女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第5話 違う世界

「なぁ。私服持ってきたか?」

「持ってくるわけないでしょ。僕、荒事嫌いだから。じゃあ、失礼します」

「お疲れ様でした」

 

 入部とセッターをかけた試合で勝って、正式に烏野高校バレー部のジャージも受け取り、俺は、バレーができる嬉しさから日向と月島の話を聞き流していた。

 

「影山は?」

「は?」

「私服! 田中さんに『いちおう持ってこい』って言われただろ!?」

「ああ。おう」

 

 片付けで部室で私服に着替えて、それが『ダサい』と笑われても、田中さんに背中を押されて第一体育館に向かった。

 

「敦。見学に来たぞ」

「よお、澤村。剣道部も用意できてる。これ、首からかけて」

「わかった」

 

 入口で、同好会から直接手渡された『見学』と書かれた名札を受け取り、2階は満員で、1階の端も埋まりかけていた。そこには、先生達と生徒達が私服姿で集まっている。見回すと、体育館のステージ前には10人の男女が座って待っていて、段ボール箱に入った2種類の銃とホワイトボード。2本のマイクとスピーカー。机の上には、2つのタブレットが準備されてあった。

 

「あれ? あの女子、なんでホワイトボードの前に立ってるんだ?」

「俺が知るか」

 

 背の低い日向の質問に答えた直後に、マイクのスイッチが入って、黒脛巾さんが丁寧に挨拶された。

 

《皆さん。こんにちは》

『こんにちはー』

《本日は、お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。警備同好会部長、1年の黒脛巾です》

《副部長。3年の黒脛巾です。よろしくお願いします》

 

 1年生にして、普通ならありえないその肩書きに皆は驚いていたけど、俺は、『黒脛巾さんならやれる』と思っている。

 ホワイトボートに書きながら説明する副部長が言うには、活動内容は、通学する生徒と教師の安全確保のために、特殊な銃と戦闘服を使った警備員の育成。それに必要な知識と近接格闘術。体力作りなど5日間毎日行い、夏と冬の長期休暇中に、強化合宿を開催。活動時間は、朝練前と部活後の30分だけ行うらしい。

 質問の時間に、生徒指導の先生から『その銃は、どこから仕入れたんだ? 銃刀法違反だろう!?』という声に、部長がため息をついてあきれる。副部長は、何も言わないつもりらしい。

 

《これらは全て、サバイバルゲームで用いられているモデルガンと、弾丸2種です。普段は、赤のペイント弾。水色のBB弾を使うのは稀ですね。発砲の威力と反動がありますので、狙う場所は、手足と胴体に限定するよう教えますし、ナイフもゴム製です。確実な戦果を上げるまで、予算は一切要りません。部長である自分のほうで維持、管理していきますので、よろしくお願い致します》

《成果はいつ出るんだ》

《少なくとも、私が3年生になる頃です》

《費用はどう捻出するつもりかね?》

《私の貯金から出します》

《微々たるものだろう》

《…そう思っておいて下さい。他に質問がある方、いらっしゃいますか?》

 

 ばっさり切り捨てられた生徒指導の先生は、顔を真っ赤にして怒っていたが、幼馴染は涼しげな顔で他の先生を指した。

 

《チラシには、実戦的な護身術と書いてありましたが、講師は誰がしますか?》

《私です。E組で一年習っていますので、ご安心下さい》

《たった一年で講師になるなど危険です》

《元空挺部隊の方からお墨付きをもらっていますから、大丈夫です。…ああ。ご心配なら、強化合宿について来られますか? 百聞は一見にしかず。合宿所までの往復が自腹になりますけど》

《…結構です》

《では、次の方。……いらっしゃらないようでしたら、次に移ります。これから、部員の皆さんに、ライフルと拳銃を一挺ずつ手渡します。特注品ですので、3年間紛失しないよう管理をよろしくお願いします。紛失された場合、一挺にかかった費用を自腹で払って頂きますから悪しからず》

「いくらですか?」

《通常のモデルガンの3倍なので、軽く数万円はしますね。ナイフも同じです》

 

 げ、と声を出した男子生徒をよそに、一人ずつ手渡していく。全員に行き渡った頃、黒脛巾さんはこう言った。

 

《これより、この銃の試し撃ちも兼ねて、模擬戦を行います。的が外れて皆さんにペイント弾が向かい、被弾する可能性がありますので、お気をつけ下さい。では、部員の皆さん。学年に関係なく、今から二人一組になって下さい。今回は、私と副部長が敵役になります。弾がかするのは大丈夫ですが、手足や胴体に被弾したのに行動することはやめて下さい。さらに、順番を守ること。…いいですね? 全力でかかって来なさい。以上》

 

 黒脛巾さんが左手でマイクを置き、待っている間に、ライフルと拳銃を調整し、ナイフの位置を確認する。その様子は副部長も手慣れていて、彼も暗殺の仕事をしているのかと思った。話しかけたのは彼女からで、口頭で軽く打ち合わせをする。

 そして、いざ始まると、部員達が照準を合わせて引き金を引く前に、もう腕の付け根が赤のペイントに染まっていて、実力差が一目瞭然だった。人に向けて引き金を引く事に、二人共躊躇が無い。弾倉と呼ばれる部品を一度も取り換える事なく、素早く、正確に両腕を撃ち抜いて、次々に部員達を『倒して』いく。

 

