女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第35話 拙い恋心

「岡島。なにそわそわしてんの?」

「べ、別に~」

「バレンタインチョコね」

「そ、そんなんじゃないんだからね~」

「キモッ」

「黒崎さん容赦ねぇな」

「どうも」

「褒めてねぇよ」

「……」

「無視やめて!?」

 

 同姓愛者を嫌悪していると公言する黒崎さんは、岡島がふざけてそうするだけでも、露骨に嫌な顔をして堂々と吐き捨てる。傷つく岡島を無視して、自分の席につく間に彼女と視線が合い、優しく微笑まれた。澄んだ碧眼が、俺の目にはまぶしく映る。

 

「おはよう。赤羽」

「おはよう。黒崎さん」

 

 何気なく朝の挨拶を交わした後、スポーツバッグから箱を取り出して俺に差し出してきたから、一瞬だけ本命だと期待した自分がいた。

 

「はい。赤羽のはこれ」

「ありがとう。…いただきます」

 

 土台は同じチョコのカップケーキでも、プレートがそれぞれ違った。

 俺の分は、クランベリーを使ったソースとチョコペンで描いたゆるキャラ風の似顔絵で、寺坂のはジャイアンのギザギザ柄といった感じで、一人一人区別するためにあり、女子の分も作ったらしい。それだけの手前暇をかけてくれたのが嬉しい反面、胸のどこかが悲鳴をあげているのを先々月の件──触手隠し持ち事件──で唐突に理解した。

 自分でも愚問だとわかってるくせに、朝のホームルーム前になんとか全員に配り終えた黒崎さんに尋ねずにはいられなかった。

 

「黒崎さん。影山君にもやったの?」

「ああ。今日の夕方から夜には、家に着くと思う」

「同じやつ?」

「いや。ちゃんとした店のやつ。スポンジケーキとか柔らかいものだと、郵送中に崩れるから焼き菓子で。あ。でも、来年からやっと手渡しできるのか」

 

 その時、無性に一人拳を作って意気込みを語りながら顔を(ほこ)ばせ、暗に宮城の高校に行くことを示した黒崎さんを、自分の両腕に閉じこめたい衝動に駆られた。しかし、『いくらなんでも、それは無理じゃね?』と冷静な自分が心中で告げ、おとなしくそれに従う。

 

「…赤羽? どうしたんだ、ぼーっとして。熱でもあんのか?」

「いや…。ないよ」

「そうか」

 

 喧嘩っ早い性格で、停学を食らうまで毎日正義という名の暴力を振るっては荒んでいた俺は、1年生の時に誰が相手でも物怖じせずに意見を言い、噂に左右されずにしっかり自分の目で見て判断できる人がいるという情報を得ていた。そして、体育祭で黒崎さんにさりげなく接触して、冗談を飛ばしながら密かに信頼していた。

 こうしてE組で一緒になってからは、必然的に会話や会う頻度が上がり、人の本性を見抜く一面を見せた彼女に一目置くうちに、自分でも驚くほど無意識に()かれていたのかもしれない。

 

「辛かったら遠慮なく言えよ」

「わかった。…黒崎さんは心配性だな」

「当然だろう。信頼できる級友なんだから」

 

 同じ信頼でも、影山君と比べて意味が違うことはもうわかっている。

 俺は、胸中に沸き上がる虚しさを隠すように彼女の信頼されている事実に笑い、黒崎さんは、俺の意図に全く気づかずに一緒に笑ってくれた。

 

 

 その日の放課後。

 なんやかんやで茅野さんの悩みに付き合い、渚にチョコレートを渡すまできちんと見届け、中村さんの考えに巻きこまれた黒崎さんが、俺と中村さんに挟まれる形でちょこんと地面に座っている。

 

「…なあ、赤羽。莉桜」

「ん?」

「なに、紬?」

「なんでみんな赤面してチョコ渡すんだ? 感謝を伝えるだけなのに、興奮したり緊張する理由がわからん」

『…は?』

 

 まさかの発言に、俺も開いた口が塞がらなかった。

 

「ちょっと待った。紬は、バレンタインを『感謝を伝える日』だと思ってたの!?」

「うん。……え。違うのか? 『今日は感謝を伝える日だ』って山鹿さんとかに教えられたから、てっきりそうなのかと…」

「いや。厳密に言えば間違っちゃいないけどさ」

「じゃあなんだ? 教えてくれ。赤羽」

 

