女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第40話 今日だけは

「久しぶり。榊原」

「え? 黒崎さん。カラコン入れたの?」

「いや、外したんだ。これが本当の瞳の色」

 

 学校閉鎖の影響で市民ホールでの卒業式が始まる前。ロビーで妹が男子生徒に再会して、親しげに言葉を交わしていたが、次第に包囲され、退路を(ふさ)がれていく。

 

「……」

「行ってこい」

「え? 大丈夫ですよ」

「出席を望むかどうかは彼女次第だが、ハレの日くらい大目に見てくれるんじゃないか?」

「…ありがとうございます」

 

 上司である烏間さんの厚意で一時的に持ち場を離れ、同僚も事情を知っているため、全員が快く了承してくれる。遠巻きに眺めていると、榊原と呼ばれた生徒が気づき、当人の了承を得ずに『どうぞ』という仕草をしてきた。

 

「おはようございます。黒脛巾(はばき)さん」

「おはよう、紬。始まる前に話してもいいかな?」

「手短にして下さい」

 

 人目がある場所で邪険にすれば目立つことを考慮し、騒ぎを避けて用件を聞き入れる態度にひとまず安堵したが、生徒達に向けていた笑顔から一転。作り笑いになって、警戒を緩めていないことを悟る。

 

「過去のこともあるし、すぐに家族と認めて受け入れられるわけじゃないけど、俺達は紬の歩調に合わせていくよ」

 

 間合いを取って会話していく中、周囲の視線が集まっていたが無視した。

 生き別れの妹と再会できたことで心に余裕が生まれ、それまで感じていた(あせ)りがなくなり、11年前と同じように接することに成功している。

 

「一生認めない可能性もある。恨み言を吐いて、母さんと同類だと思ってもいいのか?」

「ご自由に。妹を10年かけても救えなかった当然の報いで、一生背負うべきものだ。簡単に許されるなんて思っちゃいないし、気持ちの整理がつくまで、家族と会わなくていい。…早く助けられなくて、ごめん」

「……」

 

 妹は難しい顔のまま視線を外し、葛藤している。

 その時、卒業式が始まる放送が流れ、この場から逃れるように(きびす)を返そうとする紬を呼び止めた。

 

「あと一言だけ」

「なに?」

「卒業おめでとう。紬」

「…どうも」

 

 時間に押されているため会釈(えしゃく)だけして、一度も振り返らずに会場へ向かう後ろ姿を見送る。

 卒業式は順調に進み、壇上で浅野学園長から卒業証書を受け取っている。遠目で顔が見えないが、マイクを通して彼の口調や雰囲気から物腰が以前より表情が柔らかくなったように見受けられた。彼の過去がどんなものだったか、自分は一生わからないだろう。

 式が終わってロビーで一息ついた時、両手を広げた距離を開けて、卒業証書が入った筒を手に紬がぽつりとつぶやいた。

 

「…あ。来た」

 

 保護者として参列しても妹が平然としていることに驚き、4ヵ月ぶりに会った着物姿の母は眼前で立ち尽くして、緊張した面持ちで対面している。

 

「紬。卒業おめでとう」

「ありがとう」

「やっと紬の晴れ姿が見られたわ」

「アイツと監視がなくなったおかげだな」

 

 母と妹の言葉に引っかかり、思わず疑問符が口からこぼれ出た。

 

「やっと?」

「色々あって来れなかったのよ。本当に…、ねぇ? よくやったわね、紬。さすが私の子」

「別に褒められたくてやったわけじゃ…」

「そういうことにしとく」

 

 俺が困惑している最中に、報道陣がロビーに雪崩(なだ)れこんできた。それに気づいて身を呈して守る中、嗤いながらE組生徒に国家機密を聞き出そうとする者達を前に、堪忍袋の緒が切れた。異変を察した男が、眼前にいる自分の顔を見て顔面蒼白になり、その周囲の奴らもぴたりと動きを止め、制止を振り切った取材陣が自分に操られたように閉口する。

