った。

 

「なんでメグがあたしを誘うんだ」

「E組になってから遊ばなくなったなーと思って…」

 

 すると、『一理ある』とでも言いたげに視線を一時的に逸らし、『わかった』と了承の言葉をもらって、前原に遅れることを告げてから彼女の寄り道と称した鬱憤晴らしに付き合った。

 

「どこに行くの?」

「ショッピングモールで買い物」

「わかった」

 

 私は本屋か何かだと思っていたが、紬が向かったお店は、宝石店で有名なカナル4℃だった。

 

「え…? ほ、本当に入るの?」

「ああ、行くぞ。メグの分も買うから」

「えっ!?」

 

 初めて足を踏み入れるそこは、私にとって未知の世界で無意識に体が萎縮してしまう。そんな中で、紬はまっすぐ受付嬢のところへ行き、何かを頼んでいるのを見かけ、あわてて堂々としている彼女を追いかけた。

 

「な、なにしてるの?」

「ん? 友達とおそろいの物買いたくなって」

「それだけの理由で!?」

「だめか?」

「だめじゃないけど…」

「お待たせいたしました。こちら、ムーンストーンの商品でございます」

 

 ややあって、眼前にずらりとアクセサリーが並ぶ。

 あっけにとられていると、『同じ誕生月だから』と優しい笑みと涼しげな声でさらりと言われた。全く親友の意図をつかめない私は、数秒硬直してしまう。

 

「それで、どれがいい?」

「…いいの? あたしだけ、その…。こんなの買ってもらって」

「ああ」

 

 散々悩み抜いた末に2番目に安いピアスを選んで、おそろいで購入してくれた。

 紬に、耳たぶに穴を開けるのが怖くないかと訊くと、『怖くない』とあっさり返される。その時は別の話題に移ったけど、一瞬だけ、彼女の青が混ざった茶色の瞳は笑っておらず、ビッチ先生と初めて会った頃のような冷酷な印象を受けた。

 

 

 目的の喫茶店に着いて岡島と前原を前にすると、紬の薄い唇が一文字に固く結ばれ、視認した位置から一歩も動かないほど警戒している。『嫌い』と公言したのは本当らしい。

 

「……メグ。どういう状況だ?」

「こういうこと。前原が紬の分、(おご)るって」

「……」

「さっきはごめんな」

「それ、何に対しての謝罪?」

 

 あたしの気分を害したことなら受け取らない。

 冷たい表情と視線でそう告げているに等しく、前原の心を容易(たやす)く折りに行った。

 岡島は、テーブルを挟んだ向かい側の長椅子に座っていた。普久間島のビーチで女子を前にして全裸になった因果応報に、黒の水着姿の紬に溝尾(みぞおち)に拳を食らい、右ストレートを左頬に受け、腹に容赦ない蹴りを入れられて以降、キレている紬を目の当たりにして小さく縮こまり震えている。

 

「これからは真剣に向き合います。だから、黒崎さんの分は俺に奢らせて下さい」

「他人に言われて直るようなら、こんなに怒らない。人の気持ちを平気で踏みにじる行動を、反省の色もなしに何度も繰り返すからだ」

「はいっ」

「…君の言葉とメグに免じて、今日は甘えさせてもらう」

 

 そうして、紅茶が苦手な紬はカフェオレとパンケーキを頼み、前原から好みの男子の話を振られて、考える素振りも見せずにこう言った。

 

「好みかどうかは知らんが、人をおちょくらない真面目で裏表のない性格で、芯がブレないまっすぐな人は信頼できる」

「例えば?」

「今思い浮かべられるのは、烏間先生と影山君が当てはまるな」

 

 親友の過去は知らない。

 それでも、紬がどんな人に自分を委ねるのかは中学生活で理解していた。

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