 チョコを手渡され、受け取った時の気さくな反応から違和感を感じていたが、教えられたことを疑わずに素直に信じる黒崎さんに頭を抱える。中村さんもこらえきれずに、吹き出して笑いだした。

 

「日本では、好きな男子に渡すんだ」

「? あたしは好きだぞ。赤羽のこと」

「っ! …それは同級生としてだろ」

「ん」

「俺が言ってるのは、恋愛感情のほう」

「恋愛…? ……あー、そうか。それなら、あたしには縁遠くて、到底理解不能な感情だな」

『でしょうね』

 

 自己分析してきっぱり言い切った黒崎さんは、俺達二人の言葉に傷ついた様子はなく、むしろ納得していて、恋愛感情を自覚するまで相当長い道のりになると、密かに察して説明をあきらめた。そして、長年の疑問が解消されて上機嫌で山道を下り、鼻歌を歌いながら下校する同級生の背を見送る中、隣にいる中村さんが俺に向かって告げる。

 

「…烏間先生まではいかないけど、渚並みに鈍いね」

「ああ。それに、黒崎さんは俺を選ばない」

「そうかな…?」

「邪心に従ってこんな写真撮ってるヤツより、自分が死ぬかもしれないのに、必死に行動して止める男子のほうが、黒崎さんにはお似合いだ」

 

 スマホを操作して、黒崎さんの首筋に噛みついている影山君の写真を、自分の(つたな)い恋心と共に電子上のゴミ箱に捨てた。

 

 

 翌朝、黒崎さんは珍しくイヤホンを耳につけたまま上機嫌で、ゆったりした曲調を鼻歌で歌いながら、木造の正面玄関口をくぐっていた。

 

「おはよう、黒崎さん。それなんて曲?」

「おはよう、赤羽。夏目友人帳っていう漫画原作の、アニメ一期オープニング。歌詞が良いんだ」

「へぇ」

「聞いてみる?」

「いや。曲名教えてくれれば、自分で検索するよ」

「じゃあ、これ」

「ありがとう」

 

 イヤホンを外して液晶画面に映し出されたのは、再生を止めた状態の『一斉の声』という曲で、(こえ)と書いて(せい)と読むらしい。

 上履きに履き替えて右に曲がり、軋む廊下の先にある『3ーE』の看板がかけられた教室へ、二人並んで歩いていく。

 

「で、なんかいいことあった?」

「うん。影山君に、来年は直接渡す約束ができたんだ。この一年でお菓子作りにそこそこ自信持てるようになったし、良いこと尽くし。すげー嬉しい…!」

 

 よほど嬉しかったんだろうというのは、普段大声を出さない黒崎さんの高くなって弾んだ声と、(まぶ)しい笑顔を見せてきたことで容易に想像できた。無意識にぐっと拳まで作って高揚している様子を見て、まだ癒えていない心がずきりと痛む。

 

「良かったじゃん。進学先は宮城?」

「ああ。烏野に受かったら、そっちに行く」

「え? バレーで強いとこは?」

「あそこは、スカウトされなきゃ入れない。お呼びじゃないなら違うとこに行くのが道理だろう」

「そっか…」

 

 公立の烏野と併願で受けていることは、片岡さんとの会話が偶然耳に入って知っていて、私立の新山女子には先日合格している。夢中になれるバレーを第一に考えて選んでいるのを間近で見て、文字通り背中を押すことはできないから、せめて言葉で応援したくなった。

 

「俺、バレーは授業くらいしか知らないけど、黒崎さんなら烏野余裕じゃね?」

「そりゃ余裕だけど、油断禁物だ。落ちたら浪人する」

「普通、この時期に『落ちる』とか『滑る』って言葉は禁句なんだよ」

「え。知らなかった…」

「だろうね。ま、俺は応援してるよ」

「ありがとう」

 

 まっすぐ目標に突き進む姿に()かれた俺は、一生友達でいることを選んで、教室に入る前にお互い笑い合い、拳をごっと鈍い音を響かせて突き合わせ、眼前にある木製の扉をがらりと開けた。

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