女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第22話 胃袋の掴み方

「いやぁ。黒崎さんのお弁当は、いつ食べても美味しいですねぇ」

「ありがとうございます。殺せんせー」

 

 10月も下旬にさしかかり、来月の進路面談や学園祭が迫ってくる中、標的と殺し屋は水飲み場の近くで隣同士で仲良く弁当をつついていた。

 

「おい、渚。完全に餌付けされてないか? あのタコ」

「それって僕達にも言えるよね。イトナ君」

 

 黒崎さんは、3月から毎月15日には僕達と教師陣に、甘さ控えめの手作りお菓子を作ってくれる。

 しかし、普久間島で流されたビデオ鑑賞後に、『金欠の助けになれば』という彼女の優しさからくる厚意で、先月から殺せんせーの分のお弁当も月1回の頻度で作っていた。これには、人間の教師二人から『いくら厚意とはいえ、生徒に弁当を作らせるとは…』と、冷たい視線を投げかけられ、風呂敷に入ったそれを受け取るたびに申し訳なさそうにする標的がいたたまれない。

 そして、頭部に移植された触手から解放され、先月E組に正式に編入してきたイトナ君も、不味(まず)いラーメンと比べて甘さ控えめのお菓子を気に入り、今も双眼鏡片手に観察しながら頬張っている。

 

「殺せんせーの弁当箱も、あれで2個目らしいよ」

「なんで茅野が知ってるの?」

「紬が教えてくれたの。ほら。殺せんせーの唾液って、なんでも溶かしちゃうでしょ? だから、せんせーが弁当箱も含めて毎回作ってもらってるお礼に、紬が食べてみたいお菓子を、金銭的に余裕がある時に本場まで行って自腹で買ってきてくれるんだって」

「見事なギブ・アンド・テイクだね…」

 

 イトナ君が教室から双眼鏡を通して(のぞ)き、上空を飛ぶドローンでなんとか会話を聞き取れた結果、今回のお菓子はオーストリアのザッハトルテ一切れのようだ。どうやら先月の反省点を含めて、殺せんせーが彼女の分の菓子と、自分の弁当箱代を生活費から差し引いているらしい。

 

「それにしても、紬って格好良いよね。殺せんせーの分も作るから大変なのに、『作る量が違うだけで全然苦にならないし、殺せんせーを含めた皆の笑顔が好きで、あたしが勝手にやってるだけだ。だから、カエデが気にする事は何もない』って言い切って、もう本気で惚れるしかないし、影山君に嫉妬しちゃうよ。そう簡単に『戦乙女(ヴァルキュリア)』は渡さないんだからね!」

「影山君。ご愁傷様…」

 

 コードネームを決めた時、よほど衝撃を受けたのか、木陰で膝を抱えて落ちこむ様子を見せたのを思い出す。

 

「料理もお菓子も作れるなんて、私も十分すごいと思うけど、習い事と並行して無理しないか心配だね」

「…うん」

 

 交通事故に遭うまで、父親は昼夜逆転の生活を送っていたと、忌引き後に言葉少なに僕達に語っていた。

 先日の罰――わかばパークでの手伝いの時に、料理を手伝った原さんと従業員に話した情報によると、初めて台所に立って包丁を握り、ちゃんとした料理を作り始めたのは、父親と知人の家がある宮城に引っ越しをした2年後だという。

 

 

 完全に餌付けされている僕達は、この半年で黒崎さんのことが少しわかってきた。

 数日ほどイリーナ先生の繋ぎだった黒脛巾先生は、彼女が小卒の頃に離婚した母親で、和解したことはすでに周知の件だ。しかし、普通ならグレてもおかしくない家庭環境で、なぜ今のような優しい態度を示せるのか本人に直接聞いたところ、こんな返答が返ってきた。

 

(昔、世話になった人達のおかげさ)

 

 それが誰かは話さなかった。

 ただ、顔も知らないその方達のおかげで、黒崎さんが笑って過ごして幸せだと感じているのなら、それでいいと思っている。

 

(良かったね。その人達に出会えて)

(ああ。彼らは、あたしの恩人だよ)

 

