女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第32話 1%でも

「黒崎さんの場合は、感情が欠落しているのではなく、平時と有事の感情の切り替えが瞬時にできてますよ」

「いきなりなんですか? 殺せんせー」

 

 先週の分裂以来、殺せんせーは以前と変わらないものの、なにかと気にかけるようになった。

 

「一流の証ということです」

「それはどうも」

「お母様の教育のおかげですねぇ」

「……」

 

 護身術はともかく、殺人術が教育と言えるのか(はなは)だ疑問で、こうしてどうにか生きているのだから『良い』ほうだろう。先日、母と話し合ってから、何かと褒められるたびに、電話口で告げたばかりの感謝や恩義の気持ちがじんわり沸き上がってくる。

 

 話を元に戻そう。

 

「暗殺教室、季節外れの自由研究テーマ! 宇宙ステーションをハイジャックして、実験データを盗んでみよう」

 

 話の脈絡など諸々無視して、殺せんせーが朝のホームルームでそう言った。

 『Made in Japan』と言えば聞こえはいいが、ひなたは技術面で心配しているらしい。しかし、そこは各国の信頼度があるため安心できると、殺せんせーが告げる。そうして、皆が得意分野ごとに分かれ、自分なりに級友達に意見していった。しかし、機械系は完全に畑違いなので警備員に発見された場合も含め、律によって自分のタブレット端末に転送され、映し出した衛星写真と照らし合わせつつ、様々な観点から侵入と脱出経路を見いだしていく。

 

「律。どうしてUSBメモリがふたつも必要なんだ? ひとつでいいだろう」

《個人的に、ちょっとした依頼がありまして…》

「防衛省…? 違うか。《瑪瑙》?」

《秘密です》

 

 それっきり、律は遠隔操作用ウイルスを作ることに専念して沈黙してしまった。

 

 

 翌週の日曜日。

 ロケット打ち上げとデータ収集双方が成功した後、愛美が解読した結果、ある薬品を定期的に投与することで地球が爆発する可能性が1%以下になると判明し、彼らは歓喜する。

 

「お前ら、楽観的だな。1%でも爆発の可能性が残っているのなら、それは百と同じだ。ゼロでない限り喜べる状況じゃない」

「そんな言い方ないでしょ。紬」

「批判はゼロになってから言えよ、メグ。愛美は、記載されている薬品を作って、殺せんせーに投与してくれ」

「は、はいっ!」

 

 皆の士気に下げる真似――水を差すようなことをしてでも、ここで同級生の意見に流されて、『やった!』と一緒になって喜ぶわけにはいかない。

 他人から後ろ指を指されることなど慣れている。

 

「あたしは、1%で喜べる君達が心底(うらや)ましいよ」

「紬! 待っ――」

「殺せんせー。あなたの対処法がわかったので、今日はもう帰りますね」

 

 いつになったら、あんなふうに子供らしく一緒になって喜べるのだろう。自分には、まだわからない。

 

 

 独り山道を降りていく中、有線イヤホンから律の声が響いた。モンキー・マジックの曲をかける直前で、否応なしに不機嫌になる。

 

「…なんだ。律」

《あなたに会いたいという人がいます。今からお繋ぎしますか?》

「人?」

《いえ。人工知能と言ったほうが正確です》

「そうか。…どうぞ」

 

 数秒の沈黙があって、少年の声が割りこんできたが、画面は音楽を再生する前のままで通話状態にならず、端末の故障を疑った。

 

《あー、テストテスト。音量、音質いかがでしょうか。あ、ついでに画質も異常ありませんか?》

「良好です」

《じゃあ、顔を見せてくれ。真っ暗でなんも見えませーん》

「インサイドカメラで見えてるでしょう。冗談はよして下さい」

《いやァ。どんな反応するか見たかっただけなんだ。ごめんよ》

 

 画面が一瞬暗くなって明るくなったかと思うと、顔の前で手を合わせて、必死に謝る人工知能の姿が現れる。

 その人。いや。その人工知能は律とは正反対で、襟元から耳元までさっぱり刈り上げた御空(みそら)色の髪に、(すず)色の瞳を持った少年だ。

 

