女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第41話 取引

「まだ慣れないです…」

「大丈夫よ。じきに慣れるわ」

 

 卒業式翌日の早朝。

 ブラウスとストッキング。パンツスーツとパンプスを慣れないながらも身につけ、玄関先でスーツと同色のビジネスバッグを肩にかけて、高尾ポテトが入った複数の紙袋を持ち、トローリーバッグの車輪を転がして徒歩で椚ヶ丘駅を目指す。今から回る会社のほとんどが日本の軍需企業で、自衛隊などに(おろ)しており、朝から気が抜けない。

 日課で朝晩往復20キロの走りこみをしているが、今朝はこれで良しとして、朝食は美空さんと一緒にファミマで調達し、愛知県に向かう新幹線の中で食べた。

 

「うまくいけばいいわね」

「あまり期待してませんよ」

 

 信頼できる者以外の大人に不信感を抱いてる自分は、過度な期待も持たない。期待しなければ叶わなかった時に失望せずに済み、現実を受け止められるからだ。

 物思いに沈みながらも、新幹線や電車を乗り継いで最寄りの大府駅で降車し、コインロッカーにトローリーバッグと手土産を預けて、東浦駅に向かう電車に乗る。そこから5分ほど歩けば、コルト社公認のモデルガンも取り扱っているカクシン工業があり、受付の方に取り次いでもらうと応接室へ通された。

 しばらくすると扉が2回叩かれ、初老に見える男性が二人入ってくる。それだけで無意識に体が強張ったが、相手はそれを緊張によるものだと解釈したようだ。

 

「おはようございます。黒崎と申します。今日はお時間を割いていただき、ありがとうございます」

「おはようございます。山鹿(やまが)と申します。本日は、よろしくお願い致します」

『よろしくお願いします』

 

 それぞれの名刺入れから名刺を取り出し、交換する。烏間先生の許可が下りてから、美空さんに受験勉強の息抜きにビジネスマナーの基本を叩きこまれたおかげで、今のところ好印象を持たれている。

 改めて名刺を見ると、どれもそうだが会社のロゴ以外は文字だけの素っ気ないもので、部が無事発足した暁にはロゴを決めようと決意した。そして、忘れないように手土産も渡す。

 

「それと、こちら袋のまま失礼します。美味しいと評判なので、皆さんで召し上がって下さい」

「わざわざありがとうございます。黒崎さん」

 

 それから商談に移って納入期限を決めるが、暗殺教室仕様のモデルガン2種──アサルトライフルと自動拳銃──を、それぞれ30挺ずつ発注する。初年で約一クラス分集まるのかという疑問があるが、そこは自分がどうにかするしかない。さらに、今回から国ではなく一個人を相手にしているため、懐具合も見定めなくては破産してしまう。とりあえず、モデルガンの相場より3倍の価格にすることで合意した。

 大府駅で荷物を出して名古屋駅を目指し、構内にある店で名古屋コーチン入り味噌煮込みうどんを食べ、13時過ぎを目安に、ガラス飛散防止フィルムを作っている株式会社尾月を訪ねる。こちらもカクシン工業同様の対応をされたが、問題は暗殺教室に関与しておらず、今回自分が選び、全て一から説明しなくてはいけないことだ。

 

「それは、もう終わったはずでは…?」

「はい。表向きには一段落しました」

 

 カクシン工業で商談している頃、磯貝がE組代表で支援してくれた国への感謝として、防衛省代表で烏間さんが成功報酬の残金を受け取り、報道陣を前にフラッシュライトを浴びていたことを律から報告を受けた。世間は『これで終わりだ』と思っているが、そうではないことを眼前の計画書が示している。

 

「この運用が頓挫することは?」

「ありません」

 

 そこで、民間警備会社《瑪瑙(めのう)》代表の山鹿さんがタブレット端末を起動させ、対面に座る二人に見せて、どこかわからないが東亜総研支部の現時刻の監視カメラ映像を流した。

 

「…これは?」

「我が社の優秀な捜査員が撮ったもので、今も問題である細胞の培養が進められています。…証拠になりましたか?」

 

 あえて人工知能とは言わず、人として扱うことで、山鹿さんは詮索を避けている。

 『頂上作戦』を共に実行した(はやぶさ)さんのその後の報告では、地下施設で培養室だけに監視カメラが設置されているらしく、日本各地にあるはずの支部も同様だろう。

 

