「……よし。予定通り、
現在、死神の
殺せんせーと烏間先生に援護要請はできない。
死神によるハッキングで、各自のスマートフォンにダウンロードしていた『モバイル律』の援護を絶たれた。
経験豊富な暗殺者2人に対し、未熟な暗殺者が28人。
成す術は無い。
その状況に、皆の思考がその考えで黒く塗り潰されていくのが手に取るようにわかる。しかし、自分にとって何度も乗り越えた状況だ。
「へぇ。珍しいね」
全神経を集中させ、死神の正面戦闘を全て回避した矢先に、
「黒崎さんだっけ? 君は、E組で郡を抜いて戦闘慣れしている。死神である僕の気配を最初に察知して、あの教室に入る前に、君と教員室にいた先生が気づいた」
死神が肉迫するも間一髪で避け続けていくうちに、妙な懐かしさを覚える。
あれは、コンバットブーツの靴音さえも反響するこんなトンネルではなくて――
「ねぇ。君は、どこでそのスキルを身に付けたんだい? 知りたいな」
「……」
「だんまりか。いいよ。他の子達を相手にするから」
「っ…!」
敵の問いに一切答えずに回避し続け、空を切る音が耳に響く。
しぶとく忍耐強いことが取り柄だと自負していても、仲間を脅迫の材料にされてしまっては、文字通り手も足も出ない。
同級生達には、自分と違ってきちんとした目標と夢がある。彼らを犠牲にして仕留める手もあるが、実力差と損害を考慮した結果、両手を上げて降参の意を示して、初対面から変わらない笑顔を浮かべる者に大人しく捕まることにした。
殺せんせーと烏間先生が駆けつけたものの、当の超生物も
そして、死神の口から『首輪に仕掛けた爆弾を爆破する』『放水する』と言われても、級友達と違って恐怖を感じず動じない。青年によって全て実行に移されようとも、『ああ。死ぬんだ』と思うだけの冷めた自分が心の片隅にいて、今までそうしてきたように、容易に生への執着を捨てて死を受け入れるだろう。
暗い思考を絶ち切るかのごとく、殺せんせーが所持している無線機から、爆発音と死神を追う烏間先生の声が聞こえた。
『イリーナは、
回線が切り替わる雑音がした無線機から、より詳細な状況が判明する。
死神は、追っ手を
「紬…?」
「……」
「黙ってないで、なんとか言ってよ」
「では、遠慮なく言わせて頂きます。You idiot. Bullshit!! Fuckin Bitch!!」
「初めて聞いたわ。紬の罵詈雑言」
「誰のせいだと思ってんだ、クソアマ!!」
自分の意思とは関係なく勝手に声が震え、呼吸が浅く繰り返され、眼前の景色の境界が判らなくなり、そこでようやく異変に気づいた。
肩が呼吸に合わせて激しく上下して
「わか、っ、わかんないんだ…! なん、で、あ、あたしが先生にこんなに、怒って泣いてんのか…。ぜんっ、全然、わかんない…! なんだよ、これ!」
初めての感情だった。
イリーナ先生が無事だと知って嬉しいはずなのに、見えない手にぎゅっと心臓がつかまれるようで、なんだか無性に腹が立つ。
子供のようにみっともなく
「それはね。『心配』っていうのよ」
「心配…? …これが?」
「ええ」
「……そうか」
話しかけられると同時に、優しく黒髪を撫でられる。
それが心地良く思えて、彼女の心音を感じつつ再度瞼を閉じ、自分より細い体を抱きしめていいのだろうかという葛藤と戦いながら、ぎこちない動作で抱きしめ返して、本能のまま安心を求めるように頬
ずっと誰かにこうして欲しかったのか。
だけど、それで終わりじゃなかった。
瓦礫の下敷きから救助されたイリーナ先生は、一輪の
一気に遠くの存在に思えて、同級生達の冷やかしの声が遠くなり、やがて聞こえなくなる。
あたしにも、全てを背負ってくれる
人を愛することなど知らない自分を。命の選択を迫られると、ためらわずに暴力に走る女を。ともすれば、
無理だ。
愛されるなんて、ずいぶんとおこがましい考えを持つようになったじゃないか。
ひどく簡潔な答えに、乾いた笑い声が出そうになる。
「紬。どうしたの?」
「ん? 自分の問題が解決したから喜んでるだけ」
原さんから声をかけられて、自信満々にそう答えた。
「良かったな。先生達の進展が見られて」
「そうね」
「これを機に、
「
「いや。こっちの話」
「?」
話が噛み合わないことを察して自己完結し、そろって殺せんせーの触手に撫でられ、この話をさりげなく終わらせる。
左腕の骨折が治って、イリーナ先生が正式に復帰したことにより、母は朝のホームルーム後に英語教師の立場から解任された。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「こちらこそお世話になりました」
互いに深々と頭を下げる教師陣を遠巻きに見て、これで母の姿を見なくて済むと思うと、クソ野郎が死んだ時の清々しさとは違う安堵を感じ、結局母は何も行動してくれなかったと再確認するだけに留まる。
「紬。卒業したら、一緒に住む?」
「却下」
クソ野郎がいなくなったことで母への誤解が解け、あれから表面上和解したが、まだひとつ屋根の下で暮らすとなると話が違ってくる。そんなふうに拒絶する
「大丈夫よ。いっぱい悩みなさい」
色素の薄い茶色の瞳を前に、既視感が襲う。
まだ母に護身術を直々に教わっていた頃。
殺伐とした環境下で、一度だけ表情を盗み見た事がある。あの時は理解できなかったが、あれは優しさと大切だと思う感情からくる
その時、母とは違う足音が聞こえてきて我に返る。
「お帰りなさい。イリーナ先生」
「た、ただいま…」
彼女の素直に喜んでよいものか迷っている表情から、今しがた見送った女性が身内だと烏間先生から聞き及んでいると判断しても、自分は笑顔を崩さなかった。
「紬。本当にミツルが母親なの?」
「はい。生き別れの母でした」
「でした…?」
「間違ってはいませんよ」
原さんに『優しい母親が欲しかった』と告げたことがある。
そして、先生として再会し、教壇に立った一流の暗殺者の