女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第2話 熱意ゆえに

「こんにちは」

『こ、こんにちは』

 

 仮入部期間が開始した初日。つまり、月曜日。

 すごい音がして第1体育館に行くと、すでにネットが張られていて、学校指定の小豆(あずき)色ジャージを着た黒髪碧眼の女子がジャンプサーブを打っていたのだと今しがた知り、先にあいさつされてオウム返しになる。美人なのに、イモジャージのせいでミスマッチだなというのが第一印象だった。

 

「えっと…、入部希望者かな?」

「はい」

「そっか。私は主将の道宮。あなたは?」

「黒脛巾(はばき)紬です」

「え?」

 

 黒脛巾という名字に聞き覚えがあって、思わず聞き返してしまった。彼女はそれを聞き逃さず問いかける。

 

「誰かとお知り合いですか?」

「う、うん。剣道部主将の友達が同じ名字で…。男バレ主将と同じクラスなの」

「そうですか」

 

 その友達に妹がいることも風貌も知らないから、単純に驚いたし、兄かもしれない存在を知らされても淡々と返答する彼女に対して、ただただ困惑する。

 

「どこの中学だった?」

「椚ヶ丘です」

「え!? あの先月記者会見があったとこ? 何組?」

「E組ですが、そんなことはどうでもいいでしょう?」

 

 私の関心を『そんなこと』と称して一蹴し、ジャージのポケットから四つ折りにされた一枚の紙を広げて、きちんと両手で手渡してきた。それは入部届で、おそらく彼女の兄と思われる人物と同じ特進コースだと知る。

 

「セッターやってました。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 ベリーショートの彼女は、続けて主将の私に問う。

 

「もちろん、春高に行きますよね?」

「え…? いや…。春高なんて──」

 

 尋ねてきた質問への答えが途切れ、隣にいる副主将の真緒も無意識に息を呑む。その原因は、数秒前と一転した新入部員にあった。

 なんの温度も感情も読み取れない澄んだ碧い瞳。

 微動だにできないほどの静かな威圧と無表情。

 そこに、再び彼女の声が重なる。

 

「ここ、仲良しクラブでした? あたしは、全力でバレーに打ちこむために来たんです。『楽しくやれればいい。負けたらしょうがない。だって弱いから』。そう考えてらっしゃるんでしょう?」

「っ…!」

 

 図星だった。

 そして、今の女バレと彼女ではバレーに対する熱意が違う。ギラギラとこちらを焼き尽くすようなもので、春なのに背中に汗が流れていった。

 

「どうして分かったの?」

「答えを聞けば分かります。もし、全国に行くと決意されてるなら、『春高に出場する』と即答できますから。だけど、上の意志が弱いと下はついていかない。士気が下がり、統率も連携も、情報共有すらできずに総崩れ。これが戦場だったら、全員血の海に沈んでます」

「…物騒な例え出さないでよ」

 

 自分のひきつった笑いが、彼女の(しゃく)(さわ)ったんだろう。拳を作って握りしめ、息を吸いこむ音がする。それだけで理解した。

 彼女は怒っている。

 

「毎日思う存分バレーに打ちこめるこんな恵まれた環境にいるのに、どうして全力でやらないんですか!? 妥協する要素が一体どこにあるんです? 『これでいいや』と勝手に限界を決めて、現状に甘えてるだけでしょう? この環境に満足だと判断されても、それで後悔するのは決断をしたあなた方先輩達です。けど、あたしは違う! 公式試合でも練習試合でも、相手が弱小だろうが強豪だろうが関係ありません。手加減なしで全力出して全員で全部勝ちにいって、一番長くコート上に立ちたいから、勝利への執着がないなんてまっぴらごめんです!」

 

 一気にまくし立てて一息つき、気まずさと感じさせずに足元に転がっているボールを拾って、私達から興味を失ったように視線を外した。

 彼女は謝らない。私達も謝罪を求めない。それが事実だと痛いほど分かっているからだ。

 