《…はい。以上で試し撃ちは終わりです。皆さん、いかがだったでしょうか? 興味がある方は来年でも構いませんので、どうぞ警備同好会にいらして下さいね》

 

 いかがも何も、端から見たら、色も相まって虐殺現場みたいになり、部員や観客が一人も声を発していない。春なのに冷えきった空気をものともせず、見学を兼ねた御披露目は、こうして淡々と終わった。

 

 

 次はナイフ術を教えると予告して解散し、俺は黒脛巾さんが部室棟から出て来るのを待っていると、男子と女子が別れてそこから、最後に鍵を閉めるために彼女が出てきた。そうして俺の姿を見た黒脛巾さんは、片手に持った鍵をそのままに両手を合わせて謝ってくる。

 

「ごめん、影山。もう少し待ってくれ。これ返しに行くから」

「おう。先に行ってる」

「わかった。またあとで」

 

 走って遠ざかる背中を見送り、部室棟で着替えて校門に行く途中で、菅原さんが先に行っている事を知り、俺は彼女を待つ事なく先輩の背を追う。そして、今回は自動的にスタメンになったが、次は実力でその座を取りに行くと宣言した。でも、菅原さんの反応は違った。

 

「影山は、俺なんか眼中に無いと思ってたから…。意外で」

「? なんでですか?」

「体力も実力も、断然お前のほうが上だろ?」

「経験の差は、そう簡単に埋まるもんじゃないです。それと…」

 

 背後から、日向と田中さんの声が聞こえて、反射的に肩が跳ねる。

 

「ほ…、他のメンバーからの、し、し、信頼とか…」

 

 納得がいったという表情をした菅原さんは、その後も元チームメイトがいる相手にやり辛くないか聞いてきたけど、俺はそれに異を唱えた。田中さんの納得いかない意見も受け止め、それに対して菅原さんは笑顔で違う事を見せつけたいと言う。そして、肉まんを買った澤村さんをよそに、先にそれを食った日向を田中さんと一緒に片腕で胸倉を掴んで騒いでいたら、店主に叱られた。

 そこに、新しい声が割って入る。

 

「あー。もしかして、肉まん売り切れましたか?」

「ん? まだ何個かあるが、……紬ちゃんか?」

「はい。今春から、妹がお世話になります」

「…はじめまして。どこかでお会いしたこと、ありますか?」

「覚えてないのか?」

「はい…」

 

 店主が言うには、黒脛巾さんが幼稚園の頃に、『けいにい』『紬ちゃん』と呼び合う仲で、バレーに触れ、バレーに興味を持っていたらしい。しかし、彼女は、それを全部忘れてしまっている。

 

「小さかったからってのもあるが、無事に帰ってきただけで万々歳だ。…おかえり」

「…ただいま戻りました」

 

 三年はそれだけで察し、日向と田中さんは『無事』という言葉に反応して深く聞き出そうとした。俺は、それを制したが、店主が煙草をふかしながら話を続ける。

 

「11年前の誘拐事件。新聞に載ってたし、報道もされただろ。紬ちゃんは、その被害者だ」

「けいさん。温まるまで、何分かかりますか?」

「…30分だ」

 

 妹を励まそうとして背中に手を回しかけた兄より、まるで触れる事を拒絶するように、彼女の拳が彼の脇腹に直撃するほうが早く、潰れた蛙みたいな声が出た。そこを押さえて、道端に座りこみながら妹の名前を呼ぶが、上から降りかかる彼女の声も、澄んだ青い瞳も冷ややかだ。

 

「学習してないのか?」

「すみません。俺が悪かったです」

「ん」

 

 謝罪を受け入れた後、兄に興味を失ったのか、無言で視線を外してパタパタするヤツを持った店主の横を素通りし、店内に入って行く。気まずい空気をよそに、澤村さんがアツシさんを助け起こして、追撃していった。

 

「何があったんだ?」

「大地と道宮に、妹の現状バラしただろ。それが原因で嫌われてる。さっきみたいに接触しようとすれば、容赦無く殴ってくる」

「ああ…」

「『戦力としては期待するけど、それだけ。情報漏洩するヤツは、信用しない』って言われたよ。ここの肉まんが美味しいって情報でチャラになると思ったんだが、簡単には許してくれないらしい」

「確かに、冷静に考えるとあれは不味いな。情報を悪用される事もあるから、敦が悪い」

「もう言うなって、大地。わかったから。…紬。お詫びに、肉まん奢らせてくれ」

「いい。自分で買う」

「じゃあ、せめて一緒に食おう」

「精神的苦痛を伴いながらの食事とか、新しい拷問方法だな」

 

 幼馴染は、ついて来るなと言わんばかりに店内でも兄と距離を取り、待ち時間の間に商品を物色しては、籠に商品をあれこれ入れていく。その中には、高校生には高いと感じる4桁の物も迷う事無く平気で入れるから、俺達は驚いていた。

 

「大地達は、なんかやるんじゃないのか?」

「あ…。そうだった。あっちに座って決めていくぞ」

「はい」

 

 呆気に取られながらも、アツシさんに言われて、空いた場所に設置された小さなテーブルの周りを囲むパイプ椅子に座って、青葉城西の練習試合に向けて日向のポジションなどを決めていく。

 そうしているうちに、店主の呼びかけで30分経った事を知り、確定した事を覚えて、バス停まで肉まんを買い食いした黒脛巾さんを送って別れた。

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