「おじゃましまーす」
「いらっしゃい流川くん」
「生身でも元気そうだな那須さん。体調崩したって聞いたから心配してたけど」
「おかげさまで。ふふっ、心配してくれてたんだ?」
「そりゃ知り合いが体調崩したって聞いたら心配くらいするでしょ」
「ありがとう」
「どういたしまして?」
「ふふっ。さ、中へどうぞ」
「お邪魔します」
2回目の「お邪魔します」で那須家の中に入る。那須さんは体が弱くて、学校も休みがちな生活をしてる。本部の方に来る日も少ない方だ。
「あれ? 熊と日浦は?」
「2人とも防衛任務だよ。本当は私もあったんだけど……」
「休養優先で正解。2人とも張り切ってそうだな~」
「無茶はしてほしくないけどね。私の代わりに入ってくれたの、漆間くんだし」
「あ~。大丈夫でね? 漆間を好きに動かさせて、フォローする形で立ち回るでしょ」
「かな。小夜ちゃんからはそうさせるって聞いてる」
「オペレーターがそう言ってるなら無問題。それよりベッドに入ってくれ。何かあったら熊と結束と遥に怒られる」
「女の子ばっかり」
そりゃ那須さん女子だし。
「流川くんは優しいよね」
「んなことねーよ」
「だって、お見舞いに来てくれる男の子って珍しいよ?」
「他だと奈良坂くらいか」
「うん」
那須さんのいとこにして化物スナイパー。日浦の師匠でもある。きのこヘッドって呼んでみたら地の果まで追いかけられてスナイプされた。
「それでもさ、俺と奈良坂じゃやっぱ違うよ」
「どこが?」
「奈良坂は純粋な心配。俺は
「そうやって言ってくるのも、私は優しさだと思うな」
この人は職業が聖女なのだろうか。姉ビームは打たなさそう。……いや、作ったら打ちそうか。
「流川くんって、自分のことを天才だって言うのに、性格面とかだと自己評価低いよね」
「……まぁ、これまでの経験的にそうなるだけ」
「……綾辻さんとの関係かな?」
「エスパーか?」
「どうでしょう? でも、流川くんって分かりやすいよ。正直だもん」
「シリアスなことは顔に出さないようにしてるんだけど」
「雰囲気かな。あ、簡単には気づけないから大抵は大丈夫だと思う」
女子の直感は鋭い気がするけどな。いやさ、その鋭い女子がこう言ってるなら、基本的に大丈夫なんだろう。
「那須さん俺のことそんな観察してたの? ごめんその気にはなれないな」
「ふられちゃった。私としては、友達でいたいなぁって」
「友達……ではないだろ」
「むぅー。なんで?」
美少女がぷくっと頬を膨らませるのズルくないか? 普段とのギャップがとても強いぞ。ファンたちに見せたら倒れる人出てきそう。今は俺が独占してるけどなぁ!
「……俺はエンジニアでもあるけど、研究員でもある」
「そうだね」
弱い体でもトリオン体なら云々。そういう研究に那須さんは参加してくれてる。やってることは、トリオン体を与えて動いてもらい、定期的にレポートを出してもらうだけ。最初はいろいろとチェック項目あったけど、今はそれに落ち着いてる。
比較的善良的なやり方だけど、形で言えば那須さんは被験者だ。最初は何も保証なんてなかった。万が一の可能性すらあった。それを承知の上で参加してくれたわけだけど、引け目ぐらいこっちにはあるんだ。
「でも私は感謝してるんだよ? 周りの子ができて当たり前のことはできなかった。そんな私に、思いっきり動き回れる体をくれたんだもん」
「結果論でしかないよ」
「いっぱい調べて、検証してから始めたことでしょ? 初日のこと覚えてるよ。流川くん、目の下に隈ができてた。それって、そういうことでしょ?」
「……俺がこれを兼任したのも、同い年の人間がいたほうが、那須さんの気が楽だろうって打算だ」
「知ってる。わかった上で、私はそれでも感謝してるの」
「懐が深いことで」
「人にやさしくするのが不器用な人だなってわかってるもん。知ってみたらこうなっちゃった」
なっちゃったじゃないんだよなー。
「流川くんのお友達の定義って、対等とかそんな感じだよね?」
「…………そだね」
どこまで見抜いてくるんだこの人。え、怖いんだけど。
「私は友達でいたいけど、流川くんがそう思ってくれないのも引け目があるから。なら対等になればいいだけだよね」
