(なにやってんだ、影山?)
仮入部初日だった昨日。
俺は、
呼び方が変わったのは、春休みに二人で会った時だった。飯をあらかた食い終わった頃に、黒脛巾さんのほうから『呼び方を変えてみる?』と提案されて、俺は特に断る理由もなく、それ以来呼び捨てにされている。彼女が言うには、『小学生の頃からの呼び名が定着してて、新しい環境に身を置くにあたって変えたかったから』らしい。
(バレー部を追い出された)
(え。何やらかしたんだ?)
(俺達に仲間意識がないから)
(同じ学校に入ったんなら仲間だろ? えっと…)
(ひ、日向翔陽です! よろしくお願いシアス!)
(よろしく、日向君。たしか、雪ヶ丘だったよな)
(え? 覚えてんの?)
(もちろん。反応速度とジャンプ力がすごかったぞ)
そして、俺との関係とか所属してる部活をうるさく質問し続けていた日向が、中学関連でついに彼女の地雷を踏んだ。
(椚ヶ丘って化け物がっ!?)
結論から言って、俺がほんの一瞬だけ先に日向の頭をわしづかみにして良かったと思った。そうしなければ、コイツは殺せんせーを侮辱されて笑顔を封じた黒脛巾さんに、
彼女は振りかぶった拳をどうにか下ろし、怒りに任せて大声を出さないように
(よく知りもしねェくせに、殺せんせーを化け物扱いするな…!)
(外見はタコだけど、いい先生だ。二度と言うんじゃねぇぞ、日向ボゲェ!)
(っ…!)
俺と黒脛巾さんの怒気に言葉を失って、ただうなずくのを繰り返すと舌打ちしながら胸倉から手を離し、俺も頭をつかむのをやめた。それから一息ついて自分を落ち着かせ、脱線した話を戻す。
(元は、仲間意識が無いって話だったな)
(そうだった!)
そこで日向が夕方に言った俺の言葉をそのまま伝えると、無言になってちらりと俺を見る。すっかり辺りは暗くなり、体育館の窓から漏れる照明の光で、黒脛巾さんの
(あたしも男バレ主将の意見に賛成だ。1人でできることなんてたかが知れてる。完璧じゃないからこそ、みんなで助け合うんだろう?)
(っ!)
(そうだぞ、影山くいだだだっ!)
(黒脛巾さんも1人で抱えこむじゃねぇか)
(…そうだな。これからは『助けて』って、ちゃんと言えるようにがんばる)
(おう)
この時は『どうやって入部するか』で頭が一杯で、彼女の言葉と微笑みを真に受けて、相手がどう感じたかなんて考えてなかった。
昼休みになって、一階渡り廊下にある自動販売機前で黒脛巾さんと会った。
「影山。そんな勢い良くやったら突き指するぞ」
「おう」
「…? 日向の声だ。あと1人、誰?」
「菅原さん。同じセッターだ」
「ふーん」
黒脛巾さんの、女子が持つにしてはゴツい作りの腕時計を見ると、昼休みが終わるまであと13分だと示している。移動時間も含めて教室に戻ろうとした時、聞き慣れない人の声がした。
「あ、いた!」
「紬…?」
「誰だ?」
「道宮キャプテン。女バレ主将。あとは知らん」
「澤村さんしか分からねぇ…」
俺から見て知らない男女の隣に澤村さんがいて、なぜか口を開けて驚いているが、男は俺達2人を知っているような反応をする。
「はじめまして。1年の黒脛巾紬と申します。影山とは幼馴染になります。以後お見知り置きを」
「影山飛雄です。よろしくお願いシアス!」
まだストローを刺していないコーヒー牛乳が入った紙パック片手に、黒脛巾さんがおじぎをして二人にあいさつするのを見て、俺も飲みかけのぐんぐんヨーグルトから唇を離し、あわてて自己紹介した。すると、澤村さんが男を小突いて彼らの紹介が始まる。
「はじめまして。3年の黒脛巾
「敦と同じクラスの澤村大地だ。はじめまして。男バレ主将を任されてる」
「は、はじめまして。同じく3年の、道宮
女バレ主将は、黒脛巾さんと違って気が弱そうな雰囲気がしても、それは口には出さない。微笑む幼なじみとは対照的に黙っていると、アツシさんが物理的な距離を保ったまま話しかけてくる。
「母さんから話は聞いたけど、まさか同じ学校とは思わなかったよ」
「同意見だ。これからよろしく頼む」
そこで、道宮さんと澤村さんがそろって心配顔をして黒脛巾さんにこう言った。
「敦から一緒に住んでないって聞いたよ」
「一人暮らしなんだよね。大丈夫?」
「大丈夫ですよ。では、授業の準備をするので失礼します」
「失礼します」
笑顔を崩さず、するりと俺の
「…すまない。急に握って」
「おう」
「二人が言ってた情報は両親と君しか言ってないから、黒脛巾経由だろう。これ以上情報
「俺を疑わねぇのか?」
「E組以外で信頼してるのは、君だけだ。それに、約束を守ってくれてるじゃないか」
「…そうだな」
「ん。…もうすぐ休み時間終わるし、教室戻ろう」
「おう」
頼られるのは嬉しいが、黒脛巾さんがこれから家族を信用していこうとした矢先に個人情報を流され、失望を笑顔で隠し、拒絶を行動で示した。アツシさんが信用を取り戻そうとしても、誘拐される前より警戒心が強くなった妹相手なら相当時間がかかるだろう。
「そういや、昨日休み時間に教室来てたよな。何してたんだ?」
「新しい部を作るから、部員と顧問。活動場所を探してる」
「部?」
「正確には同好会だな」
日本人には珍しい青い目を持っているから、自然と周りに注目され、積極的な行動力と先輩相手でもはっきり言う性格で、同じクラスのヤツらが話題にしていたのを思い出す。聞こえた限りでは『ふざけるならケガするぞ』としっかり忠告し、締め切りは今週木曜日と定めた上で部員を集めているらしい。
「集まんのか?」
「今のところ順調。どんなに早くても、来週中に生徒会の承認が下りて形になればいいと思ってる」
「ケガするなら危ねぇだろ」
「スポーツでも武術でも、気ィ抜いたらケガするのは当然。生半可な気持ちでやって欲しくないだけだ」
「生ハンカってなんだ?」
「…辞書引いてくれ。じゃあな」
「おう」
教室に戻って分厚く真新しい辞書を開くと、中途半端に近い意味だと理解した。
放課後になってからまだ出禁の俺と日向は、練習場所になる場所に移動している。その途中で黒脛巾さんが教室に来たか尋ねると、昨日の5時間目が終わった後に来たらしい。
「でも、俺にはバレーのことだけで、他の子にチラシ配ってたんだぜ?」
「チラシ?」
「おう。チラシ見せてもらったんだけど、たしか『ミリオタや武器に興味のある人。より実戦的な護身術を身につけたい人は、警備同好会に入って下さい。本気でやりたい人のみ歓迎します』みたいなこと書いてあった!」
「…そうか」
俺は、日向の言葉でまた危ない目に遭うんじゃないかと心配になって、胃がキリキリと痛むのを自覚した。