「なかなかそろわないですね。烏間さん」
「仕方が無いだろう。次だ」
「はい」
イリーナがE組に来なくなってから、2日が経った。
先ほどまで鼻をほじっていた暗殺者を不採用にして、手元の経歴書に再度一読後、暗殺者の面接を行うために部屋に通した。
「失礼します」
40代前半の女性は男性部下の一人を
「…どうかなさいました?」
「いえ…。どうぞ、おかけになって下さい」
「はい」
着席を
本名は伏せてあり、暗号名は『旅人』。勤務先は、三重県にある民間警備会社《
この会社を紹介したのは、先ほど
「あなたへの依頼は、現在E組で教師をしている超生物です。マッハ20を仕留めるのはまず困難ですが、人間には無害で、ヤツに効く特殊な物質を使えば、確実にダメージを与えられます」
「そうですか」
感情の読めない瞳と抑揚のない言葉に、部下達は表に出さないものの女性への反応に困っている。
「加えて、英語の授業を受け持っていただきたい。試験対策は標的が行いますので、即戦力になる実用英語をお願いします」
「わかりました」
標的の監視と生徒達の指南役としてE組と関わりがあるからこそ、『ここからは、一教師の言葉として聞いて欲しい』と前置きをしてから意見する。
「旅人さん。あなたに、お子さんはおられますか?」
「ええ。息子と娘が二人ずつ。それが?」
「夏休み直前の三者面談直後に、黒崎さんを住まわせている山鹿美空さんが来られて、『もし、烏間先生が旅人という暗号名の方にお会いされたら、娘を預かっていると伝えてほしい』と伝言を頼まれました。…あなたが、黒崎紬さんの母親ですね?」
「書類上の母親です。血は繋がってません」
静かに微笑まれるが空々しく、そこに本来あるはずの人間らしい温かさは全く見受けられない。まるで、浅野学園長を前に話しているような錯覚に陥る。
黒崎さんの話では、『小学校を卒業した3月に両親が離婚した』と聞いていた。
他人行儀で告げる生徒に違和感を覚えたものの、眼前の女性は、山鹿さんの話を聞いて、わずかに安堵の色が見える。わけありだろうか。
「書類上でも、母親には変わりありません」
「今さら母親面して仲良くしようなんて、私は
「……わかりました」
ひとまず面接を終え、初対面から変わらぬ綺麗な所作で一礼されて、彼女は退室した。気配が遠のいて、まず一瞥された部下に尋ねる。
「……どうだ?」
「仮に採用するなら、娘である黒崎さんの精神状態はどうなります? 3ヵ月前に報告を受けたように過呼吸を引き起こすか、または淡々とした態度を取るか。自分にはわかりません」
「ストレスを軽減させるため、事前に報告すれば良いのでは?」
「それだと欠席しませんか?」
「そんなヤワな子じゃないと思うぞ」
生徒の精神状態を考慮すると採用しないほうが良いという結論が出そうだ。しかし、今は暗殺者の引き継ぎが最優先で、ぼそっとつぶやいたのは、今年幹部候補生学校を卒業した一番若い部下だった。
「よく知ってる口ぶりだな、護。一回も会ったことないのに」
「それを言うなら、俺はE組全員に会ってないですよ。鵜飼さん。園川さんと同じ交渉役ですから」
「じゃあ、なんで?」
「皆さんが生徒達のことを話して下さるので、自分なりに推測した結果です」
部下との協議後、一旦保留という形になる。
そして、本日最後の候補者は、経歴書に貼りつけられているはずの顔写真がなく、電話とメールしか連絡を受けつけていない『
記載されている携帯番号にかけてみると、相手は落ち着いた声音の青年だった。しかし、彼は先週の休暇中に大怪我を負ってしまったようで、現在療養中という致し方ない理由のために、丁寧な口調で依頼を辞退される。
翌週の10月17日。月曜日
朝のホームルームで新しい英語教師の紹介をすると、黒崎さんは口を開けずに驚いていた。憎しみや怒りは見受けられず、ひとまず険悪な様子はないと判断する。
「烏間先生。なんで母がここにいるんですか?」
案の定、1時間目が始まる前に教員室にいる俺に疑問符をぶつけに来た。
「彼女が暗殺者だったから、政府が
「へぇ。…暗殺者だったんですか」
「いちおうね」
「その節はお世話になりました。おかげで、アイツには手を上げずに済みました」
「そう。今、アイツは?」
「死にましたよ。7ヵ月前に」
「あら、そうなの。良かったじゃない」
「はい…。もう暴力を振るわれることはありません」
ようやく
結論から言うと、彼女は母親の授業に参加したが、お互い『黒
「あれが本来の授業だよな」
「うん。っていうか、紬のお母さんって暗殺者だったんだね。知らなかったの?」
「今朝知った」
彼女達は顔を見合わせ、そろって
「お母さんなのに?」
「5年前に会ったのが最後だし、あまり自分のこと話さない人で、護身術以外は全然会話がなかった。だから、今もどう接していいかわからない」
「そんな難しく考えなくてもよくない? 私達と話す時みたいに、好きなことで盛り上げればいいのよ」
「好きなこと…?」
希望を
「放課後、一緒にいこうか?」
「大丈夫。気持ちだけ受け取る。ありがとう」
そして、放課後に再度単独で乗りこみ、真正面から母親にぶつかった。
「黒脛巾先生。質問があります」
「なに? 黒崎さん」
「どうして連絡を絶ったんですか?」
それは、一教師としてではなく母親として対面し、生徒ではなく娘として問い、長年胸に
「…用済みだってアイツに言われたから」
「? あたしがですか?」
「違う、私のほう。もちろん、『まだ教えてない技術がある』と食い下がったわ。そしたら、紬を呼び出して首を
「…覚えてます」
黒崎さんの反応は覚えていることを示し、あれが母である黒脛巾さんへの脅迫であったとすれば、娘の命を守るために下した判断だ。
「仕方がないですね…って言えば、全て
「っ…!」
「あなたの技術があれば、アイツを無力化してあたしを救うことも可能ですよね? だけど、10年前。あなたはアイツの条件を呑んだ。あたしと自分の命を救えても、あたしはアイツと暮らすしかないだろ!? どうして、もっと早く助けてくれなかったんだ? あたしは、あんたにとって何?」
「捨ててなんかないわ」
「違うなら行動で示せ」
抑揚のない言葉と無感動の瞳。無表情になった娘を前に、黒脛巾先生は黙して