気がついたら、誰かのものになっていた。
親と一与さんに『つむぎちゃん』が誘拐されたと知ってから、ほぼ5年が経った頃。隣のクラスに青い瞳の女の子が来たと誰かが言っていた。
休み時間になってから自分のバレーボールを持ってその子を探すと、一番後ろの席にぽつんと一人で座っていたからすぐにわかる。でも、5年前とは姿が違っていた。腰まであった黒髪は肩にかからないほど短くなって、太陽のように明るかった笑顔と表情が完全に消え、遠くからだと人間の形をした人形に見える。
(君、だれ?)
そして、きれいな青い目に茶色が混ざっていた。
誰かが『つむぎちゃん』を
(っ! 俺、影山飛雄)
(黒崎紬だ。なんか用?)
(く、黒崎さん。一緒にバレーやるか?)
昔と違って口調が乱暴になった女の子は、すぐに答えなかった。視線を外して考え、しばらくして席を立って歩み寄ってくる。
(やる。教えてくれ。影山君)
背は伸びても痩せぎみで、バレーボールの扱い方もルールも出会った時と同じように、また一から教えた。失敗して日本語じゃない言葉が飛び出しても、レシーブがうまくいった時には、少しだけ目が輝いて見えるようになり、その月に『リトル・スカイラークズ』に入ったらしい。
2ヵ月後の6月6日に、黒崎さんと一緒に一与さんの家に行くと、真顔でこう言われた。
(違う。あたしが生まれた日は、8月19日だぞ)
その一言で本当の誕生日すら忘れ、俺達のほうが間違っていると指摘し、全くの別人として生きていることを思い知らされる。姉も一与さんも衝撃を受けて何も言えなかった。それでも出された温かいご飯をおいしそうに食べ、10本のろうそくが立てられた不恰好な手作りショートケーキに戸惑い、自分のために用意されたと知ると驚きながらも控えめな声でお礼を告げる。
姉は、前みたいに髪に触れようとはしない。同じ性別なのに隣に座っても警戒して、一度も笑顔を見せなかったことで、『今の親にどんな扱いを受けているか推測できるから』と黒崎さんが帰った後で話していたのを覚えている。一与さんも頭をなでなかった。その代わりに、自分の居場所の作り方と自分の役割を教えていたのを一与さんを挟んで聞いた。
半年後にはチームのユニフォームを受け取り、試合に出て勝利に貢献し、小学6年生になると『バレーって楽しいな』と嬉しそうに言って、楽しみながら順調に実力をつけていく。
中学は東京と宮城で離れていても、黒崎さんは卒業式で交わした約束通り、わざわざ応援に来てくれた。
何度も俺が東京に行けないことを謝った。彼女は不満ひとつ漏らさずに、『大事なのは総体だから、それに合わせて自分を調整すべきだろう』と言って、年に1回会える日を楽しみにしている。それは中3まで続き、なんの見返りを求めなかった。
黒崎さんだけに負担をかけて、いつも俺がもらってばかりは嫌だ。
そう思って、姉の影響で小学生のうちは少ないおこづかいでも買えるヘアゴムやカチューシャなどを選び、中学生になってからは、少し奮発して誕生石が入ったブレスレットを直接手渡して贈った。
6月6日が、本当の誕生日だと分からせるために。
対して黒崎さんは、毎年欠かさず12月22日にトレーニング用品や冬物の贈り物をしてきた。姉や一与さん。両親に言わせればいわゆるブランド品で『良い物』らしいが、物に執着しない俺は価値を詳しくは知らない。
(間に合わなければ、あなたの友達が亡くなる可能性が高くなります)
そんな手紙が郵便受けに入っていたと知った時、授業どころじゃなかった。約束の時間に間に合うよう走り、人間をやめた姿を見た瞬間、『死ぬつもりだ』と直感で悟った。
二度も失いたくねぇ。
必死に手を伸ばし、説得したおかげで意思は届いた。
間近で見ると、去年の総体から変わらず黒崎さんのまぶたには
(っ!)
