女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第30話 黒脛巾護の目的

「なぜ命令違反をしたんだね?」

「黒崎紬の命が危険に(さら)されていたからです。今も状況は(かんば)しくありませんが」

 

 12月16日、金曜日。

 『黒崎さんが無事退院した』と、今朝方園川から連絡を受けた日の夜。

 俺は、黒脛巾護の上司でありながら、眼前で深く椅子に腰かけている情報本部長に、今回明らかになった命令──黒崎紬との接触禁止──の真相と、それを知らされていなかった原因を追及するために同席している。

 

「すると、一生徒のためだけに命令を反古にしたのか。…大した度胸だな」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 誰も褒めていないのはわかっているが、今年3月に三等陸尉になったばかりの新人は、尾長本部長相手に堂々と言ってのける。

 

「本部長。責任者の自分から見ても異様な人事ですが、いかなる意図があって彼を配属したんですか?」

「そ、そんなものアレに決まっとるだろう。ほら、主席で卒業して――」

「静岡の研究所」

 

 本部長の言葉を遮って、黒脛巾が告げた短い言葉に疑問符を浮かべて彼のほうへ振り返ると、わずかに口端を上げて微笑んでいるが、その瞳は全く笑っていない。

 

「っ…!」

「何を言ってるんだ、黒脛巾?」

「やはり本部長はご存知でしたか」

 

 今度は爽やかな笑みを浮かべて、見る者を困惑させるが、俺は、部下が何を言っているのか全く理解できていない。

 

「それを世間に公表されたくなければ、地球が無事であっても、引き続き、自分を防衛省に置いて下さい」

「わ、私を脅迫する気か!」

「はい。それを抜きにしても、とりあえず卒業までは、自分の妹を含めたE組の支援を、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 礼儀に基づいて深々と礼をする部下は、本部長の部屋を足早に出ていき、俺は上司に『黒脛巾を見張れ』と命令を受けたが無言を貫いて、結局一礼して退室した。

 

 

 廊下で呼び止めると、『ここではなんですし』と言って改めた場所は、職場から徒歩30分ほどの場所にある防音が施された居酒屋だった。お通しを箸でつまみつつ、焼き鳥を数本とビールをジョッキで2杯頼む。

 

「…それで、どうして研究所のことを言ったんだ?」

「本部長を揺さぶるためです。正確には彼が何を知り、どこと繋がっているか探るためであって、まだ序の口。詳細はこれから話しますが、本部長に自分を見張るよう言われたのでは?」

「…そうだ」

「では、ここから先は聞かなかったことにして下さい。自分のことも、名前か階級で呼んで構いませんよ。母と同じ苗字ですから混乱するでしょう」

「わかった。聞かせてもらうぞ。護」

 

 彼の来歴に、妹の黒崎さんが深く関わっていることは間違いない。

 黒…。護も暗にそれを肯定した時、扉の向こうから店員が室内に入る許可を求め、了承してジョッキをふたつ受け取った。

 

「自分が陸自に入ろうと思ったきっかけは、紬が家政婦に誘拐された日です。全ては、少しでも紬に繋がる情報を手に入れるために。だから、俺には国家に対する忠誠心はありません」

 

 その時、脳裏に『復讐』の二文字が浮かび、20代半ばの彼が、暗い衝動に突き動かされるのを必死に抑えるために、膝元で拳を作る様子を決して見逃さなかった。

 

「待て。防衛省と黒崎さんの双方に、なんの関係があるんだ?」

「防衛省の組織図に書かれていない部署。それが、妹がいた研究所です。…酒が不味(まず)くなる前に飲みましょう」

「どこまで把握してる?」

「ある程度としか」

 

 そこまで聞いてから護が先にジョッキを掲げ、分厚いガラスの縁をかつんと合わせてぐっと(あお)る。

 三者三様の過去を知った後に、さらにとんでもない事態を聞かされていると自覚し、防衛省の組織図に書かれていない部署の存在をなぜ三尉が知っているのかも気になり、ここは潔く腰を据える。すると、俺の態度に気を良くしたのか、対面に座る部下は薄く笑った。

 

「まず、自分が影山君に言ったのは、殺せんせーではなく、紬が死ぬ可能性です。暗殺教室に関連することは、一切口外していません」

「それは解ってる。影山君とはバレーの応援で接触しているし、彼は、黒崎さんの機転でタコの着ぐるみを着た先生と思いこんだままだ」

「それじゃ、紬はあの触手の動きをどう説明するんですかね?」

「…ラジコンで動かしてるとか適当に説明するだろう」

「ははっ。あり得そう!」

 

