女王の秘密   作:白天竺牡丹

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第7話 黒と赤

「黒崎さん。惜しかったね」

「んー…」

「そこそこできてるじゃん」

「それじゃダメだ。ちゃんと理解しないと…」

 

 カルマ君が自ら興味を示し、中間テストで20位に入っても眉間に(しわ)を寄せて悔しがる黒崎さんに話しかけるのは、本当に珍しい事だった。

 きっかけは、体育の授業で烏間先生にも劣らない俊敏さでゴムナイフの攻撃を回避し、あっという間に岡野さんと不破さん。片岡さん3人を撃退したのを目撃したからだ。それは男子も同じで、間合いに入ろうとすれば僕達の目には早業に見える速度で倒していき、舌を巻いている。

 そうこうしているうちに黒崎さんは、カルマ君との会話を切り上げ、磯貝君と原さんと一緒に駅前にあるスーパーのタイムセールに間に合うよう、鍛えられた脚力に任せて山道を駆け下り、急いで走って帰っていった。

 

 

 修学旅行の班が決まって無いと聞いて、寺坂君以外の班で奪い合いの標的になっている黒崎さんは、班割りの面子(メンツ)全員を観察した後、きっぱりと断った。

 

「すまない。メグ。優月。あたし、渚達の班に入る」

「なんで?」

「野生の勘が『そこに入れ』と告げているんだ」

 

 大真面目な顔で親友に言い、『紬はいつ野生になったの?』と不破さんに笑われ、『そこは女の勘でしょ?』と片岡さんに訂正されたものの、自らの意思で僕達の班に加わり、これで7人になった。

 しかし、当の彼女は古都・京都の街中で目立つことより、人気の無い場所での暗殺を提案しつつ、それに伴う危険性もきちんと僕達に説明していく。

 

「暗殺と言えば、人気の無い場所と時間帯だけど、未成年でも深夜に出歩けば警察に補導される。だから、必然的に場所を(しぼ)られると同時に、何者かに女子が狙われ、君達男子が暴力沙汰に巻きこまれる可能性も、当然頭の片隅に入れておくべきだ」

「そんなの俺達で返り討ちにすればいいじゃん。黒崎さん、ビビってんの?」

「ビビってないし、必ず不審者が真正面から向かってくる根拠はあるのか?」

「…無い」

「不意打ちは?」

「あるかもしれない…」

「そうだ。旅行でも、あらゆる可能性を考えて保険をかけるべきだ。それを(おこた)れば痛い目に遭う。何か異論は?」

「無いよ…」

 

 喧嘩っ早くて自信満々。そして、感情的になりやすいカルマ君を完全に閉口させ、彼女は何事も無かったように、真剣に他の班員の意見に耳を傾けた。

 

 

 待ちに待った修学旅行初日の朝。

 烏間先生の『脱げ。着替えろ』の二言で、地味な花柄の服装に着替えさせられたビッチ先生は、精神的な慰めを得るために、黒崎さんを僕達の班から引き離して自分の隣に置いた。

 

「たしかにあの格好だと目立つので、あたしは烏間先生の意見に賛成です」

「紬までそんなこと言うの!?」

「はい。でも、本当の美人は、地味な服装も素敵に着こなすそうですよ。あたしの目に映る限り、今のところ、どうやらここに1人しか見当たらないようですね」

「ありがとう、紬。大好き!」

「…どういたしまして」

 

 面と向かって英語教師から『大好き』と言われた黒崎さんは、少し戸惑いながらも好意と感謝を受け入れた。僕達は、彼ら大人を含めて個人の事をちゃんと見てくれるから、信頼できる人だと判断している。

 暗殺の聖地である京都に到着してからは、4班に暗殺の順番が来るまで、時間があったから散策ついでに、僕達は自由時間を利用して老舗喫茶店のひとつ『フランソワ喫茶室』に立ち寄っていた。

 苦いのが苦手だと言う黒崎さんは、神崎さんの隣に座りつつ、カフェ・オ・レとレアチーズケーキ(フレンチ)のケーキセットを注文し、飲み物だけを注文した僕達男子陣相手に無難な食べ物の好き嫌いなど、当たり障りのない話題を適度に振って談笑しながら完食する。それで軽く30分は時間を潰せた。