 彼女は、どんな環境でもできることに目を向けて積極的な見方をして、どんなに些細(ささい)なことでも感謝し、店で出されたご飯を美味しそうに食べる。そうした僕らが当然と思っている小さな幸せを、自分が大切にしているからこそ、暴力で冷えきった家庭環境にも耐えられたんだろう。

 ただひとつ問題があるとすれば、母親が暗殺者だと知らずに生きてきて、褒めて伸ばす子育てがされてないと推測し、黒崎さんがいまだに褒められ慣れていない理由がようやくわかった。

 

「紬の心をもっと開くには、どうすればいいと思う?」

「うーん…。もう開いてるんじゃないかな」

「でも、まだ完全には開いてない。お母さんのことだって、私達この前知ったばかりだもの」

 

 再度、晴天の下。外で談笑しながら食べている二人を見て、茅野はまだ諦める様子を見せない。

 

「じゃあ、作戦を変更。胃袋をつかむには…」

「なんでも美味しそうに食べるよね」

「そうだった…」

 

 難攻不落の人物を見据えて、緑髪の少女を横にして微笑んだ時、原さんがやはり焼き菓子片手に歩み寄ってくる。

 

「誰の胃袋をつかむの?」

『黒崎さん』

「なるほど…。任せて」

『え?』

 

 自信満々な言葉に僕ら2人は疑問符を発した中、イトナと原さんは菓子を平らげて、『E組の母』が言う通りに来週の月曜日を待つことにした。

 

 

 毎週月曜日に習い事がある黒崎さんは、帰りのホームルーム後にすぐ帰ってしまうから、ゆっくりできるのは授業の合間にある休憩か、昼休みのどちらか一方に絞られる。

 

「黒崎さん。お腹一杯になった?」

「いや。まだ余裕だけど、どうした?」

「いつも作ってくれるお菓子のお礼よ。受け取ってくれるかしら?」

「? ありがとう」

 

 仕切られた小さいタッパーに詰められていたのは、一見なんの変哲めない酢豚とコンビニのおにぎりより一回りほど小さく、海苔(のり)が巻かれてない真っ白なおにぎりで、これひとつでちょっとした弁当と呼べる出来に、添えられた割り箸に手を伸ばしてパキッと割った。

 まず、光沢のあるタレがかかった酢豚を一口味わい、ラップに包まれたおにぎりの塩加減に(まぶた)を閉じて味わう。いつ見ても気持ちの良い食べっぷりに、様子を伺っている僕らも頬が緩む。

 

「っ…!」

「おいしい? …そう。良かった」

 

 咀嚼(そしゃく)を一時的にやめて、軽く首を横に振られる。ごくりと飲みこみ、水筒の緑茶も胃に収めて一息ついた後、黒崎さんは原さんにこう尋ねた。

 

「これ、黒酢使ってるよな。レシピ教えてくれ」

「いいわよ。放課後までに渡すわね」

「ありがとう。…んー。……煮卵も美味(うま)い。飯が進む」

「最近疲れてるかなって思ったから」

 

 再度酢豚に箸を伸ばす手が止まり、彼女は気まずそうにへらりと笑う。そこに指摘されたことへの怒りは見受けられず、まるで悪戯(いたずら)がバレたような感じだった。

 

「そんなふうに見えた?」

「うん。黒崎さんは、感情はちゃんと表に出して明るいんだけど。…なんだろう? 本当に大事なことは誰も話さないし、そこに踏み入らせようとしないでしょう?」

「ああ。それで?」

「もっと周りを頼って欲しいなって思うの」

「……善処する」

 

 原さんの言ったことが図星なのか、笑顔を封じて投げやりな言葉で会話を続け、ひょいと酢豚を口に運んでいく。しばらく食事に集中させ、食べていく様子をE組の母は向かい側の席に座して、優しい笑みを向けながらただ黙って見守っていた。

 

「ごちそう様でした」

「お粗末様でした」

 

 原さんの黒崎さん自身の心身を気遣った料理に心を開きかけたが、内情に踏みこみ過ぎたせいでその扉を固く閉められて、振り出しに戻った。

 

「…失敗しちゃったね」

「うん…」

 

 僕はそう判断して、結果は一進一退の形になる。

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