女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第1話 再会

 俺と黒崎さんが最近離れ離れになったのは、2年前。秋山小学校の卒業式だ。

 その時の写真は引き出しの中にあるものの、そこに黒崎さんの両親の姿はない。どちらも仕事の都合で来られず、かわいそうに思った俺の両親が、彼女を呼んで俺の隣に立つようお願いして2人並んで撮り、半目になる俺に対して、黒崎さんは優しく微笑んでいるのが印象的だった。

 

 

 次に再会したのは、中1の県総体会場の市立体育館。中2になった今年も、東京から応援に来てくれた。

 試合が終わり、観客席に繋がっている階段から2つの袋を持って女友達と降りてくる姿が遠くから見えて、なんとなく元気が無さそうに見えたから、後ろから聞こえる声を無視して、考えるより先に走り出して声をかけていた。

 

「黒崎さん、チッス…!」

「ああ。久しぶり。影山君」

「おう。…まだバレー続けてんのか?」

「先週辞めた」

「は!? なんで…?」

「事故に遭った父親の介護でな。母とは離婚してるから今いないし、あたしがやらなきゃいけないってわけ。…まァ、なんとかなるだろうよ」

 

 親のために大好きなバレーを辞める決断をして、普通なら落ちこむ状況でも、からからと気丈に笑ってみせる彼女に、つらい現状を聞き出して傷つけたことをすぐに謝る。

 

「サーセンした!」

 

 腰から直角に体を折り曲げる姿勢の俺に、珍しくあわてる声が上から降ってきた。

 

「とっ、とりあえず、顔を上げてくれ。影山君。頼むから。な?」

「上げねェ。…俺が悪かった。黒崎さんが言いたくないこと、無理矢理言わせた。だから――」

「君が気にすることじゃないから、謝らないで欲しいんだけど」

「嫌だ。謝る」

 

 すると、短く溜め息をつかれたと思いきや、視界から持っていた袋が消えた。たぶん、腕にかけたんだろう。しつこく頭を下げている俺を怒るんじゃなくて、『しかたがない』とでも言いたげに、少しのあきらめも含んだ明るい声でこう言われる。

 

「あたしがいいと言ってるんだ。いい加減、顔を上げてくれ」

「……」

「そうか…。じゃあ、こうしよう」

 

 彼女の細い指先が俺の頬からアゴに滑るように触れ、手首の返しで自然に上を向けられたことで強制的に視線が合い、黒崎さんが柔らかく微笑んでいるのが見えた。

 

「なッ…!!」

「これで上げたな」

「っ!」

 

 恥ずかしさで黒崎さんの指先から離れ、姿勢を正す。彼女はなぜか『ごめんな』と眉尻を下げて謝ってきて、持っていた紙袋を改めて持ち直してから、さらに発言を続けた。

 

「すまない。君の許可を得ずに勝手に触れて…」

「黒崎さんなら構わねぇけど」

「そうか」

「おう」

 

 そこで思いついたように、紙袋を手渡してくる。

 

「これ、土産だ。ひとつは、ご家族と一緒に。もうひとつは君のだ。邪魔にならない物を選んだつもりだけど、良かったら使ってくれ」

「え。あ、アザッス」

「どういたしまして」

 

 ふたつの紙袋を両手で受け取った後で、やっと彼女の友達に視線をやる。

 

「あ…。えっと…。友達の人も応援アザッシタ」

「こちらこそ、アザッシタ」

 

 黒崎さんの姿しか見えていなくて、彼女との会話に夢中になってて無視する形になったのに、女友達は怒ることなく、むしろ笑って許してくれた。だけど、俺と彼女を交互に見た後にニヤけ始めて、それを察した黒崎さんに脇腹を小突かれている。

 小学生の時とは違い、目がキラキラと輝いて楽しそうで、友達と普通に笑いあって仲良くする姿を間近で見て安心した。でも、ミーティングで一旦中学校に戻るせいで、俺にはあまり時間がない。

 

「…今日帰るのか?」

「いや。明日も応援に行くよ。だから、今日は泊まり。あ。おじさんとおばさんに、よろしく伝えてくれ」

「わかった。帰り道、気をつけろよ」

「ありがとう。影山君」

「おう」

「じゃあ、また明日」

「おう!」

 