 声を出したわけではない。

 この場で誰に従えば良いか解らせるために、6日前に生徒達が(さら)し者にされた時から抑えていた殺気を放っただけだ。

 アナウンサーの唇が戦慄(わなな)き、片手を動かして元いた場所に戻ってくるよう指示すると、恐怖で心が折れた女性アナウンサーが、一歩こちらへ向かう。注意をE組生徒から逸らした隙に、A組の浅野君を筆頭にE組(かれら)を囲んで外へと誘導してくれた。

 

 

 烏間さんが外に待機させていたバスで場所を移し、彼らはそこで成功報酬を受け取る。そして、紬が烏間さんと2人で話しこんだ後、みんなより遅れて建物の外に出た。

 

「紬! こっち来て!」

「なんですか? イリーナ先生」

「はい。確保!」

「?」

 

 イェラヴィッチさんに呼ばれて行った場所に、メグと優月という女子が卒業証書片手に待機していて、片腕ずつ絡め取られて身動きができなくなる。いまいち状況を把握できない妹に、岡島君が持つ(てのひら)大のデジタルカメラのレンズを、不破さんがぴっと指差した。

 

「ほら、紬。写真撮るよ。笑って」

「え?」

 

 今まで、誰かに写真を撮ってもらった経験が無いのだろうか。明らかに困っている。

 

「黒崎さん。表情が固いぜ」

「う…。(わり)ィ…」

 

 思い悩む中、背後から金髪美女の助言が降ってきた。

 

「カメラの向こうにカゲヤマがいるって思えばいいじゃない」

「なんでですか?」

「いいから。早く」

「……」

 

 困った顔をしたものの、彼がいると想定すれば不思議と肩の力が抜けたのが傍目から見てわかった。

 彼がいなければ紬はすすき野原で確実に死に、俺は当初の命令通り『妹の遺体と対面』していただろう。一度は放棄しかけた生を、彼は叱咤してまで拾い上げてくれた。だから、自分にとっても影山君は命の恩人になる。

 『撮るぞ~』という間延びした声と共に、ぱしゃりとシャッターが切られた。

 これで終わりかと思ったが様子を見守る限り、どうやら違うらしい。紬の友達2人とイェラヴィッチさんが自分に手招きしてきて、わけもわからずに駆け寄ると、3人に乱暴に背中を押される。

 

「こんな機会滅多にないんだから、写真の一枚くらい撮っときなさい! ね? 紬」

「う…。…はい」

「嫌なら離れるよ」

「黒脛巾さん、離れたら枠に入らないじゃないスか。デジカメだし、もっとくっつかないと。黒崎さん、無表情やめて。写真映えしない」

 

 撮影技術がうまいのか横から縦に持ち直したものの、二人の表情が固く、一枚も撮ってないのにやり直しを要求され、改善するために会話してほしいと指示された。

 

「写真撮られるの苦手?」

「苦手だ。どんな顔すればいいか全然わからないから」

「他には?」

「……家族と一緒に撮ったことないし」

 

 推測はしていたが妹の言葉が予想以上に重く、無意識に表情が固くなるのを自覚した。だから、紬を前にしてしゃがみ、成長した彼女を見上げてお願いする。

 

「俺からひとつお願いがある」

「なに?」

「写真を撮ってる間だけは、家族でいていい?」

「……どうぞご自由に」

「良かった」

 

 こちらの顔色を伺う様子に笑顔で応え、再度立ち上がって、正面にある即席カメラマンに向き直った。

 別れ際に、紬が母に言った言葉は、人が『亡くなる』と組織が『無くなる』をかけていて、先日、自分が尾長本部長に血相を変えて問い詰められた東亜総研本部壊滅のことに関与していたと理解する。

 

 

 妹が無事に椚ヶ丘中学校を卒業し、月末に差し迫った頃。

 帰路につく中でメールを確認して、そのうちのひとつを開封する。差出人は紬で、写真が添付されており、口端を必死に吊り上げて不器用に笑う紬の隣で、泣きそうになるのを我慢して笑う自分の姿が映っていた。それをしばらく眺めて、『やっと一段落がついた』と悟った瞬間、ぼろぼろと涙があふれてきて、『あきらめないで良かった』とようやく思えることができたが、電車内で泣き止むには時間がかかった。

 高校進学のために宮城に引っ越す旨が記されていて、妹の新しい門出を葡萄(ぶどう)酒を開けて祝おうと決意した。

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