《俺は、民間警備会社《瑪瑙》の人工知能。東雲(しののめ)しのぶだ。よろしく。黒脛巾紬さん》

「黒崎です。ご用件は?」

 

 自分の電子機器に勝手にインストールされて、新しく割りこんできた人工知能は、ぱちくりと瞬かせて不思議そうな顔をした。

 

《君の生存確認をすることと、できる限り助力することの2点。それが俺に課せられた任務だ。あと、俺とはタメ口でいいぜ》

「そうですか。では、遠慮なく。…助力はいらん。生存確認も終わったな。律、お帰りだぞ」

 

 しかし、律は無反応だった。

 いや。しのぶの後ろで、申し訳なさそうに眉を下げている。

 

「…律?」

《まだ話は終わってない》

 

 座布団が表示されてから、それまでのあぐらから正座に姿勢を整え、洋服から和服に変わり、少年の口調。表情。声音全てが真剣なものになった。それだけで、こちらまでぴしりと姿勢を正してしまう。

 

《紬の母親。美鶴は、ご存知の通り《瑪瑙》に勤めてはいるが、例の研究所に監視されてる今、俺にお前さんの情報を渡してこない。だから、独自にウイルスを作った末に、そこの律にデータを渡して、拡張したネットワークで接触できたんだ》

「……」

《先週、検査とやらに行っただろう? ちょいと静岡駅の監視カメラを借りたんだ。個人の失敗で生み出して、国が命じた殺せんせーの暗殺に失敗したからといって、あいつらが簡単に紬を手放すと思うか? 思わないだろうな。お前さんは、あいつらに取って金の卵のひとつ。美鶴が俺に情報開示しねえってンなら、本人に直接聞くしかもう手段が残ってねえのさ。…なァ、紬。もうこれ以上、馬鹿げた計画の犠牲者を増やしたくない。……頼む。この通りだ》

 

 落語家のように口達者で熱弁する人工知能は、テレビドラマに出る昭和の刑事かと思うほど、正義感が強く諦めが悪い。だが、そんなに悪い気はせず、結局、少年の姿をした人工知能に根負けする形で助力を申し出た。

 

《…それで、何をされた?》

「言わなきゃ駄目か?」

《ったりめェだろ》

 

 べらんめえ口調とでも言うのだろうか。

 畳まれた扇子の先を突き出すように、びしっとあたしを差した。いつから稼働しているのか判らない相手に、ため息をつきたい気持ちを抑えておとなしく白状する。

 

「次の実験に向けて支障がないか、その確認をされた。詳しくは知らされてない」

《実験?》

「そう言われた」

 

 イヤホンを耳から外して、乱暴にコートのポケットにスマホごとねじこみ、胸中にふくらみ続ける感情に苛立つ。

 

 イリーナ先生は、烏間先生に救われた。たぶん、卒業後に折り合いをつけるだろう。

 殺せんせーは、爆発の威力を抑える手立てが見つかった。毎日投与すれば、被害は最小限になる。

 なら、あたしは?

 

(殺せんせーの暗殺に失敗したからといって、あいつらが簡単に紬を手放すと思うか? …思わないだろうな。お前さんは、あいつらに取って金の卵のひとつ)

 

 しのぶの言葉が頭にこびりついている。

 自分が救われる可能性は、ゼロだ。1%すらない。

 自分だけが、まだ暗闇の中にいる。いくらもがこうとしても(いばら)のようにどこまでも絡みつき、光はずっと遠くにあって届かない。

 そこで、ないない尽くしの絶望に膝を屈しそうになった自分にまた腹が立ち、E組と本校舎の境界線にあるフェンスを力任せに殴った。がしゃんと音がして、その余韻が響いているうちに深呼吸する。

 

「あー…、ダメだ。クソ」

 

 研究者達(あいつら)は、あたしが絶望することを望み、傀儡(かいらい)にしようと目論んでいる。

 そして、さっきまで罠に見事に()まっていた自分が情けなくなり、イヤホンを片耳につけ直し、マイクに向かってしゃべる。

 

「…しのぶ」

《はいよ》

「来月また検査がある。その時に、サボりたい」

《それは本来の意味で?》

「Positive.」

 

 自由がなきゃ、自分で(つか)めばいい。

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