女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第25話 触手の持ち主

「カエデ…?」

「あーあ。渾身(こんしん)の一撃だったのに」

 

 学園祭や演劇発表会が終わった翌日の、12月5日。

 突然の破壊音を聞きつけ、同級生達と校舎から出て目撃したのは、倉庫の屋根に立っている髪色と同じ緑の触手を生やしたカエデだった。

 彼女は険しい顔で殺せんせーを『人殺し』と呼び、翌日に殺害予告をした後、自身の触手を操って遠くへ姿を消してしまう。それから、皆でできる限り情報を集め、本業が女優ということと、彼女の本名が雪村あぐり先生の妹・雪村あかりということが判明した。

 

「紬ちゃん。どうしたの? 食欲ない?」

「すみません。考え事をしてて。明日、帰りが遅くなります」

 

 余計な心配をかけないように、食卓を囲む山鹿家の人達に告げて食事を再開する。

 

 

 茅野カエデ。もとい、雪村あかりが指定した翌日。

 居候先に一旦帰宅し、自室で制服をハンガーにかけた後、整理箪笥(たんす)からランニングウェアを引っ張り出して着替える。カエデの触手に巻きこまれて死ぬような間抜けな真似はしないと思うが、それでも万が一に備えて、小学生の頃から使っている学習机の施錠している引き出しのひとつを付属の鍵で解錠し、2通の茶封筒を取り出す。

 

「あと、忘れ物は…」

 

 貴重品を学生鞄から愛用のショルダーバッグに移し変え、からくり箪笥から必要なものを取り出してから、縁側の先にある誰もいない居間に行き、保護者である母と家主の山鹿夫妻に宛てた手紙を居間のテーブルの上に、きちんとそろえて置く。しかし、それだけでは物足りないので、部活でまだ帰宅していない山鹿家長男と長女宛てに、それぞれ短い伝言を残した。

 学校まで走る前に、家の壁にかかって古びた時計を見上げ、時を刻む秒針を意味もなく眺めてるうちに、ここにはいない幼馴染を思い出して、気づけば耳元で呼び出し音が鳴っていた。

 

「…何やってんだ。あたし」

 

 無機質な音が繰り返し鼓膜を震わせる。

 彼は、電話に出ない。

 死ぬわけじゃないと頭ではわかっていても、生い立ちゆえに常時気が張って、万が一のことを考えてしまう。

 

「馬鹿みたい…」

 

 最初は、声が聞けるだけで良いと思ってた。

 でも、いつの間にか、それでは満足できない自分が心の片隅に()みつくようになって、(しつけ)られていない子供のように我儘(わがまま)を言ってきても、それに(ふた)をし続けて我慢してきた。最近になってそれに(ひび)が入り、段々壊れ始めている。

 

 ああ、だめだ。最近、心が弱くなっている。

 早く電話を切ろう。影山君に迷惑がかかる。

 

 数回の呼び出し音で見切りをつけて、液晶画面に表示された通話を終了する赤い電子ボタンに指先で触れようとした刹那(せつな)、単調か音がぶつりと途切れた。

 

『…もしもし? 黒崎さん?』

 

 表示が通話状態に切り替わって彼の声が耳に届いた瞬間、安堵している自分がいることに驚きつつ、『今はどうでもいい』と気持ちを切り替える。

 

「…すまない、影山君。今、時間大丈夫か?」

『? おう。大丈夫だ』

「そうか」

『…どうした?』

「君の声が聞きたくなって、気づいたらかけてた」

 

 電話口の向こうで、彼が『は?』と呆気(あっけ)にとられる声をあげたのを聞き、なぜだかわからないけど笑ってしまった。

 

「用はそれだけ。じゃあな」

『おう…』

 

 笑ったのが(しゃく)に障ったのだろうか。

 最後に聞こえた彼の声は沈んでいた。

 普段とは違う別れの言葉で会話を締めて、素早く通話を自分から切り、窓と元栓を閉めたことをしっかり確認してから、玄関を閉めてカエデが指定した場所へ走って向かう。いつも徒歩で通学している道が違って見えるのは、友達だと思っていた同級生の豹変の影響だと考えていた。

 

 

「来たね。じゃあ、終わらそう?」

 

