「紬のおかげで、あんな面白い展開が見られるとは思わなかったよ」
「面白いってなんだよ。そこは熱い展開だろう? 『男バレの試合を生で見たい』って、先月頭に言ったの優月だからな」
「それは認めよう。でも、影山君に
「あれは、影山君が頑固だったからそうしただけで…。申し訳ないと思ってる」
大会会場を離れて話しているのは、親友の一人である不破優月。
彼女とは、去年の総体後に椚ヶ丘駅近くのセブンイレブンで、暇潰しで週刊少年ジャンプを読んでいた時に話しかけられ、漫画や好きなファッションスタイルが似ているなど、共通点の多さと人間性で仲良くなり、たまに遊びに行く仲になった。
「紬。バレー辞めて後悔してない?」
「親の一大事なら、環境も必然的に変わる。あたしは、それに従うだけさ」
影山君には劣るものの、バレー部に所属していた頃は部員達に言わせれば、『卓越した技術と戦術的頭脳』により、高確率で得点を決めていたため前述の
入学時から学年が上がるにつれ、
話を元に戻そう。
そうして物思いに沈んでいる間にも、優月は今日の観戦内容に関して熱弁を振るっていたようで、終盤まで耳に入らず全く聞いていなかった。
「――いや。試合自体は紬の言う通り熱かったよ。でもね? 私の着眼点は、そこじゃないのだ」
「……おい。本当にやめてくれ。あたしに少女漫画みたいな甘ったるい展開を期待されても、はっきり言って迷惑だ」
「え~? 面白そうなのに」
「全然面白くない。ほら。行きたい店があるんだろう? 新幹線に乗る前に行くぞ」
「あ。そうだった」
意図的に話題を変えて追求を逃れて、観光をした昨日とは違い、ネットで見つけた仙台駅近くにある牛タンの名店『牛タン料理
満足して退店し、駅ナカにある店で土産を選んでいる最中に、優月が自分におもむろにこう言われる。
「紬って良い子だよねー」
「そう?」
「え? 褒められたことないの?」
「親になら皆無だな」
「ごめん。で、でも、私はいっぱい紬のこと褒めてるでしょう?」
「ああ。同級生とか先生みたいにヨイショしないで、ちゃんとあたしを見て評価してくれるから、優月とメグが好きなんだ」
E組に落ちたからと言って手のひらを返して評価を変える大人も、それに同調して
「紬?」
焦った声音の優月に名前を呼ばれて、手に他人の温もりがじんわり広がり、あれこれ考えていた自分が無意識に握力を強めたせいで、卵プリンの箱の包装が一部分破れていることに気づいた。冷静になるためにうつむいて一呼吸置き、ひとまず優月に謝罪する。
「…すまない。親の顔思い出しちゃって。これはちゃんと買うよ」
怒りに任せて物に当たるなど、感情を抑制できていない証拠だ。
内心反省してから、牛タン丸ごと一本や仙台長那須漬けなど、介護ヘルパーの方々や部活とクラスの分の人数計算はしているものの、胸中の
あらかた選んで会計に並ぼうとすると、彼女に手招きされて遠くから呼ばれる。
「なに?」
「ご当地とコラボしてるキャラクターだって。買う?」
「買う」
今まで自分のことで精一杯で、かわいいものに目もくれなかったが、その時は苛立ちと精神的に疲弊していたのだろう。ずんだキーティのボールペンと伊達政宗ライラックマのタオルを即刻選んで、新たに購入する物を決めた。
そうして、20時を回った頃に椚ヶ丘駅に着いて優月と別れ、あたしは独り自宅近辺までのバスを待つ間、帰宅すれば父の介護が待っていると思うと、ずん…と両肩が重くなる錯覚に陥る。ため息をつきたい気分だが、今日はヘルパーさんに夜までやってもらっているので、それを控えた。
スーツケースから一時的に手を離し、両手で頬を包みこむように音を立てて叩き、気持ちを切り替えて気合いを入れる。
愛情とは無縁の人間を相手するのは気疲れするものだが、今さら期待しても無駄だ。
「よし…!」
何事かと周囲の人の視線を浴びるが、そんなの知ったこっちゃない。介護は先週から始まったばかりだ。これくらいで根を上げては、自分に負けた気がする。
持ち前の負けん気を前面に出して、路線バスに乗りこんだ。
21時を回った自宅には、まだ灯りが灯っていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。紬さん」
「遅くまですみません、高野さん。ありがとうございました。これ、仙台土産です」
「あら。わざわざありがとうございます~」
家主の娘が帰宅したことで、在宅介護の援助者である高野さんと役割を代わりしっかり戸締まりをした後で、事故に遭って寝たきりになって自室を介護仕様にした父と2日ぶりに顔を合わせる。
「調子はどうだ。クソ野郎」
「すこぶる悪いぜ。クソガキ」
「そうかい。じゃあ、そのままくたばりな」
高野さんが部屋に引っこんでいなくなって早々、到底親子とは思えない罵詈雑言の応酬をしてみせ、これみよがしに牛タンが丸ごと入った紙袋を見せてから、冷蔵庫がある台所に鼻歌を歌いながら向かった。背後からやせ我慢の言葉をかけられようと、心が揺らぐことはない。
「おい。もう夜なんだから静かにしやがれ。近所迷惑だろ」
「テメェが俺を放置したからだろうが!」
「今さら構えと? 散々暴力振るって、まともな飯も与えずに育児放棄して、ずいぶんな物言いだな。ヘルパー呼んでもらえるだけありがたいと思えや」
学費面で援助したのは父だが、恩義などこれっぽっちもない。むしろ、最低限の読み書きなどを教えたのは母のほうだ。
舌打ちひとつして脱衣所に直行し、うがいと手洗いを済ます。スーツケースから洗濯物を引っ張り出してネットに入れ、洗剤を入れてから縦型洗濯機を回す。ごうんごうんと音を立てるそれを前に、独り力なくフローリングの床に座りこんだ。
「クソ…」
今回の旅行は、自由の前借りだ。
父の車は交通事故の影響で廃車となり、母の助けもなく、これから学業と並行して高野さんと二人三脚で協力して介護をしなければならない。
「…大丈夫。あたしならやれる」
自分を鼓舞するようにつぶやき、立ち上がって2階の自室に下着と寝間着を取りに行って、8畳にも満たない部屋を出ていく前に影山君の土産をつまみ食いし、ラインを送った後は、下らない悩みなど隅に追いやった。