「あの…、椚ヶ丘って強いの? 東京の情報入ってこないから知らなくて…」

「強豪です。一貫校でしたから、高校も強いと有名でしたよ」

 

 強豪に在籍していた黒脛巾さんが、どうして弱小の烏野に来たのか。その時は分からずにいた。

 

 

 翌日の昼休みに、澤村と菅原。黒脛巾のいる4組へ行ってみた。あいにく、菅原はいなかった。

 

「2人共、ちょっといい?」

「どうした。道宮」

「昨日仮入部で入ってきた1年がめっちゃ怖い」

 

 そこに黒脛巾が、二つ折りの財布をズボンのポケットに入れながら来た。

 

「1年?」

「そう! 同じ黒脛巾で、紬って名前だったの」

 

 とにかく3人で興奮している私を落ち着かせてきて、廊下で話を聞くように誘導する。ちなみにバッキーというのは黒脛巾の愛称で、初対面で『長いから』という理由で本人から提案されたからだ。

 まず名字に反応したのは、バッキーではなく澤村だった。

 

「敦。偶然か?」

「いや、偶然じゃないよ。10年前に誘拐されて、先月無事に宮城(こっち)に帰ってきたんだ」

「は!? 誘拐…? そんな大変なこと、どうして言わないんだ!」

「言ってどうする? 同情して終わりだろう。それに、どこで誰に情報が伝わるのか分からない。もし、犯人の耳に入れば、紬という人間はいなかった。それを裏付けるために殺される可能性だってある。不用意に()らすわけにはいかない」

 

 淡々と論理的に告げるバッキーの言い方は、まさに昨日の黒脛巾さんと一緒で兄妹(きょうだい)だのと実感した。私達二人が『あり得る事態』に閉口していると、私の話を続けるよう提案され、彼の言う通りまくし立てられた内容を語る。澤村の反応から、どうやら男バレも昨日一悶着(ひともんちゃく)あったらしい。

 

「…なんていうか、紬ちゃんだっけ? 観察力がすごいな。道宮の一言で、部の現状と主将の心情まで言い当てるなんて。…敦。何も聞いてないのか?」

「何があったのかは、母さんに聞かされた。観察力は、誘拐された先で培われたんだろう」

 

 口調は普段通り穏やかでも語気は強く、初めて目の当たりにする彼の鋭い眼光と静かな怒りが伝わってきて、ぶるりと身震いしてしまった。それをすぐに察したバッキーは、『ごめんね』と一言謝ってくる。顔が整って性格も優しく、雰囲気が儚いだけに簡単に許してしまう。

 

「で、どうする? 会いに行くか?」

「いや…。今は環境に慣れることが大事だろうし、やめとく」

 

 彼が何かを恐れているのは、あからさまな視線の揺らぎから容易に想像できるからこそ、支えになりたいと思う。それを行動に起こして、私は彼の手首に向かって手を伸ばし、握ってぐいぐいと引っ張った。

 

「大丈夫。何事も始めが肝心って言うでしょ。行こう、バッキー」

(あつし)。俺達がついてるからな」

「……わかった。ありがとう、大地。道宮さん」

『どういたしまして』

 

 彼が自らの意思で歩き出したのを見計らって、私は手首から手を離し、澤村は背中を押すのをやめる。スカートのポケットに入れていた携帯を開けて時間を確認すると、昼休みが終わるまであと15分あった。急げば兄妹対面できるかもしれない。

 3階から2階に降りる階段の踊り場で、ふとバッキーが尋ねてきた。

 

「道宮さん。念のために聞いてもいい?」

「なに?」

「紬は、どんな感じだった?」

「あれ? 一緒に住んでないの?」

「住んでないよ」

『え!?』

 

 彼いわく、『春休みに両親と顔合わせをしたものの、入学式には慣れ合う様子は一切なかった』らしい。そこでようやく訳ありな家庭環境だと悟る。

 

「気が強くて、芯のある子だと思うよ」

「そうか…」

 

 とりあえず、入部届に書かれていた彼女の教室に行って同級生に尋ねると、飲料調達しに行ったっきり戻ってきていないみたいだった。

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