3月6日。火曜日。
遠くに見えているE組の校舎がある山一帯が、普通の建物に擬装した砲台から照射されたレーザーのドームで覆われ、自宅の屋根から見える光景と手元のスマホから流れる速報に舌打ちする。
「発動したな。律」
《はい。黒崎さんが行った偵察と推測によって、私が事前に予測していたほど、同級生達の動揺の値は若干低くなっています》
「それは、理性を最優先した場合の動揺の値だろう? みんなは、理性より感情を優先して学校に足を運んで、欲深いマスゴミの餌食になった」
有事になった時に感情に左右されないことが、自分が暗殺者として生き残るために教えられてきた弊害だと感じ、年相応に心の赴くままに行動できる彼らをうらやましく思えた。
「大人達は、すでに全人類の不安を
《黒崎さんは止めないんですか?》
「やりたいようにやらせればいい。明日は、烏野の面接で宮城に着いてるから、あたしはみんなと一緒に行動できない」
返事をした後にお邪魔していた2階の部屋から自室に戻り、ノートパソコンを起動させた後、影山君からの電話を受信するが長く構っていられない。手短に話そうとすればするほど、どうしても口調が厳しくなる。
「国家機密の極秘任務だったんだ。君に話せるわけないだろう? ……じゃあ、今言える事を話す。これから1週間、君とは連絡が取れなくかる。以上。おやすみ」
通話を切った直後、一時的に着信拒否の設定をして、これで友情に
「赤羽達が会った男達の情報を集めるから、律はサポートに回ってくれ。ここから単独で行動に移る」
《どうされるんですか?》
「手段を選ぶ時間がないから、山鹿さんの人脈を使う。各国のお偉さん方と、ただの仕事と
ノートパソコンを起動させたまま自室を出て、筋トレ中の美空さんに話しかけた。
「…あの。美空さん」
「あら、どうしたの? 紬ちゃん。忘れ物?」
「いえ…。美空さんに取り急ぎ頼みたいことがありまして…」
「?」
「レバノンにいた時に傭兵集団の噂を聞いて、気になってるんです。明後日までに彼らの情報が欲しくて…」
「んー。そういう類なら、夫が詳しいわ。昔、傭兵やってたから」
家主の山鹿武彦さんは、自分のことをあまり話す人ではないから、傭兵をやっていた過去があったとは初耳だった。思わぬ情報に内心歓喜する。
「ありがとうございます…!」
「武彦さん。紬ちゃんが、あなたに聞きたいことあるんだって」
「え。俺?」
タンクトップにくるぶし丈のスパッツを履いて、妻と一緒に筋トレをしていた武彦さんは、まさか自分に用があるとは思ってなかったらしく、タオルで汗を拭きながら目を丸くした。
自分の過去を知っているため、あたしと二人きりになることはなく、部屋の扉を開けたまま妻を間に挟む形で床に正座する。天井にカメラを設置するなら、自分達は三角形になって座っているだろう。
「用って何?」
「傭兵集団《群狼》のことです」
彼は一度頷き、『わかった』と言ってクールダウン後に情報収集を開始した。
あたしは一礼して自室に戻り、東亜総研から支給されてある護身用の
それから1時間おきに目覚めるのを繰り返して、午前3時頃になった頃。まだ朝日が昇っていない真っ暗な部屋の中で、律に
「おはよう、律…。状況を説明してくれ」
《おはようございます。了解しました》
自分に合わせて小声で話しかける律に、武彦さんから受け取った情報の信憑性の度合いを確認してもらい、双方が信頼できると判断して寝ぼけ眼で自室にあるノートパソコンを起動する。船を漕ぎながらじゃらんのサイトでホテルに宿泊予約を取り、親にもらう同意書を床に置いたインクジェットプリンターで印刷して、まだ朝食の香りがしない居間にそれを置いてから、再び自室に戻って2時間ほど仮眠を取った。
烏間先生から、政府に自分以外のE組生徒が監禁されたとメールで報告を受け、これ以上の騒ぎを避けたい敵の心理を利用し、通学時間に紛れて椚ヶ丘駅まで路線バスで向かう。
烏野高校の面接入試を受けるために仙台駅に向かう新幹線に揺られるが、周囲への警戒心から目と意識が冴えて一睡もできなかった。
「二人の守備範囲広過ぎだろう」
《これぐらい広くなくては、警戒を緩められません》
《感謝しろよ。紬まで捕まったら、せっかく立てた計画がおじゃんだ》
「わかってる」
自分を中心とした街中の防犯カメラをハッキングし、スマホに表示されているゲーム画面に偽装された手元で点滅しているレーダーを見ながら、スーツケース片手に転がしながら足早に新幹線から離れ、切符を持ったまま改札を抜けて駅の外に出る。
通常なら椚ヶ丘駅から山鹿家近くのバス停で降り、そのまま帰宅するところだが、京王プラザホテル椚ヶ丘に卒業式まで宿泊する手段を取った。しかし、これも一時的な対策に過ぎないと重々承知しており、住宅地まで
「…ふぅ」
《やっと一息つけましたね》
受付で武彦さんの名前で同意書を提出し、何事もなく鍵を渡されて割り当てられた部屋で一息つき、入浴前に机上に置いたタブレット端末とノートパソコンを起動させ、彼らと自分の情報をまとめるための時間を設ける。
入浴して一度身体の緊張をほぐし、ぼーっとして思考を停止させて、寒さで冷たくなった心身を湯船で温めていった。
「あがったぞ。相変わらず、みんなは政府に監禁されたままだろう? 律。イトナが作ったドローンの映像を、暗視モードでパソコンに出して」
《はい》
「しのぶ。防衛省の動きは?」