 19時になる頃には、裏山のすすき野原にE組の面々が集まり、真冬なのにノースリーブのワンピースにストールという薄着の雪村あかりが出迎えた。普段と全く変わらない屈託のない笑顔で、カエデが殺せんせーに語りかけている。

 

「殺せんせー。せんせーの名付け親は私だよ? ママが『()ッ!』してあげる」

「茅野さん。その触手をこれ以上使うのは、危険過ぎます。今すぐ抜いて治療しないと、命に関わる!」

 

 担任の言葉を聞かずに、これまで過ごしてきた時間が全て演技だったこと。彼女の姉である雪村先生のことを話していった。それは同級生達も同様で、たとえ短期間でも、めいめいに雪村先生との思い出を語っていく。

 それは、あたしにも当てはまる。

 

「カエデ。あたしが雪村先生と過ごしたのは、…クソ野郎がくたばるまでの3日だけだった。短期間でも、彼女が誰かの死を望む人間じゃないことくらい、十分理解できる」

「何知った口きいてるの、紬? お姉ちゃんが、どんな死に方をしたのかも知らないくせにッ!! もう黙っててよ!」

「了解…」

 

 ヒステリックに叫ぶカエデを前にして口を(つぐ)み、あたしを挟むように優月とメグが寄り添って立ち、彼女達から肩を叩かれた。二人の顔を見比べてみれば、『黙るべきじゃないよ』と言いたげな表情をしている。

 イトナが、触手を後天的に移植された人間の特徴――体は熱く、首元だけ寒い――と告げていたが、カエデは、それを無視して触手から炎を発生させ、(むち)のようにしならせて『部外者達は黙ってて』と怒りをこめて告げた。

 

「どんな弱点も欠点も、磨き上げれば武器になる。そう教えてくれたのは、せんせーだよ。体が熱くて仕方ないなら、もっともっと熱くして触手に集めればいい!」

「駄目だ! それ以上は――」

 

 殺せんせーの言葉を遮るように、炎を(まと)った触手を地面に打ちつけ、イトナと対戦した時同様、すすきの一部を燃やして即席の(おり)を作り、二人だけの闘技場(リング)を完成させた。

 

「これで部外者のあたし達が隔離された。…見事な作戦だ」

「関心してる場合じゃないわよ、紬! 茅野さんを助けて!」

「無理言うな、メグ。今行けば、復讐に(とら)われてるカエデに殺される。今さらあたし達が彼女にできることは何もないし、()り遂げるのが本望なら好きにさせればいい」

「そんな…! 茅野さんが死んでもいいの!? 紬。ビッチ先生の時と真逆のこと言ってるじゃない!!」

「うるさい!! 黙って見てろ!」

『っ!!』

 

 大声が苦手な自分は、普段(あら)らげない声を張り上げて親友を黙らせる。

 誰もが絶望する中、彼女の活動時間が限界を迎える直前、隙をついて命を救うために渚がカエデにディープキスをして、殺意と復讐心の無力化に成功した。そして、殺せんせー自らピンセットで触手の除去に成功する。

 それを最後まで見届け、ようやく安堵できた。

 

「…ああ。カエデの暗殺が失敗して良かった」

 

 次の瞬間、突風が通り過ぎて、何かが殺せんせーの目を鋭く(えぐ)った。

 

『…えッ!?』

 

 E組全員の視線が一斉に向けられ、驚き、息を呑むのも無理はない。

 

 月光に照らされて黒い光沢を放って(うごめ)く、自分の(うなじ)――正確には、後ろ髪の生え際から2本の触手が生え出たからだ。

 

「今度は、あたしが()る番だな」

 

 珍しく自分の声が弾んでいるのも、三日月が刺繍されたネクタイの下にある心臓を貫かれて、殺せんせーが弱っているのもわかる。動揺している一瞬の隙を見逃さずに、コートの下に忍ばせていた対触手物質のBB弾をこめた銃を取り出し、脚を正確に撃ち抜いていった。

 標的の口から苦悶の声が漏れ出る。

 それでも構わずに腕に照準を定めたところで、力任せに千切られたものではない綺麗な断面が露出した。

 

「ぐっ!」

 

 彼の視線が別の触手へ注がれる。

 

「持ってる触手は2本だけじゃないぜ? 殺せんせー」

 

 触手の下からさらに2本の触手を増やして、普通のハンカチで柄を包んだナイフを掴み、その切っ先を標的に向けていた。

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