「そんな簡単になれないのが人間関係の難しいところだよ」
「私と流川くんならなれるよ」
「本当にござるかー?」
「ござるよ~。ふふっ」
かわえ。
「流川くんは試作トリガーのために自分を使うでしょ? 中身が違うだけで私と変わらない」
「言わんとしてることはわかるけども……」
「それに、流川くんが気にしてるのって
「そんなことはないが?」
「言い方が悪かったかな。もう1つ理由があるって言えばいい? 流川くんは、
いやだからなんで見抜いてくるんだ。
合ってる。那須さんの推測は大正解だ。
俺は研究員の一員として、那須さんのデータをすべて見てる。プロフィールとかも知ってる。身長とか、体重とかも。女子にとって身体の情報は曝け出したくないもののはず。それを俺は、本人の承諾もなしに知れる立場にいる。いや、承諾自体は別の人が事前に取ってるけども。
それが嫌なんだ。
「だからね、私も流川くんのことを知ったら対等じゃないかなって」
「うーん……。そんなに友達になりたい?」
「なりたいよ。透くんはいとこだから少し違うし、男の子のお友達も私ほしいな~」
「それ俺じゃなくてもいいやつでは? 射手仲間で出水とかどうよ」
「ううん。私は流川くんがいい」
無自覚かな。無自覚なんだろうな。
思春期真っ盛りな男子が聞いたら解釈を飛躍させるぐらいに破壊力あるぞ。それを理解させるのも骨が折れそうだから、これは熊にやらせよう。
「はぁぁ、降参だ。んで、何を話せばいい?」
「じゃ~ね~、流川くんは私の女の子としての秘密を知ってるから、流川くんの秘密を教えてほしいかな」
「……サイドエフェクトのことか」
「うん」
遥たちにも話してないこと、か。俺の秘密って他には特にないもんな。
「完全記憶能力は、文字通りの力だよ」
「どんなことでも忘れることはないんだよね?」
「そう。記憶って印象の強弱で残ったり忘れたりするんだけど、俺の場合は全部同じ。並列になってる」
「些細なことも大切なことも同じってことだよね……」
「うん。だから忘れたいことも忘れられないし、
「上書き処理?」
それができるのが一般の記憶で、それを伸ばしたのが村上パイセンの能力。間違った記憶も間違ったまま残るから、正しいことを覚えてもそれを塗りつぶして覚えることができない。
例えば、学校で教師が間違えて教えた内容があったとして、次の日に訂正されればみんなそっちを覚える。間違えた方は記憶から消えていく。俺はそれができない。
「メリットだけじゃないってわけ。だからさ、改心したってやつも信用できなかったりする」
「言いたいことはわかるかな」
「んで、秘密の話となると
「ぁ……」
「理論上は、150TB。でもこれは理論上の話で、前例は存在しない。反対に、人間は生きてる間に記憶の限界が来ることはないって理論もある。でもさ、
「流川くん……」
「ははっ、同じ立場って解釈は確かにできるか。俺はある種実験体だよ。長く生きて、限界があるかどうかを確かめるってね」
俺一人だと、データ的には不足なんだけどな。前例ができるだけまだ進歩だろう。
「……話してくれてありがとう」
「別にいいよ。他言さえしないでくれたら」
「それは約束する」
「よかった」
「ねぇ流川くん、ちょっとこっちに来て」
ちょいちょいと手招きされる。ベッドにいる女子に近づくのはよろしくない気もするけど、病み上がりの那須さんに動いてもらう方がよろしくない。
そんなわけで近づいたら、細くて柔らかい手でそっと頭を撫でられた。めっちゃ恥ずい。
「私ね、流川くんがいてくれて本当に助かったんだよ。気も楽になったし、いっぱい話しかけてくれたし」
「……」
仕事だからって言っても、信じてくれないか。
俺がそうやって自分に言い聞かせてただけだと、見抜かれそうなことでもあるし。
「だから、今度は私の番。休みたくなったらいつでも頼って? 力になるから」
そう言う那須さんは、やっぱり職業聖女だ。
「あ、そうだ。今度カレー食べさせて」
「カレー? いいけどどうして?」
「イコさんが那須カレー美味いって言ってたから」
「え? ……ふふっ、うん。腕によりをかけて作ってあげるね」