 

「紬。無理して完食しなくても良かったんだよ? 甘いの苦手って言ってたのに」

「いや、せっかく来たんだ。名物を食べるのが約束されたも同然だろう。この機会を逃す手はない」

「確かにそうですね。黒崎さんは、なんでも美味しそうに食べられますし、見ている私達も嬉しくなります」

「…そうか?」

「そうだよ」

 

 茅野さんの意見をさらっと聞き流して甘いものが苦手だとわかっているのに、黒崎さんは果敢に挑んだ。そして、しっかり完食した事に好感を持った奥田さんの感想に、首を(かし)げずに尋ねる黒崎さんを微笑みながら神崎さんが肯定した。

 女子の4人の会話に、前を歩く僕達男子は平和を感じている。

 

 しかし、そんな一時はほんの(つか)の間だった。

 

「マジ完璧。なんでこんなに拉致りやすい場所歩くかね?」

 

 目の前で不良の高校生が笑みを浮かべている中、カルマ君が彼らを挑発する。

 そして、背後から足音が聞こえた時には、最後尾を歩いていた黒崎さんが肩にかけていた学生鞄をアスファルトの地面にどさりと即座に、だけど乱暴に落として、他の女子達を自分の背に隠して護るように臨戦体勢の構えを取っていた。

 

「赤羽。そっち頼む」

「オーケー。黒崎さん」

 

 2人は同時に地を蹴り、迎撃する。

 でも、彼女のほうがカルマ君より過激だった。

 僕達の後ろで誰かが地面を滑り、何かで勢いよく殴られ、男達の間抜けな声がしたかと思うと、重い物に潰されて苦しそうな声がする。それに混ざって、何かが何度も折られる鈍くて嫌な音が、絶え間なく耳に響いた。

 

「悪いな。嬢ちゃん」

「チッ」

 

 カルマ君が倒され、勝ち誇る声と舌打ちが聞こえて後ろを振り返ると、リーダー格の男と高校生2人が立っていた。つまり、こっちの男子3人が吹き飛ばされている間に、彼女単独で5人は倒した事になる。

 片手を返り血で染めた彼女が、残り3人を倒さない理由は明確だった。神崎さんと茅野さんを人質にされた。

 

『黒崎さん…!』

「チッ…。2人共、今は大人しく言う事を聞いてくれ。赤羽達の救助を待つぞ」

「でも…」

「大丈夫だ。神崎さん」

 

 攻撃の手を止めた途端、黒崎さんがどこかの高校の男子生徒の手によって横っ面を容赦なくひっぱたかれる。ばしっと音が聞こえたけど、彼女の体幹がしっかりしているのか、よろめくことも倒れることもなかった。

 左頬が赤く()れ、唇の端を切ったのかわずかに血が(したた)っている。普通の女子なら叩かれたことに一瞬呆然とするか、痛さと状況で泣いているだろうに、当の本人はそのどちらでもなく、冷静でいて、声を(あら)らげず、ただ静かに声が路地裏に響き渡る。

 

「大丈夫。まだあたし達は、全員生きてる」

 

 理性を失ってパニックになる状況でも、僕達はすぐに我に返って落ち着けた。

 

「俺達が楽しんでやるよ」

「…なら、賭けをしよう」

「あ? なんだ? 言ってみろよ」

 

 黒崎さんの強さを間近で見て知っているのに、リーダー格の男が単なる馬鹿なのか、自信過剰なのか。易々と彼女の間合いに入って、無造作に片腕を(つか)む。

 数秒の間があって、不快感を示さない代わりに微笑を浮かべ、人指し指を立てた彼女の声と表情に初めて怒気がこもる。

 

「日没前に、あの男子達が救助にくれば、あたしにテメェらを1人ずつ殴る権利をくれ。来なければ、その時点で契約破棄だ。テメェらの好きなように遊んで楽しめばいい」

「いいぜ。救助が来たらな」

「口約束だろうと、契約は成立する。(たが)えるなら、その首()き切るぞ」

「わかった、わかった。慎重なガキだぜ」

 

 黒崎さんが男達に押しこめられて車に乗りこむ直前、一言だけ伝言を残した。

 

((たこ)に救援要請を送れ)

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