(大丈夫ですよ、影山君。安心して気を失っただけです。そのまま支えていて下さい。今から移植された細胞を抜きます)
(はい…!)
周りにいるクラスメートが口々に『殺せんせー』と呼び、それが黄色いタコの名前だと知った。
(ふぅ…。…終わりましたよ。ちゃんと生きてます)
黒崎さんが生きてる。
そう実感すると同時に全身の力が抜け、黒崎さんを抱きしめた状態でがくりとすすき野原に座りこみ、殺せんせーのおかげで気を失っている黒崎さんの姿勢を素早く正し、
だが、触手細胞の激痛から解放されたとはいえ、疲弊した体に俺と護さん。母親3人分の10年分の真相を聞かせれば、精神的にも負担がかかる。それは過呼吸という形で表れ、1週間ほど入院することになり、俺は合間を縫って見舞い、仙台名物『萩の月』を持っていった。
殺せんせーと再会したのは、黒崎さんと出会って6度目のバレンタインデー前後で、話し合った場所は地元の小さなカラオケ店だった。
手続きをしたおかげで卒業前に本当の戸籍が復活し、無事黒
母と護さんの仲が少しずつ回復に向かっているが、一緒に住むにはまだ心の余裕がないこと。
そんな近況を知らせた上で殺せんせーは、こう尋ねてくる。
(影山君も知っての通り、黒崎さんは過去の経験から一人で抱えこむ癖がついています。これからも弱音や問題を隠して接していくでしょう。ですが、それでは精神的に良くない。…影山君ならどうしますか?)
(黒脛巾さんの逃げ道になって助けます。つらい時には二人で助け合うって決めてるんで)
その時、天井のかすかな照明に照らされた殺せんせーの皮膚が黄色から桃色に変わっていき、満足そうに笑いながら『うんうん』と、カシオレが入ったグラスを持ちながらうなずいていた。
(せんせーとしては仲が良いのも構いませんが、たまにはあの日のように本音をぶつけ合って、真っ向から口喧嘩するのもアリだと思います。そのほうが、より相手のことを知れる。どうか、影山君のやり方で彼女の力になってやって下さい)
(はい!)
それが殺せんせーとまともに話した最初で最後の時間になった。
次に殺せんせーを見たのは、『怪物』や『地球を爆破させる超生物』として椚ヶ丘中学校のE組担任をしていたことが報道された時だった。両親は『怖い』と言っていたが、俺は『違う』と反論したい衝動を、護さんの『言えば記憶消去の薬を打つ』という言葉を思い出して抑え、黒脛巾さんの姿がマスコミに映していないことに安心する。
3月下旬に仙台駅周辺のアパートに引っ越すと昼頃に電話を受けて、とりあえず『そうか』と返答した。
「手伝いに行くぞ」
『荷物少ないし、業者の方が運んで下さるから大丈夫。ありがとう。気持ちだけ受け取るよ』
「ウス」
『落ち着いたら、また君に連絡する』
「わかった」
1週間後の土曜日に約束通り連絡があって、仙台駅前で待ち合わせをすると、首からドッグタグ(名前は殺せんせーに教えてもらった)をさげた黒脛巾さんが先に待っていた。
「…眉間にシワ寄せてどうした?」
「まだそれ着けてつけてんのかよ」
「? これ? まだ自由にしてくれないし、文字通り首輪だから外せないんだ」
黒脛巾さんは指先でドッグタグの鎖をいじり、申し訳なさそうに力なく笑う姿を目の当たりにして、怒りがこみあげてきても、大声と舌打ちをどうにか我慢して話を変える。
「…引っ越し祝いってやつがあるんだろ。何がいい?」
「君と一緒に飯が食いたい」
「は? そんなんでいいのか?」
「うん」
「…そうかよ」
断言した幼なじみの顔はさっきと違い、自信に満ちてはにかむのを見て、いつか彼女を自由にしてやると自分に誓った。