「もちろん、こうしている間にも改良を加えられているはずです。人間の手に負えないほど強大な力を持っているなら、殺す手段を知る自分が担当するべきだと考えています。どうか、力を貸して下さい」

「…わかりました。わかりましたから、顔を上げて下さい。黒崎さん。ね…?」

 

 相手方の焦った口調から、まだ主導権はこちらにあると判断し、深く下げた頭をゆるゆると上げて、椅子の上で姿勢をぴしっと正した。

 

「…それで、開発や納入期限については、どうされますか?」

「開発は、できれば今月中。遅くとも来月初旬に取りかかって下さい。完成は早くて来年。2013年の10月を目処にして、納入は同年11月末日。公立の合格発表がまだですので、間取り図はお待ち頂ければ助かります」

 

 二人は合格発表と聞き、『ああ。そうか』と腑に落ちたところで話を終えて大阪駅に向かい、R&Bホテル梅田東に一泊した。

 一度シャワーを浴びてから、トローリーバッグからランニングウェアを出して着替え、日課の夜の走りこみを行う。商業の要だけあって行き交う人々の歩く速度は速足に近く、ともすれば肩先がぶつかりそうだった。

 

 

 翌日は、大阪に本社を置く3社を中心に回る。

 迷彩服の『ニチカン』と被服──暗殺教室では、中に着た黒インナー──を扱う『東海紡』には、カエデが一度死んだ事実を伏せて『瀕死状態』に陥ったと告げ、対先生物質を繊維に組みこんで効果があったことも(あわ)せて報告し、採寸は人員が集まってからとした。

 偽装網の『東ジ』には、無茶な要求だと承知しつつ、髪の毛1本すら通さないほどの隙間の無さと留め具も含めて、全て対先生物質で作るようお願いする。

 

「どれほどの大きさですか?」

「まだ現地を見ていませんが、運動場のトラックが入ると思います」

『えっ!?』

「どうしても必要なんです。お願いします」

 

 必要なら何度でも頭を下げ、破産しても構わない覚悟で来ている。

 顔を見合せた取引先は『検討する』と返答し、お礼を言って石川県に向かう新幹線に乗って一泊後、機雷など爆発物を取り扱う美川製作所には、種類を指定した。赤外線センサー式地雷と、クレンザーに偽装した手榴弾。スプリンクラーに偽装した粉爆弾を依頼する。

 2泊3日の仕事を終えて帰宅後、美空さんが郵便受けを確認すると、あたし宛てに三重に住む母から手紙があり、自室で開封した。

 

 

 引っ越しの準備を始めた休日明けの19日は、BB弾と半長靴を扱う2社の了承を得て、翌日の烏野高校の合格発表の準備をする。

 仙台駅から30分かけて烏野高校前のバス停に着き、自動車一台がようやく通れるほど細い緩やかな坂道を登っていき、小さな店を通り過ぎて校門へたどり着いた。

 

「……」

 

 大きな紙にある数字の中から、自分の受験番号の5109番を視線を上下に動かして探す。

 数十秒後に番号を見つけ、特別進学コースに受かっていることを確認したものの、何度も見直して現実だと認めた。そして、自分の周りで歓声や嗚咽(おえつ)が聞こえる人ごみから外れ、普通科で受験しているはずの影山君を校門前で待つ。

 

「ハザッス。黒崎さん」

「おはよう、影山君。…どうだった?」

「…あった」

「! そうか。両手出してくれ」

「?」

 

 わけが分からずに自分の真似(まね)をして両手を広げる彼に、ぱちんと自分の手を重ねた。いわゆる、ハイファイブ。日本で言うハイタッチをして、喜びを共有する。

 

「おめでとう。影山君」

「黒崎さんのおかげだ」

「何言ってんだ。君が頑張ったからだろう?」

「おう…」

 

 その足で坂ノ下商店でパピコを買い、金髪にカチューシャをつけた店主の視線を無視して、それを分け合ってささやかながら二人の合格祝いとした。

 

 

 21日に、個人携行救急品を扱う日本工業に米軍並みの装備を依頼してから、コルト社とブレードテック社の3社の承諾をもらい、一連の一仕事終えて帰宅し、山鹿家のご子息とご息女が作られた夕食を完食。

 後片付けをしてから母の手紙を開ける決意をして、風呂の順番が来るまで自室で読むことにした。

 内容は、黒崎とは婚姻関係になく、便宜上の夫婦として振る舞っていたこと。4月に、本社から東北支社に異動し、復帰すること。失踪宣告の取り消しについて順調にいっているのか心配していることの計3点だった。

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