「おはよう。赤羽」
「おはよう、黒崎さん。眼鏡は、俺も一緒の考えだよ」
「そうか。じゃあ、準備運動がてら全力で
「当然」
車で来た美空さんとホテル近辺の公園で接触し、ランニングウェアから特殊な戦闘服に身を包み、ライフガード製のボストンバッグにランニングウェアを詰めて手渡し、追跡されないように即刻別れた。
今では手に馴染んだ対先生物質の武器を携帯し、E組の面々にしかわからない暗号で全員合流に成功し、傭兵達との
そして、傭兵の頭・ホウジョウの動きを全員で封じこめて赤羽と渚のコンビで仕留め、推測通り眼鏡が重要だったことに拍子抜けし、時計の針が一回りする頃には生徒と敵双方無傷で制圧完了し、合流に成功した。『殺さずに無力化』する作戦を立案し、実行するは初めてで、なんとも妙な感じがするが、今はそれを脇にやって眼前の山を覆うバリアまで歩を進める。
皆が即刻、バリアで包囲された場所――殺せんせーが居る校舎――に向かったものの、彼はすでに自らの死を受け入れていた。
そんな中、莉桜が細心の注意を払ってケーキを運び、誕生日の歌を皆で歌い上げて殺せんせーが
「さすがだな。ハヴォック。素晴らしい反応速度だ」
「黙れ。
そして、触手の持ち主は、殺せんせーの性能を倍にした2代目死神。自らも死を覚悟して触手の種を体に埋めた柳沢二人相手に、自分達生徒を守って盾になり続ける恩師の姿を見て饒舌になる柳沢を見て、偽者の父以来、他人に対して殺意が湧き上がるのを自覚した。
性能差を冷静に見極める自分が、理性でどうにか暗い衝動をねじ伏せ、全員に聞こえるように大声で命じる。
「総員退避!! 撤退しろ!!」
だが、カエデが自分の命令に反して時間稼ぎを買って出、2代目の触手で戦闘服の上から正確に心臓を
「っ…! くそ…!」
彼女の遺体が地面に叩きつけられる前に。自分の思考が停止する前に、全速力で駆け抜けて真下に滑りこみ、すんでのところで受けとめることに成功した。すぐに横抱きにして立ち上がって、人の死に慣れていないみんなが待つ場所へ
めいめいにそうする中、丘に登る前に手袋と戦闘服の上着を脱ぐ。円形の傷口を隠すように上半身に上着を被せて、死後硬直で動かせるうちに顎を閉じて、口から
「すまない。遅れた」
「…謝らなくていいよ。黒崎さん」
動かないカエデを抱えて戦況を見守り、暗殺者と化学者の死を見届けた後、殺せんせーが合流して絶句する。
自分の脳裏に、研究所で無機質な部屋から出されて、死んでも乱雑に扱われる自分とあまり年齢差がない子供達と光景が思い浮んで重なっても、冷静な思考は『カエデが死んだ』という現実を認めていた。
「…殺せんせー。あたしの上着を取って、地面に敷いていただけますか?」
「……はい」
傷口が皆の目にとまり、息を呑む者や思わず視線を逸らしてしまう者がいる。それが普通なのだと思っていても、自分には見慣れた光景だ。でも、今まで感じたことのない胸の痛みと虚脱感の正体は、まだ理解できない。
どうにかカエデの遺体を地面に寝かせ、緑に染められた髪を手
「…ありがとうございます。黒崎さん」
「いえ……」
「…安心して下さい。今の先生なら、蘇生が可能です」
宣言通り、極細の触手によって無菌状態で保たれた体細胞と、足りない組織を触手細胞を埋め、輸血を用いた超繊細な外科手術によって無事にカエデの蘇生が成功した後、殺せんせーが仰向けに力無く倒れこんだ。
「……皆さん。暗殺者が、瀕死のターゲットを逃がしてどうしますか?」
夜空を照らすレーザーの光は、暗殺期限が迫っていることを自分達に告げており、磯貝を筆頭に皆で『殺せんせーを殺す』という重大な判断を下す。
標的を殺す。
その行為は、今まで請け負った仕事の記録上、軽く3
先生を殺す。
これは初めてだ。
それが、ちゃんと自分を。黒崎紬という仮面の奥底に隠していた『幼い自分』を見てくれた人なら、なおさら心が揺らぐ。
呼吸を乱さない代わりに歯を食い縛り、『殺したくない』『殺したい』という葛藤をちゃんと表に出して、双方の判断に手を挙げる。満場一致だった。そして、自分の足で歩み寄り、恩師の触手を握る手にじんわりと体温が広がっていく。
「最後は、誰が…」
視線が自分に徐々に集まる。
E組の中で一番暗殺に長けているのはあたしで、それは当然だと自分でも思ったが、なぜなのか自ら『ナイフを取ろう』という考えが微塵も浮かんでこない。
「……ごめん。……できない」
土壇場で意見が変わり、最期の一手を下す事ができない自分を、みんなは責めるのだろうか。
その時、先生の触手がにゅるりと伸びる動作を視界の端でとらえた。
「っ!」
時間にしてみれば、コンマ数秒だろう。
普段なら身構えて戦闘体勢をとるところを、頭を守るように両腕を交差させる体勢をとってしまった。無意識に体が強ばって息も詰まり、触手が糞野郎の姿と重なって、まともな思考ができない。
殺される。
殺さなきゃ、自分が殺される。
しかし、思いとは裏腹に数秒の沈黙があって、ゆるゆると黒髪を撫でられた。
「……?」
「…紬さん。それでいいんです。やっと人並みの感情を示せるようになりましたねぇ。…あなたは、心まで殺戮人形に成り果ててはいません。一人の人間なんです。人を殺すことを怖がるのが、普通の反応ですよ」
「……」
呆気に取られる自分と、満足そうに頷く殺せんせーの様子を見届けたように、渚の凜とした声が聞こえる。
「…お願い、みんな。僕に
彼の意見に異論を挟む者はいない。
殺せんせーは先に先生達へ礼を告げ、彼の最後の出欠を取る声が運動場に静かに響く。
「黒崎紬さん」
「…はい」
長い長い葛藤の末、全身全霊の一礼で、渚がナイフで殺せんせーの命に終止符を打った。
直後、ふわりと金色の光が眼前で舞い上がったのをきっかけに、次々と体が光の粒子と化して、手を伸ばしてそれを掴もうとしてもするりとすり抜けて、夜空に吸い上げられていく。柔らかい光が完全に消えた後、温もりが消えた殺せんせーの服が遺されていて、みんなが
いくら地面をさすっても、そこにせんせーの温もりはない。残るはずの体がなくなり、聞こえるはずの声が耳に届かない。
いやだ。
こんなのは、いやだ。
脳裏に浮かぶ言葉をぼうっと眺め、体は繋がっているのにぽっかり空いた穴のような錯覚を理解できずに、みんなと違って涙を流せなくても、『大切な人』が死ぬのはとても嫌なことだと感じた。