 そこで初めて、彼の青年らしい爽やかな笑顔を目の当たりにし、ジョッキ片手に数秒呆気にとられたが、それはすぐに消える。

 

「…次は?」

「彼らに暗殺を依頼した時、『口外した場合、記憶消去措置を施す』と(おっしゃ)いましたね。それは実証されているでしょう?」

「っ!」

 

 幼馴染の影山君や、家族の母と兄の記憶をなくしている黒崎さんが脳裏に浮かんだ。

 

「だが、軽く見積もっても10年近く前だ」

「そうですね。記憶消去できる薬が表に公表されたのは4年前ですが、あれは、高血圧の患者に投与される薬の成分を応用したもので、悪用されないように厳しい規制がかけられています。…これを見て下さい」

 

 護が鞄から取り出したタブレット端末には、ある図表が映し出されており、見慣れない薬品の数々で備考欄には『有害』と赤く表記してある。これでは、どれを投与されたのかわからない。

 

「紬に投与されたのは、意図的に脳に損傷を与えて重度の記憶障害を起こし、自我のない赤ん坊同様にする類の薬品です」

「どこでこれを…?」

「それは秘密ですが、自分を形成する記憶を全て失った紬は、父と名乗る男に日常的に暴力を受け、母に護身術を教えられ、逃げ場がない状況下にいました。そして、レバノン行き。戦闘行為もあるなら、必然的に心の傷も増え、最悪、寝込みを襲われた可能性もあります」

「だが、誰も治療しなかった…。日常と化しているからこそ、誰かに助けを求める思考に至らないのか」

 

 そこで護が一度頷き、『お先に失礼します』と断りを入れてから、お通しを箸で少しつまんだ。

 たとえ、山鹿夫妻によって救出されて日本に帰国しても、居場所として()りこまれた静岡の家に帰るしかなく、母国語を忘れた状態で再度ゼロからのスタートになる。塾に通っていたとしても、1年で平仮名から小学3年生までの内容を理解し、それを網羅したのは、彼女の努力の賜物だ。

 店員の気配を察知した護は、液晶画面を電源を押して一時期に真っ暗にしてから、入室の許可を出す。それぞれの焼き鳥を受け取ってから差し障りのない話題を提供され、遠くに離れたのを確認してから再起動し、画面を横滑りさせて本題に戻った。

 

「ここまでが、小学校に通う前の情報です」

「ああ、そうか。そこで影山君と再会すると…」

「確かに再会ですが、そんな簡単に出会います?」

「…まさか、わざとか?」

「影山家。その中でも、飛雄君と姉。祖父とは、自分の祖父と仲が良くて会っていたようでした。…身辺調査をすれば、誰にでもわかることです」

 

 研究所の者は、実験の一環として彼が住む区域に割り当て、周囲の者の反応を伺ったのだろう。当然、その話は護の祖父の耳に入るが、『僕には助けられない』と電話口で話したそうだ。

 

「防衛省上層部と問題の研究所は、十中八九グルです。さらに情報を付け加えるなら、俺は、紬や紬のような子達を自由にするため。中枢に潜入して、ふたつの組織が繋がっている証拠をつかむためだけに、防衛省(ここ)に入りました」

「そうか」

 

 そこまで聞いて、俺は国家機関に疑問を(いだ)き始めたが、とりあえず一段落したことで話題を変える。

 

「話を変えるが、今朝妹が退院した」

「そうですか」

 

 明らかに安堵の表情をした彼を見て見ぬ振りをして、俺は酒が入った杯を片手に持ち、ひとつ情報を加えた。

 

「今日の昼に、『母と兄の連絡先を知りたい』と連絡があった」

「…は?」

「本人は過呼吸を起こしても、前に進もうとしてる。…お前はどうだ?」

「自分は…、昔と同じようにいかなくても構いません。紬が望むことはなんだってやります」

「成立だな。週明けに教えるぞ」

「ありがとうございます、烏間さん…!」

 

 対面に座る自分に深々と頭を下げる様子を見て、少し(うらや)ましく思い、そのまま胸の内にしまう。

 

「大事にしろ」

「はい!」

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