《第二射まで時間がかかる間、群狼に一任するらしい。E組は、実質上お払い箱。『担任がくたばるのを黙って観てろ』ってわけさ》
しかし、再度あの出力を出すために相当時間がかかっていることから、殺せんせーを仕止める日時を正確に把握しなければならない。
「…烏間先生の意向は?」
《あと3日で敵が油断して、突破後にバリアを潜れることを渚さん達に言われました。脱出計画を成功させるには、もう1人の教師が最適です》
公立の面接入試の都合で群狼の拉致を免れた自分に、彼の立場上直接接触することが叶わないため、教師と生徒全員のスマートフォンを媒体にしている律に情報を入力したのだろう。
「イリーナ先生ならハニートラップの達人だし、警備員を油断させることに長けてるけど、政府の管理下にあるなら当然設備も厳重。人材も優秀だろうな。ここで贅沢言えば、プラスチックか指向性爆薬で爆破するのが一番手っ取り早いけど、どうやって持ちこもうか…。あー。頭痛い」
《紬。ドラマとか映画でやるみたいに、胃の中に仕込めばいいのでは?》
「しのぶ…。頼むから、人間の健康面を度外視しないでくれ」
タブレット端末に映っている《瑪瑙》の人工知能に、ため息をつきながら告げる。机に突っ伏したいが、ノートパソコンとタブレット。スマートフォンをずらりと広げているため、仕方なく頬杖をつく。
「烏間先生は…、敵の錯乱を招くために情報操作してそう。…あとは、ボスのホウジョウ?」
《黒崎さん。他の面々を斜め読みしないで、きっちり目を通して下さい》
「この人達は、みんなで倒せる相手だ。新幹線の中で律としのぶ宛てにボス以外の実力と比較した上で、報告書出したでしょう。…でも、このボスは違う。視線を交わしただけで瞬殺されるかと思った」
《紬でもか》
「ん。まあ、常に『上には上がいる』って心持ちでいるし、大して驚かなかったけど。……律。しのぶ」
《ん?》
《はい?》
「ホウジョウは眼鏡をかけてるから、本気出す時は外すのか?」
数秒の沈黙があって、それを真っ先に破ったのはしのぶの笑い声だった。どちらの端末も音量を5に設定して話しているために、隣の部屋までは響かないだろうと思っていても、さすがに体が跳ねてびっくりする。当の本人は、目尻から涙を拭って腹を抱える仕草を見せた。
《お前さん、サブカルチャーの読み過ぎだぜ?》
「すいませんねェ」
しのぶの反応にふてくされながらも、視線は律が操作するドローンにやっており、『群狼』の動きを注意深く観察している。どうやら、広大な山の把握に努めているようだが、E組が罠を探知するには至ってない。もし、探し出されてしまえばこれから立てる作戦内容に響き、ほぼ失敗に終わるからだ。
「…走りこみに行きたい」
《だめです。拉致されたらどうするんですか?》
《そうそう。おとなしく筋トレでもしてな》
二人の人工知能に諭されて就寝前に仕方なく筋トレとトス練を行い、軽くシャワーを浴びた後、長旅の疲れが出て今夜はおとなしく寝ることにした。
翌朝。日課の走りこみの代わりに、筋トレをしてシャワーを浴びる間、律としのぶに最新情報を確認させて、分類してくれるように頼む。
武彦さん宛てに半信半疑で眼鏡の件を尋ねてみると、『そこまでは、僕にはわからない』と返信され、『眼鏡を外すと本気を出す』という我ながら馬鹿馬鹿しい仮定を前提にして作戦を立てれば、実に簡単で拍子抜けする方針になった。
つまり、『手の空いた者全員で攻撃を仕掛け、眼鏡をかけたままにさせ、その隙に倒す』。これ以外、方法がない。
「……。本当にこれでいいのか? それでボス? 毎回外した眼鏡の行方は? 中二病ってヤツか? もしこれで倒せたら、ホウジョウが馬鹿過ぎる。傭兵集団と書いて噛ませ犬って読むのか? 伝説って何!?」
《珍しく荒ぶってますね》
《そうだなァ》
タブレットのほうから茶をずるずるとすする音が聞こえたが、それをまるっきり無視して、枕をべしっと寝台に激しく叩きつけては、『いや。こんなはずじゃない。もっと有効な作戦がある』と脳内で堂々巡りが始まり、人工知能を除けば独りで苦悩するしかない。
《影山君とやらに電話するか?》
「通話履歴と内容を忘れたのか。一週間連絡取らないって言っただろう」
《きちんと覚えてるとも。面接で会えなかったのが実に残念だ。俺も挨拶したかったのに》
「受ける科が違ってて良かった」
彼は普通科で、自分は特進科。
当然、面接の日程も違っており、『一週間連絡が取れない』と言った手前、顔を合わせることすら個人的に気まずく思っている。
《烏野に受かったら、毎日顔合わせるけどな》
「扇子の下で笑うのやめろ。しのぶ」
《はて。なんのことやら》
《黒崎さん。しのぶさん。そろそろ作戦会議に入りたいです》
「すまない。律」
《悪かった。本題に入ろう》
宿泊直前に買いこんだ緑茶と和菓子を冷蔵庫から出して、隔離された作戦会議を始めた。
突入経路や《群狼》との対戦時の陣形など綿密な手段を、時間の許す限り食事でホテルに併設されているレストランに行く以外は缶詰め状態であれこれ出し合い、律としのぶの3人でやっていく。
「基本的には、全員で殺しにいく」
《紬なら
「
《はい。すでに
アサルトライフルを除いた、超体操着とそれに付随する防具やコンバットブーツ。自動拳銃と特殊ナイフなど装備の最終点検をしたり、体調管理をしているうちに、気がつけばレーザーが照射される当日──週明けの月曜日になっていた。