 そうして何事もなく別れたけど、この時、彼女が部活を辞めた本当の理由をまだ知らなかった。

 

 

 翌日の試合後。

 昨日と同じ場所で待ち合わせて、代表して応援のお礼をお互い言った後、気合の入った口調で友達に力説している。

 

「今日も声援に熱が入ってたね。紬」

「観客席で出来る事と言ったら、声援しかないだろう。ただ傍観するなら、誰にでもできるからな」

 

 相づちを打つ友達との会話が終わるのを見計らって、俺は土産のお礼を言った。

 

「昨日の土産、うまかった」

「そうか。口に合って良かったよ」

「これ、母さんから。『ご家族で食べて下さい』って」

 

 スポーツバッグの中から取り出した、時期外れの桜柄の小さな風呂敷に包まれた土産を大切に受け取った黒崎さんは、嬉しそうに笑って礼を言った。

 

「ありがとう。容器は、今月中に返しに行く」

「おう」

 

 昨日みたいに拳を付き合わせかけて、家どころか黒崎さん個人の連絡先を知らないことを思い出す。今思い出してみれば、あの時、俺は胸騒ぎに似た直感が働いた。

 

 このまま何もしないで別れたら、絶対ダメだ。どうにかして繋ぎ止めておかねェと。

 

「黒崎さんっ! …えっと。連絡先、交換しても良いッスか?」

「いいけど、なんで敬語?」

「わかんねェ…」

「なんだそれ。面白いな。影山君は」

 

 心配されていることを知らずに、肩を揺らして微笑む彼女をぼおっと見ていたせいで、声が一時的に聞こえてなかった。黒崎さんが、ジャージの(すそ)を遠慮気味に引っ張っているのに気づいて我に返り、彼女の青みがかった茶色の瞳を見る。

 

「――い。おい。大丈夫か? 影山君」

「え? あ。おう」

「良かった。ラインで送ったほうがいい?」

「そうだな」

「ちょっと待って。……はい。これ、あたしの番号」

 

 黒崎さんのスマホには赤外線通信機能がないらしく、電話番号を口頭で言わずに液晶画面に直接表示し、携帯で必要な操作をしたはいいが、次は何をしたらいいか全くわからずにいると、向こうからこう提案された。

 

「あたしの番号に、一度かけてくれる? そうしたら君の番号が判るから」

「ウッス」

 

 どうにか彼女のスマホを鳴らす事に成功して、目の前で登録してくれている最中に、女友達が黒崎さんに近づき、ニヤけながら俺にも聞こえるように告げる。

 

「あー。そういえば、紬が男友達と連絡先交換するの、初めてじゃない?」

「影山君は大切な友達だからな。このまま疎遠になりたくないんだ。…登録完了。優月。ちょっかい出すのやめろ」

 

 『ゆづき』と呼ばれた女友達は『ほほぅ』とこぼし、意地の悪そうな笑顔を隠せないでいたけど、俺は黒崎さんの言葉が嬉しくて、口元が緩んでしまうのを隠すために拳を前に突き出す。

 

「頑張れよ」

「ありがとう」

 

 元気がなさそうに思えた俺の直感が間違ってたのかと思うくらい、彼女は晴れやかな笑顔で拳を突き合わせてくれた。

 

 

 その日の風呂上がりに、携帯のランプ部分が点灯しているのに気づいて開くと、一件のラインが来ていた。

 そこには、土産の感想と容器を返すために都合の良い日はあるかという質問と一緒に、俺の家の住所を尋ねている。家に行ったことがあるのは一与さんの家で、影山家ではない。だから、俺の家を知らないというのは当然のことだった。

 

「……んぬん…」

 

 いろいろ頭の中で思うものの、俺の返事は二言で済ますほど短かった。それでも、また黒崎さんと連絡が取れるとは思わずにいたから、お互いの近況と連絡先を知ってワクワクしている。

 

『これからもよろしく。あたしも、無理しない範囲で親の介護がんばるぞ!』

 

 やる気に満ちた言葉に一人部屋で控えめな笑い声が響き、『がんばれ』の一言を送って、今日の分のトレーニングを開始した。

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